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< 横浜ベイブリッジ・スカイウォークへの行き方 まとめ >スカイウォークの解放日=土、日、祝日のみ解放時間=11時〜18時ここでは、片道だけ、横浜ベイブリッジを通る経路をご紹介いたします。帰りのバスの本数を考慮して、行きに「ベイブリッジ」通る経路を選びました。(往路、復路とも「鶴見駅前」発着のバス便も利用出来ます)☆往路バス乗り場=「横浜駅前」バスターミナル、14番乗り場(横浜駅東口、そごうに隣接)乗車するバス=横浜市営バス109系統、午前11時11分発に乗車行き先=スカイウォーク (大黒ふ頭を回り横浜駅に戻る循環バス)(横浜ベイブリッジを通ります)料金=片道220円下車するバス停=おすすめは「スカイウォーク入口」所要時間=約32分スカイタワーまで徒歩7分(別添のバス停MAPを参照下さい)*「スカイウォーク前」下車の場合、大黒埠頭内を迂回するため所要時間約55分☆復路横浜市営バス、17系統、「鶴見駅前行き」乗車するバス停=「大黒ふ頭」バス停MAP参照所要時間=20分前後料金=220円例として13時34分発を選びましたが、復路はお好きな時間をお選び頂けます。(2023年10月30日現在)よろしかったらこちらもご覧下さい。横浜駅前〜スカイウォーク到着迄の車窓風景、スカイウォークから眺めなどを、写真入りで紹介しています。↓↓2023年29日の日記 → 横浜ベイブリッジ・スカイウォークへ
2023.10.29
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☆ラプラスの魔女・東野圭吾・(株)KADOAWA・2015年5月15日 初版発行・書き下ろし♣︎羽原円華小学生のとき、母の実家に帰省中、突然発生した竜巻に巻き込まれ、一緒にいた母を亡くした。♣︎羽原全太郎=円華の父。医者。開明大学教授。画期的な手術の手法をいくつも編み出している、脳神経細胞再生の第一人者。♣︎甘糟健人硫化水素事故により、母と姉は死亡、健人は意識不明の重体となった。♣︎甘粕才生映画監督。健人の父。映画の鬼だといわれていた。遠く離れた温泉村で、相次いで硫化水素による中毒事故が起き、2人が死亡した。最初の犠牲者は映像プロデューサー、2番目は売れない役者。たった2ケ月の間に映像業界の人間が2人、相次いで硫化水素を吸って死んだのだ。亡くなった2人は、どちらも映画監督の甘粕才生と繋がりがあった。その甘粕才生の妻と娘は硫化水素で死に、一命を取り留めた息子の健人を羽原全太郎という天才医師が救った。そしてその医師の娘である羽原円華は、硫化水素事故のあった温泉地で木村と名乗る1人の青年を探していた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・意識不明の重体となった甘粕健人は、羽原博士の手術により植物状態から奇跡的に回復した。彼は過去の記憶を無くしたが、脳の手術により特殊な能力を得た。健人は、ある事情により退院後も独立行政法人数理学研究所で生活していたが、昨年の春、博士に感謝の手紙を残して姿をくらました。羽原円華は小学生のとき、突然発生した竜巻に巻き込まれ、一緒にいた母を亡くしていた。円華もある事情により、数理学研究所で生活しており、行方が分からない健人のことを誰よりも心配して、行方を追っていたのだ。円華が初めて健人と会ったのは、父が忘れた携帯を届けようと、病院で教えられた「数理学研究所」へ行ったときだった。いきなり近づい来るなり「傘をさしてっ」といい、円華の傘を素早く広げ頭を押さえてきたのが健人だった。訳がわからずしゃがんだ円華のすぐそばを、一台のトラックが水飛沫を浴びせて走り抜けて行った。なぜ分かったのか聞く円華に、少年は困ったように首を傾げた。☆開明大学 数理学研究所、羽原博士の話繰り返し訓練することで、脳は効率の良い神経回路を作り上げる。その速度や成果には個人差がある。健人の場合、新たな神経回路が形成されるスピードが格段に早い。健人の脳は未来の状況をほぼ完璧に予測できることが分かった。本人自身が実験台になることを強く望み、羽原円華にも、健人と同じ施術をした。優しかった、暖かかった、強かった大切な円華の母を、竜巻は一瞬にして奪い去ったのだ。彼女の心を動かしたのは竜巻だったのだ。円華は「ラプラスの魔女」になりたかったのだと言う。♣︎ラプラス=フランスの数学者・天文学者♣︎ラプラスの悪魔=ラプラスが自著で述べた超越的(未来を完全に予測することができる)存在のこと。本の帯に、こんなことが書いてありました。『これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。そしたら、こんな小説ができました。ーーー東野圭吾』ー中略ー価値観をくつがえされる衝撃。物語に翻弄される興奮。作家デビュー30年、80作目の到達点。
2019.05.23
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あきない世傳金と銀(13)大海篇・高田郁・2022年8月18日 第1刷発行・(株)角川春樹事務所吉原の衣装競べで、僅差で勝ち星を上げた日本橋音羽屋は、望み通り、大店のお抱えとなり、五鈴屋が推した歌扇は衣装競べでは負けたが、座敷に呼ぶお客が引きも切らず、望み通り芸一本で生きていく道筋がついた。歌扇が髪に挿した柘植で作られた「菊栄の笄」は、銀3匁と言う懐に優しい値もあり、江戸の女を夢中にさせるには十分だった。これまでの客に気兼ねなく店に来てもらえるよう考えた、武家相手の座敷商い専門の「五鈴屋呉服町店」と「菊栄」の店が呉服町に開店。全て順調に滑り出したかと思えたとき、突然町名主から「呉服町店の家屋敷を明け渡せ」との呼出が来た。なんでも家屋敷が二重売りされていたと言うのだ。手続きに不備があった五鈴屋と菊栄に勝ち目はないと言うが、町奉行所に「本公事」として願い出ることにし、店を明け渡した。奉行所からの沙汰がないまま月日が流れたある日、音羽屋忠兵衛が「謀書謀判」の罪で縄をかけられ大番所へ連れて行かれたと言う知らせが入った。死も免れない重罪である。その後判明した思いもかけない人の裏切りや災禍を乗り越え、五鈴屋主従は、「買うての幸い、売っての幸せ」を掲げ、「衣装とは何か。商いとは何か」に、五鈴屋なりの答えを見出していく。カバー、裏面の文章の末尾に「商いの大海へと漕ぎ進む五鈴屋の物語、いよいよここに完結」と、ありました。私には、これで完結???と思える、中途半端な終わり方でした。「みをつくし料理帖」と同じように、その後を書いた「特別編」が出るかもと、期待しています。あきない世傳 金と銀-1〜3巻 あきない世傳 金と銀 4〜6巻あきない世傳 金と銀 7〜9巻あきない世傳 金と銀 10〜12巻
