達磨(だるま:ボーディダルマ)は禅宗(仏祖の言葉は解釈によっていかようにも変わってしまい、悟りは文字によって得ることはできない、そのための臨機応変な以心伝心で悟りへ近づく方法をとり、禅師の全人格をそのまま弟子に伝えることが重要であるとの特徴をもつ宗派)の開祖とされている人物です。南インドのパッラヴァ朝で国王の第三王子として生まれ、宋(南朝)の時代(遅くとも仏暦940年以前)に中国南方へ渡海ました。梁の国の武帝(在位仏暦965-1012)が「私は今までたくさんの寺を造り僧を育てて来た。これはどのくらいの功徳になっているだろうか」と聞くと達磨大師は「功徳は何もない」と答え、「では仏教における聖なる真理は何か」と聞くと大師は「空っぽで何もない」と答え、更に武帝が「何もないというのなら、お前は何者だ」と聞くと「知らぬ」と答えました。武帝は達磨の答を喜ばなかった。達磨は縁がなかったと思い、北魏に向かい洛陽郊外の嵩山(すうざん)少林寺で9年間、壁に向かい座禅を組んで悟りに達しました。後に武帝は後悔し、人を使わして達磨を呼び戻そうとしたができませんでした。PR