1

今日は午前中にイングリッシュガーデンへ行ってきましたずいぶん久し振りでした。ローズトンネルの中は雨傘と紫陽花の花ざかり美しかったです。ローズトンネルを抜けた先の広場を囲うピンクのバラの壁いつもここに有ったミニクーパーは何処に?こんな演出は初めて見ました。しばらく行かなかった間にときめきガーデンの入り口と出口が反対になっていたり奥の一番広い広場に新しい東家(あずまや)が出来ていました。このところ一気に暑くなりました。予報では、今日は昼前から曇りだとのこと。10時過ぎに着く頃には予報通りの曇り空で涼しくて助かりました。お目当ては紫陽花でしたが未だ未だバラやクレマチスが咲きユリも咲き初めていました。
2026.05.29
閲覧総数 29
2

植木市などでずっと探していても見つけられなかった、赤紫色のホタルブクロです。何のことはない、近所の友人の庭にあると分かり、小さな苗をもらいました。聞くと、ずーっと前から有ったそうで、裏庭にいっぱい茂っていました。去年は咲かなくて、やっと今年初めて咲きました。他にもまだ蕾があるのでしばらく楽しめそうです〜♪最初に植えた白一色の蛍袋は、いつのまにか消えてしまいました。この花はピンクの筋が入っていますが、土手に咲いている野生の花と似ているような……。でも、立ち姿が美人さんで気に入っています(o^^o)どの花も最近は次々と園芸種が出てくるせいか、店頭に並ぶ花は新品種ばかり・・・。アマリリスにしても、ホタルブクロにしても、そういう品種は弱くていつの間にか消えてしまいます。庭に植えるには、綺麗なだけでなく手入れが楽で育て易いことが、私にはどうしても必要な条件なのです。今さらですが、買った苗より種から育てた方が元気に逞しく育つことに気がつきました。最近、嬉しいことに 近所で 似たような花が好きな、うんと若い花友さんが出来ました。虫取り撫子のタネは彼女から頂きました。次は、私からはジギタリス、彼女からはレースフラワー(オルラヤ)のタネを頂くことになっています。楽しみが増えました〜♪
2019.06.02
閲覧総数 310
3

☆あきない世傳金と銀(1)源流篇・高田郁・角川春樹事務所・2016年2月18日第1刷発行♣︎幸摂津津門村に生まれ。兄・雅由、妹・結と共に育つ。享保期に学者の子として生を受けた幸。齢九つで大阪の天満にある呉服商に奉公に出された。女衆でありながら番頭・治兵衛に才を認められ、徐々に商いに心を惹かれてゆく。♣︎重辰=父♣︎房=母♣︎雅由=兄。享年18歳で病没♣︎結=妹♣︎彦太郎地元の豪農。凌雲堂の建物の持ち主。♣︎治兵衛五鈴屋の番頭。「五鈴屋の要石と称される知恵者。幸の商才ををいち早く見抜き、商いについて教える。♣︎富久(ふく)五鈴屋先代の母親。2代目徳兵衛に嫁ぐ。息子である3代目徳兵衛の病没後は、3人の孫と店を守ってきた。♣︎4代目徳兵衛富久の初孫で長男。♣︎惣次次男。商才に富む。♣︎智蔵末弟。浄瑠璃を書いているのを次男の惣次に見つかり、大げんかの末に家を出る。享保12年(1732年)雅由18歳、幸8歳、結5歳。享保の大飢饉。稲虫の大群に食い尽くされた。飢饉の後、兄雅由が18歳で病没。諸国で流行した風邪に罹患した重辰も10日足らずで死んだ。房と結は住み込みの下女となり、幸は縁あって大阪天満の呉服商「五鈴屋(いすずや)」の女衆(おなごし)として奉公に行くことになった。幸、9歳。五鈴屋では「さち」と呼ばれることになった。五鈴屋は伊勢出身の初代が「古手」と呼ばれる古着を天秤棒で担いで商いを始め、念願かなって大阪天満の裏店に暖簾を掲げたのを創業とする。幸が奉公に上がった時、4代目徳兵衛は20歳。享保14年(1734年)元日。「今年はなるべく笑って過ごそう。笑顔になって福を引き寄せよう」10歳になった幸は、台所の片隅でそんな抱負を抱いた。知恵を身につけたいという幸に、幸の賢さを見抜いていた番頭の治兵衛は、誰からも咎められることなく幸が学べるように影で心配りをしてくれた。4代目徳兵衛に、大店の呉服屋「紅屋」から菊栄という嫁が来たが、徳兵衛の廓通いは止まない。絵草紙をを書いていたのを次男の惣次に見つかり、大げんかの末、三男の智蔵が家を出て一年たち、幸は13歳になり美しい娘になっていた。「来年あたり薮入りで帰れるようにしてあげまひょなあ」と、優しい言葉をかけてくれた菊栄が「色恋なしの子作りだけ、というのもしんどいもんだす。ややこ産めたら胸張っていられるのやけど・・・」と幸に話した。相手が幸だからこそ洩らせた本音のように思われた。徳兵衛の廓通いが紅屋の耳に届き、徳兵衛と菊栄の離縁が正式に決まった。そうなると結納金の35両は返さなければならない。五鈴屋にそれだけの金は無かった。「何処ぞに、徳兵衛の手綱をしっかりと握り、商いにも知恵を貸せるような、この五鈴屋の暖簾を守り、商いを広げてくれるような、そんな娘はいてへんやろか」思案にくれた治兵衛の目に、蔵の影で火鉢の灰を篩う幸の姿がとまった。耳に、先ほどの富久の台詞が蘇る。五鈴屋の番頭は、訝しげに振り向いたその幸の顔を、ただじっと見つめていた。☆あきない世傳 金と銀(2)早瀬篇・高田郁・角川春樹事務所・2016年8月18日第1刷発行 元文3年(1738年)元日菊栄を離縁したために敷金の35両を紅屋へ返さなければならない。やっと返し終わった途端、また徳兵衛の廓通いが再開した。幸を徳兵衛の後添いにという話が、本人の知らぬところで外堀を埋めるように纏まった。幸が1番の味方だと思っていた番頭の治兵衛は、卒中で倒れ、別家となり五鈴屋を出て行ってしまった。治兵衛は幸に、この縁組が流れる術を教えた上で、「幸、五鈴屋の嫁になんなはれ。幸は運命に翻弄される弱い女子とは違う。どないな運命でも切り拓いて勝ち進んでいく女子だす。女衆で終わったらあかんのや。幸は知恵を武器にして、商いの道を切り開いてゆく戦国武将になれる女子だすよってな」治兵衛の言葉は太い矢となり幸の心の的を射抜いた。鍋の底を磨いて過ごす一生を、打ち消すつもりは決して無い。ただせっかく与えられた一生を、それのみで終えたくない、というのはまさに幸の真の望みだった。幸はとうに己の本心に気付いていた。自らの不運を嘆くより、自らの願望を叶えたい、という気持ちの方が勝った。呉服商の仲間から、幸がご寮さんに相応しい人物かどうか厳しい試問を受ければならない。その席で皆が認めて初めて、嫁として扱かってもらえるのだという。幸14歳。その日、松葉色の紬に鬱金染めの帯を結んだ幸は、なんとも不思議な美しさを湛えていた。雨上がりの竹林のような静謐さだった。富久は、「呉服のことを聞かれても、わからんことは、わからんと答えたらよろし。堂々としてなはれ」としか言わなかった。布地に関する質問が次々と出されるもの、知識がない幸には答えようがなかった。集まった人々の口からくっくっという忍び笑いが重なって漏れた。明らかな嘲笑が座敷に漣の如く広がってゆく。幸は背筋を伸ばし、今、己に出来ることは何か。己を知ってもらうにはどうすれば良いか考えた。「金蘭、繻子、緞子、彩綾、縮緬、綸子、羽二重・・・」幸のよく澄んだ声で、ひとつ、ひとつの言葉が丁寧に発せられる。幸は、商人にとって一番大切な心得を書いた「商売往来」の中の、絹布の項から順に、ゆっくり諳んじてゆく。最後に「よって件の如し」で締めくくり、懇ろに頭を下げた。一行一句間違えることなく暗唱するのを認めて、人々は固唾を呑み込んだ。嘲笑していた店主らの間に動揺が走り、部屋の雰囲気が一変した。その日、幸は呉服商仲間から認められ、新たな道に立つことを許されたのだった。弥生(4月)25日瑠璃紺にに光琳波の晴れ着、白藍の帯、白の半襟姿は、その日の幸を気品に満ちた娘へと変身させていた。形ばかりの祝言が済んだあと、徳兵衛の「私は色好みですけどなあ、子どもを手篭めにするような真似、せえしまへんよってに」という言葉に、幸は救われた。治兵衛の「先ずは知識を身につけなはれ。知恵は知識という蓄えがあってこそ絞り出せるんや。盛大に知識を身につけなはれ」という、番頭の言葉を一つ一つ胸に刻んた。富久に連れられて仕立物師のところへ、また次男の惣次に連れられ得意先へ行ったりしているうちに、幸は一つ一つ懸命に学んで行った。惣次は「私は商いが好きや、どないしたら買うてもらえるかあれこれ工夫するのが好きなんや。せやさかい、商いに本気出さん奴が嫌いや」という惣次に、幸は店で見せるのとは別の姿を見出した。「知識を得て知恵を得たい。そして五鈴屋の役に立ちたい」という幸のひたむきさに触れ、惣次の中で何かが変わりつつあった。惣次に、大阪一の呉服商であり、両替商も兼ねる伏見屋から婿養子の話が来た。何故自分では無いのかと嫉妬に狂い家を出た徳兵衛はその夜帰らず、翌朝、戸板に乗せられて運ばれてきた。酔って堤から足を滑らせ、石垣の下に転げ落ちたのだという。医者の見立て通り徳兵衛は3日後に呆気なく死んだ。広縁に並び月を見上げる、富久と惣次と幸。「惣次、お前はんに店を継いでもらうしか、もう道はないと板敷に額を擦り付けて、縮こまって頼み込む富久に、惣次は「私の言う条件を呑んで頂けたなら、五鈴屋を継がして頂きますよって」と答えた。富久にその条件を問われた惣次は、傍らの幸に視線をなげた。「幸を、私の嫁に迎えることだす」驚きのあまり、幸は肩を引き思わず板張りに手をついて身体を支えた。呆気に取られている富久に惣次は重ねて告げる。「呉服屋仲間に認めてもらい、町内にも祝儀袋を支払うて、五鈴屋のご寮さんとして正式に迎える。それが私のただ一つの条件だす」☆あきない世傳 金と銀(3)奔流編・高田郁・角川春樹事務、・2017年2月18日 第1刷発行婚礼も滞りなく終わった翌朝、惣次は居住まいを正し、女房の顔を覗き込んで口を開いた。「十三夜の夜に話した通り、私は五鈴屋をこの国一の呉服商に仕立て上げようと思う」と言い、自分の思い描いている計画を話した。最後に「先ずは五鈴屋を内側から変える。そのためにも、あんたの力を貸してほしい」夫の心からの願いに、幸はしっかりと頷いた。5年で江戸に出店する、という夫の目標を共に背負う覚悟は自ずと決まった。惣次の働きで五鈴屋の商いは順調だったし、奉公人に手を上げることも無くなったが、厳しい仕打ちは変わらず、富久の嘆きは消えなかった。「奉公人を温こうに見守り育てるのが店主の手腕なのに、なんで惣次は皆を攻め立てるようなな真似をするのやろか」という富久の言葉に、幸は自分の思いを伝え惣次を庇った。また、奉公人との間にもたち、気配りも忘れなかった。浮世草子の空いたスペースに五鈴屋の、今で言う広告を入れてもらうこと、番傘に切り貼りで五つの鈴を入れることなど、幸のアイデアは次々と当たり評判になった。最初のうちこそ「何かとぶつかる富久や奉公人との間にたってくれたこと、得難い女子を嫁にできたともようわかってる」と打ち明けていた惣次だったが、いつしか彼の中に妻の商才に対しての嫉妬心が積もっていたのだった。事件が起きた。「惣次には徳がない。このままでは、あの子の商いはそのうち、行き詰まりますやろ」と、富久が常々案じていたことが、現実のこととなったのだ。両替商が潰れ、惣次からその手形をつかまされた江州波村の人々が押しかけて来たのだ。落ち着き払って応対する惣次に向かい、波村の庄屋、仁左衛門は言い放った。「あんたは店主の器やない。私の知る大阪商人は、もっと実がありますよってにな。こんな汚い手ぇ使う相手と組んでいけるほど、私らは不実と違う」番頭の鉄介は平伏し、足元にすがり、懇願する。仁左衛門は自分に手を貸して支えている幸に目を向けて「あんたなら、どないする?」といった。畳に手を突き、懸命に考えた幸の口をついて出たのは、心からのお詫びの言葉だった。一切の言い訳をせず、番頭はじめ、手代ら同じように額を畳に擦り付けた。そのあと、幸は以前から考えていた、縮緬の産地にしてはどうかという提案をした。「波村を縮緬の産地に仕立て上げる。そうなるまで、五鈴屋で支援をさせて頂きたく存じます」と、深々と頭を下げたのだった。五鈴屋との取引は・・・と、問う番頭に、仁左衛門は言った。「五鈴屋の店主がこの男でいる限りはお断りや。ただし、このご寮さんは、まこと店主の器。このお方が主なら話は別や。ほいたら、これから波村は波村自身のため、それに五鈴屋のために、なんとしても縮緬を生み出して見せますぜ」「お前らの好きにしたらええ」底知れぬ失望を滲ませ出ていく惣次の後を、幸は懸命に追いかけた。
2022.06.11
閲覧総数 686
4