2022.10.30
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ー テッセン(鉄線/鉄仙) ー原産地:中国撮影:2020.5.13 am 6:12☆ 追加撮影:2020.5.16 am 6:13)3日前と比べると、花弁が開いていました。咲き始めはこんな感じです。ご近所の家のフェンスに絡まって、数年前から咲いています。(そういえば、こちらのお宅は、よく珍しい花を育てていらっしゃいます。「矢の根梵天花」を初めて見たのもこちらでした。)これまでずっと、私はクレマチスの園芸種かな、くらいに軽く考えていました。ところが、昨日、kugurohuさん(日々微笑みを・・・)のところで、「鉄線ととクレマチスの違い)」を読ませていただき、この花が、クレマチスの原種だったことを知りました。もっと詳しく知りたくて、あちこち調べてみました。詳しくはこちらをご覧ください → ホルデイ by Green Snap ↓テッセン(鉄線/鉄仙)の花言葉とは?種類や見頃の季節は?kugurohuさん、ありがとうございました。ほかに、日本の野生種「カザグルマ」があります。この際ですから「カザグルマ」の画像も見てみたくて探しました。なかなか確信が持てる画像が見つからず、探しているうちに国立科学博物館 筑波実験植物園の記事に辿り着きました。下記の文書の3頁目に、カザグルマの写真が掲載されています。国立科学博物館 /筑波 実験植物園 → コレクション特別公開「クレマチス園公開」の案内
2020.05.15
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今日は雨、一日中降りそうです。パンジーやビオラ、ノースポールが一気に元気が無くなりました。咲き終わった花たちを片付け、草を抜き肥料を漉き込んだりと、連日、庭仕事に追われています。一番の元気印、アマリリス2、3日前に撮った写真です。雨で、先に咲いた2輪が萎れてしまいました。↑ 虫取撫子こともの頃、庭にいっぱい咲いていた懐かしい花です。近所の花友さんから種をいただきました。↑ ホタルブクロ以前から欲しかった赤紫色の蛍袋植木市で買った苗は育たずガッカリYさんの庭で発見!増えすぎて困るとのこと、有難く頂いて来ました(^∇^)以来、かれこれ3年余り・・・。庭にすっかり馴染んでくれたようです。オルラヤ・ホワイトレース柏葉アジサイの蕾も膨らんできました。ニゲラ ようやく、蕾がぷっくり膨らんできました(╹◡╹)♡・・・・・・・・・・・・・・・・・・春の花を抜いてしまうと庭が寂しくなりました。種を蒔いた花が咲くまで間があります。先ずは苗を買いに近くのお店へ欲しいと思う花が少なくてひとまず、青と白とピンクのロベリア、ピンクのカリブラコアを買ってきました。ロベリアカリブラコア・ティフォシーダブル ベビーピンク以前公園のプランターで咲いているのを見てずっと欲しいと思っていました。たった一つ、売れ残っていた貧相な苗でしたがどうしても欲しくて買ってきました。テレビのニュースも、ネットを開いても話題のトップは、増え続けるコロナの感染者のことばかり。ワクチン接種は遅々として進んでいません。国民の命を守ることを後回しにしてまでオリンピックを強行する意味があるのだろうかと、ついつい、考えてしまいます。グリンピースの初収穫(5月10日)あの、鞘の中で根を出したお豆が立派に実を付けました。この日は豆ご飯にして頂きました。採れたての豆ならではの甘みと香りが口一杯に広がります。お店で買うパック入りの豆では味わえない美味しさでした。もうしばらく収穫できそうで楽しみです〜♪
2021.05.13
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☆ブラックペアン1988・海堂尊・発行所 講談社・2007年9月20日 初版発行海堂尊1961年、千葉県生まれ。2005年、「チームバチスタの栄光」で、第7回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。2007年当時も勤務医。登場人物♣︎世良雅志東城大学医学部附属病院 研修医。1988年5月、国家試験の合格発表の前に世良の外科研修はスタートした。♣︎佐伯清剛東城大学医学部総合外科学教室教授♣︎高階権太医学部総合外科学教室助手。前職は帝華大学第一外科教室助手、米国マサチューセッツ医科大留学後、東城大学医学部総合外科教室講師となる。彼は、食道癌手術の新兵器、「スナイプ」を手土産に、帝華大から送り込まれてきた。♣︎渡海征司郎極北大医学部出身、佐伯教授も一目置く優秀な外科医、天才的な手技を持ち、手術成功率100パーセントを誇る。世良の指導医。♣︎渡海一郎 渡海征四郎の父。極北大出身の内科医。佐伯教授を信奉する世良に、渡海は「佐伯教授は自分の保身のためなら何をするか分からない人物だから気をつけろ」と言い、自身の父の打ち明け話をした。彼の話によると、極北大出身で、母校で内科助手をしていた父は、業績が認められ東城大医学部の内科に講師として招かれた。渡海が極北大に入学する前のことだった。当時は佐伯助教授とは良好な協力関係だったが、その後ある患者を巡り彼の立場は一転、関連病院へ飛ばされたのだという。それは佐伯が国際学会に出張中に起きた。緊急で外来受診した佐伯の患者のX線写真に、佐伯が手術中に置き忘れたと思われるペアンがくっきりと写っていたのだ。そのままにしては危険だと判断した渡海一郎は、主治医の佐伯宛にペアンを取り出す手術許可を取ろうと電報を送るも、届いた電報に書かれていた文字は「ペアンテキシュツオコナウベカラズ」とだけだった。理由も分からぬまま、ペアンは患者の体内に残されたまま閉じられた。何故患者の体内にペアンが残されていたのか、それは執刀医である佐伯の過失だったのか、それとも、佐伯が話したことが事実だったのか・・・。「世良、立派な外科医になれよ」渡海は世良に辞表を託し、姿を消した。その後、渡海征四郎の行方は杳としてしれない。*ペアン主に外科手術で、切断した血管を挟んで止血するのに使用する鉗子のこと。「ペアン鉗子」というのが正式名称。この小説に登場する「ブラックペアン」は、特注のカーポン製のペアン。文中には「ブラックペアンは、レントゲンには写らないし、火葬されたら一緒に燃えて、後には残らない」と、なっている。☆ブラックペアンシリーズ 3部作1.ブラックペアン19882.ブレイズメス 19903.スリジエセンター 1991現在放送中の「ブラックアン シーズン2」を観る前に、「TVer」で、以前放送された「ブラックペアン」を、何作か観ました。海堂尊の本はほとんど読んでいますが、何せ、ずいぶん前のことで、原作とドラマの内容が一致せず混乱・・・。そこで、上記の3部作を、読み直すことにしました。現在放送中の、天城雪彦が登場する「ブラックペアン シーズン2」の原作は、ブレイズメス1990」と「スリジエセンター 1991」のようです。
