難病夫婦 元気への道!
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私は子供の頃から 父親と折が合わず、私が絵や書道で賞をとっても、スポーツで良い成績を残しても、勉強を頑張っても、ほめられたことがありません。それだけなら言いのですが、「お前がやれるんじゃ、大したこと無いな~」とか、「お前なんて才能があるわけじゃないんだから、何をやったって無駄だ!」とか、それ以上の悪口を、涙がこぼれても、気分が悪くなっても、言われ続けました。だから、良いことも怖くて報告できず、本当に辛い子供時代でした。私は本を読んだり、絵を描くことが好きでした。お小遣いをもらっていないのに、本も筆記用具も買ってもらえませんでした。年に一度、ほんの少しだけもらうお年玉で、私は毎年、何とかやりくりしていました。学校の図書館にも行きましたが、親が無理やりスポーツばかりやらせるので、疲れて本を読むことが殆ど出来ませんでした。「勉強するために参考書を買いたい」とお願いすると、「女が勉強して何になる」と言われました。親戚の子が絵を習い出したことに対しては「立派だ」とめちゃくちゃ誉めるくせに、「私も絵がもっと上手になりたいから、絵を習いたい」というと、「お前の為に無駄金を出す気はしない」と。親に勝手に入れさせられたスポーツも、素直に頑張っていると、調子が上がった頃に勝手にやめさせられたり。視力が悪くなり、めがねが必要と言われたら、めちゃくちゃ怒られ、眼科にも行かせてもらえず、めがねを買ってもらえないどころか、夜に明かりをつけて勉強することも禁じられた時期がありました。結局、親にはめがねを買ってもらえませんでした。こんな両親ですが、妹に大しては間逆な態度でした。お小遣いも妹にはあげていたようです。習い事も好きなようにやらせ、わがままもスンナリ通ってしまう。たまーに何か少し成績が良いものがでると、めちゃくちゃ誉められる妹。はじめは、喘息のひどい妹に対し、親がかわいそうと思ってしている事と思って我慢していました。だけど私も、異常なほど低血圧で、そのせいか、よく気を失って倒れる子でした。だけど私が倒れると、そのたびに、怒鳴られるので、「これは何か間違ってる!」と思うようになりました。さすがに小学校・高学年頃から、自分に対する態度は異常なものだと気づき、何度も自殺をしようと思っていた時期がありました。だけど、楽しく過ごせる友人がいたおかげで、実行するまでにはいたりませんでしたが、「このままだと自分はダメになる!」と本気で思うようになり、反抗期へ突入。それから20年間…殆ど口を聞かなくなりました。私は、本も勉強も大好きなのに、大人になるまでに呼んだ冊数は、ほんのわずかです。おかげで、理解力や記憶力が 全然ありません。何度も読まないと理解できなかったり、楽しく読んだことも、すぐに忘れてしまいます。辛かった事を徐々に忘れていくことでしか、親と一緒に暮らせなかいぐらい辛かったから、子供の頃の記憶が殆どありません。日記や詩や写真に残っていることで、子供時代の嫌な時期を覚えている…といった感じです。記憶が無くなる事が多いことに不安を覚えた時期、精神科に診察を受けに行ったこともありました。先生には、親のことは一切言わなかったけど、「もしかした、子供時代に何かありました?」と何度も聞かれましたっけ。もしかしたら…、ただ単に、よく倒れて頭を何度も強く打ち付けていたからかもしれません。もしかしたら、今の病気の影響が既に子供時代から出ていたのかもしれません。だったら親のせいにするのはお門違いだと思うのですが、どうしても親のせいだと思ってしまうのが、これまた自己嫌悪に…。嫌なことだけが100%消えてしまうならいいのだけど、心のどこかに眠っているような感覚はつねにあり、突発的に「たすけて!」「ごめんなさい!」など、勝手に声が出てきてしまうことが毎日何度もあります。良いことも、楽しかったことも、簡単に忘れてしまうので、それもとっても寂しいです。私は良いことをしても、悪いことをしても怒られるので、言葉がうまく表現できない人間になってしまいました。以前、親友に何度も注意を受け、直そうと努力は続けていますが、あまり成長はせず、いまだに悩みの種です。私は音楽に走りました。抽象的な言葉に音楽をのせると、何となく相手に伝わるから…。独りで音楽に触れている間は、本当に気持ちが楽でした。だけどそれも、高校生まで。家を出てからは、学も資格もない女が独りで生活することで必死でしたから音楽を続けるのは厳しかったです。いつも親の顔色を伺って育ってきたせいか、人との付き合い方も上手ではありません。人が大好きなのに、寂しがり屋なのに、人と接する事がどこかに恐怖として感じてしまうみたいなんです。みんなと楽しくおしゃべりした後、自宅に変えると、頭が混乱してすごく苦しく、辛くなります。頭痛、吐き気がすることもあります。楽しかったハズなのに…。飲み会なんて最悪です!すごく楽しい思いをしても、帰宅後は自己嫌悪に陥ります。それでも飲み会は大好き!だけど、最近は、苦しくなる度合いがひどくて、恐怖心の方が強くなってきている気がします。メンタルトレーニングや、コーチング、啓発セミナー、色々な事に積極に参加し、自分に暗示をかけようと催眠を覚える学校も受けようとしました。何とか自分を変えようと 独りで必死に頑張ってきました。家を出てからずーっと、ずーっと。おかげで、少しは強くなれた気がしていたのですが…。難病を発症してから、また精神的に ものすごく弱くなってしまった自分に苦しんでいます。記憶力の低下も著しく、自分でもこのままではヤバイんじゃないか?と思うことが最近とても増えてきました。せめて、私の基礎能力がもっと高かったら…少しぐらい病気のせいで能力が落ちたって、今より苦労せずにすんだのに。今更 親を憎む気持ちも無くなってしまいましたが、心のどこかでモクモクしています。もっと本を沢山読みたかった。もっと沢山勉強をしたかった。音楽も絵も、真剣に学びたかった。自分に自身がもてる気持ちを育てて欲しかった。人と楽しく会話の出来る豊かさ育てて欲しかった。もっと感情豊かな心を持ちたかった。これからだって私は、自分を変えるために努力をし続けるつもりでいるけど、独りになると心の叫び声が、勝手に声になって、もれてきてしまいます。自分でも この精神的弱さは、おかしいと思います。私は、子供の頃に受けた傷をいつまで引きずらなきゃいけないのでしょう???もぅ親を憎んでもいないし、仲良くやっていきたいと思っています。なのに何故、毎日心が苦しいのでしょう?病気のせいなのかな?私が親になれる確率は、病気があるので 殆どないのですが、もし、私が親になれたら…たくさん本を読んであげたい。たくさん絵を描かせてあげたい。たくさん音楽を聞かせてあげたい。子供が頑張ってやっていることは、精一杯応援してあげたい。やれば出来るんだってことを教えてあげたい。子供の基礎能力を出来るだけ上げてあげたい!私が親になれたら…って子供の頃からずっと思っていた事がたくさんあったのに、この夢も病気のせいで叶えられそうもありません。特に優れた技術も能力も無いのに、普通に女として、未来に命を渡すことも出来ないわたしって、何の為にうまれてきたのでしょう?生まれ変われるなら、心の強い人間になりたい。自分の命を亡くしてもいいから、なんとしてでも子供を生みたい!と思える強い心が欲しい。親になれたなら…の夢も、いっそ消えてしまえば楽になれるのになぁ…
2009.11.01
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