☆あきない世傳 金と銀(10)合流篇・高田郁・角川春樹・2021年2月18日 第1刷発行図案で行き詰まっていた賢輔を、菊栄は湯島の物産会へ連れ出した。良い気分転換になったようで、戻った賢輔は、行きとは打って変わって、満ち足りた表情になっていた。古手しか来たことのない親にとって、我が子に反物から仕立てた着物を着せたいというのは切実な願いであった。五鈴屋で反物の扱いから裁ち方まで指南してもらえればこそ、その願いが叶ったのだ。師走14日、五鈴屋が、この地に店を開いて6年になる。ただで帯指南や裁ち方指南のお礼にと、おかみさん達が手伝ってくれたお陰で、客に配る色とりどりの木綿の鼻緒が並ぶ。和気藹々の客と店の者とのやりとりながめ、一年に一度、創業の日にだけ訪れるお客が、つくづくと感嘆する。笑みを返す幸に、伊勢木綿を2反買い、深藍の鼻緒を受け取っての帰り際、男は、幸に耳打ちする。「私はねぇ、この店が太物に新しい風を吹き込んで、天下を取るに違いない、と睨んでいるのですよ」その夫婦を見送った菊栄が小さく吐息をつく。一見地味な装いだすが、あそこまでの品を普段使いしはるて、相当だすなぁ。五鈴屋は、ほんにええお客さんに恵まれましたなあ」大店の小間物商、紅屋の主筋らしい指南であった。売り出しは両国の川開きの日と決めた。引き札も撒かず、読売にも頼らない、独特のやり方が功を奏して、川開きの翌日は花火柄の浴衣の話題で、もちきりとなった。地は藍色、柄は白抜きの花火。浴衣のようだが、これまでの湯帷子とはまるで違う。たちまち江戸っ子の心をとらえた。鈴と鈴緒、団扇、柳に燕、どの柄も好評で、あまりの繁盛ぶりに近隣の商家は肝を潰す一方であった。☆あきない世傳 金と銀(11)風待ち篇・高田郁・角川春樹事務所・2021年8月18日 第1刷発行両国の川開きで華々しく披露目をした藍染めの浴衣地。それを仕立てたものは湯屋の行き帰りや、くつろぎ着として好まれ、一世を風靡した。僅か8ヶ月ほどで、この江戸で五鈴屋の名を知らぬものはいないほどになった。宝暦10年(1760年)辰年。この年は火事の多い年であった。五鈴屋がこの地に店を開いて丸9年。年に一度、師走14日、五鈴屋開店の日に訪れる夫婦連れの姿が見えず、店主奉公人も案じていた。明けて如月8日、件の客が1人でやってきた。幸は無事を喜び思わず駆け寄る。昨年の師走は、夫婦とも仙台へ行っていたといい、今日は商いの話で参りましたと言う。奥に通された客は、砥川額之介と名乗り、古くは相撲取り、今は相撲年寄りとして、勧進大相撲に携わる身だと名乗った。今年の冬場所用に、幕内と2段目、合わせて30人の力士全員に贈る五鈴屋の浴衣をお願いしたい。ついては勧進大相撲に相応しい新しい柄を考えて欲しいと言うのだ。賢輔の描いた「手形」の模様は幕下力士の浴衣と、触太鼓が着る半纏に。流行りの「新和文字」で書いた幕内力士のしこ名を、賢輔が図案に起こし、それを型彫師2人が渾身ので彫り、力造や、力造に仕込まれた型付師が糊を置き、腕利きの藍染職人が染めた。一店だけでは出来ることに限りがあると、幸は、五鈴屋が受けた仕事を独り占めせず、太物組合員全員に振り分けたのである。神無月10日、揃いの手形模様の藍染の半纏を着た触太鼓の周りを、野次馬が取り囲む。翌11日、その日は相撲興業の初日であり、浴衣の売り出し日でもあった。どの店も店先に客が押し寄せ、飛ぶように売れ、蔵の荷を全て売り切ったという。神無月25日、勧進大相撲のあと初めての、浅草太物組合の寄り合いの日。どの店主も、売上だけを喜びとするのではなく、次に繋がる商いを、との思いを育んでいるのが感じられ、幸は何より励まされる思いであった。中の1人が、五鈴屋さんには、どう感謝しても足りる物ではないと言い出し、重鎮の河内屋が白髪頭を下げると、他の店主らもそれに倣う。最後に河内屋は、次の寄り合いまでに、よくよく考えてきて欲しいことがあると切り出した。今後は、『浅草呉服太物仲間』として、おかみに認めてもらってはどうだろうか。そうなることで、五鈴屋さんも再び呉服を扱えるようになる。今回、五鈴屋さんが仲間でなかったらどうだったか・・・。今後は我々が、五鈴屋さんに真っ当な恩返しをする番ではないか。」思いもかけない成り行きに、五鈴屋江戸本店店主は息を詰めたまま、両手を畳につき、ただただ額ずくばかりであった。☆あきない世傳 金と銀(12)出帆篇・高田郁・角川春樹事務所・2021年2月18日 第1刷発行「浅草太物組合」から「浅草呉服太物組合」へ変更したいとの申出は、紆余曲折があったものの、ようやく承認された。師走に入り、来年初荷の売り出しに備え、それぞれの染め場で「家内安全」の文字を使った小紋染めの製作が進められており、呉服切手も形になった。お上への根回しも済ませた。新入りの丸屋を加えた16人の仲間を乗せた船は、帆いっぱいに風を受け、まさに港を出ようとしている。変わらぬ五鈴屋の商いの姿勢は、幅広い客に受け入れられるようになった。名家や豪商の要望に応えた品揃え。険しい暮らし向きのおかみさんたちにも手に取り易い品揃え。いま、五鈴屋の店には両方の品が並ぶ。これまで、お客が買いたいと思う品揃えに力を注いできた。けれど、何かが違う。深夜、板の間に座って、幸はひとり、考え続けていた。初午のこの日、一人の女が暖簾を潜った。紺地に卵色の、細縞の綿入れが何ともよく似合う。女は、遊女としての年季が明けたあと、男ばかりの芸者の世界で、ただ一人、芸一本で生きていこうと決めた女芸者、花扇であった。以前お竹が見立てた着物が気に入り、その日は、その着物に合わせる帯を買いに来たという。昼餉時のため、丁度お客が途切れていた。幸も一緒に、座敷で着る衣装選びの苦労話を聞いていた。「折角の芸だすやろに、衣装の方が悪目立ちするんは、ほんに勿体ない」お竹の嘆きが、静寂を破った。奉公人が小さく頷き、眼差しを交わし合った。そう、呉服商にしか、否、五鈴屋にしか出来ないことがある。「歌扇さん、お願いがございます。吉原での衣装競べで、五鈴屋の衣装をあなたに纏って頂きたいのです」店主の言葉が終わるや否や、奉公人たちも声を揃え深々と頭を下げた。ー 続く ー五鈴屋江戸本店の進むべき道筋に悩んでいた幸は、どうやら、何かを掴んだ様です。この1ヶ月、夢中で12冊を読みました。これで終わりかと思っていたら、このお話は、まだまだ続くようです。過去の発行スケジュール通りなら、次巻の発行日は、8月18日。待ち遠しいです。
2022.07.03
閲覧総数 766
5

