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入院していました弟ですが、お陰さまで、先日無事退院することが出来ました。ご心配頂きました皆様に、先ずはご報告申し上げます。m(__)mまことに有難うございました。75,6キロ台の体重が、65キロにまで落ちましたが、図らずも1ヵ月半ほどでの間に食事をあまりしなかったため、胃が受け付けなくなって、体力が落ちてしまったようです。専門の医療施設で24時間看護の上、抗うつ剤なども服用し、環境を変えたことで、気分も切り替わったようです。やはり、人間は早めに正しい処置を受けることが早くに回復する秘訣のようです。本人は今日は2ヶ月ぶりに元気にデイケアへ行きました。体脂肪ダウンの結果、血糖値も安定しているようなので、今のところ良好です。母も元気になって居ますが、伯母の入院が決まり、手術が決まったので暫くは又ご無沙汰になるかもしれませんが、ヨロシクお願い致します。まずはご報告まで。
2007年02月05日
父が風邪を引きダウンした。木曜日は通院日で最近の状況を報告。相変わらず、無理するなとのDrのお言葉。二科受診で、整形では又麻酔の注射をお願いした。その日、疲れたが、友人が半日休暇を取って帰ってくるので、途中で会おうと言うことになった。外で久々に色々話をして、楽しかったが、次の日疲れがドット出てきた。金曜日は弟のところへ着替えを届けなければと思っていたが、起きて下へ降りていくと、弟の病院へは父が風邪で行けないないことを連絡していた。母は風邪の父を置いてデイケアに出かけて行った後だった。お陰で、ゆっくり出来たのだが。。。土曜日は、天候のせいかだるくて、昼まで寝ていたが、母が弟の病院へ行きたかったようだが、ヘルパーさんが来るまで時間が無いので、時間的に無理という事で断った。私の体調もいま一つだったのもある。母の機嫌がとても悪い中、ヘルパーさんが来た直ぐ後に、先日の友人が彼女のお母さんを連れて家に来た。彼女のお母さんは、十数年前に交通事故のひき逃げに遭い、外傷性くも真下出血で、高次脳機能障害をもたれた。かろうじて命は助かったと言う状態だった。其処から奇跡の回復を果たした人だ。事故後は障害でまるで子供のような感じになったが、寧ろ災い転じて福と為すといった感じの人だ。このお母さんの登場で、母の機嫌がコロッと変わってくれたので助かった。途中の駅まで送って行った。さて、次の日曜日は、前日のこともあり、弟の所へ母を連れて行った。ところが、ほったらかしにしたせいか?食事が気に入らないのか?此方も非常に機嫌が悪い。検査後の状況など、病棟の看護師に聞いたりしたが、平日に担当Drから直接状況報告を聞いて欲しいといわれて帰ってきた。そして今朝、担当Drから早々にお電話を頂戴した。どうも昨日我々が帰った後から、食事拒否が酷くなったらしい。経管流動食の一種を飲ませていたらしいが、それも拒否したらしく、Drもお手上げ状態で、夜は不足分のカロリーは点滴で補ってくださっていたそうだ。今は未だ父も風邪気味なので落ち着くまで、落ち着くまで様子見ようとおしゃって下さったが、父に相談すると頭を抱え込んでしまった。私も電話を切ると、ドット疲れが出てソファーで眠ってしまった。夕方、同僚のMSWに電話し、どのように対処したらよいか相談してみた。そうしたら、Drとの間にMSWが入って相談に乗ってくれることになった。考えは、やはり同じで、『家での受け入れが出来ない状態(弟自身の心理的状況から家に帰りたくないという思いがあるようなら。。。という事も含めて)なら、一時的にショートステイでどこか他の知的障害者用の施設に弟を預けるか』或いは『母のほうを介護保険のショートステイに預けるか』の二つがあるというものだった。しかし、これを父に理解させるのは至難の業だ。私はいつか決断しなければならないとは思っているが。。。父は理解できないだろう。。。どう受け留めるかだ。また、一番上の従姉から電話が来た。母のひとつ上の伯母が弟の入院した日の前頃から急に尿が出なくなったので、近くの病院へ行ったが、子宮に何か出来て、膀胱を圧迫していたのが判り、都内の病院へ連れて行くと言って居たのでその報告だった。やはり、5,6年前に乳がんをやっているので子宮がんを心配していたようだが、子宮に出血していてそれが溜まって膨らんだため、膀胱を圧迫しているのが判ったそうだが、それがまだ良性か悪性かは来週にならないと判らないらしい。来週にはオペの方法も決まるだろうといっていた。しかし、弟が入院した事を知らせてなかったので、ビックリさせてしまった。そんな状態の中、彼女もクタクタだといっていた。2月にリサイタルを予定しているからだ。そうこうしているうちに、又別の従姉から携帯に電話が掛かってきたらしく、電話の相手の従姉は、例の遺産相続の件の伯母の娘なので、あちらもまた何かあったのかと気にはなったが、また掛けなおすということで切った。何故だか。。。大変な時期は重なるものだと思ったが。。。これも人生修行と思って、前へ進むしかないと思った、今日この頃である。(=;´ ェ `=)>フゥ...
2007年01月22日
PC立ち上げて、ブログひらいたら・・・・いきなり、見づらいーーリンク先のブログも全部見れないから。。。以前のように、全部見れるほうが絶対いい~~。コメントももっと読みやすくして欲しい~~。メッセージも見づらい~~。如何にかしておくれ~~、楽天ブログスタッフさんや~い。。。
2007年01月18日
先日の弟の入院騒ぎで・・・昨日今日とダウンしてた。昨日から、自分の胃が痛くなり始めた。昨日は父に一人で病院へ行ってもらった。明日は、弟が胃カメラ検査をすることになったので、私と父どちらが行くか話をしてるうちに胃が痛くなったので、父に行って貰うことにした。色んなこと考えると・・・胃が痛くなる久々だ。こんな事で、胃が痛くなるなんて情け無い。。。でも、神経使うと明後日の自分の通院がしんどくなるし。。。此処はひとつ、我儘を通そうと思う。折角、肩も良くなり始めたのに、一連の騒ぎで肩凝りバリバリになったし、未だ駄目なんだって思った。ひとつ発見があった。弟が家に居ない生活はこんな具合に2年に1回ぐらいあるのだが、こんなに楽だと思ったのは、初めてだった。弟には申し訳ないが、例えば両親の介護と弟の世話は、両立しない事が判った。両親のどちらか一方に何かあったら・・・誰かを施設に預けるしかない。そのことが、判ってしまったから。。。この現実から、逃げることは出来ない。
2007年01月16日
先月から、突然弟がデイケアに行かなくなった。母の様子が少しイラついたりしていて、その影響を受けたのだと思う。此処1ヶ月ほど、生活が昼夜逆転し食事も1日2回から、此処一週間は1回になっていた。体重も10キロほど落ちてきていて、太りすぎだった体には丁度良い感じになったのだが。。。食べないのが良くない。体力が落ちる。元々『逆流性食道炎』を患っている。昨日夕方に、糖尿病の通院に行き外で軽食を食べて帰宅し、その後は夕食は食べず寝床で起きていたようだ。明け方から眠りだしたようだったが、今朝の11時頃急に吐き出した。直ぐに掛かり付けの医者に連れて行ったが、点滴しても吐き気が止まらず、食道辺りから出血がしているようで、救急車で私の職場である障害者の専門の病院へ搬送することになった。以前にも2度ほど入院しているので、カルテはあるのだが。。。幸いというか今日は土曜日で、職場の事務の人間は午後は居なかった。でも、時に時間外に残る人間も居るので、職場に顔を出すのは気が重かった。外来の看護師は以前から居る知ってる看護師だったので助かった。Drも以前から居る方だったので話しがしやすかった。でも、病棟の職員、特に看護師はほとんど知らない顔だったのがややショック。偶々、職場の親友であるMSWが残業で残っていた。私が後から来るであろうというので、帰らず待っていてくれた。弟は父と先に救急車で搬送され、私はいったん自宅に帰り、着替えなどもって後から行ったのだ。だから、連絡が入ってから、私が後から来ることが判ったのでロビーで待っていてくれたのだ。弟が病棟に運ばれてから、一端自宅に連絡し、帰りに彼女の処で、これまでの経緯や愚痴を話した。『そんなに大変だったなんて判らないから、心配していた』と言ってくれたが、弱音を職場の友人に話すと自分が崩れるようなそんな気がしたのも事実だ。だから言い辛かった。職場は、家庭以上にハードな状態だし、特に去年は法改正があって、慌ただしかっただろうことが想像できるから。そこで、頑張ってる友人たちに泣き言は聞かせられないと思ったから。。。ここ数日、母のひとつ上の姉の伯母も、珍しく急に具合が悪いといっていたのだが、従姉からの電話で、尿が出なくなったのでチューブを導尿して蓄尿バックをしているらしく、其処には尿が溜まっているので、腎機能は異常ないようだが、子宮か膀胱に癌が再発しているのではないかと心配しているようだった。伯母は5~6年前に乳がんを手術しているのだ。その時は初期という事だったが、子宮にポリープがあってそれも切除したような話を叔母がしていたと言うから明日、緊急外来で病院に連れて行くと言っていた。「あっちもこっちも大変だね」と従姉に言われたが、母には伯母の癌転移の可能性については、父と相談して話さないことにした。従姉も60歳過ぎて膠原病を抱えながら頑張っているんだし、負けていられない。自分は自分の出来る範囲で頑張ろう。。。弟は暫く入院して様子を見て、必要なら胃カメラの検査で、潰瘍が出来ていないか調べる事になりそうだ。今日は24時間の看護態勢のなかに預けてきたので、とりあえず両親は安心している。明日もう一度、普段飲んでいた糖尿病の薬を持っていくことになっている。吐き気が止まってくれていればいいのだが。。。
2007年01月13日
毎年自分より、父の方が圧倒的に年賀状の量が多い。生きてきた年数の違いもあるだろうけれど。。。毎年見せてもらうが、確かに最近はだんだん少なくなったが、それでもまだ多い。父は色々な個性的な賀状を頂いている。版画が得意な方、書が得意な方、絵が得意な方、文章が得意な方様々だ。さすがに写真は少ない。私のほうは、若い頃は子供の写真が多かった。しかも七五三の写真だったりすることもあり、家を建てると、家族で新築の家の前で撮った写真だったり、でも最初は辛い時もあったが、これは友人家族の変化が見られて段々楽しみになってきた。今年珍しく、父の元に一枚の写真の年賀状が送られてきた。年末、クリスマスの頃にご夫婦でハワイに行かれた方からだった。ダイヤモンドヘッドの見えるビーチでお二人並んで水着姿での写真だった。若い頃からの父の友人で、よく電話も頂く結構親しい方なので、ま~最初は、お元気でよろしい事と喜ばしい気持ちだったのだが、段々と何か引っかかる気持ちになった。去年の秋ごろから、父の別の友人の方が脳梗塞で入院され認知症も若干見られるので、症状が進まないうちに、お見舞いに行ったのだが、他の方も認知症らしいと言う話が出て、そちらにもに会いに行こうと言うことで、タイミングが合わずヤキモキしていたのだ。父たちの年代は、存命でも病気や認知症、家族の介護などに追われている方等様々な事情の方が多いのだ。今回、写真を下さった方は、努力で健康を維持され、経済的にも余裕がある方だとは思う。正直こういう方からは、3割負担の医療費を頂いても構わないと思う。80歳すぎても現役の平均と同様或いはそれ以上の年金を貰ってる方だからだ。それをどう使おうがとやかく言う気は無いが、あの年賀状だけは、何処へでも出していいものではないような気がした。送付する先は、介護保険のお世話になっているような家族が居る家庭などには送って欲しくはなかった。というのが本音だ。送る先には配慮すべきだろう。それが、それなりの年齢を重ねてきた人間の年輪とでも言うものではないだろうか?二十歳そこそこの若者じゃあるまいし。。。と思うのは若輩者の嫉みなのか?確かに、若い頃には苦労しても、年をとってから、ゆったりと悠々自適の生活が望ましいのは判っている。それを自慢したい訳でもないだろうし、そんなつもりは無かったと思う。それでも、自分を取り巻く周りの人間に対して最後まで、配慮を忘れない人間でありたい。そう在ってほしいと思った。このような、何気ない配慮の無さが、今の社会を反映しているのではないだろうかと思った。これから、団塊の世代の方が高齢者社会に仲間入りしていくだろう。どうか、本物の大人の姿を後に続く後輩たちに見せてほしい。私たちも既にそういう年代に入りつつあるのだろう。そういう意味で、考えさせられた一枚の年賀状だった。
2007年01月10日