2024.07.30
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一年前からずっと気になりつつ、名前が分からなかった花がありました。姿形は「花大根(諸葛菜、紫花菜)」にそっくりなのですが、ご覧の様に色が濃い赤紫色でした。先日、季節の中の花たちと(笹ゆりさん)が日記の中に掲載されていた写真の中に、良く似た「ルナリア」という花を見つけたのです。笹ゆりさんに聞くと「ルナリアは小判みたいな実がついて、その種を蒔いて育てられた」と教えて下さいました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2017.5.14さーて一体どんな実をつけるのか興味津々で待っていたら、ナント! 小判の様な実をつけているのを見つけたのです‼︎花大根の種は尖った細長いサヤに入っていますが、この花のサヤはまるで丸いウチワのよう・・・。中に種らしきものが入っています。☆詳しくはこちらをどうぞ ↓やさしいエンゲイ → ルナリア(ゴウダソウ)とは
2017.05.14
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萩の花午前中、近くの友人の家へズッキーニを届けに行った帰り石垣から枝垂れるように、萩が咲いていました。何となく、秋に咲く萩のイメージと違いました。もしかして狂い咲き?と思いましたが、どうやら、初夏に咲く ‘ダルマハギ(別名:ケハギ)’ という種類ではないかと…。エンゼルストランペットあちらこちらで、エンゼルストランペットが咲き始めています。この花は、春、秋、真冬・・・。よほど手入れが良いのか枯れもせず、季節を問わず年中咲いています。 自粛要請が全国一斉に解除されました。けれどコロナウイルスがいなくなった訳ではなし、現状は何も変わりません。第2波、第3波がいつ来てもおかしくない現状を思うと、今はもう少し自粛生活を続けていこうと思っています。1日の時間がゆっくり流れています。この生活に慣れると、こんな暮らしも捨てたものではないと思えるようになりました。人生の終盤に差し掛かったいま、これからの生き方を考え直す良い機会になったと捉えています。
2020.05.28
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<着物>縞の結城紬。<帯>大好きな「腰原順策先生の手描き友禅の染め帯(秋の実り)」です。黒の塩瀬羽二重地に、茸、ウラジロ、紅葉が染めてあります。<半衿>レンガ色地の縮緬に菊の花がビッシリ刺して有ります。<道行きコート>同じく腰原先生に染めて頂いたものを合わせました。流水の地紋のある黒地に、帯と同じ色合いで紅葉の葉が散らしてあります。水面に散った紅葉が水面を流れてゆく様は秋ならではのものです。お気に入りの一枚です。
2007.11.28
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聴秋閣と春草廬の一般公開が始まりました。期間は、11月17日(土)〜12月9日(日)まで。紅葉には未だ早かったのですが、見てきました。もう少しすると、周囲に植えられた紅葉が真っ赤に色づいて、ここが横浜であることを忘れさせてくれます。三渓園・聴秋閣(重要文化財)一見すると石に見えた、玄関の床の材質は「木材」でした。↑襖には、葵の葉の模様が。金箔でしょうか、行灯の光に輝いていました。聴秋閣の前の紅葉が色づき始めていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・旧天瑞寺寿塔覆堂(重要文化財)↑ 正面入り口の彫刻豊臣秀吉が母のために建てた寿塔を覆うための建物。秀吉が建てたと確認できる数少ないもの。寿塔とは、長寿を祝って生存中にたてる墓のこと。現在、寿塔は京都大徳寺内の龍翔寺にある。(三渓園HPより)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・臨春閣 (重要文化財指定)桃山時代に秀吉が建てた聚楽第の遺構と考えられていたが、現在では和歌山県岩出市あった紀州徳川家の別荘、巌出御殿ではないかと考えられている。(三渓園HPより)この日は2組のカップルが、庭園で写真撮影をしていました。園内の案内図(三渓園のHPより)(click for tapで拡大画像が開きます)横浜三渓園 公式サイト
2018.11.22
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読む本がなくなり、せめて涼しい内にと、今朝は9時過ぎに図書館へ行ってきました。すでに充分暑かったです ^_^;。以前にも掲載したことがありますが、すぐ近くのケアプラザの‘赤花芙蓉’が、今年もたくさん咲いていました。↑ 赤花芙蓉(アカバナフヨウ)学名:Hibiscus mutabilis cv.Rubraweblio辞書 → 赤花芙蓉☆赤花芙蓉(アカバナフヨウ)・アオイ科フヨウ属の落葉低木。・芙蓉とアメリカ芙蓉との種間交雑種。先日、よく似た赤い芙蓉の写真を、ブログのお友達(kugurohuさん)のところで見せて頂きました。てっきり同じものだと思っていたのですが、よくよく見比べてみると、葉の形や雌しべの色など微妙に違っています。改めて調べて見ると、どうやら「両親」が違っているようです。 kugurohuさんの写真をお借りしてきました。↑ タイタンビカス写真撮影: kugurohuさん☆タイタンビカス(学名 Hibiscus x Taitanbicus)・アオイ科フヨウ属の宿根草。・モミジアオイとハイビスカスの交配種。・作出者:赤塚植物園日々微笑みを・・・( kugurohuさん) 2019年7月23日の日記 → タイタンビカスwikipedia → タイタンビカス
2019.08.18