☆ブラック・ショーマンと覚醒する女たち東野圭吾・光文社・2024年1月30日 第1刷発行謎に包まれたバー「トラップハンド」のマスターと、彼の華麗なる魔術によって変貌を遂げていく女性たちの物語♣︎神尾武史神尾真世の叔父、元マジシャン。アメリカで活躍していたらしい。現在は恵比寿にあるバー『トラップハンド』のマスター。40代後半、長身で手足が長く、形の良い指でしぐさが洗練されている。♣︎神尾真世文光不動産リフォーム部勤務。建築士の資格を持つ。神尾武史は叔父。1.トラップハンド食事の後、清川が美菜を誘った店は、恵比寿の幹線道路から少し外れた通りにあった。路地の前の道路に『TRAPHAND』と刻まれたブロックが無造作に置いてあった。直訳すると『罠の手』、美菜は隠れ家的な店だと思った。木製の地味な扉を開けると、右側にカウンターがあり、その向こうにマスターと思しき長身の男性がいた。黒いシャツの上から黒いベストを羽織っている。マスクも黒だった。清川は45歳、結婚歴なし 。プロフィールにはそう記されていた。経済力や資産については食事の時にさり気なく探りを入れてあった。清川おすすめの酒はブルーハワイ。カクテルを待つ間、清川の話題はハワイに持っている別荘の話だった。美菜にスマートフォンの中の別荘の写真を見せた。カクテルは美味しかった。話題は自宅の話に及び、話を聞きながら美菜は結婚後のことをあれこれ思い巡らせていた。美菜の質問にこたえ、自分がどんな仕事をしているのか話しているうちに清川の様子がおかしくなり、マスターに案内されてトイレに立った。戻ったマスターは美菜に目で笑いかけてきた。「婚活アプリですか。それとも婚活サイト?」清川の動きを注意深く観察していたマスターは、2人の関係を見抜いていた。彼は清川がカクテルに睡眠導入剤を混ぜたグラスを、いつのまにかすり替えていたのだ。それを知らずに飲んだ清川は、トイレの中で便器を抱えて眠り込んでいた。清川のスマホに保存されていた写真には、うつ伏せになって眠らされている女性の裸体の写真があった。マスターは清川の話の嘘を指摘し、「他の場所ならともかく、この店で卑劣な犯罪が行われようとしているのを見て見ぬふりはできませんからね。この次には真に素敵な男性といらっしゃることを祈っております」美菜はマスターの顔を見つめた。この人物は一体何者なのか。2.リノベの女上松和美は、文光不動産リフォーム部の神尾真世の客だった。白金にあるマンションは時価2億円くらいした筈だ。上手くいけば、思い切り腕をふるえると、期待に胸が膨らんだ。彼女の要望は、リフォームというよりリノベーションと言った方が適切だろう。打ち合わせ場所をどこか他の場所にして欲しいという和美の要望に応え、真世は叔父に頼み込み、開店前の「トラップハンド」に決めた。彼女は中学生のとき『兄に殺された』と言う。以来、男性が怖くなり、結婚も考られず生きてきた。ところが老人施設で働いていたとき、上松幸吉と出会った。親子以上に年が離れていたせいか、それまで会った男性とは違って見え、2人は結婚した。だが、その夫は2年前に他界した。自分が膵臓癌で余命幾許もないと知ったたとき、愛する夫の財産が、全てではないにしろ憎い兄のものになることが許せなかった。自分にそっくりな末永奈々恵に出会ったとき、奇跡だと思った。奈々恵のことを色々調べ、信用できる人だと確信し、彼女に遺産を託すことに決めた。末永奈々恵が川崎にある大型書店で働いていたとき、上松和美が声をかけてきた。和美は、自分の生い立ちのこと、膵臓癌で余命幾許もないことなどを全て話し、自分の身代わりになって生きてほしいと話した。上松和美の話を聞き、奈々恵は引き受けることにした。彼女には、自分自身を葬り去りたい事情があったのだ。もしかしたら人生をリセットできるかもしれない。その日以来、2人は頻繁に会い、お互いになり切るための訓練をした。自殺するつもりだという和美に、奈々恵は、ならば末永奈々恵として死んでほしいといった。末永奈々恵の母は、娘が死んだと思って悲しみ、苦労するであろう。母のことは、上松和美として生きつつ見守りたいと思っているという。そうであれば、他人が口出しする問題ではないのかもしれない。奈々恵の真意を悟った真世は、「よく分かりました。もう何も言いませんから」と言い、「上松様、打ち合わせを始めましょうか」そう言いながら思った。この女性は家だけでなく、人生もリノベーションするんだなと。3.マボロシの女歯科医であり、ウッドベース奏者の高藤智也の演奏会終了後、火野柚希は智也との待ち合わせ場所の「トラップハンド」に向かった。12時を過ぎても智也は来ない。彼は既婚者で高校生の息子がいた。その息子が高校を卒業したら離婚するつもりだと言っていた彼は、バイクに撥ねられ呆気なく死んでしまった。智也との結婚を心待ちにしていた柚希は、一時は死のうとまで思った。2年が経った。彼女をずっと支えてくれた親友の山本弥生を誘い、以前、智也と行った「トラップハンド」に行った。久し振りに訪れた柚希に、マスターは柚希の知らなかった智也の思いがけない過去を話した。4.相続人を宿す女死んだ息子の住んでいたマンションを、老後の住まいにリフォームしたいという依頼があった。話を進めていた建築士の真世に、夫妻からリフォームのストップがかかった。息子は8ヶ月前に離婚していたが、元妻の女性が息子の子を宿しており、相続権があるはずだと言い出したのだ。5.続・リノベの女上松和美として生きる末永奈々恵が、訳あって縁を切った母は、認知症を患い施設に入っていた。奈々恵が残した金は相続の手続きもせず放置されており、彼女の預貯金はそろそろ底をつく状態で、このままでは施設を出なければならなくなることが判明。ネットパンキングを使うしかない。武史は一計を案じ、施設のイベントに出演することにした。武史は黒タキシード姿でマジックを披露。末永く奈々恵は真っ赤なチャイナドレス姿に、真世はゴスロリのワンピース姿にそれぞれ身を包み、感染予防の大きなマスク姿で助手を務めることにした。6.査定する女婚活に励んでいた、バルバロックス東京 インテリアコンサルタント 陣内美菜には、かつて追い求め、諦めた夢があった。カブト・エージェンシー 代表 プロデューサー 大瀬逸郎は、ブロードウェイで上演される、新作ミュージカルに出演する日本人の女性俳優を探していた。候補はほぼ絞られていたのだが、彼には別の日本人女性のことが気になっていた。その女性の演技は、繊細さはやや欠けるが、人の心に訴えかける何かがあり、何より予測不能という点が魅力的だった。台本を読むとイメージがピッタリだった。だが帰国してしまったらしく連絡が取れなかった。久し振りに帰国して、トラップハンドで、美菜に巡りあったのだ。・・・・・・・・・・・ブラック・ショーマンシリーズ2作目。これまで、作者の作品に登場した、和製コロンボとも言われた「加賀恭一郎」、ガリレオシリーズに登場する「湯川学」とも全く違うタイプの、元マジシャンであり、バーのマスターの探偵、「神尾武史」の登場です。続編がありそうで、楽しみが増えました。
2024.09.26
閲覧総数 400
6

《 2年目のシクラメン 》先月 お目にかけた2年目のシクラメンが、その後もどんどん花の数を増やして咲き誇っています。花と葉を掻き分けて覗いてみると、未だ未だ蕾が残っています。もちろん、こんなに咲いたのは始めて・・・。素人が育てて咲くのは2年目までと聞きますが、一体来年はどうなるのでしょう???
2012.03.14
閲覧総数 1489
7

《 イタリアンパセリの花 》今年は、イタリアンパセリが早々と花を咲かせています。花だけ見ると、普通のパセリや人参の花とそっくりです。イタリアンパセリは、普通のパセリのように虫がつかず、育てやすくて、我が家ではサラダやパスタに欠かせない野菜です。ここ数年、こぼれ種が勝手に芽を出し、冬の間も枯れずに青々と葉を茂らせています。マクロモードの撮影が面白くて、すっかりはまっています。クローズアップで眺めてみて、こんなに可愛い花だったことを始めて知りました。なんと、花に潜り込んでいる虫まで一緒に写っていました。3枚目のクローズアップの写真は、大きい画像の一部を切り取りました。流石にここまでのクローズアップ写真を撮るのは無理のようです。☆コンパクトデジカメで、周囲をぼかした写真を撮るためのコツ1.マクロモード + ズーム2.中心になる被写体と、ぼかしたい背景に距離があること。私の使っているデジカメは「ニコンCOOLPIX-L12」で、決して高級機種では有りません。コンパクトデジカメでも、メーカーやカメラの機種によって違いがあるかと思っていましたが、マルリッキー様からも同様のお知らせを頂きました。皆様も是非チャレンジしてみてください。
2008.05.15
閲覧総数 4454
8

↑ニコチアナ・F1ティンカーベル?緑がかった黄色の花が珍しくて、ボタニカルアートのK先輩にお願いして、庭で育てていらっしゃる苗を頂きました。私が知っている花タバコはせいぜい丈が30cm位のイメージだったのですが、あれよあれよと言う間に、1m近くまで伸びました!今年は咲かないものと諦めていたのですが、嬉しいことに花が咲き出しました。花の直径は約2cm、花びらには赤い縁取りがあり、うつむき加減に咲く姿はとっても可憐です〜♪私が知っている園芸種の花タバコとは少し違う様な・・・???検索してみると、どうやら「ニコチアナ・F1ティンカーベル」という品種らしいと分かりましたが、販売されているものには黄緑色の花はありません。Kさんも仰っていましたが、どうやら先祖返りしたようです。すくすくと育った可憐な少女、という風情で、私はこの色がとても気に入っています(o^^o)タキイネット通販 ニコチアナ・F1ティンカーベル花煙草とは?・Weblio辞書冒険菜園の『別館』→2012年 花タバコのようす↑ミニトマトの2代目大玉のトマトはそろそろお終いですが、ミニトマトは元気いっぱい!親も枝を伸ばしていっぱい実をつけています。おまけに、脇芽を摘んで挿した二本の苗が1m位に伸びて、一斉に花が咲き出しました。このミニトマト、主人は赤と思って買ったらしいのですが、黄色い実をつけました。赤とは一味違って、フルーティーで爽やかな味がとっても美味しいんです。
2016.09.08
閲覧総数 1253
9

ずっと欲しかった爽やかな水色の紫陽花をスーパーの花売り場で発見!娘が買ってくれました。以前、挿し木した水色の紫陽花は翌年は綺麗なピンクその次の年は紫が混じった美しく無い色合いの花が・・・。我が家の庭の土のせいか花の色が変わってしまいました( ; ; )この紫陽花は、どうぞ来年も色が変わりませんように・・・。オルラヤ ホワイトレース庭の至る所で芽を出し咲いています。暗赤色のアマリリスの鉢で芽を出したハナタバコ(ニコチアナ)「主」を差し置いて、ますます元気に咲いています。紫蘭と三寸アヤメ家の北側(裏)で、競い合って咲いています。・・・・・・・・・・ジギタリスはますます元気どの花も、好き勝手に種を飛ばして芽を出し咲いてくれています。彼女たち(?)の意志を尊重して移植せず、芽を出した場所で育てています。↑ ここまでは10年以上前に蒔いた種から育ちました。このジギタリスだけ、違う品種です。確かフラワーショーのとき新しい品種だと知り苗を買ったはず。帯状疱疹のその後1週間薬を飲み、どうやらピークを超えたようです。発疹の水脹れになった箇所の痛みだけ帯状疱疹特有の痛みはないままでした。処方された痛み止めはほとんど飲まずに余っていますし塗り薬も半分以上余っています。昨日、1週間後の診察を受けてきました。お医者さん曰く「凡そ医療業務に携わる人なら誰が見ても見間違うことの無い帯状疱疹です。これだけ派手に発疹が出ていながら痛みがほとんど無いなんて奇跡的な帯状疱疹ですよ」と、笑われました。結局、診察は昨日でお終いあとは軟膏を塗って下さいとのことでした。
2025.05.09
閲覧総数 129
10

ー 5月下旬の庭の花たち ータチアオイ庭のあちらこちらで芽を出したタチアオイが咲き出しました。上の写真はリビングの前の一群ここが一番背が高いです。白1株と濃淡のピンク2株道路からの良い目隠しになりますが困ったことに、庭の花が見にくくなってしまいました^_^;;柏葉紫陽花これも大好きな紫陽花です。年々株が大きくなり、楽しみです〜♪山紫陽花去年挿し木したばかりなのにもう花が・・・驚くばかりの逞しさです。四季咲きクレマチス・グラビテービューティ新しく伸びた蔓に花が咲き出しました。今年、2度目の開花です。フランネル草・白ブルースタークレベラントセージ門から玄関までの通り道に植えてあります。そばを通るだけで良い香りがします。アイビーゼラニウムガウラ枝がボーボーにならないように朝顔の枠を被せました。何故か今年は茎(枝?)が伸びずちんちくりん・・・。上手くいかないものです^_^;サルビアコクシネア早くも咲き出しました。なぜか今年はイメージが違うような???こぼれだねが芽を出した「実生」を育てると微妙に違う花が育って面白いです。
2025.05.22
閲覧総数 181
11

↑ 真紅のアマリリス昨年は手入れが行き届かず猛暑もあって今年咲いたのは一本だけ↑ シラン↑虫取撫子(ピンク) & オルラヤ(白)↑ ガウラ(ピンク) と オルラヤ↑ ジギタリス(ピンク)& フランネルソウ(白)↑ フランネル草(白)↑ ニゲラ↑ タチアオイ↑上( 山紫陽花 )下( 紫陽花・ダンスパーティ)少しずつ色づきはじめました。春の花が終わり、初夏の花たちが咲き始めました。気がつくと庭は、白とピンクの花ばかりけれど、ニゲラ、紫陽花が咲き出しやがて、背の高いブルーや青のサルビアなど少しずつブルー系の花も咲き出します。
2026.05.17
閲覧総数 72
12