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくおねがい申し上げます。m(_ _)m今日は、今年最初の通院日だった。先生たちに「新年早々こう言う所に来てるのは、あんましおめでたい事じゃないけどねー。。。」と言われつつも、「(コンビニじゃないけど・・・)すいてて良かった。。。」と思ったのは、私だけか~?いつも夕方まで掛かる待ち時間が、殆ど無かった。いつもこうあって欲しいな~!整形外科では、以前よりも肩の可動範囲は広くなったものの、腕の筋肉が未だ一部固まっていて、関節の奥の方が痛いことを伝えると、また麻酔を打つことになった。今度は肩の前の方一箇所。これが、また、先生注射下手で、液がシュッと飛び出して、先生の顔に。。。チョッと損した気分(Dr自分で反省してたけど。。。新年早々ついてない?)これで、少しは、また良くなるか~?心療内科も、新薬の効き目が少し出てきた感じだ。ほんのチョッとだけど。。。一日3錠になったが、飲み方は朝・昼・晩の3回に分ける方法でいいらしい。他は変わりなし。職場の後輩から年賀状が来たが、彼女も夏から体調崩して病欠していたらしい。多分自立支援法の改正に伴う医事の手続き改正などで忙しかったのではないだろうか?その為に、例のNO.2からは此方には何にも言ってこなかったのでは。。。との話をしたら、Drカルテに書き込んでた。何か意味はあるのか?やっぱり年末は、最後に母の通院に付き合い(今回は計画的だったけど)、大晦日にはヘルパーさんが来ないので、2階トイレの大掃除をし、そばを茹で、煮しめ等作って終わったのだった。年賀状は元旦から昨日にまで掛かってやっと、納得できるものが出来た。なんだか拘りすぎ。。。でも、人の手元に残るものだから。。。何となく、妙な負けず嫌いが出てしまう。。。(=;´ ェ `=)ノ| 柱|トホホ年賀状で負けてもどうってことないのに←それならもっと早く出せ!って言わないで。。。DVDの年末の録画の編集も未だ出来ず。。。「ロード・オブ・ザ・リング」を観ようものなら・・・気持ち悪がられ・・・非難ゴウゴウ。結局、最後まで観られず終い。。。DVDのHDDは一杯になってるし。。。13日から始まる『チャングム』の完全版が撮れないじゃないか~~。。。早く整理しよう休職2年目に入ってしまったし。。。今年は一体どうなるんじゃろうか~
2007年01月04日

昨日、久しぶりにラジオを聴いていたら。。。某WAVEで、クリスマスプレゼントは何を貰ったら嬉しいか?という話をしていた。その中で、『3000万円の金のクリスマスツリー』の話が出ていた。実物は↓これ、カードだそうですが、重さなんと6Kgだとか。。。詳しい事はhttp://www.j-wave.co.jp/original/pinkandgold/で、ご覧あれ。で、ナビゲーターの一人の藤井フ○ヤが、もう一人の鮎河ナ○ミっていう子とこんなの貰ったらどうするって話で、女性の方が『売り払っちゃったりして~。』という話から『元の値段で売れるのかな?』とか、『これ貰ったら、贈与税払わなくちゃいけないんじゃないの~?』なんてことを言っていた。『贈与税掛かるんだった、貰いたくないよね~。』みたいな発言まで。。。ラジオを聴きながら、そんなこと考えてたら・・・プレゼント貰うのも楽しくないじゃない。。。っていうか、庶民にはこんなプレゼント関係ないから・・・考えなくてもいいことだけど。。。と思いつつ、藤井さんは税金のことでなにか苦労されたのかしら?などと勘繰ってしまった。でも、最近TVドラマで、『花より男子』や韓国ドラマを見ていて思ったんだけど、頻繁に億単位の買い物する財閥系の方がたが出てくるんだけど・・・それを誰かに贈ったってそんな(税金の)話なんて出てこないぞ~。。。昨日のさんま御殿でも、『山小屋をプレゼントされて、引いてしまった』という女性が居たが、理由は『管理が大変(面倒)であんまり使い道が無いので別荘を処分したぐらいだから。。。山小屋なんて貰っても困るから。。。』だった。確かに、不動産は人によって迷惑かも知れないけど。。。この場合は不動産だから贈与税掛かるとは思うけど。。。ツリーはどうなんだろ~?でも、登記するわけじゃないから黙ってれば解らないと思うから。。。やっぱり掛からないような気がする。どっちにしても、世知辛いこのご時世、イブの前の日には、せめてラジオで夢の無い話は・・・止めてくれ。。。(=T ェ T=) ウウウ宝くじも買わなきゃ当たらないしね~。。。ヽ(=T ェ T=)ノアーウ・・・
2006年12月24日
さっき、きっこさんのブログで知った。中国(北京)での犬の状況。。。あまりに酷かった。。。野犬狩りのようだけど。。。狂犬病の予防接種が義務付けられてないからだろう。。。これも現実。。。人間の無責任さで。。。http://www.care2.com/c2c/share/detail/213855
2006年12月21日
先月、ポストに一枚の紙が入っていた。その紙には、PCで作成されたらしきプリントで金魚と猫のイラストと共に『ノラ猫にエサをやらないで下さい。』とメッセージが書かれていた。近年うちの近所では、団地の立替が始まってから、捨て猫が増えた。団地で飼っていた人たちが、引越しの際に置き去りにして行ったのと、取り壊しまでの間に空き家になった建物に住み着いた猫達で増えたようだ。近所の人たちは、其々自宅の庭でエサをやったりしながら、人に慣れ捕獲できた猫には避妊・去勢の処置を自費で施した人も居た。でも、全てのノラ猫に出来るわけではない。それでも、子猫はあまり見かけたことが無いので、最近は生き残れないのか、雄ばかりなのか?これまで、自費で避妊去勢を施した方の苦労が効を奏した証拠といえるかもしれない。なのに、このビラは今何故?と思った。勝手に人の家のポストに入れていくなんて。。。あまりに自分勝手じゃないのか?確かに、我が家にはもう十数年来の三毛ちゃんが来る。定時になるとやってくる。棲家は隣の家だったから。。。お隣の家の縁の下辺りのようだ。このこは雌のようだが子育てが下手みたいだ。育っていない。それと、とても気が強くて他のオスにも威嚇する。あまりお利口ではないようだ。その他にもう一匹三毛が来る。この子はとても気が弱い。いつも気の強い三毛ちゃんに追い払われている。でも、とても人なつこい。それに最近、ちょびそっくりのキジトラが加わった。これは雄で貫禄というか度胸がある。近づいても逃げない。この3匹が入れ替わりにちょびの食べ残しのおこぼれを食べに来る。贅沢に育てすぎたせいか、ちょびは一晩置いた古い猫缶は食べない。もったいないから、外の縁台に出す。このほかに母はちょびの食べ残しの焼きアジを外から見える台の上にやってしまうのだ。ビラの主はこれを見たのだろう。確かに、猫嫌いの人から見たら、迷惑な行為なのかもしれない。でも、地域猫と言う考え方もある。猫の習性を考えると、エサをやらなくなったら何処か他に行くか?というとそうではないらしい。むしろ、ゴミを荒らすようになって、余計に酷い状況になるらしい。どうしたものかと思っていた。そしたら、一昨日家の門の前をうろついている老人が居た。母が気にして、「何か御用ですか?」と声をかけた。その老人は、突如「猫にエサやらないでね!」と言ってきた。母も私も「ハッ・・・?」老人「この間、紙入れといたでしょう?エサやらないでって。。。」母「ああ~ノラさんね。ノラさんは来ちゃうから仕方ないですよね~。。。」と訳判らないお惚け発言。老人「追っ払ってもしつこいんだよ。ゴミはあさるしさー、車にはオシッコ引っ掛けて錆びさせちゃうし、(町会の)班長さんにも言ってあるんだけどね。あそこの○○さんの奥さんにもエサやらないように話したんだけどねー。お宅もやってないでしょうね~?」話を聞いていた私は、この老人の一方的な話し方に段々腹がって来たので、「失礼ですが、どちら様ですか?」と聞いた。すると老人は、「○○だよ」との返事。うちの後の家の人だった。顔見たこと無かったので、判らなかったが、あの家のオヤジならやりかねないと思った。この家には、大型犬が居た。庭に鎖でつながれたまま散歩にも連れて行くことも無く、しかも犬小屋は炎天下の元に置かれて見るからに可哀想だった。人恋しかったのだろう、時々物悲しく鳴く時があった。しかも、早朝深夜時間を問わずである。それでも、近所の人たちは文句を言ったことが無い。犬にも寿命があるからと。。。それが、去年ぐらいから静かになった。きっと死んだに違いないと思っていた。私、「ああー裏の○○さんですか~。。。確か犬がいましたよね~?」とこの際だから聞いてみた。老人「(犬)居なくなったからね~。(犬が)居た時は(猫は)来なかったんだけど。。。追っ払うんだけど駄目でね。今も此処に(電柱の脇に)居るんだけどさー、逃げないんだよねー。」私(内心「ああ~やっぱり。。。」)すると、又母が「ノラさんはしょうがないですよね~。勝手に来ちゃうんだもの。。。」ヾ(=- ェ -;=)ぉぃぉぃ老人「お願いしますよ!エサやらないでよー!」とこりゃ駄目だと思ったのか捨て台詞で帰っていった。よその地域ではどうしているのかネットで調べてみた。http://www.nekobaka.com/~ne-help/esa..htmlやはり、色々な方策を採っている。ただ、思ったとおりエサを止めても何の解決にもならない事が判った。事態は酷くなるようだ。このことをあの裏の爺さんに教えてやろうか?とも思ったが、父に話したら、「あいつは自分勝手な奴だから話にならんだろう」との意見。町内では変わり者で既に有名なようだ。お隣の家が二世帯住宅に立て替える時に挨拶が無かったといって文句を言ったらしい。しかし、そのお隣さんにしてみればその爺さんの家が改築の時にそれこそ何も挨拶なく工事をしたそうでお互い様なのだとか。。。近所とは上手く付き合いたいものだが、あまりに一方的に文句を言われてもな~。それに、うちのブロック(地域)のゴミ置き場はカラスさえ荒らしに来ない。カラスはいるのだがいたずらしてない。多分ノラ猫君たちが居るお陰だろう。猫たちもゴミをあさった事はない。いつも綺麗だ。どうしてだろう?寧ろ、問題は、人間の方にあるのではないだろうか?あの爺さんの家のブロックのゴミの出し方に問題があるのではないかと思った。爺さんの敷地にはアパートがある。独身者も多い。朝も早すぎる時間にゴミを出していたり、生ゴミやコンビニの食べ残しの弁当等をそのままビニール袋に入れて出してるのではないか?うちのほうのブロックは、一戸建てやしかも居住年数の長い高齢者宅が多い。ゴミの分別や出し方は年々変わってきたが、ルールどおりにしないと置き場になっているお宅に迷惑が掛かるので気を使っている家が多いのだ。裏の家のブロックは多分それが欠けているのではないかと思う。それと、うちの車だって、足跡はつけられるけど、錆びた事なんて無い。余程車を動かさないか、洗車をしないのかしすぎなのか?ワックスをかけないかだと思うけど。。。父に言わせると、猫嫌いな人間は何でもケチをつけるだろうし、猫のせいにするだろうとの意見だった。確かに世の中そういう奴は多いな。。。立場を変えると私もそうかな?なんでも人のせいにしてるかな?でも、何にしても一方的な意見とかには、どうしても反論したくなってしまうから困った性格だわ。。。ちょびが時々父を見て怯えるようにする時があるのは、きっとあの爺さんに追われたのだろうと思った。(父と背格好がよく似ている)ちょびには裏の家には行かないように話して聞かせたし、被害を被らないようにしなければ。。。最近は家の中で寝ていることが多くなったので、そう行く事もないだろうが。。。用心用心なのだ。
2006年12月21日
2週間前に肩関節周囲炎の痛みの為に麻酔を打ったからその報告に昨日行って来た。たった2日しか効かなかったけど・・・肩の可動域が広がったので、未だ痛みの残っている部分に打てばそれが無くなるのではないかと思ったが、あまり麻酔を使うのは良くないそうで、出来るだけ身体の自然治癒力を引き出していく方がいいというDrの考えでもう暫く様子を観る事になった。心療内科のほうは、ジェイゾロフトを夜一度に2錠飲むと次の日夕方まで脈が速くなってだるくなるので、回数を分けて飲むことになった。でも、慣れてきたら一日3回まで飲むことになったけど。。。1錠のときはそうでもなかったが、2錠になってきたらムカつき出てきた気がする。パキシルがヤバいのと効果が出ないので、新薬に変わった気がするけど。。。人によっては昔のルボックスの方が効く人もいるらしいし、新しい薬が全て昔のものより良いかどうかは判らない感じがするけどな~。パキシルが出たときも効果大って言ってたような気もするけど。。。時間が立てば新薬だって副作用の危険性は出てくるもんだよね~。このところ、母の病院へ付き添って行ったり、続けて自分の2科通院は流石に体力的にしんどい。。。未だ、体力が戻ってない。で、夕食後には寝てしまう。それで、また10時ごろに『風呂に入れ~』と起こされて目が冴えてしまう。寝かしといてくれぇ~。。。llllll(=- ェ -;=)llllll ずーん
2006年12月15日
