「空」のサンスクリットの意味は、欠如で、インド人が発見した0(零:ゼロ)という数字を表します。当初の経典では単に「空虚」や「欠如」という意味に用いられました。『般若経』(仏暦460年:垂仁天皇頃)が成立する以前には、「空」が仏教の中心思想ではありません。初期大乗の『般若経』が成立しだすと、『般若経』は上座部仏教(小乗)を批判します。上座部仏教の固定化した型に対して、「空」の立場から批判するのです。また、『般若経』では何ものにもとらわれない「空」の立場に立ち、またその境地に至るための菩醍の行(六波羅蜜)の実践を説き、般若波羅蜜の体得が強調されます。龍樹はこれを受けて、空の思想を論理的・哲学的に整理し、それまでの上座部仏教の思想がその原理を固定化・実体化すると矛盾に陥ることを示して論破しました。すべてのものは実体がなく空である(無我:無自性)という見解を表明しています。PR