☆ビブリア古書堂の事件手帖 1~4・三上延(みかみえん)・発行所=アスキー・メディアワークス・発売元=角川グループパブリッシング*既読1.栞子さんと奇妙な客人たち・2011年3月25日 初版発行2.栞子さんと謎めく日常〜・2011年10月25日3.栞子さんと消えない絆〜・2012年6月23日4.栞子さんと2つの顔〜・2013年2月22日♣︎ビブリア古書堂=北鎌倉にある古書店。店は北鎌倉駅のホームが見える路地にある。 ♣︎五浦大輔=主人公。俺の名は五浦大輔。23才(1巻当時)。北鎌倉の山の中腹にある県立高校を卒業。人並外れて背が高く、体つきもいかつい。知力より体力で勝負するタイプに見える。大学では柔道部に入り段位を取り、県の体重別選手権では上位に食い込んだ。だが、俺は人と争ったり戦ったりするのは性に合わない。市民の安全とか平和を守るより、もう少し地味な仕事に就きたかった。俺は活字だけが並んでいる本が苦手だ。長時間字を追っていると胸の鼓動が高鳴り、気分が悪くなってくる。心当たりといえば、幼いころ祖母が大切にしている本を勝手に出して祖母の逆鱗に触れたことがあった。もしかすると、その時の恐怖が原因では無いかと、大人になって思い当たった。家は大船にあった映画撮影所の目と鼻の先にある定食屋「ごうら食堂」だ。祖母が1人で切り盛りしていた。父は俺が生まれる前に他界し、母は実家に戻って俺を産んだ。大学生のとき祖母が死んだ。祖母は亡くなる少し前に、俺に叱ったことを詫びた。そして、「お前が本を読んでいたら人生が変わっていたかもしれない。本の好きな人と結婚すると良いよ」とからかうようにいった。祖母が残した夏目漱石の『それから』の見返しの右側に、細い毛筆でさほど達筆とは思えない文字が記されてあった。「夏目漱石 田中義雄様へ」発行年月日は昭和31年7月27日、祖母が結婚する前の年だ。値札らしい名刺大の紙が挟んであった。ビブリア古書堂。高校時代に、美しいひとを見かけた古書店だ。ビブリア古書堂の店主、栞子さんの見立てではサインは偽物であとから書き加えたものと判明したが、ひょんな事から、俺はビブリア古書堂でアルバイトとして働くことになった。体質的に活字を読むのが苦痛だが、栞子さんから本の話を聞くのは好きだ。♣︎篠川栞子=もう1人の主人公。ビブリア古書堂の若くて美しい店主。古書に関して並外れた知識を持つが、また並外れた人見知りでもあった。初対面の人とはまともに口もきけない。ところが、いざ本の話になると、途端にスイッチが入り、別人のごとく饒舌になる。高校時代の大輔が、店の前で見かけた人の娘。♣︎篠川文香栞子の妹、高校生。♣︎篠川智恵子栞子と文香の母。元は店の常連。店員となり、やがて店主と結婚。古書に関しては栞子を凌ぐほどの知識を持つ。10年前、栞子、文香の2人の娘を残し家を出た。ザックリいうと、活字を読むと頭痛がするという無骨なアルバイト店員の大輔と、美しき女店主、栞子。不思議な組み合わせの2人と馴染みの客たち。そして店に持ち込まれる、古書にまつわる奇妙な依頼。栞子さんの鮮やかな謎解きを軸に、大輔と栞子の不器用な恋を絡めてストーリーが展開する。*未読5.栞子さんと繋がりの時〜・2014年1月24日6.栞子さんと巡るさだめ〜・2014年12月25日7.栞子さんと果てない舞台〜・2017年2月25日8.扉子と不思議な客人たち〜・2018年9月22日
2018.09.30
閲覧総数 322
13

ビーズを使って「ピンクパンサー」のストラップを作りました。以前から気になっていましたが、作り方が分からずそのままになっていました。思いがけず、ラジオ体操のお仲間の Tさんからレシピを頂き、やっと念願が叶いました。軽くしたくて、これはアクリルビーズを使っています。Tさん、ありがとうございました。
2019.04.26
閲覧総数 970
14

《 ジャガイモ(キタアカリ) の花と実 》先日、写真を掲載した「ジャガイモ」が、直径1cmくらいの実を一つだけ付けています。早々と5月に花を付けたのはこの一株だけで、花も実も「ナス」にそっくりです。ジャガイモは「ナス科ナス属」だから、似ていて当たり前なのでしょうが、実は始めて見ました。調べてみると、品種やその年の気候によっては実をつけるそうで、キタアカリは実を付けやすい種類なのだそうです。三人の子供達から夫々嬉しいプレゼントを届けてくれますが、次男からは毎年たくさんのカーネーションが届きます。こんなにたくさんの花を貰えるのは一年に一度だけ・・・。カーネーションの栽培農家から届く花は、花屋さんで買ったのと違ってとても長持ち、中には一ヶ月近く日持ちするものも有るんです。
2013.05.15
閲覧総数 51
15