さっき、ネットでポチたまのまさお君が逝去したニュースを読んだ。ついこの間までTVで元気な姿を見ていたのに。。。りんぱ癌だったそうだ。享年7歳。人間で言えば働き盛りか?癌年齢ではあるな~と思った。ちょびの兄猫のちびも同じリンパ癌だった。年齢も同じくらい。春先に少し太ったように見えたが、そのうち肩の辺りが痩せてきた。それに反比例してお腹がたるみだした。腹水が溜まってきたのだった。夏だった。その前の年から、少しずつ食事を吐くようになってきていた。急いで食べているせいだとおもっていたがそうではなかったらしい。猫エイズの発症だったのだ。まさお君がそうだったかは判らないが、早い引退には体調不良があったのかも知れない。そんな予感もした。全国行脚は負担が大きかっただろう。まさお君は引退後の秋から体調不良になり、治療を尽くしたそうだが12月に入って様態が急変したそうだ。ちびも、3ヶ月戦った。おなじ位だ。でも、あんな苦しい思いをさせるのではなかったと思った。安楽死をさせたいのでもない。腹水を抜く為に痛い思いをさせたから。。。自然に任せれば良かったと後悔した。今週の金曜日に追悼番組が放送されるらしい。観たら泣いちゃうだろうな。。。まさお君、楽しませてくれてありがとう、そして安らかにお休みなさい。。。
2006年12月12日
ヘルパーねた。今日もヘルパーが時間になっても来なかった。。。以前にも一度あった。でも、それはヘルパーさんが我が家に来る途中で自転車同士で事故にあったためその日によって携帯も忘れた為らしい。その為連絡が事業所にも此方にもとることが出来なかったらしい。40分ほど遅れて足を引きずりながら恐縮してこられた。でも今日は、そのヘルパーさんは休みで他の日のヘルパーさんが臨時に来る事になっていた。予定時間を30分過ぎても来ないので事業所に連絡をした。来る予定のヘルパーさんは、例のすっとこどっこいのヘルパーさんだ。彼女は来週は休みの予定になっている、だから彼女の感性だときっと今日の予定はスポイルされているんじゃないかと思った。一つの事が気になると他のことが目に入らないタイプだから。。。事業所に連絡して直ぐ返事がきた。彼女は家にいた。今から行きますと。。。家に到着したのは予定時間の1時間過ぎだ。今日のメニューは鍋で簡単だったので、良かったが。。。到着してから聞いてみたら、やっぱり忘れていたらしい。。。しかも、来週の休みの予定が気になってそちらに気が行っていたと喋った。馬鹿正直にも程がある。それは聞かれても言うべきことじゃない。母は怒り心頭で、口も利かない。彼女が来る前、責任感が無さ過ぎると、騒いでいたけど。。。今度から彼女は断るからいいと。兎に角、焦らず調理をしてくれればいい。断っても良かったが、当日になってこちらから断るとヘルパーの派遣料金は支払わなくてはいけなくなるから断る事は出来ない。遅くなってもきてもらうほうがいいのだ。変なシステムだけど。。。最近は、料理の仕方にも手抜きが多いので、こと細かく、メニューに指示を書き込むことにしているが、ヘルパーさんの癖によって変えているので、人が変わったら、その人に合わせて指示を書き換えなくてはいけないのが難点だ。切りかたが大雑把な人には、細かく切ってもらうように、やたらに細かく切る人には、具体的に斬り方をという具合だ。これが、今日のように本来のヘルパーさんとは癖が逆のヘルパーさんになると指示が困ったことになるのだ。今日も、きのこ類をやたらと細かく刻んで、長ネギはぶっとく切ったりする。彼女の行動は理解できない。この手のヘルパーには要注意だ。。。
2006年12月09日
実は先週木曜日に、通院のついでに整形外科にも行った。同じ大学病院内の整形外科、前回診てもらったDrに良くならないからと。。。「石灰沈着が無いか」と尋ねると、「ま~3ヶ月ぐらいで急にそうなる事はあまりあり得ないし。。。」と言う返事。結局、別な遣り方で再度、麻酔注射をした。ベッドに横になって注射してもらう。腕の痛いところと背中の肩甲骨の辺りに2箇所。今回は気分が悪くなる事も無く無事終了。痛みは直ぐに無くなった。何となく肩甲骨の辺りが暖かい感じがした。血行が良くなったのか?でも、動かしすぎるとやっぱり肩が重い。「これで様子見てください。2週間後に様子聞かせて下さいね。」で終わり。でも痛くないって言うことは、こんなにも気分が軽くなるのかと思った。久しぶりだった。気分がいい。でも、それも2日で終わった。昨日からは、何時もの状態に戻った。今日なんかは、寒さのせいか痛くてたまらない。それでも、少しだけ関節の稼動範囲が広がったかな?今日は寝てばっかりいたし。。。余計に痛い。筋肉固まっている。。。
2006年12月04日
少し前に、母のケースカンファレンスがあった。これには、実に家族以外に6人もの関係者が集まってくださった。ケアマネジャー、ヘルパー派遣の事業者の責任者、デイケアの施設の方、通院で付き添い介助をしてくださる事業担当者、リースベッドの営業担当者、そして病院のMSWさんの6名だ。本当は、先日市役所の介護保険課の調査員の記入ミスによって、再審査をする為にこのケースカンファレンスも行わなければいけないというだけなのが、この際なので、最近の母の現況を知ってもらおうと色々報告させてもらった。最近、血糖値が高くなってきていること、ヘモグロビンA1cも上がってきている事、ヘルパーの味付けが濃くなってきているので、ヨ○ケイメニューに『薄味で』と特記事項を書いたり、調理の仕方が雑な時もあり(母は総入れ歯のため、柔らかくないと食べないこともあり)細かく切るようお願いしたりしていることを報告した。父も年のせいか、咳き込むことがあり、嚥下が下手になってきているので、辛いものや胡椒などが固まって掛かっていたりするとむせることがあるので、その辺の配慮をお願いしているのが現状だからだ。ヘルパーさんも、人にも因るが慣れてくるといい加減になっていくのが現状。栄養面でも、一人にしておくとどうもチャンと食べようとしないことが多いので、確認が必要なのに気が付いた。薬も同様で、チャンと飲んでいなかったり、インスリンも打ち忘れることがあるので、チェックが必要だ。健康面のことに関しては、病院のMSWさんが担当Drに確認してくださることになった。栄養指導が必要ならば家族が(私になるだろうが)受けることになった。もうひとつ、ストレスも血糖値を挙げる要因になるので、それを緩和し、あらゆる面でケアをしてもらえるデイケアに12月から、一週間にもう一日増やして週2日参加させてもらうことになった。これで、何処まで病状の改善が出来るか?このところ、母のインスリンやら服薬のチェック、ヘルパーさんへの指示書書きなどで、神経を使ったせいだろう。天候の具合もあって肩は物凄く痛いし。。。それで寝不足ぎみだったりしたのもあるんだろう。食欲が落ちてきたし。。。母と一緒にいると、何となくイライラして筋肉がピクピクし始めたりする。父は何となく察してきているようで、そんなに神経使っていたら疲れるのも当然だといって、私が部屋で横になっている時は、『かまうな』と言ってくれているようだ。それでも母は来る。「何か食べろ」と。。。これも親の愛情なのだろうけど。。。何も解ってないのは母だけだ。。。今度の自分の通院日に相談してこよう。。。。
2006年11月28日
今日は、弟デイケア通所の日だったが、起きれず。。。昨日、午後と言っても夕方からだけど、お風呂掃除やら、夕食の支度、それから弟の入浴介助なんてしてしまったら・・・疲れが出たらしい。いつもどうり母からは「○○が通所の日は早く起きてって言ってるでしょう!」の雷が。。。それでも、銀行に振込み手続きの問い合わせの用事があったので、9時半に起きて処理完了。それから、肩の温熱パックをしてから食事にしたが、食後何だか眠気が襲ってきた。2時半に鍼灸院に予約がしてあったので、それまでゆっくりすればいいやと思いリクライニング椅子で横たわっていた。時間が近づいて支度をしようと部屋へ戻り、着替えの為に籠に入っている物を取ろうとチョッと下を向いて、顔をもたげたら・・・目眩がし始めた。久しぶりの目眩だった。起立性の貧血ではない。吐き気がするやつだった。三半中枢器官の不調だろう。直ぐにベッドに横になったが、動いたり、眼を開けるとまた目眩がするので、そのまま目をつぶっていた。少しして落ち着いてきた頃、携帯を取り出して、鍼灸院にキャンセルの連絡をした。それから、寝ることにした。さっきの異様な眠気は、自律神経の不調の前兆だったのだろう。それにしても、久しぶりの目眩発作だった。夕食時に父に報告したら、「寝不足じゃないか?。。。それとも午前中にあんな議論したせいか?久しぶりに頭使ったからか?」等といわれた。私「多分寝不足なのかな?」と答えた。間違っても「父とディベートして、頭使ったから疲れた。」なんて悔しいから言わなかった。実は午前中に、土曜日に先日市役所から送られてきた『福祉に関するアンケート調査(障害者自立支援法施行に伴う)』とやらが弟の分と妹の分計2通が送られてきたので、そのうち妹の分を担当して書き込んだのだだが、その中の『ご自由にご意見を』という項目の私が書いた文章書き方が父は抽象的過ぎるといって気に入らなかったらしく、表現についてディベートをしていたわけだ。公務員をしていた父は、法律的根拠を明確にしなければ気に入らず、アンケートが無効になると思っているらしい。少なくとも、市役所では統計学を学んだ人間がアンケートを作成していると私は信じたい。そうであれば、アンケートの集計、まとめ方にはそれなりの手法があるわけで、抽象的で理解できない文章は無かったものにするということはあり得ないと思っている。問題になった表現は、『入所施設利用の為の契約事務手続きにおいて、成年後見人制度を保護者に強制・強要する事は契約法上は違法性は無いだろうが、憲法上では公序良俗、人権侵害等諸々に抵触する可能性があるのではないか』と解釈上の問題点を提起しただけであって、それを具体的に『憲法何条の第何項規定に違反する』という判例のような表現を必要とするものではないと判断しただけなのだが。。。頭の固い父には通じなかった。。。だけである。ヽ(=´ ェ `=)ノはうー全く世話の焼ける個性的な家族である。
2006年11月27日
昨日は、久々に7時過ぎに起きた。そして、家族の朝食の支度をした。ホントに久々だ。何故、そんなことをしたのかといえば・・・前日の夜、母から「弟がデイケアに通園する日の朝ぐらいは、早く起きて手伝ってよ!」といわれたからだ。朝はヘルパーさんが来てくれる。当初、家族だけでは、朝起きないのが日常だったので、習慣づけをするためと私が出勤してしまうと手伝ってやる事は出来ないので、その頃からヘルパーさんをお願いして来た。だから、彼の中では、朝はヘルパーさんと母で起こしてもらうものと決まってしまっている。確かに、以前にも手伝ったこともあるが、通常のペースを乱されると彼は機嫌が悪くなって、起きても登園を止めてしまうことがあった。なので、私に母は何を手伝って欲しいのかを敢えて聞いてみた。すると、母「何でもいいのよ!朝食の支度でも○○(弟の名前)の着替えでも・・・忙しいんだから。。。」私「でも、○○のことは、お母さんでないと駄目でしょう。」母「そんなことないわよ。」私「・・・だって前に私が遣って失敗したじゃない。」すると母「だったら、朝食の支度でもしてよ!」私「朝食の支度って言ったって、彼を送り出してからでも間に合うじゃない。。。」と答えると母「間に合わなくて、その辺にあるものを適当につまんで(母)デイケアに行く時だってあるんだから。。。」私「は?お父さんが仕度してるはずじゃない。。。」母「お父さんはしないわよ!私がしてるんだから。。。」イヤ、最近は専ら父が支度をしているのが事実だ。母が食べようとしないだけなのだ。つまり・・・母は、これまで自分がして来たことを私に遣らせようとしているだけなのだ。。。でも、母でないと出来ないことがあるわけで、それは弟のそばにいる事。これだけは、他の人では代われないのだ。それならば、仕方あるまい。長女としては、其処まで言われたら意地でも起きるしかない。ので、いつもなら、熟睡時間になっているのだが、起きてやる。という事で起きたのだ。それでも、前日寝付いたのは、色々遣ることがあって3時過ぎだったのだが。。。兎に角、目覚まし掛けて、固まった肩を動かしてから、起きる。起きたら、顔も洗わず直ぐに冷蔵庫にあるもので、朝食のおかずになりそうなものを探し出して、味噌汁からおかずまで兎に角用意した。弟の朝食もトーストにし、野菜ジュースに、紅茶に、コーンスープ、フライドポテト、サラダまでご用意しました。一通りの支度が終わってから、自分の支度に入った。洗顔に着替え。恥ずかしさは既に通り越し、此処まで、パジャマにフリース上下の格好で遣ってました。両親は弟を送り出してから、やっと朝食。母曰く、「今日は何だか時間が早いわね~。まだこんな時間?」「そりゃ~そうでしょう!!! 今日は朝食用意できてますから~~!!!!」その後、母は着替えに2階に行き、庭に出て「今日は私のお誕生日だから~、このお花持って行こう~、私達のテーブルに~飾るんだ~♪」と少女のような事をのたまわって、丁度いい大きさの袋が無いと花を持ったままブツブツ言いながら迎えの車を待っていた。その間、私はというと、先に父が洗濯機のスイッチを入れておいてくれた洗濯が終わったものを干したり、食器を洗ったりしていた。母が出かけた後は、もう一度寝ようと思っていたが、寝れなくなった。仕方なく、新聞の折込チラシをチェックしたり、○マダ電気にヘルパーさんが壊した掃除機の伸縮ノズルの取り寄せの問い合わせをしたりして、過ごした。夕方からは、○マダ電気に父と弟を連れて掃除機のノズルの注文をしに出かけたが、これで、又しても母の不機嫌の元凶になった。母は最近は直ぐに疲れると言うので、連れて出なくなったせいか留守番をさせられると機嫌が悪くなる。「日中に2人で行って来れば良いのに。。。」何処まで我儘言えば気が済むんですか。。。???お母様~~~???お陰で、今日は昼まで起きれませんでした。。。
