私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2025年01月27日
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カテゴリ: 認識の歩み



一六世紀前半に、
西欧の中央へむかって
攻勢を展開していたオスマン・トルコの侵略に、
西欧人はあおざめました。

西進するオスマン軍は、
一五二六年に
ウィーン城(オーストリアの首都)を包囲し、
陥落は、もはや時間の問題でした。

すでに、オスマン・トルコは、

西欧包囲の体制をすすめていました。

一五三七年に、
スペインを中心とする西欧の連合艦隊が、
地中海でオスマン艦隊とたたかいましたが、
オスマンにやぶれています。

そのため、地中海は
一時「オスマンの湖」となりました。

これは、ポルトガルがアジアへ進出しはじめ、
スペインがアメリカ大陸を侵略しはじめて
のちのことです。

しかし、じつは一六世紀には、

イスラームの圧迫をうけていたわけです。

イスラーム勢力の西欧への圧迫がゆるんだのは、
一七世紀後半にはいってから、
一六八三年のオスマン・トルコの
ウィーン再攻略が失敗してのちのことでした。


西欧はまだかなりよわかったのです。





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最終更新日  2025年01月27日 05時00分09秒
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