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2月2日〜3月29日まで、北鎌倉駅を中心にした南北約2.5kmの沿道沿いのお店100カ所の店頭や店内に、つるし飾りが飾られているとか。古民家ミュージアムでお雛様を観たあと行ってみることにしました。古民家ミュージアムの方に相談すると、つるし飾りが沢山展示されていて、写真撮影も自由な「ギャラリー・蔵屋」さんを勧めて下さいました。中に入ってみると、店内いっぱいに北鎌倉オリジナルのつるし飾りが展示されていました。ー ギャラリー・蔵屋 ー↑ 柊と鰯↑ 北鎌倉の街道物語↑ 北鎌倉女子学園↑ ミニ帽子ちりめん細工・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・香り(たまご)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 千代紙・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(2階)つるし飾りのせいで、2階に押しやられたのでしょうか、新品、中古品(古道具?)が色々入り乱れて並んでいました。山葡萄など、蔓で編まれた籠を売っていました。(新品)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2020.02.10
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一昨年Yさんから球根を頂いた八重咲きのアマリリスが咲き出しました。去年初めて2輪咲きました。鉢を大きくして肥料もやり今年は花芽が増えてくれるかと期待していたのですが残念ながら今年も一本だけ伸びた茎に2輪だけ咲きました。せめて、今年はバックコーラス付きで(^O^☆♪後方は、一足先に咲いた一重のアマリリスです。・・・・・・・・・・・・・・・・Yさんのアマリリス(2017年5月 Yさんの門前で撮影)いつの日か、こんな風に鉢いっぱいに咲いてくれる日を夢見ています〜🎶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ニゲラが次々と咲き出しました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ペチュニアリナリア プルプレアホタルブクロがいっぱい\(^^)/挿し芽したら、茎がひょろひょろ・・・。親と違ってひ弱です。無理やり作り出した花は種ができないし、出来たとしても発芽しないと聞きます。挿し芽しても、ダメみたいです。午前中、残っていたノースポールと雑草を抜き細葉百日草と、千日紅(紅、白、ピンク)の種を蒔きました。先日蒔いた絞り咲き百日草が早くも発芽しました。
2022.05.20
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ー 横浜ハンマーヘッドのジャカランダ ーハンマーヘッドでジャカランダが咲いていいるとの情報をキャッチ!検索すると、ブログで見覚えのあるお名前の方が何人か写真を掲載されていました。流石に昨日は、激しい風雨でぐちゃぐちゃになった庭を放っては行けず庭仕事で半日潰れました。ドジャース戦も気になるし今日は午前8時に出発桜木町駅前 〜 汽車道を通り抜けワールドポーターズを横目に見て直進万国橋交差点を左折次の交差点でサークルウォークに上がり、直進ハンマーヘッドが見えてきます。陸橋の上から見えてきました。葉も花も見覚えのある、あのジャカランダです。陸橋の上からスマホのズームを最大限拡大してパチリ!枝ごと風で揺れてどの写真も見事にピンボケ^_^;;ご容赦ください。陸橋を降りて見上げると、かなり大きいです。ちょうど、手入れをされている方がいらして少しだけ話を聞くことが出来ました。この木を植えられたのは5年ほど前だとのこと最初は全く花が咲かず、手入れの仕方や施肥など色々ご苦労がおありだったそうです。その甲斐あって去年は2房?(2枝?)咲き今年初めて、こんなに咲いてくれたと嬉しそうに話して下さいました。先週あたりが一番綺麗だったそうですが未だ十分美しかったです。ジャカランダの葉は、ご覧の通りネムノキとよく似ています。根元から何本か幹が伸びていましたが今年花が咲いているのは太い幹から伸びた枝だけだとのこと。よく見ると、なるほど!!!枝の先端が尖っているのは葉芽で「来年は咲きませんよ」と宣言しているのだとのこと。下の方で顔を出している枝を手に取って、笑いながら、説明して下さいました。横須賀まで行かなくても来年からここでジャカランダに会えると嬉しくなりました〜♪ジャカランダの花あいにく落ちていた花はくしゃくしゃ写真は、神奈川歯科大キャンパスで拾った花です。撮影:2015.6.23色も形も「桐の花」とそっくりです。ドジャース戦が気になりつつもスポーツナビで試合経過をチェックしながらも帰りは新港中央広場の花たちをパチリ!パチリ!10時50分ごろ帰宅。勝っていた筈が最終回で逆転されてしまいました。
2024.06.20
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ー 横浜山手西洋館 新春装飾 2025 ー和あそび、新春をたのしむ装飾:Pompon mum1930年にJ.H.モーガンの設計によりイギリス人貿易商B.R.ベリック氏の邸宅として建築されました。下・玄関を入って右手のホール左手がPalm Room(パームルーム)となっています。パームルームとはなんぞや?ベーリックホールの説明では、パームの意味には触れられていなかったです。北側に位置しますがガラス張りのサンルームのような空間です。・・・・・・・・・・本来は食堂だった部屋玄関を入って左手にあります。テーブルの上に懐かしい遊具が並べてありました。・・・・・・・・・・・・・・・・・2階↑ ↑ 子供部屋・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ ↑ 主人寝室・・・・・・・・・・↑ 多分、婦人寝室・・・・・・・・・・↑ 多分、客用寝室サンポーチこのベーリックホールはプラフ18番館と共に私の好きな西洋館の一つです。イベントのたび、全館を回るのは大変ですが必ず、プラフ18番館とベーリックホールだけは外さず訪れています。♣︎ Click or tap で、拡大画像が開きます。エリスマン邸に続きます。
2025.01.12