2006年11月25日
1、回してくれた方の印象は・・・ 甘えん坊で、やんちゃな道産子の親孝行息子2、まわりから見た自分はどんな人だと思われてますか? 頑固で、理屈っぽいく、完璧主義っぽい割りに抜けてる雷オバサンかな?3、好きなタイプ5つ。 ・謙虚なひと(人の意見に耳を傾ける事のできる人) ・努力する人 ・明るい、陽気な人 ・前向きな人 ・物事を客観的に判断できる人 例えて言えば・・・・・・・・・・・(言わなくても)ヨン様(そのもの) 或いは・・・・・・・・・・・チャングムに出てくるチョンホ様のような人 4、反対に嫌いなタイプ ・他人のことを考えられない人 ・自分から壁を作る人(人の意見を聞かない人) ・都合の悪い事から逃げる人 ・常に自分の意見が絶対にが正しいと思ってる人 ・金銭的価値でしか物事を判断しない人5、自分がなりたい理想像 以前紹介した事があるターシャ・テューダーのような人間 マイ・ガーデンを作りたいな~。。。自給自足な生活?6、自分の事を慕ってくれる人に一言 これからもヨロピクー(=´ ェ `=)ノ 7、6人の方にバトンタッチ(印象付き) ほとんどの方に廻ってしまってますので。。。 まだ遣っていらしゃらない方がいらっしゃいましたら。。。お願いします。
2006年11月21日
今日は市の介護保険課から調査員が来た。秋に行った母の介護判定にミスがあり、介護度は要介護1で変わりないが、ずっとリースしてきたベッドが介護保険適用出来なくなったからだ。実は、今回の介護保険制度の改正はこの点が大きく影響するといわれていた。なので、当初からずっと担当してくれている社協のケアマネジャーが直ぐに気が付いて、市の介護保険課に問い合わせしてくれたお陰で調査員の記入ミスが判明したのだった。今日来た調査員の方の説明によると、医師の判定書にもベッド使用が必要と書かれている要介護者は、ベッド使用のチェックでは国の指針でも、ベッド使用が適用できる事になっているのだそうで、これはコンピュータにデータを入れて振り分ける作業なので、チェック項目が決められているにも関わらず、これを担当調査員が間違えた事による人為的錯誤によるもので、市の調査員の責任者が再調査し、再審査に掛けねばならないらしい。今日いらした介護保険課の方は、調査員を指導する立場の方で、ご自身も認知症のお義父様を抱え、更に知的・身体・精神の3障害を持った息子さんもいらっしゃるとのことで、介護保険制度立ち上げの時から今の仕事に関わられ、ケアマネジャーの資格はもちろんのこと、更に介護福祉士、社会福祉士、精神障害者福祉士の資格を持ち、元々看護師だったというから凄い方だと思った。福祉関係でもこれだけの資格をとるのには、かなりの勉強が必要だからだ。兎に角、ひたすら謝っておられた。ご自身も、制服を脱いだら、障害者自立支援法には反対だとおっしゃっていた。私も職場では、こうしたら良いのではと言う意見をしようとしたら、職員ゆえに反対されたことがある。利用者からの意見でなければ、説得力を持たないのだ。同じ思いをされているようだ。今後、と言っても明後日になるが、母の再審査の為に、ケースカンファレンスで、病院のMSWさん、ヘルパー派遣事業所の責任者、デイケアサービス事業所の責任者、ベッドのリース事業者、ケアマネジャー、本人及び家族の6者会談ならぬ、6者会議が行われることになっている。これを終えてから、初めて再審査が始められるのだそうだ。介護保険の制度上の問題点や、矛盾点などこう言う機会を利用するわけではないが、意見を言っていかないと、改正される力にはなり得ないようだ。例えば、母のように糖尿病を患い、介護保険を利用する老人は、時間の経過と伴に受診する科が増えていく傾向にある。となれば、自ずと個人の診療所ではこと足らず大きな総合病院を受診する事になる。こう言う場合、受診の際にも時間が掛かるため、次の受診までの間隔も長くなる。細かい間隔では受診できず、薬が切れる頃が次の受診日になる。万が一家族が病気などで受診に連れて行かれなくなると次の受診変更も難しいのが現状だ。これを急遽でも、付き添いなど代わってくれるヘルパー派遣事業所や制度があれば、安心してお願いできるようになり、介護者の負担は減るだろう。我が家は、ある時から、病院への送迎と付き添いのヘルパー派遣事業所を別にお願いしている。私が病院へ付き添うことが大変になった為だ。緊急の時は仕方が無いので私がついていくが、私の担当Drもヘルパーさんにお願いすることを薦めた。メンタルで調子を崩した人間には介護ほど大変なものは無いのかもしれない。仕事に介護、遣りすぎたかもしれないと今は反省している。自分を過信しすぎた。でも、今日の調査員さんのように頑張っている人も居るのも事実だ。人それぞれキャパはかなり違う。自分の人生、またひとつ考えさせられた。介護と福祉の勉強本気でしてみようか。。。?
2006年11月20日
久しぶりに処方変更になった。パキシルからジェイゾロフトに変更。(わたしゃ、モロゾフのほうがいいがな~。。。)今年の6月頃に認可になったらしい。。。新薬ってわけ?薬価はパキシルと同じ。効果は?さてどうなるかな~?『状態が手詰まり。。。』?んトランプゲームじゃないんだから。。。そういう表現止めてくれませんDr?やっとトレドミンにも慣れたのに。。。でも、確かに手詰まり感はある。こうなりゃ矢でも鉄砲でも何でも持って来いじゃー
2006年11月16日
此処3日間ほど鎮痛剤を飲み続けた。これは毎月の事で仕方ない。でも、その反動で帰って頭痛が出ることに気が付いたが、どうしようもない。薬物性の頭痛らしい。気圧配置で肩は相変わらず痛い。鎮痛剤を飲んでる間はいい、でも切れてくると夜間でも痛いので寝不足になる。昼間は寝不足を補うように寝てしまう。これも頭痛を助長する。今夜は、更にドラマを観たのがよくなかった。『役者魂』で、大笑いして、その後の『僕の歩く道』で大泣きしたからだ。泣くとあとから頭が痛くなる。これだから、障害者ものは駄目だ。(苦手だ)妹の『私は私の人生を歩んでもいいのでしょうか?』という疑問も解る。兄の『親(母親)亡き後は施設へ弟を預ける』という気持ちも兄妹の立場ならそう当然考えるだろうと理解できる。でも、何処かで違うんじゃないか?兄妹にも面倒を見る責任があるんじゃないか?と言う気持ちが心の奥底に潜んでいる事も承知している。親だって、元々障害を持った弟の面倒を兄や妹に見させようなんて思ってないことも判る。兄妹には其々の道を歩んで欲しいと望んでいる事も。でも、親も年をとるにしたがって希望は変わってきてしまうことがある。それだって、仕方ない事だと思う。それが解るから観ていて切なくなるのだ。私は、大学を出るまでは自由にさせてもらった。大学を出てからも自由ではあったが、自分の意思で、福祉の世界に踏み込んだ。でも、そこで必要とされることは、一般社会と同じことでしかなかった。職員は人権など無視に近い労働条件だったし、給与だって低かった。今の所だって、求められる事は、結局は切り詰められた予算の中で、我儘勝手な上層部の見栄の張り合いの中での予算の取り合いによる費用のやりくりでしかなかった。現場職員なんて、仕事にかこつけ、○民の税金で購入された支給のボールペンひとつ大切にしようとはしない。公私混同も良いところだ。何故なら、上層部は現場職員の健康を管理し精神面のフォローなんて二の次だからだ。職員は使い捨て感覚。これでは、現場職員は職場に感謝なんてしやしない。こんな現場で人権擁護なんて出来るのか?疑問だ。同じような施設で、今年事故が起きた。利用者が亡くなったあの事故も同じような背景があると私は見ている。職場でも起きないとは言い切れないと思う。そういう時代に、この手のドラマが放送されるのもま~意味は在るだろうと思うが。。。障害者が理解される時代は、まだまだ遠いな。。。小中学生が自殺し、その学校長までもが自殺する時代だ。そんな教師に教育される子供たちが気の毒だ。某都知事が、『虐められるやつは何処に逃げても虐められる』と発言したそうだ。そんな大人がいるから、政治は何時になっても良くならない。弱いものを守れなくて、誰もが住みよい社会に平和な社会になるはずが無いと私は思う。それが出来る社会が本当の大人の社会だと思う。
2006年11月14日
今年もこの季節がやってきた。せっかちな父は去年よりも1週間も早く予約を入れたお陰で、こんな時期に接種になった。もう少し後のほうが良いような気もするが・・・このご時勢何が起こるかわからないから。。。ってことで、よしとしよう。。。でも去年、接種後一週間はだるかった記憶が。。。今年はそうならないといいな~。。。多分生理痛と重なりそうだから。。。鎮痛剤でしのげるか~?例の伯母の公正遺言証書も片がついた。これで、一件落着。従兄のほうには、内容は内緒らしい。伯母の死後、妹の従姉から明らかにするらしい。兎に角、伯母が気が済めば良い事だから。。。私はといえば、休職の延長の診断書を提出。自分の五十肩の治療に専念したい所だが、弟の歯周病による前歯の抜歯問題が勃発し、これに振り回され始めている。。。知的障害者の歯科診療は中々行ってくれる近所の歯科医は少ない。もちろん、市の歯科診療機関もあるけれど・・・時間が自由にならない。予約時間に融通性が無いので、朝一番に連れて行かなくてはならなくなったりする。もうひとつは、母の認知症が進みつつあることだ。例えば、買ってきた糠漬けを冷凍庫にしまっていたり、顆粒状のお吸い物の素を野菜室に入れたりしている。どうも、物によって何処にしまうべきなのか判らなくなっている気配がある。もう敢えて、ひとつ一つ指摘する事はしないことにした。只、父には報告するが。。。悲しいが、現実だから。。。受け入れることにした。母の薬の服薬管理と1日2回のインスリンの接種の確認だけは忘れないようにしないと、最近のA1cの数値が上がりつつあるので、要注意だ。これだけ、出来れば良しとしようと決めた。世間では、未だに(報道はされていないが。。。)耐震偽造事件も解決されておらず新たな物件も出てきたそうだが。。。不問に付されようとしている実態があるそうで。。。命がけで駆けずり回ってる人も居るようだ。(詳しくは・・・『きっこのブログ』でググッてね~。)それに比べたら。。。楽なもんだよね。。。私の悩みなんて。
2006年11月08日
最近は、日記をサボっている。何となく愚痴ばかりになるのが嫌な気がするので、何となく書く気が無くなる。今日は、私、チョッとばかし雷親父ならぬ雷オバサンになった。家の前は通学路になっている。毎日子供たちが朝夕通っていく。朝は通学班で通るからまだまし。。。問題は下校時。元気なのは良いけれど。。。昔、私たちが子供の頃もそうだったけど、石蹴りしながら帰ってくると近所の雷親父が待ち受けていて、良くお叱りを受けた。でも、直ぐに『ハイ、ご免なさい。』とか『ハイ、すみません』とか返事をしたものだ。最近の子は違う。家庭の躾によるのかもしれないが。。。素直に『ハイ』と返事をする子は少ない。今日の子もそうだった。最近は石が落ちてないので、どうやら空き缶を何処かで拾ってきたようだ。もう一人の子は、なんと調理用のサラダオイルが入っていたと思われる大きなペットボトルだった。それを潰して蹴飛ばして来た。丁度2、3年生ぐらいか?雷オバサンは、『チョッと其処の君!ソレ!煩いし、通る車や他の人の迷惑になるから止めなさい!』と言った。その後の返事は『ハイ』ではなく『すみません』や『ご免なさい』でもなく、・・・『ウン!』それだけだ。。。蹴ってきた空き缶とペットボトルはそのまま走って持ち去ったが、きっと別の場所に行ってやり続けるんだろうな~と思った。通学路でも、学校に近いが、この近所には小学生がいないうちの近辺では、小学生の友達同士の会話も物凄く悪い。しかも、小学校の1、2年生ぐらいでもだ。親御さんのいない所で会話しているのが聞けるので、凄いことになっている。。。男女問わず、ベランメイ調の言葉遣いだ。ま~其処までは此方は感知しないけれど。。。あんまり行動が酷いと同じ小学校の大先輩として、君らの先生に通報するよ~っと!最近のお子達の言動が気になった今日この頃でした。