☆あきない世傳金と銀(7)碧流篇・高田郁・角川春樹事務所・時代小説文庫(ハルキ文庫)の書き下ろし作品・2019年8月18日 第1刷発行♣︎亀蔵智蔵の友人。人形浄瑠璃の人形の遣い手。♣︎菊次郎歌舞伎役者。菊瀬吉之丞の実弟。♣︎中村富五郎歌舞伎の名優火の扱いの厳しい江戸では内風呂を備える家は少なく、殆どの者が湯屋を利用する。広小路を歩く楽しみもあり、五鈴屋7代目であり、江戸店の店主の幸と、奉公人の竹の2人は、店から少し離れた湯屋を利用していた。江戸の湯屋は、貧富の差を問わず利用するため、様々な着付けを眺めることができる。江戸では帯の巻き方が逆だということもここで知った。湯屋での幸と竹の遣り取りがが耳に入ったのだろう、中年女がふと、2人に目を移し、確かめるように注視したのち、話しかけてきた。連れの女の子をさし、10日ほど前に、この子の晴れ着用の手毬柄の友禅を半反、買わせてもらった者だという。反物をかける「撞木(しゅもく)」を依頼した指物師、和三郎の姉の才であった。最初は贅沢だと怒っていたお才の亭主は、反物を見せたら、よほど出来栄えが気に入ってしまったらしく黙ってしまったという。それが、五鈴屋と染め師、力造との出会いであった。掛け取りがない江戸店の大晦日は静かだ。揃って夜中に目覚めてしまった主従の胸には、この一年の様々なことが去来する。一つ屋根の下で暮らし、開店に向けてあらゆる知恵を出し合った。五鈴屋当主の女名前が許されるのは来年一年限り、新年も「笑う門には福です。笑って勝ちに行きましょう」店主の静かな誓願に忠義の奉公人たちは、へぇ、と声をあわせた。毎月14日は、無料で帯結びを教える日であった。最初は遠慮がちだった女たちだったが、帰りがけには何度も何度もお辞儀をして嬉しそうに帰って行く。ただちに利を産まずとも、いずれゆっくり大きくなって戻ってくれば良い。店の姿勢を知らせる良い機会になると、幸は考えていた。大抵の商家では、帳簿類に目を通すのは店主と番頭のみである。五鈴屋では6代目の要望で幸も加わった。7代目となった幸は、江戸店では4人全員が店の現状を把握できるようにと、お竹と賢輔も同席させた。吉原廓と芝居小屋。江戸で暮らしている内に、せめて芝居小屋は覗いてみたい。智蔵の友人で人形遣いの亀蔵からは、菊次郎という名の歌舞伎役者を訪ねるようにとの助言をもらっていた。柔らかな考えを生み出すためにも、その菊次郎に会ってみよう、と決めた幸だった。最初は商売のために来たのかと思っていた菊次郎だったが、話を聞くうちに幸の気持ちが届いたようだった。夕鯵売りの声を聞きつけ桶を抱えて飛び出した賢助が戻らない。惣次を広小路で見かけ裸足で追いかけたが見失ったという。竹も針供養の折によく似た姿を見たといった。彼は9年前に家を飛び出した五鈴屋の5代目であり、幸のもと夫でもあった。惣次が生きていたと分かれば、跡目が厄介なことになる。隠し通すことはできない。治兵衛と孫六の判断を仰ごう。冷静な2人は、今回もきっと良き方向に導いてくれるに違いない。幸は腹を据えた。伊勢の白子に型紙があり、江戸には型付師と呼ばれる染め職人がいる。何故、誰も「小紋」と結び合わせることがなかったのだろう。江戸っ子にとって小紋染めは武家の裃のためのもの。だが、江戸なら、身分を超えて小紋染めを纏うことも、きっと受け容れられる。五鈴屋7代目はそう確信していた。型紙を手に入れる算段を始めたものの、型付師のあてはまだ見つからず、五里霧中の状態だった。富五郎が演じる娘道成寺を見に、京へ行っていた菊次郎が戻り、五鈴屋に顔を出した。菊次郎の兄吉之丞が演じた清姫は、まさに当たり役であった。菊次郎は、江戸で上演される舞台衣装のうち、なんぼかを五鈴屋に任せられないかと頼んでみてくれたという。富五郎が戻ったら一遍連れてくると、上機嫌で店主に約束して帰って行った。明日は十三夜という日の夕暮れどき、幸の妹の結が鉄助と賢輔に守られるように到着した。小さな小さな鈴が一面に散らされている中に、少しだけ混じる心持ち大きめの鈴。しぼのある縮緬に染めれば、遠目には無地に見え、かなり近寄れば少しだけ大きな鈴に気づき、更に近づけば鈴紋だとわかる。他に洩れることのないよう、また、今後とも型彫りの仕事が頼めるよう、伊勢型紙の彫り師と約定を交わした上で、代銀を決めたという。番頭の判断に、幸は大きく頷いた。五鈴屋固有の小紋染め、これから江戸店の屋台骨を支えることになる小紋染めの型紙なのだ。深く頭を下げる幸に、鉄助と賢輔は、巴屋さんや白雲屋さんのご尽力があればこそ、彫り師の梅松さんに辿り着けたのだと言った。また、小さい鈴の中に、少し大きめの鈴を混ぜることを賢輔に提案したのは結だと言った。大阪へ戻る日が近づいたある日、本店の番頭、鉄助が、跡目の話を切り出した。「様々な事情が絡み、大阪では足掛け三年のタガが緩み始めている。足掛け三年を押し通して不都合が出た場合にどないするか、最も安易な解決策は、延長を許すということだす」といった。また「惣次が江戸にいたとなると、あとあと厄介なことになるのは明らかだ。五鈴屋が惣次のことを隠さず仲間に正直に相談したことで却って良い方向に向いた。それを受けて、親旦那さん(孫六)と治兵衛が何としても延長を認めてもらう方向で動いている」という。未だ確定したことではないが、幸以上に奉公人を束ねる力のあるものはいない。これからも、7代目の仕事を我々にも支えさせて欲しい、と佐助ともども、膝に頭がつきそうなほど頭を下げた。あと数日で神無月の声を聞く。鉄助が江戸を発つのは明後日に迫っていた。鉄助が幸だけに、これは未だ自分だけの考えだと前置きして、思いがけない話を始めたのだ。自分が8代目に相応しいと思う人の名を挙げたのだ。「今回の小紋染の段取りや働きを見ていて、五鈴屋の8代目に相応しいと、私は思います」と。約束の日を過ぎても未だ型紙が届かない。自分で確かめてくるという賢輔を皆で窘めているとき、聞き覚えのある大阪訛りが、店の戸口から聞こえた。歌舞伎役者の菊次郎と、もう1人、目鼻立ちの整った男がこちらを見ている。幸の目に、堺町で見かけた歌舞伎役者の絵が重なる。歌舞伎役者の富五郎であった。一礼して名乗る幸に向ける眼差しが何とも暖かで優しい。初対面の筈なのに、まるで親しい人に向けるような、懐かしげな眼差しだった。さり気なく水を向けてみても、何も応えず、ただ穏やかに微笑むばかりであった。霜月8日、黒塗りの挟み箱を担いだ、手甲脚絆に菅笠姿の男が、「四日市宿からの早飛脚でございます」といい、店の前に立った。水害の被害があり、期日から遅れること半月、やっと受け取った型紙を、番頭の鉄助は早飛脚に託したのだ。皆が待ちに待った「伊勢型紙」であった。届いた伊勢型紙を神棚に祀り、音高く、両の手を打ち合わせる。荷物の中に入れられていた、鉄助から幸に宛てた切り紙には、「師走最後の寄合で、惣次が江戸にいると分かったこと。延長の後の跡目の候補との二本柱で、天満呉服仲間の承認を取り付ける目処が立ちつつある。延長後の跡目のことは、治兵衛は渋っているが、孫六も、呉服仲間たちも皆、『それならば』と理解を示してくれている」と書かれていた。また、「船場の呉服商をまとめる大阪呉服仲間でも、足掛け3年の女名前を延長せよとの話が出ている」と補足されていた。当初、高島店支配人の周助を跡目にと考えていた幸だが、周助はむしろ、もともと奉公していた桔梗屋の暖簾を引き継ぐことを望んでいるのではなかろうか。正式に延長が認められたら、周助とよく話し合おう。そう決めて、幸は切紙を畳んだ。力造の女房のお才から、力造が小紋染めをやめた事情を聞いていた幸だった。力造は他の職人を紹介するといい、自らが小紋染めに戻ることを頑なに拒んでいた。けれど、「力造は型染にもどりたい。お才もまた、力造を型染めに戻したい」。力造の染めに対する矜持と本心を知れば知るほど、力造にこそ、鈴紋の小紋染めを作ってほしい、と強く願う幸だった。帳場に戻り、密かに伊勢型紙を愛でていた幸の耳に、「おいでやす」というお客を迎える支配人の声が聞こえた。常と異なり声が裏返っている。お竹は腰を抜かさんばかりな狼狽えている。客は歌舞伎役者の富五郎だった。富五郎は稽古着用の反物を見立てて欲しいとやってきたのだ。支払いを済ませようと、懐から取り出した紙入れが、何とも美しい、目の覚めるような紫の紙入れだった。富五郎は紫草の根で染めた「江戸紫」という色だと教えてくれた。店内を眺めていた富五郎の目に、薄紙から僅かに覗く鈴模様の伊勢型紙が見えた。許しを得て手に取って眺めた役者は、五鈴屋独自の小紋染を考えた経緯を聞き出して、しばし絶句する。そして言った。「最初に染めたものを、江戸で産声を上げる反物を、是非とも譲って欲しい。来年の『娘道成寺』、舞台衣装ではないのですが、少し考えたいことがあるのです」型彫師が精魂込めて彫り上げた型紙は、役者の心をうった。ならば、型付師ならどうか・・・。幸の熱意が頑なだった力造の心を解かした。型を彫った植松と、染めた力造の想いをしっかりと抱きとめて、江戸紫の小紋は、そこにあった。歌舞伎役者は、仕立てに関しての細かな遣り取りを交わして、暇をつげる。帰りがけ、富五郎のはふっと唇を解いた。「15、6年ほど前のことです、2人の友との出会いがありました。齢も近かったし、互いに若く、夢も野心もあって、それが心地よかった。歌舞伎以外の世界を垣間見れたのも、その友達のお陰でした」「1人は人形遣い、もう1人は、心斎橋の貸本屋に居候しながら、こつこつと読み物を書き綴っていました」幸は、顔色が変わるのが自分でも分かった。そして、役者は、この度の娘道成寺は自分にとっても大きな賭けになること、亡き友のご縁に縋りたい気持ちなのだと。幸と竹の2人が着物の仕立てることに拘った富五郎の気持ちがやっと分かった。如月25日。お練りの日。富五郎の姿を一眼見ようと集まった人々で、通りは大変な人出だった。富五郎の着付けを待つあいだ、菊次郎は、今日は富五郎のお練りの日やけど、五鈴屋の小紋のお披露目の日でもおますなぁ。これから大変なことになりますで・・・」と言った。座敷を出る時、「智やん、一緒になぁ」富五郎の囁きは、幸と竹の耳に届いた。☆あきない世傳 金と銀(8)瀑布篇・高田郁・角川春樹事務所・時代小説文庫(ハルキ文庫)の書き下ろし作品・2020年2月18日第1刷発行鈴模様の小紋が飛ぶ様に売れたが、麻疹が流行り店先から客の姿が消えた。江戸紫の小紋を、麻疹封じの鉢巻にしたいという母親に乞われ、手間賃を上乗せせずに切り売りにして売った。初冬を迎える頃、ようやく麻疹が下火になり、晴れやかな物を商う店に活気が戻りつつあった。行き交う人の中に、「紀州御用 伊勢型紙」と染めた幟を手にした行商人の姿が見られるようになった。大店だけでなく、多くの店が小紋染めを扱える様になった。幸は、商いへの影響を憂うより、多くの店が競い合うことで、友禅染めと同じように、小紋が広まってくれること方を喜んだ。中でも絶大な人気を誇る五鈴屋は人手が足りなくなる。いずれ大阪から手代をを移すまでの間、近江屋の好意で、壮太と長次の2人に通いで来てくれることになった。開店から3年、年末までの売り上げの目安が銀千貫目となった。それは、江戸店を出す目安とした本店の売り上げの目安であった。「衰颯的景象 就在盛満中」「衰颯の景象は、すなわち盛満の中に在り」ー衰えていく兆しというのは、実はもっとも盛りの時に在るー、という意味である。修徳の顔が浮かび、改めて気を引き締める幸であった。いずれ、賢介を大阪に戻し結と夫婦に、と考えていた幸だった。けれど、竹の話を聞き、賢輔本人の意思に配慮が足りなかったと気付かされた。長月、鉄助が江戸へ着き、賢輔に8代目を継がせることで纏まっていた話に親旦那さんから待ったがかかった。小紋染は今が正念場。賢輔抜きで乗り切るのは、賢輔にとっても五鈴屋にとっても惜しい。賢輔が五鈴屋の店主になるのは先にした方が良いと、思い直したのだという。呉服屋仲間から呼び出しがあり、出向くと、「おかみから、近々、五鈴屋に対する上納金の申し入れがある」と告げられた。その額1500両。応じなければ、呉服屋仲間から抜けてもらうことになる、という。支払うしか道は無い。両替商に借入の相談に行った幸と鉄助の前に、思いがけない人が現れた。9年前に出奔したまま行方知れずだった惣次が、本両替商井筒屋3代目保晴として現れたのだ。「上納金など、両替屋に借りてまで用意する物では無い。五鈴屋の暖簾を守りたいなら、知恵を絞りなはれ。悪い奴程阿保な振りが上手いよってに気をつけなはれ」と、言い、縋る鉄助には「私は井筒屋3代目保晴で、五鈴屋だの8代目など関係ないことだす」と言い置いて去っていった。1500両の上納金は、年に500両ずつ三年分割でも良いと了解が取れた。それでも、大金であることに変わりはない。まず、上納金については幸自身、考えがあるといい、いま、五鈴屋で何ができるか、何か手がかりがないか皆で知恵を寄せ合うことが出来る。跡目のことは、賢輔に9代目を継いでもらいたいと考えている。小紋染のためにも、五鈴屋のためにも、あと数年は江戸で踏ん張ってもらいます。賢輔どん、あなたは経験を積んで、9代目店主に相応しい器におなりなさい」番頭の鉄助は、まず自分で、相応しい器になれるよう踏ん張ってたあとで、継ぐか継がないか決めたら良い、と言葉を添えた。伊勢から型堀師梅松が到着。力松の家に住むことになった。立ち消えになったと、皆が思っていた両替商音羽屋との縁組が再燃。結本人も、この人と決めた人がいるとはっきり断った」。干支の文字を彫った型紙が出来上がった。梅松と力造に無理を言い、皆に見せたいと一旦店に持ち帰って来た。神棚に上げて、その夜、幸は安堵から深い眠りに落ちた。異変が起きたのは、翌朝である。紅で「かんにん」と書いた紙片を残し、昨夜、神棚に供えた筈の型紙と共に、結が消えた。☆あきない世傳 金と銀(9)淵泉篇・高田郁・角川春樹・2020年9月18日 第1刷発行・ハルキ文庫書き下ろし作品、手代の賢輔が図案を考え、型堀師の梅松が精魂傾けてて彫った、十二支の漢字を散らした紋様の伊勢型紙。今後の五鈴屋の命運を賭す大事な型紙が、結と共に消えた。賢輔との結婚が叶わないと知った幸の妹、結が型紙を無断で持ち出し、あろうことか、両替商の音羽屋に駆け込んだのである。途方に暮れ、詫びる言葉もない幸に、梅蔵は思いもかけない話を始めた。「私が彫った型紙、あの十二支の文字散らしの型紙は、五鈴屋以外の店が、あれで染めた反物を売り出しでもしたらえらい騒動になりますやろ」という。賢輔が書いた図案に、3箇所だけ別の字をいれたのだという。それは、「五」「金」「令」の文字であった。音羽屋の妻となった結は呉服店を任されることになり、文字散らしの小紋が売り出されることになった。けれど、そのその三文字のおかげで、文字尽くしの小紋の本家は五鈴屋であることが知れ渡ったのだ。訪ねて来た歌舞伎役者の菊次郎が、近頃江戸では一風変わった句合わせが、えらい人気で、こないな句が披露されてましたで、と言い、くっくっと肩を揺らして笑う。「本家より 分家が出張る 文字散らし」今では「五、令、金」の文字が身の証を立てて、江戸中の者が五鈴屋が本家やと認めてる。何よりのことや、と菊次郎は鷹揚にに言った。次々と厄介な問題に当面する五鈴屋に、又々新たな災難が降りかかった。加賀藩に売った白生地100反が原因で、呉服仲間の怒りを買ってしまったのだ。師走8日、その日は富久の祥月命日であった。寺は葬儀が行われており、幸と竹は人々が去るのを待ち寺門を潜った。偶然その場に居合わせた井筒屋3代目保晴を名乗る惣次は富久の次男であり、幸のもと夫であった。惣次は、五鈴屋が呉服仲間から外されそうになっていることを知っていた。彼は、その昔呉服仲間から外され、潰れるどころか大きくなった店の例を上げた。京に仕入店を持つ五鈴屋では、仲間から離れても別段困ることではない。組合が必要なら自分で作れば良い。しばらくは商いを諦めることや。極めて真摯に、惣次は幸に伝え、ゆっくりと立ち上がった。そして、上納金のことも、今回の仲間はずれのことも偶然のことではない。早く気がついた方が良い、と。「・・・音羽屋忠兵衛」 幸の呟きに、惣次は口のはしを持ち上げただけだった。怒りの炎を双眸に宿したもと女房をじっと眺めて、惣次は軽く頭を振った。喋りすぎてしもうたなといい、本堂を後にした。今年に入ってからの売り上げは悲惨な上に、木綿についても知恵の糸口も見つからない。引き伸ばし続けた大阪行きだった。近江屋の茂作が帰る時に合わせて、幸は8月中に江戸をたち10日ほど向こうで過ごしたら戻ってくることに決めた。葉月20日、茂作と幸、それに型彫師の梅松が同行して旅立った。江戸を発って19日、予定より早く一行は大坂の土を踏んだ。7代目到着の知らせを受けて、次々に奉公人が現れた。新しい顔も多い中、成長した奉公人の姿をみつけて、幸は思わず呼びかける。賢輔の父親であり、もと番頭の治兵衛、親旦那さん(もと桔梗屋の店主、孫六)と相談もできた。治兵衛と孫六は、両替商の音羽屋が、なぜそこまで五鈴屋を狙い撃ちにするのだろう。だが、太物を扱わない音羽屋は、太物扱いに絞った江戸店を狙い撃ちすることは難しいだろうという。「深い淵の底で、泉のように知恵を湧かせてみたい」と言う幸に、治兵衛は満面の笑みを湛える。8代目の周助の嫁も決まった。綿買いの文次郎からは綿について知識をもらい、もと4代目徳兵衛の嫁だった菊栄にも会えた。菊江は、いずれ江戸へ出て、自分の名で、大阪では出来ない商いをするつもりだと言い、江戸で会いまひょうなぁ、と晴れ晴れと言った。懐かしい人たちと会い、様々な知識を得、多くのことを学んだ幸。梅には「菊枝が鉄助らと共に江戸へ行く時、江戸までお供をしてもらえないかしら。江戸で待ってますからね」と言った。江戸で「太物商い」の花を咲かせよう。長月22日、旅装束の7代目、江戸店へ回してもらえることになった手代と丁稚、それに型彫師の一行は、別れを惜しみつつ旅立った。復路は紅葉の只中であった。浜松で長月から神無月になり、予定通り20日で、一行は江戸に入る。木綿生地に型を置き漬け染で染めると、柄がぼやけてしまう・・・。力造の試行錯誤は続いていた。風呂上がりに着る湯帷子としての浴衣ではなく、街中でも着られるようなものにしたい。幸は芝居小屋の役者たちが着る部屋着としての浴衣を思い浮かべていた。生地の白をクッキリ浮き立たせるために、ぴったり重なるように両面に糊を置こうと、力造は躍起になっていた。けれど、小紋用の細かい模様の型では、模様がぼやけてしまう。「模様を大きくすればどうか」と言う幸の台詞に型付師夫婦と、型堀師が目を剥いた。賢輔が幸を庇うように「せっかくの藍染め、小紋では勿体ない、と私も思います。藍色地に、確かに麻の葉だと分かる白抜きの方が、藍染めの美しさが際立つのではありませんか」。藍染めは身分を問わず誰にも好まれること。両面が同じに染まる浸け染なら、裏返して縫い直せることなど、賢輔は柔らかな言葉で店主の想いを補う。果たして出来るかどうかと思案する力造と梅松に、幸は「丁寧に時間をかけましょう」と言った。乗り越えなければならないことが山積みであった。明けて宝暦7年(1757年)如月16日、幸と賢輔は力造の染め場にいた。2人が固唾を呑んで見守る中、力造は片面に糊を置き、乾くのを待って裏にも糊をおき天日に干す。待つ時間は途方もなく長い。呼ばれて、幸は物干し場へ上がる。表の色糊と寸分違わず、ぴたりと重なった裏側の糊。幸は思わず、ああ、と声を漏らす。ころころと楽しげに転がる鈴たち、鈴同士を結び、柔らかな曲線を描く鈴緒。賢輔は声も無く立ち尽くしている。木綿のための型染めは、今、まさに産声を上げようとしていた。
2022.06.28
閲覧総数 3641
16