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ダイソーで買ったコスモスの種改めて見比べてみると看板に偽り無しほぼ、袋の写真通りの花が咲きました(´⊙ω⊙`)種を蒔いた時期が遅かった(7月末)ためやっと今頃になって見ごろになりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2つ100円の春菊もすくすく育っています。あとで気がついたのですがサラダ用の春菊も売ってました。
2021.11.07
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ー 横須賀しょうぶ園 ー周囲を木々に囲まれたおよそ7,000平米の菖蒲田に、約400品種・14万株が植えられているそうです。ここは、花しょうぶだけでなく、藤の名所でもあります。天気予報と開花状況を見極めながら、昨日、友人と二人で行ってきました。前回行ったのは20017年、7年振りでした。緑に囲まれた広々とした園内は、歩きよく整備されていて気分爽快! 園内の和食のお店で、花しょうぶを眺めながら食べた冷やし天ぷら蕎麦も美味しかったです。♣︎ 横須賀しょうぶ園 園内マップ( click or tapで拡大画像が開きます )☆詳しくは下記をご覧下さい。横須賀しょうぶ園公式サイト↓アクセス(交通案内)最寄り駅は、JR横須賀線・衣笠駅が便利です。駅前のバスターミナルから「しょうぶ園循環」乗車、バス停・しょうぶ園下車徒歩2分。以前は京浜急行汐入駅からもしょうぶ園行きの臨時便がありましたが、残念ながら現在は衣笠駅発だけになってしまいました。
2024.06.08
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《 ウエーブで「レース模様の縁取り」 ・ saayaさん風アレンジ 》つぶやき・・・日記2(saayaさん)が素敵なレースの枠を掲載していらっしゃいました。どんな風に作られたのかとお聞きしたところ、以前私がご紹介した「レース模様の枠」をアレンジされたのだと聞いて吃驚!教えて頂いただいた手順を頼りにTryしてみましたが、細かいところが分からず残念ながら同じようには出来ませんでした。それでも近い雰囲気になったかな・・・と喜んでいます~♪saayaさん、ありがとうございました。saayaさんの作品はこちら ⇒ 久しぶりにJTrimでアレンジ手順を追加しました ⇒ ウエーブで「レース模様の縁取り」
2011.09.22
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想い雲♤ みをつくし料理帖シリーズ3☆想い雲・高田 郁(たかだ かおる)・角川春樹事務所・ハルキ文庫、2010年3月18日 第一刷発行芳が昆布や鰹節を買うために売った珊瑚の簪を、種市が八方手を尽くして探し出し買い戻した。澪に料理を教えて欲しいと、坂村堂店主が連れてきた料理番は、元は天満一兆庵の料理人富三だった。「富三」と名を呼んだきり声を失った芳を、肝を潰した様な顔で見た富三は、ぱっと身を翻して裸足のまま飛び出して行った。翌朝、津村堂に諭され訪ねて来た富三は、芳に詫びをいい「若旦那の佐兵衛は吉原通いに明け暮れ、馴染みになった松葉という遊女を見受けしようとまでした。佐兵衛は、業病をうつした上に袖にしようとした松葉花魁を絞め殺し、行方知れずとなっている」と話した。話を聞いた芳は伏せってしまい、坂村堂店主の配慮で人手が足りなくなったつる家へ富三が手伝いにやってきた。富三が作った料理は客に不評で、あさひ太夫の使いでやって来た又次は、富三の料理を一口食べ食べるなり「包丁の手入れも出来ない料理人は碌なもんじゃねぇ」と言い切った。つる家の暑気払い料理は『土用「う」尽くし』酢締めのアジの卯の花和え、梅土佐豆腐、瓜の葛ひき、埋め飯。相変わらず不機嫌な顔で食べる清右衛門の隣で、泥鰌に似た坂村堂がこの上なく幸せそうに「うまい美味い」と食べている。佐兵衛捜しには軍資金がいると、芳を騙して簪を巻き上げた富三は、簪を売り払い、吉原で呑んで来たのだろう、酒の匂いをさせながら、何食わぬ顔で包丁を取りに来た。又次に嘘を見抜かれ問い詰められた富三は「世間知らずのぼんちの若旦那は、うかうかと騙されて、やってもいない女郎殺しに慄いて逃げ出してしもうた」といい、更に「二年前、白魚橋の袂で、釣り忍売りをしている佐兵衛とすれ違ったが死神が取り付いているようだった。生きているとは思われへん」と、捨て台詞を残して逃げ去った。忍び瓜や泥鰌汁、澪の料理を目当てに、源斉はこのところ度々つる家の暖簾をくぐる。その源斉に会いたい一心で伊勢屋の美緒が度々やってくる。ある日、突然訪ねて来た源斉は、翁屋の店主、伝右衛門に鱧の料理人捜しを頼まれ、咄嗟に澪の事が脳裏に浮かび引き受けてしまった。一緒に翁屋へ行って欲しいという。翁屋の楼主、伝右衛門は「女が作った料理など、この翁屋で出せる道理がない・・・」と激怒したが、彼が呼んだ料理人は誰も鱧を扱えず、渋々澪が料理することを了承した。出来上がった料理を一口食べた伝右衛門は「…よもや、たかが料理でここまで心を揺さぶられるとは……。」と言い、澪と源斉に頭を下げた。今宵は十五夜、以前のつる家の近くへ薄を取りに行った澪は、店のあとがどうなっているのか気になり立ち寄った。そこに建つ真新しい店を見た途端、我が目を疑った。そこには「つる家」の文字があり、店にいた男は、あの登龍楼を追い出された料理長の末松だった・・・。お台所町だけでなく、八ツ小路、福井町に下谷車坂町と、いずれも「器量よしの女料理人」を売りにした店が幾つも出来、つる家は客が減ってしまった。やがて、偽の「つる家」が、食中毒を出し、これでお客が戻ると喜んだも束の間、追い打ちをかける様に、ばったりと客足が途絶えてしまった。そんな折、伝右衛門が訪れ「澪が作った八朔の鱧は大変な評判で、来年の八朔にも同じ料理を作りに来て欲しい」と袱紗に包んだ礼を差し出した。澪は、袱紗包は受け取れないが、代わりに「月に何度か、料理番の又次さんをお借りしたたいのです」と頭を下げ、『お楽しみの日』を作ってお酒を出そうと思っていると話した。又次が月に三度、通ってくれることになり「三方よしの日」に因んで、三のつく日に酒を出すことにしたつる家は、また以前の賑わいを取り戻した。♣︎坂村堂=清右衛門が連れてきた版元♣︎富三坂村堂の料理番。元は天満一兆庵の料理人、佐兵衛とともに江戸へやって来た。♣︎永田源斉御典医・永田陶斉の次男、町医者
2015.07.04