2006年11月07日
このところ、日記サボり気味。。。ネタがないわけじゃないけど・・・書く意欲が無かった。良くあることだ。。。楽天さんは1日50回更新可能にしたらしいが、まともな発想じゃないな~。。。商業的にはアリなのかも知れないけど。。。ブログの価値が下がりそうな気がするけどな~?昨日、TVの「ある○る~」で部屋を見て脳の弱点が判るというのをやっていた。この中のタイプ分けによると、自分は『ステラレネーゼ』&『キニナラネーゼ』の複合タイプだった。両親はどちらかというと『カクスーゼ』タイプ・・・引き出しや戸棚に取り合えず仕舞うけど、ゴチャゴチャのタイプだ。『ステラレネーゼ』は、何でも取って置く、捨てられない人。『キニナラネーゼ』は、モノが出しっぱなしでも、気にならない人。『ステラレネーゼ』の脳の弱点:前頭連合野、決断・判断できない。意欲が無くなる。 ⇒ウッカリ物忘れが増える。 対策は:逆アミダ(下から目だけでゴールを追う)をする。 これは納得。だって、抗うつ剤や安定剤飲んでれば、そうなるもの。。。『キニナラネーゼ』の脳の弱点:後頭葉、視覚情報が届きにくくなる(認識できなくなる)。 ⇒信号を見落とす。色のバランスが悪くなる。 対策:トランプの表神経衰弱で、図形認識のトレーニング。そういえば、うちに来るヘルパーさんにも、目に見えてるのに文字が認識出来ない人がいたっけ。。。彼女もこのタイプだろうと納得。。。止まってる車の間から飛び出してぶつけられたっけ。。。きっと、車認識できなかったんだろうな~。。。自分も最近、色のセンス無くなってきたような気がするし。。。見落とし気をつけよう。最後に『カクスーゼ』の脳の弱点:頭頂連合野。空間認識力の不足。分量や大きさの違いが判らない。立体的イメージが出来ない。 ⇒道に迷う。3次元的イメージ想像力が無いの、平面的メイクになって、変なメイクになる。 対策:お手玉でトレーニングする。確かに、父は昔から3次元的なものの想像力が無い。イメージできない事があった。設計図をイメージできないのだ。人間には色んな弱点があるものだ。外見からじゃ判らない弱点や得意分野があるようだ。。。だから、人間て面白い生き物だ。一昨日、もう一人さっきの人とは別のヘルパーさんが、時間に来なかった。普通は遅れるときは必ず連絡をくれるのに、その日は無かった。途中で何かあったのではないかと、一応事業所に連絡してみた。事業所にも連絡が無く、連絡が取れないとのことだった。遅れること1時間。彼女は現れた。やっぱり、事故にあったらしい。自転車同士で若い女の子に突っ込まれたそうだ。これで、自転車事故2回目だそうだ。今時携帯をもっていないそうなので、うちから事業所に連絡を入れさせた。足の親指が曲がって痛いと言っていたので、そのまま病院へ行っていただく為にお帰りいただいた。って言う前に、既に事業所には、30分過ぎた段階でお断りしていたのだが。。。しかしだ、今日まで本人からは何の連絡も無い。その後の怪我の報告ぐらいしてもいいだろうに。。。?この方も、ものを見ない性格のようだ。お気を付け頂きたい。。。『キニナラネーゼ』タイプだな。のだめ状態の部屋。。。未だに。。。先日、「片付けられない女」という本を父に渡した。参考までに読んで欲しかったからだ。。。これに当てはまるわけではないが。。。似たものがあるから。。。凝る時は突っ走って激疲れになるし。。。昔はそうでもなかったのにな~。。。病気になってからだ。。。再発してからは更に特にそうだ。早く抜け出したい。。。脳ののだめ状態。
2006年10月30日
伯母は、予定通り月曜日に来た。そして、公証人役場に行って、一先ず遺言証書をどんな内容にするのかは決めた。しかし、相続の内容の肝心の不動産についての書類が揃ってなかったので、出直すことになった。其処まではいい。。。父だけでなく私にも証人になってくれと言う。一応一般論で、好ましくないものだ。という説明はしたが、公証人の先生が、親子で証人になっても良いというので、一応引き受ける事にした。遺言の執行人はいとこ達が其々の分を各自で受け持つことになった。そして、付き添ってきた従姉は、どうしても今日中に伯母を送って帰るというので、伯母たちが利用する鉄道路線の駅まで車で送っていった。は~ヽ(=;´ ェ `ヽ=)(=ノ;´ ェ `=)ノう~┐(=' ェ `;=)┌ モウツカレタでも、「また来るね。。。」と言って帰って行ったので、近いうちにまた来ることになる。って遺言証書作成は始まったばかり。。。要は、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式で、息子は可愛いが嫁さんが憎いんだな~。嫁が家に入れてくれない「家に来るなって言われるんです」って言い出すし。。。そういう関係になったのは、お互い様なんだと思うんだけどな~?従兄は再婚で、その嫁さんと従兄は親子ほど年齢が離れている。最初は伯母たちと同居だったが、伯父が亡くなって伯母が病気入院してる間に嫁さんの両親が入り込んできた訳だ。それで伯母は居辛くなったのだが、それが伯母は気に入らないらしい。。。嫁さんの両親というのも、従兄と年齢が同年代なわけで、なのに職にもつかずに従兄に扶養されてる状態というのが更に伯母を不愉快にしているらしい。で、伯母は例の切れやすい孫の為に、もう一軒の家にも戻れず。。。アパートで一人暮らしになった訳だ。娘の従姉のほうもアパートが手狭でヒッキーの孫がいる為同居はしたくないらしい。。。傍からみれば、伯母のわがままにしか見えない。。。これだから女は感情でしか物事を捉えられないと言われかねない現象だ。でも、そういう生き方して来たのは伯母なのだから。。。最後まで伯母らしく生きるしかないんじゃないかとも思えるのだ。だって失恋して、一人で満州に渡った若き日の伯母のような生き方は、どうころんだって私には真似できるもんじゃないから。。。余計にそう思う。こうなりゃ~ヾ(=≧ ェ ≦=)b ファイト!!だ伯母ちゃん!
2006年10月25日
昨日父に例の伯母から連絡があった。来週の月曜日にうちに来るという。従姉(伯母の娘)が一緒に付き添ってくるらしい。今回は、遺産相続の遺言書を公正証書にしておきたいらしい。その為の証人になってくれということらしいが。。。父は、以前よそのお爺さんに頼まれた経験から、先週資料を送った。証人とかは、民生委員さんとか第三者の方が好ましいのだがな~といっている。こう言うことは身内でない方がいいのだ。それにしても、地元の公証役場に行かず、わざわざこっちの公証証人役場に来て手続きするなんて。。。手続きが完了するまでには暫く時間が掛かるだろうから、こっちに滞在するつもりで来るのか?従姉も仕事があるし、夜勤明けの休みで来るとは言うものの夕方から役場に行けば帰りが遅くなるだろう。88歳の伯母にはかなりの負担になる。どう考えているのか?こっちが気を使う。。。父は、私にまた、隠れ家へ伯母たちを宿泊させる心積もりをして準備して置けという。そこはいつでもOK状態で、了解しているが、今の体調では、少々キツイな。。。来週は、またメンタルの通院で、診断書をどうするか決めなくてはいけない時期だし。。。どうも、Drのなかでは決まってるっぽいが。。。(更に延期の感じ。。。)どっちにしろ、今のうちに出来ることしておかないと、出来なくなる可能性大だ。のだめ状態の部屋、片付けられることは、片付けよう。。。目指せ!脱のだめヽ(=´ ェ `=)ノはうー
2006年10月20日
このところ、寝っぱなしです。昼夜逆転気味。。。ヽ(=+ ェ +=)ノ・・・キュゥ夜間、キチンと寝れてないのが原因です。どうも、右肩の痛みが出て、違和感があるので、気になって熟睡できないみたいです。だるくて入浴しなかったのもあるかも。。。日中も寝て過ごしてました。でも、錯覚起こすんです。誰かが体の上に乗っているような。。。周りに人間ではないモノが複数いる感覚。金縛りとは違う感覚です。多分、お腹に手が乗っていたせいだろうけど。。。日中は寝ないほうがいい。。。私の格言にしよう。そんなこんなで、今夜は両親から散々嫌味言われっぱなしです。。。自業自得。ま~こんな日も有るさ。。。ねっ。
2006年10月16日
このところ結構調子良かったんだけど。。。月に1,2回はどうしても調子が落ちます。。。| | ヽ(=- ェ -; =)ガックシ生理痛で鎮痛剤を飲み続けです。そのせいか、眠気が強くなり、食事もそこそこに寝ています。でも、最近こう考えることがあります。肩が痛くなったのは、神様が未だ、リハビリ出勤も出来ないのに焦っているので、敢えて新たな課題を与えたのではないかと。。。この夏も色々あった。障害者自立支援法の改正により、妹や弟の施設への自己負担金額も増えた。そのために父と色々勉強する機会があった。母のことも私の担当Drに相談することが出来た。結果、母も精神的肉体的に疲れているのだろうとのことだった。出来れば、一時的にでも弟と切り離して休養させるのが良いのではないかと言われた。つまり、ショートステイをしたらと言う事だ。中々難しいと思うが、時期を見て母の掛かりつけの病院のソーシャルワーカーさんに相談してみよう。春に来た伯母も遺言書の事で又父に相談の電話を掛けて来た。公正証書で作るつもりらしい。一つひとつ片付けていくしかない。神様は、その人に必要な苦労しか与えないそうだ。。。良い事も悪い事もプラマイゼロになるそうだ。そういう意味では、私は姑や子育ての苦労は無い代わりに仕事での人間関係や親兄弟、親戚のことで苦労をすることになっているのだろう。。。両親もそうだ。自分の親のことでは苦労らしい事は何一つ無かったが、他人の世話をして来た。だから、私も出来る事を遣っていくしかない。
2006年10月14日
家族と居ると毎日何かしら事件が起こる。。。ある意味では退屈しないし、それが人生というものなのかも知れない。けれど・・・あまりに色々続いたり、家族の受け留め方がオーバーだったりすると・・・疲れてくるものだ。実は一昨日も二騒動ほど事件があった。一つは、父と電池を買い物に出掛けた弟が電気店で篭城というか、座り込みをした。っていうのも、それこそ表現がオーバーだな。今時の幼稚園児でもしない、昔の子なら地団駄踏んで「これがほしいぃ~~のぉ~」って言う奴を遣ってくれた。。。というのも理由は、腕時計の次にラジオが好きで新しい、しかも大きいサイズのラジオが欲しくなったらしい。しかし、一週間前に買って貰ってばかりなので、到底許されるはずもなく。と言って父の説得には耳を貸さず、それで父から応援レスキューの連絡が入ったので迎えにいった訳だが、彼は売り場の陳列棚の前で、欲しいラジオの見本を手に握って突っ立ていた。お店の店員さんに頼んでその見本を外してもらったが、それでも言うことを聞かず、携帯で母からも説得してもらったが言うことを聞かない。場所は移ったが、今度はオーディオのスピーカー売り場の前にベンチがあって其処に父が座っていたもんだから、今度は本格的な座り込みを始めた。どう説得しても、動こうとしないので、父も場所を離れ影から覗く事にして、私は彼にとって『伝家の宝刀』である母を呼びに行くことにした。家では、ヘルパーさんが来ていたので、本当なら母は家を空けることが出来ないのだが、『緊急事態』ということで留守を頼んだ。篭城現場では、父の話では彼は私の姿も父の姿も見えなくなってから、少し不安になったのかキョロキョロしていたそうだが。。。何処かに移動する様子もなかったらしい。母が到着すると、彼は丁度キョロキョロの最中で母の姿を見つけると、チョッと驚いた表情をしていたが、直ぐに隠れるようにベンチに戻った。しかし、母に手を取られと素直に立って階段のところまで行ったが、階段で母が手を離すとチョッと抵抗して見せた。それで又、直ぐに母に駄目だしされると階段を降り始めた。其処からはスムーズに車に乗って家路に。帰ってから、母が話を始める。叱りはしない。おだて、褒めながら、諭すように話をしていく。こう言う時の母は実に、まともなシッカリした母親の姿になる。不思議だ。。。父は寝る前に布団の中で話をしていた。と言っても、「父さん、参ったよ~!あんなことしたら、父さん死んじゃうよ~!」ってな感じのようだ。で、2つ目は、家族ではなくヘルパーさん。この方、少々変わっている方でのんびりしているのか?はたまた何と言うかマイペースなのか?判らない。我が家では、調味料のストックはガスコンロ台の下の棚に置いてある。もう何年も来て頂いてるから知っているはずなのだが。。。