≪ フォントの水滴風 ・ 「雨のしずく」 ≫昨日、全く別の目的であれこれ模索していましたが、途中で横道に逸れてしまいました。最初に出来たのが下の「マーガレット」の方ですが、まるで「水滴」を乗せたような不思議な感じになり、面白くなって遊んでしまいました。1.新規作成、白、500x500px 編集→文字入れ、Wingdins Shift + S … A 大きさと位置はご自由に2.A=コピー→別のJTrimに貼り付け 編集→文字入れ、MS明朝、B体、括弧「)」 … B →コピー 3.加工→ガウスぼかし=5 編集→合成、明るい画素優先 … C 4.画像D(500x500px) → コピー5.別のJTrimに貼り付け A=ネガポジ反転→コピー 編集→合成、明るい画素優先 … E6.C=コピー D=編集→合成、加算 … F7.EとFを「暗い画素優先」で合成します。こちらは「Webdings Shift + Y」(花)を使い、↑の手順と違うところは下記の2箇所です。手順2を省略,手順3、ガウスぼかし=6≪ フォントの水滴風 ・ 「花型」の水滴 ≫
2010.02.11
閲覧総数 2393
17

写真と絵を合成、窓辺の風景を作りました。暖かくなって、一日も早くこんな風景が見たいものです。「ラッパスイセン」 描き方の手順はこちらから ⇒ 絵のモデルにした「ラッパスイセン」 ・ 2011.4.5 撮影
2012.02.23
閲覧総数 2089
18

探偵ガリレオ & ガリレオの苦悩 ・ 東野圭吾☆ガリレオシリーズ 登場人物・湯川学帝都大理工学部助教授、草薙の親友・草薙俊平警視庁捜査一課刑事、帝都大社会学部卒、独身、姉が一人いる。・内村薫女性刑事、草薙の部下、ドラマ化に当たって製作者側のリクエストにより原作に登場する。(「ガリレオの苦悩」中の「燃える」より登場)☆探偵ガリレオ (文藝春秋 1998.5.30 第1刷発行)*燃える ー もえる深夜、住宅街で騒音を撒き散らし屯する若者の頭が突然燃え、そばに置かれたポリタンク入りのガソリンに引火爆発した。その夜、近くに住む小さい女の子は空中にピンと張られた細くて赤い糸を見たと言う・・・。(オール読物1996年11月号)*転写る ー うつるゴミだらけのひょうたん池で、高校生が、行方不明の男のアルミ製のデスマスクの型を見つけた。(オール読物1997年3月号)*壊死る ー くさる風呂の中で死んでいた男の右胸には直径10cm程のアザがあり、そこだけ細胞が壊死していた。(オール読物1997年6月号)*爆ぜるー はぜる湘南海岸でビーチマットに掴まって浮いていた梅里律子のビーチマットが突然爆ぜた!(オール読物97年10月号)*離脱る ー ぬける部屋で寝ていた少年が、身体が空中に浮いて、工場の向う側に停めた「赤いミニクーパー」が見えたという・・・。(オール読物1998年3月号)☆ ガリレオの苦悩 ( 文藝春秋 2008.10.25 第1刷発行 )*落下る ー おちるマンションの7階の自室から女性が転落死した。部屋には彼女の血痕が付いた鍋が転がっていた。自殺か他殺か・・・。(「オール読物」2006年9月号 )*操縦る ー あやつる湯川の恩師である帝都大の元助教授、友永幸正の家に招かれた教え子達の目前で離れから出火、爆発した。焼跡からは友永の息子の他殺体が発見された。「別冊文芸春秋」第274号*密室る ー とじる湯川の大学時代の友人である藤村夫妻が経営するペンションの客が、道路脇の渓谷に転落死した。藤川は客の部屋は密室だったと言う。藤村の妻久仁子には、客との間に夫にも話せない過去があった・・・。(「GIALLO」2008年夏号 )*指標す ー しめす一人で留守番していた老女が殺害され、金塊10kgが盗まれ、飼い犬も姿を消した。被疑者の一人である保険セールスの女性の娘が、水晶の振り子のお告げで飼い犬の死骸を発見した・・・。( 書下ろし )*撹乱す ー みだす建築中のビルから作業員が転落死、また高速道路を走行中の車が側壁に激突して運転者は死亡した。いずれも自分が仕組んだ事故だと言う男から警察と湯川の元に犯行声明が届いた。事故の手段は?なぜ犯人は、警察だけで無く湯川宛に犯行声明を送ったのか?( 「別冊文芸春秋」第276号 ) 湯川学 ー 帝都大 女性刑事、内海薫(草薙の部下)が登場。
2013.10.25
閲覧総数 169
19

先日の「風車のような枠」をアレンジしてみました。冬の間、何となく元気が無かった椿の花びらが、暖かくなったからでしょうか・・・、綺麗に咲いています。
2012.03.25
閲覧総数 1058
20

ホームレス中学生 著者:田村 裕(たむらひろし) 発行所:ワニブックス《あらすじ》母の病死、父は大病の後失職。中学二年の一学期の終業式の日、帰宅すると自宅は差し押さえられて入れなくなっていました。間もなく帰宅した父は「・・・これからはそれぞれ頑張って生きてください。・・・解散!」と言ったきり行方不明になってしまいました。その日から、いきなり彼の公園生活が始まったのです。表紙の写真は、彼が夏休みの間暮らしていた「まきふん公園」の家(?遊具)です。その後、友人の家族や学校の先生など数多くの人たちに支えられ助けられ、紆余曲折を経て無事高校を卒業し吉本興業に入りました。彼は現在「麒麟」と言う漫才コンビで活躍している漫才師なのだそうです。この本は、家の解散日から吉本興業に入社するまでの謂わば「貧乏自叙伝」ともいえるものです。末っ子の甘えん坊でお母さん子だった田村君。本の最後にはお世話になった多くの人々への感謝の気持ちと共に、亡き母への思いが切々と綴られています。《読み終えて・・・》昨日午後、「面白いから読んでごらん!」と、友人から何の前置きもなく手渡されたのがこの本です。田村裕って誰???なんの予備知識も無く、夕食後読み始めたら止まらず一気に読んでしまいました。この飽食の時代と言われる現在、こんなに苦労して生きている青年が居たと言う事は少なからず衝撃でした。そして、彼にとっては幾つになっても母の存在が生きる支えなのだと言うことを母親の立場から見て考えてしまいました。この本を書いたとき彼は既に28才。読み終わっって、そろそろ「お母さんっ子」から精神的に自立して、一人の大人としてしっかり生きてほしい・・・。母の立場から見てそう思いました。
2008.03.11
閲覧総数 184
21

日本の原風景を描く内田正泰 はり絵展ー 色が生まれるとき ー↑春とまる↑「渓」会場:有隣堂伊勢佐木町本店 別館2階会期:1月20日(金)~31日(火)展覧会HP ⇒ 内田正泰 はり絵展1月31日まで、はり絵画家、内田正泰さんの「はり絵展」が開催されていると、ラジオ体操の先輩Oさんから聞き、行ってきました。Oさんからは内田正泰さんのはり絵の素晴らしさと、個人の美術館が長谷にあることを聞いていました。昨秋、長谷寺(鎌倉)へ紅葉を見に行ったとき寄ってみるつもりでしたが、その日はあいにく休館日でした( ; ; )今回の展覧会場には、原画のほか、質感まで見事に再現された 高精細のデジタル版画(エピゾグラフ)が、数多く展示されていました。今日は会場に作者ご本人もいらしていました。会場での写真撮影は禁止されていましたが、ブログ掲載のお許しを頂き、購入したポストカードを撮影、掲載させて頂きました。↑(上の2作品)内田さんの作品は、「PHP本誌」の表紙や、NHK「ふるさとネットワーク」タイトルバックを担当されているほか、各地で個展をされているそうです。私は毎朝、夜明けの空の美しさに感動していますが、その色合いを「はり絵」で、見事に表現されている作品が数多くありました。私はてっきり「和紙」を使ったはり絵だと思い込んでいましたが、「洋紙」を使われているとのこと…。確かに和紙とは質感がまるで違った魅力がありました。内田正泰さんのギャラリー鎌倉市長谷内田正泰 オフィシャルサイト → 内田正泰 はり絵の世界内田正泰さんの作品は、上記のホームページからご覧になれます。topページ下段の「GALLERY」をクリック → 春の作品のページが開きます。他の季節=右上の「夏」「秋」「冬」をclickします。
2017.01.28
閲覧総数 2344
22

十字屋敷のピエロ・東野圭吾☆十字屋敷のピエロ・東野圭吾・講談社文庫・1992年2月15日 第一刷発行( 1989年1月、講談社ノベルスとして刊行 )★あらすじ2月10日、土曜日。竹宮水穂は、伯母である竹宮頼子の49日の法要に出席するため、十字屋敷を訪問した。出迎えた佳織は、母がバルコニーから飛び降りて死んだと言い、父の宗彦から頼子が仕事の事でノイローゼだったと聞かされたと話した。悟浄真之介と言う人形作家が、頼子が買った「悲劇のピエロ」を買取りたいと訪ねて来た。人形は彼の父が作ったもので、持っている人に不幸を呼ぶと言い伝えがあると言う。父親は彼に、何とか取り戻して処分してくれる様言い残して死んだと話した。その夜行われた晩餐会には、頼子の母・静香、夫・宗彦(新社長)、一人娘・佳織、妹・竹宮琴絵と娘の水穂、妹・近藤和歌子と夫の勝之( 取締役)、従兄弟・松崎良則( 取締役 )、青江仁一(下宿生)、永島正章(出入りの美容師)、梅村鈴枝(家政婦)、家族や縁者が十字屋敷に集まった。そしてピエロの人形も・・・。晩餐会の翌朝、家政婦の鈴枝が、地下のオーデオルームで宗彦と三田理恵子の死体を発見した。複雑に絡む人々の思惑と欲と利害関係。犯人は一体誰で何のために殺したのか。警察の調べが難航する中、独自に事件を調べていた青江が殺害された。文中には、頼子が死んだ日も次の事件が起きた部屋でも、事件の推移をじっと見ていたピエロの述懐が挿入されてます。やがて犯人たちの動機と実行犯が明らかになり、水穂は自分がこの屋敷を去る日が来たと気付く。けれど、水穂に協力して事件を独自に調べていた悟浄は、影で犯人たちを操っていた真犯人の存在に気づく・・・。自分の推理を水穂に告げたあと、悟浄は「しかし、何の証拠もない」と呟くようにいい、水穂とは反対方向に向かう電車に乗りこんだ。やがてやって来た電車に乗り込むとき、振り返った水穂の視線の方向には十字屋敷がある筈だった・・・。
2014.12.27
閲覧総数 2301
23
![]()
続・フラワーセンター大船植物園の花たち( 撮影日:2014.5.17 )オオデマリ ・ メリーミルトン(スイカズラ科)この花が気になりつつバラ園に直行してしまい、薔薇を見た後近づいて見ると、木の根元にネームプレートが付いていました。ピンクのオオデマリを見るのも初めてなら、スイカズラ科だと言うことも初めて知りました。やはり、植物の分類法は私には謎です。カンパニュラジギタリス「カンパニュラ」はゲートを入ってすぐ右手に、色鮮やかな「ジギタリス」は牡丹園の奥で咲いていました。
2014.05.19
閲覧総数 1343
24