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ホームレス中学生 著者:田村 裕(たむらひろし) 発行所:ワニブックス《あらすじ》母の病死、父は大病の後失職。中学二年の一学期の終業式の日、帰宅すると自宅は差し押さえられて入れなくなっていました。間もなく帰宅した父は「・・・これからはそれぞれ頑張って生きてください。・・・解散!」と言ったきり行方不明になってしまいました。その日から、いきなり彼の公園生活が始まったのです。表紙の写真は、彼が夏休みの間暮らしていた「まきふん公園」の家(?遊具)です。その後、友人の家族や学校の先生など数多くの人たちに支えられ助けられ、紆余曲折を経て無事高校を卒業し吉本興業に入りました。彼は現在「麒麟」と言う漫才コンビで活躍している漫才師なのだそうです。この本は、家の解散日から吉本興業に入社するまでの謂わば「貧乏自叙伝」ともいえるものです。末っ子の甘えん坊でお母さん子だった田村君。本の最後にはお世話になった多くの人々への感謝の気持ちと共に、亡き母への思いが切々と綴られています。《読み終えて・・・》昨日午後、「面白いから読んでごらん!」と、友人から何の前置きもなく手渡されたのがこの本です。田村裕って誰???なんの予備知識も無く、夕食後読み始めたら止まらず一気に読んでしまいました。この飽食の時代と言われる現在、こんなに苦労して生きている青年が居たと言う事は少なからず衝撃でした。そして、彼にとっては幾つになっても母の存在が生きる支えなのだと言うことを母親の立場から見て考えてしまいました。この本を書いたとき彼は既に28才。読み終わっって、そろそろ「お母さんっ子」から精神的に自立して、一人の大人としてしっかり生きてほしい・・・。母の立場から見てそう思いました。
2008.03.11
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≪【JTrim v2】にチャレンジ ≫Thank You JTrim(どてかぼちゃさん)が、素晴らしい「寒中見舞い」を届けてくださいました。【JTrim v2】を使って作成されたとの事・・・。見たことも無い雰囲気の作品に、「目が点」になってしまいました。【JTrim2】の存在は知ってはいましたが、使い方がまったく分からず、以前一度ダウンロードしたもののそのままになっていました。どてかぼちゃさんの作品は、右のフレームの中の「参考作品」をクリックして下さい。書いて下さったコメントをご紹介しますので、宜しかったら皆様も試してみてください。☆どてかぼちゃさんが書いて下さったコメント☆「寒中見舞い」の背景の暈かしは「JTrim v2」の描画機能を利用しています。 「JTrim2」のことはすでにご存知かと思いますが、もしご存じなければWoodyBellさんの「JUNK」の中にあります。切り取りと簡単な描画機能だけですが、「JTrim」同様に使えるので重宝しています。 よろしければお試しになってみて下さい。上の画像は背景と牡丹の切抜きはJTrim v2、合成はJTrimを使って手探りで仕上げました。果たしてこんな方法で良いのか分かりませんが、簡単にご紹介します。1.牡丹の花の輪郭&周囲を、ブラシ(円形)、色=黒 で塗りつぶしました。 ※明るい背景色を使う場合は、白で塗りつぶしたほうが良いようです。 ※最初は「自由選択(フリーハンド)」で画像の輪郭を囲み、 切り取ろうと思いましたが難しくて挫折…^_^; あれこれ試した結果、今回は「ブラシ」を使ってみました。2.新規作成、白、 ブラシを使い、円のサイズを変えて水滴のように色を重ねて塗ってみました。 ↑の作品は、背景をネガポジ反転して使いました。 3.そこから先がどうすれば良いのか分からず、 JTrimを使って合成しました。どなたか【JTrim v2】の使い方か、使い方を記載されているサイトをご存知でしたら是非教えて頂けないでしょうか。どうぞよろしくお願いします。
2010.01.10
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≪ 続 ・ 【JTrim v2】にチャレンジ ≫「ぼかし」の背景が気に入って、前回とは違った方法で使ってみました。【JTrim】1.「こげ茶色」のテーブルを背景に写した画像を用意 背景色=「こげ茶」→円形フェードアウト → 保存【JTrim2】2.JTrim v2 で保存してあった画像を開く (J1=コピー、J2=貼り付けでも可)2.ガーベラの「花」と「葉」の 色を「スポイト」を使って「色抽出」3.左の「ステータスバー」の中の、「ブラシ」(筆のマーク)をクリック→ 「プロバティ」ウインドウが表示されます。 円形、「ブラシの大きさ=100~200位 ブラシの硬さ=0、ステップ=20 同じ手順で、ブラシのサイズを変えて好みの位置に色を入れていきます。↑の作品は、トリミング後、加工→オイルペイントで油絵風に仕上げ、miyaさんの、額縁に入れました。額縁の作成手順 ↓We Love JTrim(miyaさん)→ tutrial → バックナンバー → 額縁 → 晩秋の住吉神社
2010.01.12
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無花果のジャムいつも行くマーケットの八百屋さんで、美味しそうな無花果を見つけました。1パック300円。2パック買ってジャムを作りました。子供の頃、庭に大きな無花果の木が有りました。木で熟した無花果の美味しさは格別でした。今は場所を取るので庭に植えられないのが残念です。夏みかんのマーマレードから始まって、苺、熟した梅、杏、無花果、ブルーベリー、リンゴなど、旬の果物が安くられているのを見つけると、必ずジャムを作り冷凍保存しています。私のジャム作りはとても簡単。リンゴ以外は電子レンジを使って作っています。1.皮を剥き、四割りにした無花果を耐熱容器に入れ、砂糖をすっぽり被せる。2.そのまま電子レンジに入れ、最初は10分加熱(500W)。そっとかき混ぜて砂糖を溶かし、レモンの絞り汁を入れます。3.更に5分加熱。丁寧にアクをすくいます。4.3を繰り返し、好みの硬さになれば出来上がり。☆砂糖の量は、無花果の甘さと好みによりますが、重さの4割前後が目安にしています。カナダ産の黒イチジク ⇒ レストランベルジュさんのブログ
2014.08.31
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《 フェードアウトで模様枠・その2 クレオメ 》《 フェードアウトで模様枠 その3 ・アガパンサス 》簡単に色々な模様を楽しめるのが面白くて、「フェードアウト+新聞写真風+ぶれ」で、遊んでいます。中の画像は、写真はフラワーセンター大船で写した「クレオメ(西洋風蝶草)」と、我が家の「アガパンサス」です。☆その2 作成手順☆その3 作成手順ネガポジ反転して合成するアイデアは、さっちゃんの部屋(さっちゃん)のアイデアをお借りしました。さっちゃん、ありがとうございました。