その日、彼女が帰ってから台所で洗い物などしていたら、掃除機の細口のノズルが落ちていたので、偶々そばの戸棚を開いてみたら、予備に買って置いてあった(まだ封を開けたストックがある場合、間違って余分に封を開けないように別の場所にワザと置いてある)お醤油と料理酒が無くなっている。。。もしやと思い、何時のガス台の下を見たら、封が開いて2本が置かれていた。念のため、両親に確認をしたがいじっていないと言う。そんな気が利いたようで間抜けな事をする人たちじゃ~ない。でも何故空けたのか、理解できなかったので。。。次の日も同じヘルパーさんなので、聞いてみた。私「あの~、一つ確認したいことがあるんですけど。。。ここにおいてあった調味料を移動されましたか?」と。。。そしたら、ヘルパーさん「ええー」とケロッとおっしゃる。私「封開けらられました?」H「ええー、開けたけど。。。?」(明らかにそれが何か?という表情の彼女)私「何故開けられたんですか?」H[エッ?ストックなかったから、探してこっちに移動して置いたんだけど。。。あれ~?」と手に醤油のパックを持ちながらのお返事が。。。私「あの~、今もってらしゃるのお醤油ですよね?」というとH「エッ。。。でも空いてないでしょう?」。。。私「あの~、良く見て頂けます?封開いてるんですけど。。。」H「アラッ!開いてたの?(まだ自分のミスを認めない、挙句に)でも、料理酒は無いわよね~。」私「(棚の中にある料理酒の瓶を渡して)これですけど。。。」H「エッ。。。これ『お酢』でしょう。。。』私「(確かに瓶にはお酢のメーカーのマークがあるけど。。。と思いつつラベルを指差して)ここに料理酒って書いてありますよね~。。。」H「アア~、本当だ。料理酒って緑のパックだとばっかり思ってたから。。。こういうのもあるのね~!私の勘違いね~。」私「(って字が読めんのか~~!!!と思いつつ。。。)ええ~あるんです。(事情)解りました~。」ここでやっとヘルパーさん「ごめんなさ~い。昨日は両方(醤油も料理酒も)みえなかったから。。。」何が見えなんいんだ~~!それで良くヘルパー遣ってるなーー!!!先ずは、出してもいいけど、出したら家の者に報告せんかーー。という訳で。。。この件については事業所に報告させていただきました。m(__)m事業所の責任者の方は、「他のお宅でも在り得ますね。。。指導いたします。」とのお返事いただきました。ああーースッキリしたー。とはいえ、こう言うことあるとすんごく疲れるだよな~。。。
2006年10月11日

肩と腕は相変わらず痛いけど。。。このところ天候がいいせいか、如何にか少し動けるようになった。こうなると、元々園芸(演芸じゃないから~)好き人間にとっては、植木の状態が気になって仕方ない。困ったものである。。。でも、これ以上世話が出来ないから増やすわけにいかないし、今あるものをどういい状態にしてやるかしかない。結構、世話が出来なくなって枯らしてしまった鉢が多い。今気になっているのは、この夏、花をつけなかったハイビスカスの鉢と植え替え出来なかったシンビジュームの鉢だ。どちらも名前はわからないが、ハイビスカスはピンクの八重咲きの花だ。シンビは懸垂タイプのグリーンの花、去年は咲かなかった。ハイビは冬~春先の間には、何とか花をつけてたので、剪定が遅くなった。梅雨時期に剪定したので、外に出すタイミングがずれてしまった。外に出してからも、成長がいま一つ良くない。どうも根詰まりしているようだ。外に出せないのなら、植え替えも一緒にすればよかったと思った。後悔する事ばかり。。。という訳で、シンビはもう無理だとしても、ハイビは今ならまだ冬支度で取り込む前に植え変えしても大丈夫だろう。では何時、どの位の鉢に植え替えるか?今のより少し大きめのプラ鉢にするか、今のと同じ鉢にするか?について悩みだす。。。大きくするとなると土の準備は大丈夫か?とか考え出してしまう。。。で、何故か考え出すと眠くなるのだ。。。これまた困る。。。実は今日もベッドに座って、編み物しながら考えていたのに関わらず眠くなった。ジッとしていると眠くなるのだ。頭が回ってない証拠。寝てる間はシッカリ夢を見てる。支離滅裂な夢なんだけど、起きても覚えてるくらいの夢。この手の夢は、疲れるんだ。脳が寝てないから。。。結局何にも事は進んでいない状態。考えずに行動してるほうがいいか~?それも、結局途中で何が何だか判らなくなってきて、疲れそうな気がする。仕事中、よくそういう状態があった。あの頃から、少し体調もおかしかったのかも知れない。。。もっと早くに休養を取れば良かった。。。過ぎ去った事は仕方がない。これから、同じことを繰り返さないようにしなければ。。。意味が無い。マイペースでボチボチいくか~取り合えず、近いうちにハイビちゃんの植え替えをするべー。
2006年10月09日

今日は関東地方は物凄い雨だったにも拘らず、肩は痛いものの、10時過ぎに如何にか起きた。朝、母に車でバス停まで送って行って遣ってくれと言われたが。。。起きれなかった。。。後で聞いたら、父が「あゆ(本名○○)に迷惑掛けるな。」と言ってくれたらしい。。。今日で弟が3日連続デイケアに通所した。だから・・・大かも知れない。。。最近、朝食はトーストなのだが、『はちみつマーガリン』と言う代物を○シケイで見つけた。ま~要は、マーガリン塗ってから蜂蜜を塗ればよいのだが、初めからマーガリンに蜂蜜が混ざっている訳で、何ともモノグサ者には都合の良い代物だ。(因みにこの生産者は四国でした。)これにシナモンパウダーを掛けてシナモントーストの出来上がり。これにハマっている。。。これを食べ終わってから、肩にお灸をした。母もデイケアの日。。。二人が出かけたせいもあろうか?痛みが軽くなったので、2階(自分の部屋以外)の掃除を始めた。廊下と階段、そして母の寝室と物置になっている(通称:猫の餌)部屋の掃除機掛けをした。今日は動けたぞ。こういう日も有るんだ。。。それから、昼食をし、国会中継など観ながら、ネックウォーマーなる物を編んでみた。先週だったか、NHKの『おしゃれ工房』という番組で紹介されていたのだ。首から肩にかけてかぶるポンチョの小さいやつみたいなものだった。肩を痛めてから、肩だけを冷やさないようにするには、何か羽織るしかないのだが、外ならショールと言う手もあるが、室内では邪魔だし。。。寝るときは既に薄手のフリースを着ているが、(去年はずっと上下フリースでいたりしたが。。。)やっぱり着替えをキチンとしたほうが気持ちが切り替わるような気もするし。。。病院の中とかで待ってるときとかはいいかもしれないと。。。昨日の鍼灸院の帰りに、途中で買出しをしたついでに、半額セールの毛糸を買ってきて適当に編み出した。どう出来上がるかはである。『ネックウォーマー』で検索したらこんな物を見つけた。スノーボーダーやバイクに乗るときなんかに首に巻くやつを『ネックウォーマー』と呼ぶらしい。。。因みに作りたいのはこっちのやつ。どうなることやら。。。
2006年10月06日
久しぶりもいいとこ。。。5ヶ月ぶりに美容院へ行った。シャンプー&白髪染めの為だ。肩と腕が痛いと長い時間手を上げていられないので・・・自ずと手抜きをするようになる。もう限界となったわけだ。先日の友人の妹が居るので、その彼女にお願いするのだが、遣って貰っている間にお姉さんの話をした。何時も、タイミングが悪く、私の体調が最悪の時に限ってお姉さんからやが着たりすること、先日も体調悪くて寝てるところに突然来た事を話したが、やっぱり判ってなかった。「今時、世間では皆、自分のことで精一杯なのに他人のことまで心配する人間なんて居ないでしょう?あの、雨の中びしょ濡れになって行ったんだよ。。。どれほど真剣にあゆ(本名○○)さんのこと思ってるか(あゆさんが)判ってくれてるんだろうかと思うよ。」と言われてしまった。。。この時は黙って目を瞑って私は微笑んだ。でも、最後に「やっぱり病気ってさ~、なって見なきゃその人の痛さとか辛さって判らないもんだよね~!」と言ってやった。黙って見守る事だって、時には優しさじゃないのかな?この人たちにはそういう理解は無理かもしれないな?だって、ずっと離れていて音信不通で居ても、選挙の前とかになると必ずはして来たもんな~。日本中に電話しまくりの人だし、怪しいトコから出された学校の名簿もこの為に購入する人だし。。。友人であるお姉さんの方も子宮筋腫という爆弾を抱えていて、以前より少し痩せて見えたので、気なって妹さんにも聞いてみたが、今度破裂しかかったら切るしかない状態らしいとのことだった。それなら、人の心配の前に自分の爆弾を処理しろと言ってやりたくなった。彼女も無理して突っ走るタイプだから。。。同じような失敗はしてほしくないし。。。今なら計画的な処置が可能なはずだから。。。このこと、妹さんには伝えたが、本人にはまだ言わないでおこう。間接的に聞くことだろうから。。。
2006年10月04日
この3日間ぐらい、痛くてたまらない。お灸も自分で遣ってみるが、我慢できなくなってから。。。だって、1箇所1日1回ってあるんだもん。。。人体実験に不参加を表明していた父も、流石に昨日はだるかったらしく、しかも整形外科は休みなので・・・遂に「『お灸』をしてみてくれ」と自己申請してきた。背中に3箇所ほど貼ってみたが、全然熱くなかったとのこと。効果は効いてるような気がするとのこと、ま~その思ったほうが効果出るでしょうね。その後は、家中で夕方までお昼ね状態。もう起きて、夕食の支度に取り掛からねばと思った頃、友人(某学会員)が突然尋ねてきた。具合悪くて寝てるからって言ったのに。。。顔見に来たとか言うので、玄関へ。状態説明しても、理解されず。。。(やっぱり駄目だーー。(T_T))(ここからは愚痴。)気晴らしに外に出ろとか、出る気力があったらとっくに復帰しとるわー!菜ばしで腕と肩が痛くなると説明したら、「あんたはホントに家事に向かないわねー。。。」ってそんなこととっくの昔に知っとるだろうに。。。今更言うな!「映画でも偶には見に行ったら~?」。。。興味の無いものに無駄な金使えるかーー!こちとら医療費が人一倍かかってるんじゃーー!「何か閃いたり、気付いたりする事もあるかもよー!」。。。脳が機能しないときは、何しても何見ても駄目な時は駄目なのーー!!!「メールも見たりするのだって、しんどい時あるんだよ~」と言えば。。。「携帯のメールなんて左手だって打てるわよ!」とか「PCからだっていいじゃない。鉛筆持ったって打てるわよ」。。。全然判ってない。挙句の果てには「あんたは決め付けが強いからそれ止めなさいよ~。」。。。は~?今更、言われんでも判っとるワイ!!そう言って帰って行った。。。Σ(=T ェ T=)あーーー・・・!!気分の悪いのが一気に増した。夕食のしたくも出来ず。。。因みにこの日の夕食はレトルトのおでんと焼き魚で温めるだけにもかかわらず。。。母には「家には女の子が居ないからねぇ~。私が全部遣らなくちゃいけないのよね~。」等などの嫌味の集中砲火を浴びせられる。。。目に余る為、父には母のこの行為を報告したが、無視しろとのこと。しかし、母によるこれ以上の嫌味が続くようなら、私は自分の隠れ家に戻ることにすると通知。このままでは、この家に居るリスクが多すぎる。
2006年10月02日
鍼灸院に通うようになってから、「『お灸』って気持ちいいかも。。。」と思うようになった。そこで、市販の○年灸とやらを買って、自分にではなく家族に人体実験を試みた。膝が痛いと言っていた母が最初の犠牲になってくれた。お灸の箱の中に説明書が入っていて、何には何処のツボと言うのが書いてあるのでそれを見ながら貼っていく。母は膝下の三里というところとくるぶしの辺りに1ヶ所ずつ貼った。ところが肝心のライターが点火が悪く、左右時間差が出来る。これって結構余計に熱く感じるのだ。悪いことしたな~と思いながらやっていたが、終わって暫くしたら、足がポカポカして来たというので一安心。結構喜ばれた。この時思った。母は構ってほしいのかな?と。。。父は背中が痛いと言って湿布を貼っていいるので、「背中に(お灸)やってあげるよ~♪」と言っても数日前に医者から貰った薬で、頭痛を起こしたため新たな試みは『嫌なのだ』そうだ。遣らせて貰えなかった。。。残念。そして、残るは弟だけだ。チョッと難しいかなと思ったが・・・その日腰を叩くしぐさをしていたので、うつむきにさせ背中に貼ってやった。妙に不安げな表情をしていたが・・・遣らせた。次第に熱くなってきたら『アチッ、アチッ』と言ったので浮かせ気味にして冷めだしたら直ぐ剥がしてやった。剥がすのにも熱いんだもん。。。『何しやがるんだ!コノヤロー!』みたいな顔はしていたが。。。許せ、弟よ。今度何かしたら、『お灸するよ!』で言うこと聞くな~。。。なんて思ったりして。。。こうして我が家の人体実験は終わった。
2006年09月28日