《 超新星+シルクスクリーンを使った枠 ・ シュウメイギク 》きまぐれさんの「カラフル模様・・」を作っている途中で、以前、どてかぼちゃさんに教えていただいた枠を思い出しました。きまぐれさんの枠からヒントを頂いて、四角い枠にしました。どてかぼちゃsんの作品はこちらから ⇒ Thank You JTrim ↓ 加工の色々 → 超新星を使って☆合成する画像サイズ(青文字部分)が違っていましたので修正しました。
2010.10.02
閲覧総数 516
25

≪ 黄花コスモス ・JTrimで描画 ≫オレンジ色は何という名前なのかしら・・・?と思って検索してみました。「黄花コスモス」には、黄色とオレンジがあるようです。今回は「作成手順」はありませんが、基本的には、「向日葵」や「皇帝ダリア」の描き方と、ほとんど同じです。参考になれば・・・と思い、作成した画像のサンプルを置いておきます。上の画像を組み合わせて、4種類の花を作りました。☆花花びらの先にぎざぎざをつけたことと、ブラインド加工の数値が違うだけで「花」の描き方は、基本的には「皇帝ダリア」と同じです。1.新規作成、400x400、オレンジ(無地) 加工→ブラインド、20、暗いオレンジ色3.つまむ→最大5.つまむ→70☆ 花芯「ノイズ」の代わりに、麻縄のテクスチャー(最大)を使って見ました。☆葉ブラインド加工、フェードアウト共に無し。≪閑話休題≫☆WordとJTrimのお絵描きについて思うこと・・・Wordのお絵描きを始めて、Wordのお絵描きには大雑把に言うと2種類あることに気がつきました。一つは、「オートシェイプ」の中の「型」を使い→加工(彩色など)→回転させて組み合わせる方法。もう一つは、自分で自由に線を引き図形を作る方法です。オートシェイプを使う方法は、そのままJTrimでも応用できそうだと言うことに気がつきました。JTrimの場合は、複数の画像を好みの位置に移動させ、組み合わせるのが課題でした。けれど、下記の方法を使うと、かなり自由に組み合わせられることが分かりました。1.イメージ→座標指定切抜き→OKで、画像のサイズ(枠)を記憶させ、2.合成したい画像の中の、好みの位置に記憶させた「画像のサイズの枠」を移動 →暗い画素優先で合成(場合によっては、合成位置を2階調化で一旦白抜き→合成)まだまだ課題は山積で、これからも試行錯誤が続くと思いますが、いつの日か「JTrimならではの画風」を見つけられたらいいな・・・と、思っています。
2009.08.15
閲覧総数 210
26

≪ s-koyamaさんの「新聞写真風枠」 ・ skyさん流アレンジ模様 ≫s-koyamaさんの「新聞写真風枠」の手順を少しだけアレンジして、skyさんが、まるでブランドバックの柄のようなお洒落な模様を考案されました。手順の数値を追記して下さいましたので、早速真似させていただきました。参考サイト ⇒ JTrim使い勝手(s-koyamaさん → 新聞写真風枠JTrimで加工(skyさん) → 新聞写真風枠 [s-koyamaさん]≪ 「新聞写真風枠」 ・ 末摘む花流アレンジ「市松模様枠」 ≫< 市松模様 ・ 小 >< 市松模様 ・ 大 >☆「市松模様」の作り方 (小)1.新規作成、白、500x500px 新聞写真風加工=52.シャープ=103.エッジの抽出=最大を2回 … A → コピー4.更に、エッジの抽出を1回 … B 編集→明るい画素優先で合成 … C5.C=コピー6.D=グラデーション、もしくは無地の画像(500x500px) 編集→合成、透明度=90パーセント … E☆市松模様(大)の作り方1.新規作成、白、500x500px 新聞写真風加工=102.シャープ=103.エッジの抽出=最大を3回 … F → コピー4.更にエッジの抽出を1回(計4回) … G 編集→明るい画素優先で合成 … Hs-koyamaさんの手順との違いは、緑色の文字の部分と、中の画像は加工しないで使った事くらいで、その他は s-koyamaさんの「新聞写真風枠」の手順をそのままお借りしました。s-koyamaさん、skyさんありがとうございました。
2010.03.31
閲覧総数 295
27

《 我が家のオダマキ 》昨年のこぼれ種が、あちらこちらで芽を出しています。これは親株ですが、実生の場合親に似ない色が咲くと言いますから、次はどんな色の花が咲くか楽しみにしています。花が引き立つように、背景を塗りつぶして一色にしました。このところ、背景の塗りつぶしにはまっています。
2008.05.05
閲覧総数 114
28

黄色いラッパスイセンが咲きだしました。このラッパスイセンは、増えすぎて疎略に扱っているうちに数が減ってしまい、いつの間にか花壇の主役の座は 花びらが白い大輪のラッパスイセンに変わりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・寄せ植えのミニハボタンは茎を伸ばし始めました。ビオラは元気いっぱいで、ちょっと過密気味・・・。梅雨の頃まで咲き続けますから、植え替えてやった方が良いのか、このままにするか思案中です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・このところ、世界卓球(女子)が面白くて、連日夢中になって見ています。こんなに熱心に見たのは初めてかも(笑)今夜の女子の準決勝は凄い試合でしたネ。15才の伊藤美誠ちゃんが凄かった。とても中学生とは思えません。ついつい力が入ってしまい、見ているだけで疲れました(#^.^#)いよいよ、日曜日は決勝です。頑張れ頑張れ!ニッポン!
2016.03.04
閲覧総数 215
29

☆ ダイヤモンドリリー ☆去年も展示されていたのですが、去年は行きそびれているうちに、見ごろを逃してしまいました。Facebookで、今年もダイヤモンドリリーの展示が始まったと知り、日曜日に行ってきました。花に添えて掲示されていた、横山園芸さんの説明書きによりますと、ダイヤモンドリリーは、南アフリカ原産のヒガンバナの仲間で、花言葉は “幸せな思い出” やっと涼しくなり始め、紅葉の季節に鮮やかな色の花を咲かせます。花弁の表皮細胞が不規則な形をしていて、それに光があたり乱反射することにより輝いて見えることから「ダイヤモンドリリー」と名付けられたそうです。正直なところ、キラキラ感は分かりにくかったのですが、明るい透明感のある多彩な色合いがとても魅力的な花でした。☆ イングリッシュガーデンの秋桜 ☆前回、秋バラが見たくてイングリッシュガーデンへ行ったのは10月19日(水)でした。バラはもちろん綺麗だったのですが、期待していたコスモスは、バラの足元で細々と咲いていただけ・・・。その日はちょっとガッカリでした。今回は、ダイヤモンドリリーが見たくて訪問したのですが、園内の至るところで、コスモスとバラが競い合うように咲いていて嬉しくなりました (o^^o)2年前の素晴らしいコスモス畑が、今でも目に焼き付いています。いつの日かまたあのイングリッシュガーデンならではの、素晴らしいコスモス畑が見られることを夢見ています。2014.10.20 横浜イングリッシュガーデンのコスモス横浜イングリッシュガーデン公式サイト
2016.11.07
閲覧総数 297
30

熱は下がったものの、当分外出はお預け…。暇つぶしに、今日はiPhoneとiPadの整理をしていました。そんな中で面白いアプリを見つけました。手持ちの画像を使って、ついついあれこれ遊んでしまいました(*^^*)上から4つは、既成の枠に好きな画像を入れただけ…。背景色も単色からグラデーションまで好きに選べます。文字入れも出来ます。一番下は、選んだ写真を自由に配置しただけ…。もちろん、画像は回転させて水平にも出来ます。App Store からダウンロードしました。このアプリ、ご紹介しょうと思ったのですが、「名前」がはっきりしなくて困りました。やたら長たらしい説明だか名前だか分からないのが書かれていますが、それで検索してもストレートにヒットしないんです。やむなくこんな方法にしました。iPhone & Androidのおすすめ無料.有料アプリを紹介するサイト ↓アプリ場(このアプリの簡単な説明も書いてくださっています)上から3番目の「写真コラージュ」アプリの説明文の末尾にある「Dounload on the App Store 」のマークをタップ →App Store からダウンロード出来ます。
2017.01.14
閲覧総数 343
31

↑ 仙人草(センニンソウ)昨日、ご近所のSさんが「無人の家に白い花が満開です。綺麗ですよ」という花情報を届けて下さいました。今朝、行ってみると、伸び放題のカイズカイブキを覆い尽くすように仙人草が咲いていました。とても良い香りがしました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 白蝶草(ガウラ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 昼咲月見草(ヒルザキツキミソウ)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 「桂(カツラ)」でしょうか。仙人草のすぐ近くの家の木が色づき始めていました。2019年9月7日 6時44分 (岡村公園より)今朝は、久し振りに富士山が姿を見せてくれました。
2019.09.07
閲覧総数 115
32
![]()
ー 斑入り葉のナンカイギボウシ(南海擬宝珠) ー画像を入れ替えました。クリック or タップで、拡大画像が別ウィンドウで開きます。この花は、うす紫の花弁に濃い色の縦縞が入っています。ぜひ、拡大画像をご覧ください。「✖️(閉じる)」で元の画像に戻ります。ラジオ体操会の大先輩、吉富和彦さんが育てていらっしゃる斑入り葉の ‘ナンカイギボウシ’ です。 所属されている横浜山草会の先輩が下さったのだとか。ナンカイギボウシは大変貴重な品種だそうで徳島県版レッドデータブックでは、絶滅危惧Ⅱ類(絶滅の危険が増大している種)に分類されています。斑入り葉となるともっと貴重でしょうね。毎年、春に開催される「山野草展」も今年はお休み。残念ながら、この様子では秋も難しそうです。ぜひ皆さまにもお目にかけたいと、掲載させて頂きました。
2020.07.05
閲覧総数 458
33

梅、河津桜、雪割り桜と続き、次は本牧山頂公園の寒緋桜を見に行くか思案していました。ふと、オカメザクラのことを思い出しました。去年のブログを見ると、3月3日に既に満開を少し過ぎていました。こちらは、徒歩15分ほどで行けます。急遽午前中に行ってみると、既に満開。今年も一番の見頃を逃してしまいました。年々桜の開花が早くなり、追っかけも大変です^_^;☆追記☆オカメザクラ(品種名は、‘オカメ’)Prunus incamp cv. Okameはバラ科サクラ属の落葉小低木でサクラの園芸品種。イギリスの桜研究家コリングウッド・イングラム (英語版)がカンヒザクラとマメザクラを交配して作出。名前はおかめに由来する。(ウィキペディアより)
2021.02.28
閲覧総数 408
34

ー Mさんの木蓮 ーすぐ近所の、Mさんの木蓮が満開を過ぎ一部は散りはじめています。最初は小さな木でしたが年々、大きくなり今年はいっぱい花を咲かせました。白木蓮と紫木蓮はよく見かけますが、この色合いの木蓮は他では見かけたことがありません。今日はアップで撮りたくてピンポーンしました。ラナンキュラスラックスこちらは、ラジオ体操の行き帰りに通る家の花です。このお宅は、いつも珍しい花を育てていらっしゃいます。四季折々通るたびに楽しませて頂いています。このラナンキュラスラックスも早くてフラワーフェスタで見かけた直後に早くもここにありました。アネモネ
2021.03.20
閲覧総数 203
35