2011.07.20
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≪ ステンドグラス・教会風 ≫ほの暗い教会の中で見たステンドグラスの印象は強烈で、クリスチャンで無い私ですら、ひと時厳粛な思いに浸ってしまいました。そんなイメージを思い出しながら作成しました。使った加工法は、ソフトレンズ5、逆エンボス5、ノイズ除去、そしてみっちゃんのアイデアをお借りしてイコライズです。
2008.10.12
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↑雌しべと雄しべ(雄しべが根元についています)真夏の強い日差しにも負けず、いつも行くコミュティセンターの近くに咲いていて、以前から気になっていました。同じ赤でも、ハイビスカスの「朱赤」と違い、どちらかといえば「紅色」に近い色で、この季節にはちょっと暑苦しい赤です。雄しべの付いている位置と、葉の形から、ハイビスカスでは無く、芙蓉の仲間の様です。色々調べてみた結果、どうやら、アカバナフヨウ(アメリカフヨウと日本の芙蓉の交配種)だと分かりました。植物図鑑Weblio辞書→ アカバナフヨウ(赤花芙蓉)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ハイビスカスの雌しべと雄しべ先端が雌しべ、雄しべはめしべのすぐ下に付いています。ハイビスカスと槿や芙蓉との見分け方は、以前、ボタニカルアートの先生に教わりました。
2015.08.12
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横須賀しょうぶ園の公式ホームページ昨日は主人の予定に合わせて早めに昼食を済ませ、私は花しょうぶを見に、横須賀しょうぶ園へ行ってきました。京浜急行汐入駅からは、花しょうぶの期間限定の直通バス、JR横須賀線衣笠駅から路線バスが運行されています。一時期、花菖蒲の数が減り、園内が寂れた時期があり、以来、足が遠のいていました。今年は「チューリップまつり」のとき、横浜公園で「花しょうぶまつり」のチラシを配布していました。ならばと期待して訪れた園内は手入れが行き届き、今年は花しょうぶも綺麗に咲いていました。残念なことに、遊歩道と菖蒲田の間に水路と土手が作られ、精一杯手を伸ばしても花までの距離が最小でも1m余りあり、スマホでは花のクローズアップ写真が撮れませんでした。また、期待していた紫陽花は少し早かった様で、大半が色づきはじめたばかりでした。♣︎花しょうぶまつり開催期間 : 平成29年6月1日(木曜日)~平成29年6月30日(金曜日)♣︎アクセス☆JR横須賀線、衣笠駅下車京浜急行バス3番乗り場より「しょうぶ園循環」で「しょうぶ園」下車。徒歩2分。衣笠駅発「しょうぶ園循環」時刻表☆京浜急行、汐入駅下車京浜急行バス5番乗り場「しょうぶ園行き」乗車、「しょうぶ園」下車、徒歩2分なぜか、ホームページには汐入駅発の直通バスのことが記載されていないのです。そんなはずはないと、京急バスのHPを調べると、ちゃんと運行していました。参考までに時刻表を置いておきます。
2017.06.15
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赤いサルビアコクネシア最初に植えたのはピンクだけ。以来十数年・・・。毎年こぼれ種が芽を出し、赤、白、ピンクの花が咲くようになりました。けれど、いつの間にか白は姿を消し、最近はピンクと赤だけになりました。確か赤と白は別の名前が付いていたように思いますが、忘れました。2007年11月5日撮影・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ハマギクか咲き出し↑ホトトギスが満開になり↑千両が色づき始めました今日の最高気温は確か12度、寒いです。とうとうストーブを出しました。来週は20度を超える日もあるようですが、本格的な冬はそこまでやってきています。そろそろトレニアを片付けて、パンジーに植え替えたいのですが、前屈みの姿勢は未だ厳禁・・・。毎日庭を眺めながら、どうしたものかと思案しています。
2017.10.19
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↑朝鮮朝顔(ダチュラ)↑コキア(手前)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ フウセンカズラふと気がつくと、早くもススキが穂を出していました。遠目には青々と見えたコキアの幹は赤く色づいています。一昨日から新しいiPhone8に切り替わりました。昨日の朝、ラジオ体操の行き帰りに、散歩道の草花を撮影してみました。ススキの穂もマクロレンズを使わず、iPhone8のカメラで写しています。iPhone4からiPhone6に変わった時もそうでしたが、またまた画像のクリアさに感動しています。全ての画像が、クリック or タップで拡大画像が開きます。「閉じる(✖︎)」で元の画像にお戻り下さい。
2018.08.24
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昨日はKさんと一緒に、大船フラワーセンターへ行ってきました。横浜市内とは微妙に気温が違うのでしょうか、モッコウバラが綺麗に咲いていました。バラ園全体としては未だ蕾が多く、見頃は来週になりそうです。ー バラ園 ー横浜市内では終わってしまったモッコウバラが、未だ綺麗に咲いていました。背景の白い花は、オルラヤ・グランディ・フローラ(流通名:ホワイトレースフラワー)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 花の築山付近 ー↑ ハンカチの木早い年は4月末に咲く花が、ちょうど見頃でした。木の数も増え、花の築山はハンカチだらけでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 牡丹・芍薬園 ー牡丹の季節は終わり、芍薬が咲き始めていました。バラと同様、芍薬もピークは来週以降になりそうです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー グリーンハウス ー↑ ペトレア ウォルビリス(くまつづら科)↑ ソラヌム ウエンドランディー(ナス科 )期待していたのですが、残念ながら幾ら探しても、‘ヒスイカズラ’ には、蕾らしきものが見当たらず、ガッカリ……。同じ部屋で、薄紫の花が彩りを添えていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー 昨日のランチ ー山猫御前揚げたて天ぷら、ローストビーフ炊き合わせ、日替わり一品(小鉢)ご飯、すまし汁(味噌汁)大船駅からフラワーセンターまでの途中にあるレストラン「山猫」。Kさんに連れて行っていただきました。フラワーセンターへ行くときは、必ずこの店の前を通りますが、入ったのは初めてでした。天ぷらは、サクサクの揚げたて、ちゃんと海老も一匹入っていました。ローストビーフもとっても美味しくて、おまけにコスパも最高! 機会があれば是非また行きたいです。