昨日の夜は、今朝の栗御飯を炊く為に栗の皮むきをしていたら、夜中になってしまった。シ~ンと静まり返ったリビングは何となく寂しいので、過去のDVD録画した鬱に関する番組を流していた。何も「鬱」の番組なんてワザワザ再生しなくてもいいものをと思うが、考えたかったのだ。自分にとって、仕事って何だったのか?家族って何なのか?今更、そんなこと考えないとわからんのかと言われそうだが。。。自分の奥に居るもう一人の本当の自分に語り掛けたかった。聞いてみたかった。日常は兎に角ドンドン過ぎ去っていく。何もしなくても時間は過ぎていく。雑用だけに追われ、日々の暮らしのことで過ぎていく、確かにそれも大事なのは判るけど。。。最近は母との関係がギスギスしている。母のそばに居るとイラついてくる。今日は私が久しぶりに部屋を掃除している時に、母が夕食のおかずに餃子に拘りだし、私に買い物に行くようにと言い出した。冷蔵庫の整理をするつもりだった私は説明したが聞き入れてもらえなかった。次第に、イラついて動悸がするようになった。久しぶりにどうしようもなく、リーゼを飲んだ。動悸は直ぐに治まったが、自分を落ち着かせる為に、掃除を中断し、編み物をした。神経を集中させる為だ。仕方ないと感じたのか、父が中に入り、天婦羅にメニューを決め買い物に行ってくれた。父が買い物に帰ってからは、天婦羅の準備に取り掛かった。天婦羅で箸を使う。すると菜ばしを使うときに腕の筋肉を使うのか、又しても右腕と肩が痛くなる。後で、このことは両親に報告した。私は何の為にこのうちに居るんだろうか?私にとって仕事って何だったんだろうか?仕事は家から逃げる口実だったのだろうか?私は何をしたいのか?どうしたいのか?判らなくなった。。。
2006年09月24日
今日も鍼灸院へ。。。週に2回通うことにしている。このところは、低気圧が近づく時に痛くなる程度だったが、昨日は肩が固まってる感じがして、痛かったので、入浴後にラバーチューブを使った筋トレをやった。そのせいではないと思うが。。。鍼から帰ってから何でもなかったのに。。。夜、父の漢方薬を煎じていた時、やかんの蓋を持ったらチョッと熱かったそれで、反射的に手を動かしたら・・・右腕に激痛が走った。息が止まりそうになった。。。あまりの痛さに、その場に座り込んで、腕を握ったまま1,2分ぐらい動けなかった。。。こんな痛みがいつまで続くのか。。。ある人の痛みを思い出した。。。きっとこんな感じの痛みが襲うんだろうな~。。。体験してみなければ解らないな~。。。もっと辛いだろう。。。こうなると私は原因を知りたくなる。ホントに単なる肩関節周囲炎なのか?大学病院とはいえ整形外科医の診断を疑いたくなる。。。
2006年09月20日

単なる自己満足。。。チョッと前のフォトから。。。デカスギ。。。いきなり。。。ゴメンチャイ。。。最近の報道から。。。今度の時代劇の衣装発表。。。チッチャイ。。。けど。。。うっとり。。。お馬鹿な私。。。
2006年09月16日
今日は、施設に入所している妹の契約事務の手続きに行ってきた。今年の10月から障害者自立支援法が改正された為に、措置から、契約に変更された。つまりは、障害者側が施設を選べると言うことになる。。。でも実際には、まだそう言う段階ではない。その証拠に、今入所している施設の契約書には、実際には義務でも何でもない『成年後見人の選定を終えた人』しか契約できない『前提条件』が盛り込まれていた。これは、絶対に可笑しい。確かに、重症心身障害者や重度の知的障害者は意思表示が出来ない人も多いが、だからと言って、必ずしも成年後見人制度を利用しなくては契約事務が出来ないという法律も条例も無い。この制度の趣旨は利用する人の財産を守ることにあるなのに、何故に施設利用の契約をするのに親が後見人の申請手続きを施設に要求されるのか確かに最近は事故で無くなった親の生命保険金を受け取った孫のそのお金を横領した祖父母がいるらしいが。。。そんなのごく一部であって。。。子供の為に預金する親の方がまともだと思う。善良な行為者の義務を以ってして行うのが一般的保護者だろう。それを信用しないと言う考え方が施設側の人間にあるということになる。つまり人を全般に信用しないと言うのが施設の理念のようにも私には聞こえる。逆説的に言うなら・・・人を人として信用できない施設の人間には、福祉などという人間相手の事業が出来るのか?そんな施設には家族を預けたくなどない。と言うのが本音だ。施設側は、成年後見人制度を導入しての契約事務行為は、先進的な事だと自負しているようだが。。。本当にそうなのか?単に施設利用料の捕り逸れを心配しているだけにしか見えませんけど。。。私の言ってること何処か変でしょうか?(ハッキリ言って施設に喧嘩売ってます。。。)
2006年09月14日
至急連絡乞う。。。(まだ、日記読んでなかったんだよ~。。。)皆心配してるよ~。。。
2006年09月13日
今日は朝、8時半に無理やり起きた。父が通院に出掛けるので、弟を送って行けと言うことだった。でも起きてみたら、父が送って行きそのまま通院するから、行かなくてもよいと言われた。(=- ェ ☆=)Vラッキーと思い、食事をしようかと思ったが食欲がわかない。原因はこのところの便秘。カマを飲んでも駄目。。。シリアル食べても駄目。。。ヨーグルトも駄目。野菜も食べても駄目。お母さん・・・何処に行ってしまったんでしょう私のあの。。。???ガスモチンと漢方を飲んで一休みと思いきや。。。一気に寝てしまった。llllll(=- ェ -;=)llllll ずーん気が付けば既に昼すぎ。。。アア~朝食抜いてしまった。余計に出なくなる。。。(=ノ ェ
2006年09月11日

8月中に食べたゴーヤの種を水に漬けておいて、ビオラが枯れた鉢に気まぐれに撒いてみた。20個ほど撒いたうち1本が発芽した。。。もしかしたら、最近の天候不順で枯れるのではないかと思ったが、如何にか成長している。でもまだこの先判らない。。。だって、涼しくなる頃になって芽が出てもね~。。。成長してくれるんでしょうか?ハイビスカスも今頃咲きだした。外に出すのが遅れたから。。。時期ハズレって言うか。。。世話する人間がずれてるせいなのか?
2006年09月09日
今日は、先週Drがポカをしてくれて処方箋にメインのパキシルを載せるのを忘れてしまい。。。更に自分もそれに気づかず帰ってきてしまった為、今日はこれをもらう為に行ったようなものだが、他にも目的があった。先日からDrに母を遭わせ、Drから私の病状について説明して貰うことと、母の状態(老人性うつが在るかどうか)を観察してもらうことの二つの目的が在った。私もだるかったが、母もだるくてイヤだと言ったが、父からも「お互いの状況を在りのまま伝えて今後どういう風にお互いが接したら良いのか意見を聞いて来たらどうか?」と説得してもらい、嫌嫌ながらも付き添ってくれることになった。母は病院では、自分のときよりもしっかりとハキハキとしていた。これはチョッとビックリである。でも途中、「私の対応のせいで娘の病状が良くならないんですか?」とDrに質問した時には内心ドキッとした。もしかしたらそれらしいことを言うかな~?とは薄々想像はしたが、まさか本当にストレートに発言するとは思わなかったからだ。甘かった!Drの意見は、家族中が疲れてるようなので、少し其々の負担を減らせると良いのですが。。。との意見だった。特に母の負担となっている弟のことをショートステイなどの利用など検討してみた方がいいということを進言してくれた。今すぐは無理でも母の頭の片隅にでも入ってくれれば良いのだが。。。私としては、再来週辺りに今度は父を連れて行き、Drの今日の感想を聞いてもらいたいと思っている。Drは「お母さんも大変でしょうが、時々一緒にいらしてお話聞かせてくださいよ。」と言って下さったので、家族の影響についても観察を重ねて、治療に役立ててもらえたらいいのだがと思う。少し肩の荷が下りた感じがした。ステップ一段上がったかな?そう思っていたのもつかの間、夜になって例の伯母からが来た。どうやら、此方に来たい様だ。明日、父とどう対応するか検討することになりそうだ。
2006年09月07日
何時ものごとく、昨日の晩から右肩が痛くなる。雨になるからだろうな~と思いつつ、鍼灸院の予約が入っていたので良かったのだが。。。朝は案の定、肩は固まってる。と言うか、右腕の肩に一番近い筋肉が痛いのだ。揉んでみたりしたが少しは違うかな?筋肉が堅くなってる感じ。。。冷やしたかな?明け方少し寒かったし。。。で、予約の時間に何時ものように鍼灸院に行った。鍼刺して、電気通してピックンピックン15分ほど、その後はホットパックを乗せて肩を温めること更に10分ほど、そして次にお灸をする。これが、熱痛って感じで結構快感なのだ、癖になる。。。最後は、マッサージになるのだが、今日は新兵器登場。。。『貼る鍼』だって。。。ピッ○エレ○バンの鍼バージョンみたいのだった。気になったら剥がしてもOKだそうで、忘れて1ヶ月も貼り付けたままにしてた人も居たらしい。最近は何でもあるんだな~。なんでも経験だと思って貼って貰った。4箇所貼ってある。痛くないし、気にならない。効果はどうだろう?暫く様子見ね。
2006年09月06日
相変わらず、ダルさが続いている。日中はずっーと眠い。それでも、風呂掃除はしたんだけど。。。今日なんて、夕方友人から久しぶりに電話が来たのに、丁度だるくて昼寝に入ったところだったので起きられずに後から電話するという事で断ってもらった。でも、その後は夕食の支度に追われて連絡できず終い。彼女は何時もタイミングが悪い。調子の悪い時に限って掛けてくる。と言うか、新聞を断ると掛けてくるのだ。ある○会系の新聞。春からずっと取ってる。此れも付き合いだからと思うけど。。。少しお休みさせてもらおうと思ったのだ。他の新聞の広告欄でこの○会系列の雑誌の今月の記事に「心の病」を治したと言うのがあるらしい事を知った。多分それを読ませたいのだろう。そんな簡単じゃないのよ~。と言っても無駄。彼女は筋金入りの○会員だから。。。全てが宗教に結び付く。宗教は必要だよ。自由だし。でも、何でもかんでもそっちに行くのはどうかな?と思う。気持ちの持ちようだけじゃないんだよね。今日の夕食は母にも手伝ってもらった。野菜切りをして貰った。長ネギと白菜の千切り。やれば出来るのがわかった。やろうとしないだけだ。一緒にやればいいことが判った。此れで、痴呆予防が出来るぞ昨夜は母が何時もより1時間ほど早めに夕食を食べさせようとしているので、遂「何時もより早いんじゃないの?」と言ってしまったら・・・「余計なこと!言わないでよ!」と膝を叩かれ、怒鳴られてしまった。途端に動悸がして来た。怒鳴られるのは慣れているので、動悸がするなんて珍しい事だった。こんなことは普段無い。仕方なく部屋へ戻った。寝る頃になって、母が「さっきは叩いたりしてゴメンね~」と誤りに来たが・・・。「大丈夫だよ~!殺したりしないからね~!死ぬの待ってるからさ~!」なんて言ってやった。我ながら大人気ないけど。。。そしたら、母が「あたしもとっとと早く死にたいのよ~!」なんて言っていた。ああ言えばこう言う親子。似たもの親子。。。死ななきゃ治りませんかね~
2006年09月03日
今日は、8時に起きて9時半に整形外科へ行った。直ぐに呼ばれたので、予想以上に早く終わった。病名の診断を確認しにいった様なものだった。診断名は『右肩関節周囲炎』つまり『五十肩』と同じ。それでも、寝不足のせいか待ってる間も少し気分が悪かった。会計を済ませると、買い物もせず、真っ直ぐ帰って直ぐに横になって寝てしまった。次に起きたのは、昼の2時。食欲なし。ブドウデニッシュ風の食パンがあったのでそれを焼いて食べた。そして、部屋に戻って又休む。気持ちを落ち着かせる為にレース編みをしていたら、ちょびが来たので一緒にゴロゴロしていたら又眠くなった。ちょびは何処かに行ってしまった。気が付いたら5時半くらいだった。良く眠れる日だ。頭痛がしていたので薬を飲む。7時から鍼灸院に行く予定なので、それまで寝ていた。鍼灸院から帰ると8時過ぎ、それから夕食。少し食欲が戻る。食べると胃もたれが残る。兎に角体力の温存を図る。明日も午後から母の通院に付き添いだし。。。頭痛の原因は、母のことだ。何気ない行動でも「考えること」が出来なくなってきてしまったようだ。自分で買ってきたレトルトのミートソースのルーをどうやって使うのかが解らなくなっている。料理は以前から苦手な人ではあったが、ヘルパーさんに遣ってもらうようになり、自分で考えなくなったせいだろう。冷凍物が増えて、レンジでチンすることしかしてないから、自分で何か作ることが出来なくなってきているようだ。昼もお弁当の配食サービスを頼んでいるので、頼まない日はお寿司とかおにぎりとかの買い物を父に頼むようになった。子供さんの居る家庭では、『食育』というのが流行っているそうだが、『老人の食育』も必要な気がして来た。痴呆や老化を防ぐ効果があるんではなかろうか?