モナルダ花が咲き終わったあと、2番花を期待して試しに、咲き終わった花から順に少しだけ切り戻してみました。咲くには咲いたのですが結果はご覧の通り、ちょっと微妙でした。もしやるなら、同時期に、高さを揃えもう少し短めに切った方が良さそうです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡村公園の花壇で咲いています。背の高さは、せいぜい15cm程度。花壇を覆うように咲いています。多分、‘ジニア・プロフュージョン’ という品種ではないかと…。今日はオリンピック開始してから7日目。連日、熱戦をテレビで楽しんでいます。そんななか、コロナの感染者数は連日新記録を更新し続けています。昨日の、首都圏の感染者数は(7月28日 23:59 時点)東京都=3,177名神奈川県=1,051名千葉県=577名埼玉県=870名こんな状況で、オリンピックを続けて本当に大丈夫なのかと不安です。このブログをまとめている途中に小池都知事の記者会見のライブ画像が飛び込んで来ました。それによりますと、小池知事は具体的な数字を上げて、「ワクチン接種が進むにつれ重症化する高齢者の感染者数が減っていること、医療現場が逼迫していることには変わりないがこれまでとは、その状況(内容?)が違ってきている」との説明がありました。更に「感染者数の急増はオリンピックが影響しているのではないか」という記者の質問に対し「むしろ逆で、オリンピックはステイホーム率を上げており、人流も減っている。そういう数字が出ている。また、「効果的なワクチン接種を進めるために、ワクチン配布を国に要望している」というのが、凡その内容でした。・・・・・・・・・・・・・・・その一方で、政府分科会の尾身会長は参議院内閣委員会で凡そ次の内容の意見を述べています。「いま、感染をあげる要素はいくつもあるが下げる要素はあまり無い。最大の危機は、社会一般の中で危機感が共有されていないことでそれがなければ医療逼迫は深刻な状況になる。様々な意見があった中で政府や組織委員会は、オリンピックをやると決定したのだから感染拡大や医療逼迫を防ぐために政府は全力をあげてやることが当然の責任だ」と・・・。NHKニュース防災アプリ NEWS WEB(7月29日 14:12)よりはてさて、どちらを信じれば良いのでしょう。一日も早く、穏やかな日々が戻ってくることを祈りつつ静かに暮らすくらいしかできません。
2021.07.29
閲覧総数 1049
36

一才サルスベリが咲き出しました。このところ、晴天続ききのせいかピンクの色が濃くて綺麗です。・・・・・・・・・・・・・・・ホタルブクロが、次々と芽を出してヤマモモの陰で咲いています。涼しくて、よほど居心地が良いのかもしれません。↑ ヤナギバルイラソウが咲き出しました。↑ クレベラントセージ軽く触れるだけで、とても良い香りがします。近所の方から枝を頂き去年の梅雨どきに、挿し芽しました。背丈は未だ5〜60センチくらいですが 嬉しいことに、花が咲き出しました。花だけ見ると、ヤグルマギクに似ています。ミソハギが、大株になりました〜\(^^)/・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日は、午前中、オルラヤ、ムシトリナデシコ、ルナリアの種の収穫と和室の網戸の張り替えをしました。去年は、久し振りの張り替えで、歪んでしまいました。和室の網戸は、幅が広いため曲がらないように、慎重に・・・。今年は、去年より上手くいきました(^^)v
2022.07.01
閲覧総数 144
37

ー 長寿寺のヤマユリ ー当初は、次週の後半に観に行く予定でした。ところが一昨日、友人から「天園」で撮ったという素晴らしい山ユリの写真が届きました(@_@)調べてみると、鎌倉近辺の山ユリは既に、あちこちで咲き始めていると判明。貴重な晴れを逃しては大変と予定を繰り上げて昨日、午後から行ってきました。まずは長寿寺へ山門前のヤマユリは花が少なくてガッカリ・・・。前日の風雨でかなり被害を受けたようでした。ところが、今年は大サービス嬉しいことに切り通し側の、撮りやすい位置にも咲いていてくれました\(^^)/塀の上からヒョッコリと・・・。裏門の外にも・・・。今回は特別拝観はやめて円覚寺へ。北鎌倉駅に向かい戻る途中電車から降りたばかりの人の大群と遭遇大半の人たちが明月院の方へ左折していきました。あの様子では拝観料を支払うのにも大行列だったことと思います^_^;;ー 円覚寺 ーこちらの境内は、あの人の群れが嘘のような静けでした。境内は紫陽花がまだまだ元気でした。一番奥の「黄梅院」まで行ってみましたがヤマユリは未だこんなに状態でした。黄梅院の山門をくぐると大きく育った山紫陽花・紅(くれない)が出迎えてくれました。純白の装飾花が濃い「紅いろ」に染まる品種です。
2024.06.23
閲覧総数 301
38

春蘭(シュンラン)忘れるところでした。春蘭も咲いていました(o^^o)この花、とても丈夫で子供の頃、普通に咲いていた懐かしい花です。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ラナンキュラスラックスのその後 この花は、春蘭とは大違い!今風の華やかな花です。日が当たると、ピカピカと光って見えるんです。ラナンキュラスラックスは、ますます花盛り2年目のピンクは花がモリモリ咲いています。新入りの黄色(オレンジ)も頑張ってます。
2025.04.05
閲覧総数 125
39

魔女医さーたりが描く患者が知らない医者の世界[漫画]さーたり [原案]中山祐次郎著者 さーたり、中山祐次郎発行所:SBクリエイティブ株式会社2022年12月18日:初版第一刷発行現役外科医だからこそ語れる、本音の世界中山祐次郎著『医者の本音』を、さーたりが漫画化!(裏表紙の文より) ♧さーたり外科医・漫画家。専門は消化器外科。特に肝臓・胆道・膵臓・移植外科。同期の夫と結婚し出産。現在3児の母として子育て中。最近はテレビや新聞など様々なメディアでも活躍。アメブロ公式トップブロガー。『魔女医の医者道!』シリーズ刊行中。♧中山祐次郎外科医・作家。鹿児島大学医学部卒。専門は大腸がん。都立駒込大腸外科医師として10年勤務。2017年より福島県高野病院院長。総合南東北病院外科医長として勤務。『医者の本音』は15万部を超えるベストセラーとなり、小説家デビュー作『泣くな研修医』は累計48万部を超える人気シリーズに。・・・・・・・・・・・・・・・・・<あとがき:中山祐次郎>より抜粋「患者さんに、病院や医者のことをもっと知っていただこう」と思い、『医者の本音』と言う本を書きました。そしてこんどは「字を読むのは面倒だが、面白いマンガのかたちなら」と言う人にもお伝えしたいと考えました。誰に依頼するか丸一年も悩んで、さーたり先生に依頼しました。と、書かれていました。なるほど! この本は、「大腸がん専門の外科医から患者さんに伝えたいこと」が、文章と漫画の両方で表現されています。確かに文章だけの小説より、多くの人に伝わるかもしれません。「原作:医者の本音」も読んでみたいと思っています。
2025.08.19
閲覧総数 89
40

魔女と過ごした七日間・東野圭吾(株) KADOKAWA2023年3月17日 初版発行♣︎月沢陸真(つきざわりくま) 中学2年、母親は6歳の時に乳がんで死亡したと父親から聞かされていた。♣︎月沢克司陸真の父、警備保障会社潜入監視員。前職は優秀な元刑事。♣︎永江照菜=陸真の妹。克司と元恋人の間に生まれた娘、7歳。生まれつき高い知能を持っている。開明大学数理学研究所に通っている。羽原円華と親しい。♣︎羽原円華=羽原全太郎の娘、未来を完全に予測できる。東野圭吾の過去の作品「ラプラスの魔女」に登場。この作品のタイトルの「魔女」とは円華のことらしい。♣︎羽原全太郎 開明大学医学部脳神経外科、数理学研究所所長、円華の父。♣︎伊庭(いば) 科警支援局(科学警察支援局)=DNA捜査に特化した部署46才、課長、警察庁のエリート7月4日の夜、仕事でモーターショーの会場に行くと行って出かけた陸真の父が帰らない。7月10日、多摩川に人が浮いていると言う通報があった。その男性は陸真が7月5日に行方不明届けを出した父だった。刑事だった陸真の父は、優秀な「見当たり捜査員」だった。だが人間よりはるかに多くの情報を整理できる「AI」に仕事を奪われ退職。現在は警備保障会社の「潜入監視員」をしていた。ひとりぼっちになってしまった陸真には、父の恋人との間に生まれた、照菜という7才の妹がいたと判明。陸真と友人の宮前純也、そして照菜の通う数理学研究所所長の娘、羽原円華の協力を得て犯人探しが始まる。警視庁科警支援局の伊庭は、全国民のDNAデータベースの構築を目指している。彼の話では、警視庁科警支援局で開発されたDNA解析による複顔術は世界最高水準だという。国家のためという大義名分の下、その妨げになる情報を掴んでいた月沢克治は汚名を着せられ・・・。殺人犯、捕らえてみれば科警支援局の課長。上の人間たちは頭を抱えている。陸真は、児童養護施設への入所が決まりマンションを引き払うことになった。研究のためアメリカに行くという円華は、陸真にいった。「国家が作るのは国民をコントロールするのに都合の良い法律だけだ。DNAもIDナンバーカードも国民を管理するツールにすぎない。大切なのは困難にぶち当たったとき、自分で考え,道を切り拓かねばならない」と。2019年5月23日 → ラプラスの魔女
2026.05.26
閲覧総数 25
41

八重咲きのドクダミずっと前に、ボタニカルアート教室の先輩から苗を頂き、鉢に植えてありました。消えてしまったと思っていたのですがなんと! 鉢から飛び出し、花壇で根を下ろし逞しく生き残っていたのです。これまで八重だとは気づかず他のドクダミ同様、目の敵にして抜いていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・紫陽花いろいろ↑ アジサイ・ダンスパーティ枝をもらい、挿し木して、確か4年目やっと大株に育ってくれました\(^^)/これも知人から枝を頂いた紫陽花下さった方によると「山紫陽花」だとのこと。逞しく、挿し木したのは全て根付き何株も花を咲かせています。↑ 柏葉紫陽花これも挿し木から他にも未だ咲いていない「コンペイトウ」や今年は蕾がない花が何株かあります。楽しみです〜♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・ガウラ 2種薄ピンクかかった白は伸びやに育ち濃いめのピンクは矮性種?風に揺れる伸びやかに育つ方が好きです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・背が高いセージ3種↑ ?↑ メドーセージ↑ クレベラントセージとても良い香りがします。リビングの窓いっぱいに咲くタチアオイ癒されています。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホタルブクロ 2色いま思うと、様々なホタルブクロを買いました。コロナ以来、開催されなくなった開港記念祭バザー花が蛸の様な形のオクトパス.、青い色のホタルブクロなどなど買ってはダメにしてました。結局、友人の庭で逞しく咲いている赤紫とピンクの混じった白っぽい野生種この二つだけが残り庭のあちらこちらに芽を出して咲いています。
2026.05.26
閲覧総数 35
42

☆ コミニティーセンターの向日葵 ☆いつも本を借りに行くコミニティーセンターの玄関脇に植えられた向日葵です。まるで小学生の絵のお手本みたいな姿の向日葵でした。☆ Fさんの‘エンゼルトランペット ☆知人の家のエンゼルトランペットが咲き始めました。咲き始めたばかりの瑞々しいオレンジの色がとても綺麗でした。☆ Nさんのアメリカデイゴ ☆この木の親は、元は我が家の庭に有りました。あまりの逞しさに恐れをなして、我が家の親木は根こそぎ抜いてしまいました。その木の根が一旦 地中に一旦潜り、少し離れた別の場所で芽を出し育ったものです。欲しいと仰ったので、ちゃんと説明して差し上げましたが、これ以上育ったらその内恨まれるかも・・・(^^;;
2016.08.05
閲覧総数 138