2006年08月29日
この2,3日ダルイ。先週調子が良かったので、家事に頑張りすぎたか。。。天候が曇りになった途端にダルさが出る。鍼灸院にも週に2日は通っているが、天気が崩れる前は痛みが来る。ホントに正直すぎる身体だ。今週は、母のインスリンの針が足りなくなるので貰いに行かねばならなくなった。整形外科と心療内科の予約も入ってるし。。。3日連続である。この調子では、職場への顔出しも来月になりそうだ。。。先々週、心療内科のDrに「くれぐれも。。。」と釘を刺されたのに、懲りてないな~。。。このところ、母のことで気を揉んだ。隣のオバサンが、マグネットビーズでネックレス兼ブレスレットを作るのが趣味。以前に母に作ってあげると言って来た。「ただで貰うのは悪いから、材料代を払いなさい」と父に言われて千円ほど渡したらしい。それから、またお嬢さんの分とか父の分とか言って作ってきた。父の分と言って持ってきた『黒いビーズのもの』を父がいらないと言うので、別の友人にあげたらしい。母の友人は、たいそう気に入ってくれたようで、それは良かったのだが、その娘さんが同じものを希望した。母は伝言で同じものを依頼したそうだが、「材料代に関して、幾らでも良い」と友人から言われたとおり、隣のオバサンに言ってしまったらしい。其処がイケなかった。。。出来上がってきたものは、元のとはマグネット部分の色が全く違うものでシルバーしかも間のビーズはスワロフスキーのブルーを使ったものだった。(依頼したのは黒のマグネットビーズでファイヤーポリッシュのブルーのもの)スワロとFP(チェコファイアポリシュ)ではビーズでも値段が全然違うのだ。請求された材料費がなんと5千円になってしまったらしい。。。どう考えても、そんなには掛からないはず隣のオバサン、ぼり過ぎとちゃいまっか掛かっても3千円がいいとこだと思う。。。父に相談したが父も同じ意見。仕方ないので依頼された友人の方に事情を話して、謝ったが、気持ちよく引き取ってくださった。しかし、家族内では『母の不手際といい加減な記憶で、他人様に迷惑を掛けたこと』が今後の問題となった。その3日後、又隣のオバサンが母に今度は、先日のとお揃いでブレスレットが出来たと朝の弟送り出しと父が出かける日でバタバタしてる時間帯に持ってきたそうだ。このときは、「今、忙しいから」と支払いを直ぐにしなかったらしい。。。後から、この話を聞き、呆れた私は、「ブレスレットは頼んだの?いい加減な返事したんじゃないの?」と母を問い詰めた形になってしまった。よく考えてみた。隣のオバサンは作るのが楽しいのはいいけれど、母が性格的に断れないにのを良い事にしているのではないかと思い始めた。さらに悪意が無いのが最も性質が悪いとも。。。「もう、いい加減に要らない物は、ハッキリと断りなさいよ。」そう言って話を終えた。次の日、ブレスレットの代金を払うと母が言うので、好きにさせた。「請求は幾らだった?」と聞くと「千3百円だった」との答えが返ってきた。そんなには掛からないはずだ。でも、もっと払ってるかもしれない。本当の金額を言うと怒られると思って少なめに言っているのかもしれないと思った。お年寄りが、悪徳商法に引っかかるのは、こんな感じなのかもしれないと思った。親しげになってから、ドンドン色んな物を薦めて買わせるのだろう。ちょっとそんなことを考えさせられる切っ掛けになった出来事だった。
2006年08月27日
最近何だか、出かけるたびに(鍼灸院に行った帰りとか、病院の帰りとかに)買い物をすることが多くなった。ま~、リハビリにもなるのでいいのだが。。。何だか、我が家の食費が気になり始めた。これも拘りの癖も在ると思うのだが、どうも立替払いが多くなり、一々請求するのが、段々面倒になってきたりして、持ち出しも増えてきたので、現金が直ぐ無くなったりする。これが切っ掛けで、一体我が家は無駄な買い物、特に食品を無駄にしていないか?気になりだした。自分では、昔就職して寮で一人暮らしをはじめた頃一年付けたことがある。大体どの位何に使うのかが判った。今回は1ヶ月付ければ大体把握できるだろう。一度に大量に買い込むと野菜などは傷みやすいのと夏場は冷蔵庫が一杯になってしまう。夕食の材料は材料宅配のヨ○ケ○さんが毎日配達してくれるので、買う必要は無い。保存の利くものや、朝食や昼食の材料を買えばいいだけのはずなのだが。。。デザートの果物や別腹に入るお菓子やアイスがどうも必要になっている。あるときなど、「冷凍物は買うなー」と言っていたはずなのに、いつの間にか何故か「冷凍たいやき」が入っていたりする。。。誰と思いきや。。。言った本人が買って来ていた。。。さてノートに書き込めばそれでいいかと思った。でも、よく考えてみたら、日用雑貨も多い。弁当買ったりも多くなった。光熱水費とかは父の口座から引き落としだからほぼ幾らかが把握されているので、問題は無い。一番あいまいなのは、やっぱり食費が一番多いかなノートにつけ始めて、集計が面倒な事に気が付いた。そこで、PCに内蔵されている家計簿ソフトを使ってみることにした。使ってみて意外に会社等の会計ソフトに近いくらいな事に気が付いた。医療費の集計も出来る。でも、まだ使い方がよく判らない。。。それとほぼ毎日、何かしら買い物がある。入力のたびに、試行錯誤なので、時間が思ったより掛かってしまうな~。毎日、家計簿ソフトと格闘中なのだ。。。1ヶ月続くのか。。。自分でも疑問。。。
2006年08月24日
先日、やっとエアコンも着き、父と弟もようやく涼しく夜を過ごせるようになった。しかし、こっちは、1日2食も食事の支度をする日曜日は結構キツイな~。遣り慣れてないからだろうけど。。。慣れない事すると2時間も台所に立ってると脚がだるい。最初は木製脚立に腰掛けながら遣ってたけど。。。要領悪すぎる。。。今朝は、ちょびが早朝から水飲み過ぎたのか?また、吐いた。。。お陰で貫徹に近い状態で眠かった~。午前中はやたらに外に出たがるが、まだ出すわけに行かないので部屋に|(=|;| ェ |;|=)| 監禁!状態。一緒に寝てた。。。昼近くまで寝てた。。。起きれば後くっ付いて廻る。お腹のマッサージ要求。まだ、調子悪いか?それとも便秘か?カマ飲ませようかな?先ずは、ビオフェルミンから~起きたてから、お腹が重い感じ。。。来た。。。月の使者。食事しながら・・・痛み止め服用。。。プラス何時ものサプリ&お薬を時間差で飲んでいく奴。。。食後は両親の昼食のおかずが無いのでサラダを作る。カボチャでサラダを作るがドレッシングが今一味が馴染まず。。。不評。母は、自分で作ってた頃は、かなり冒険した料理を作っていたのに、不評だとよく怒っていたが、自分は人の冒険料理を食べようとしない。。。ズルイ。母の中にはカボチャは煮物に使うものと言う概念があるらしい。年寄りは固定概念を崩せないのね~。。。ヽ(=´ ェ `=)ノはうー
2006年08月21日
昨日は、2週間ぶりの通院だったが、市内の某所であるイベントのため大学病院の周辺が交通規制状態。通常15分で行けるところ、1時間掛かった。自業自得。電車で行けばよかったが、買い物もあるし、雨はいつ降り出すか解らない状態なので車にしてしまった。直前までは、電車で行くつもりだったのに。。。いざとなると楽なほうを選んでしまう。病院は空いていて直ぐに呼ばれた。このところは体調は良かったのでその旨を報告。只、家庭内状況はあまり好ましい環境ではない事を説明した。主に母の「老人性うつ状態」の疑いについてだ。最近、記憶障害が激しくなった事、イライラしやすい事、言うことがコロコロ変わったりすることなどから「認知症」よりそちらの方が可能性として高いような気がするので、相談した。そうしたら、私の通院の時に同行させて一緒に話をしたら判ると言うので機会があったら、連れて来る様に言われた。薬は、安定剤が以前出ていたメイラックスがあったほうが落ち着くので、再び出してもらった。他は変わりなし。調子がいいからと突っ走らないようにくれぐれも注意するよう釘を刺された。了解です。今日は朝からチョッと疲れが出ていた。7時前にちょびに起こされたので、餌を用意して再び寝てしまった。次に起きたのが10時過ぎ。母と弟は其々のデイケアに出かけていた。11時と12時過ぎに人が来て、午後は3時にエアコン取り付けのハウスメーカーの人が技術屋さんを連れてきた。結構、慌ただしい1日だった。夕方弟を迎えに行って帰って来たら疲れが出たのか、眠くなってしまった。ちょびを病院に連れて行く予定が出来なかった。まだ駄目だな~。食後は、元気が戻る。明日は朝からちょびを病院に連れて行かないと。。。その後は、午後から鍼灸院。帰りは買い物だな~。これが私のリハビリだ~。
2006年08月18日
最近は、寝る時間は変わらないが如何にか午前中の8時から9時ぐらいに起きれるようになって来た。でも、朝右肩が固まっている。妙な痛みが残る。今日も鍼灸院通院の日だったので助かったが、それでも低気圧が近づくと妙な痛みが出て来るのが困る。これさえなくなれば。。。大分違うのにな~。湿気も敵だ。アア~、は何処かに行ってくれないかな~?無理は禁物。ボチボチ行く事にしましょうかね。。。
2006年08月16日
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