2019.05.08
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三渓園のヒイラギモクセイは大木で、花も葉も細かいところは良く見えなかったのですが、今日、偶然、和裁教室の帰り道に咲いているのを見つけました。葉は柊の葉に似たギザギザがありました。ヒイラギモクセイは、ヒイラギとギンモクセイの交雑種と推定されている種なのだそうです。ー ヒイラギモクセイ(柊木犀)ー撮影:2019.11.1庭木図鑑 植木ペディア → ヒイラギモクセイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー Sさんの ギンモクセイ(銀木犀) ー撮影:2019.11.2 am6:50近所のSさんの家に、銀木犀の木が有りました\(^^)/ラジオ体操の帰り、繁々と金木犀の葉を眺めている私に、Sさんが何をしているのと声をかけて下さいました。訳を話すと、銀木犀なら家にあるとのこと! 善は急げと帰りに写させて頂いてきました。花は終わりかけていて少なかったのですが、確かに銀木犀でした。葉の形は、ギザギザのない金木犀と同じ形でした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 岡村公園の金木犀ネットサーフィンして調べた限りでは、「ヒイラギモクセイ(柊木犀)の葉は鋸歯(ギザギザ)がある」と書かれていました。ところが、マルリッキーさんが指摘して下さって気がついたのですが、三渓園の「ヒイラギモクセイ」だという木の葉に鋸歯(ギザギザ)が無いのです。もしかしたら、あの木は「ヒイラギモクセイ(柊木犀)」ではなく「ギンモクセイ(銀木犀)」なのでしょうか?果してどちらなのでしょう ^_^;三渓園の「ヒイラギモクセイ(?)」
2019.11.01
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オカメサクラを見に行く途中の家で、塀の外に乗り出すように咲いていました。なんと優雅な美しさ・・・。こんな椿、見たことがありません。何という椿だろうと、調べてみました。卜半椿の一種で、よく似た「月光」が見つかりましたが、少し違いました。更に調べていくと「式部(シキブ)」という椿だと判明自然交配でできた貴重な品種なのだそうです。
2020.03.05
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早咲きのバラは、早くも散り始めました。写真は、8日の午前中、昔ながらのマーケットへ行く途中に写させて頂きました。咲き誇るバラが青空に映えてうっとりする美しさでした。このお家は、道路側の門扉を除いた一面に薔薇を植えていらっしゃいます。この家の薔薇も、毎年みごとです。3日経ってしまいましたが、ボツにするには惜しいので掲載することにしました。
2020.05.11
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↑桂の林↑ 山茶花↑ ヒヨドリバナ(キク科フジバカマ属)↑ ノアザミ↑ シラヤマギク陽の光を浴びてススキの穂が輝いていました。1904年(明治34)年~1972年(昭和47)年3月まで横浜市内を走っていた市電の車両が1両だけ広場にポツンと置いてあります。一昨日は真冬のような寒い1日でした。一転して、昨日は朝から真っ青な青空が広がり穏やかな秋日和でした。晴れると家に籠っているのが勿体なくて午後、スーパーへ行く途中に寄り道して久良岐公園を歩いてきました。スポーツ施設がある岡村公園と違い久良岐公園は里山の風景を残した自然豊かな公園です。昨日は土曜日ということもあり、家族連れが多く小さい子供達が駆け回っていました。秋の山野草を探しましたが残念ながら、1ヶ月遅かったようでほとんど終わりでした。(昨日の歩数:9829歩)今朝の富士山 6時43分
2021.10.24
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ー 今日の岡村公園 ー↑ 10時27分昨日の横浜は冷たい雨。朝見ると富士山の雪が1日でずいぶん増えていました。午前中にもう一度、公園を一回りしてきました。写真を拡大してみると、雪煙が上がっているようにも見えました。富士山の左手、尖った小さい三角形は箱根の金時山右手の丹沢山系までくっきり見えました。MM21方面(北東)↑↓ ラジオ体操会場の広場3歳くらいの女の子がパパと一緒に砂遊び2人ともとても楽しそうでした。野球場は、少年野球の試合の真っ最中グランドの周囲はユニホームを着た少年たちがランニング中でした。木々はほとんど葉を落としてしまいました。東京湾〜房総半島方面(東)ー 今日のパン ー↑ 胡桃とレーズンがたっぷり入ったカンパーニュ(2本)お昼に焼きたてを頂き、残りは一切れずつに切り分けて冷凍しました。↑ 左下=全粒粉のパン右上=カンパーニュの残り生地を丸めたパン毎週末、娘はパン屋さんに変身。本人にとっては仕事から頭を切り替えられる最高の気分転換なのだだそうですが、こんなに有難いことはありません
2021.12.18
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☆あきない世傳金と銀(7)碧流篇・高田郁・角川春樹事務所・時代小説文庫(ハルキ文庫)の書き下ろし作品・2019年8月18日 第1刷発行♣︎亀蔵智蔵の友人。人形浄瑠璃の人形の遣い手。♣︎菊次郎歌舞伎役者。菊瀬吉之丞の実弟。♣︎中村富五郎歌舞伎の名優火の扱いの厳しい江戸では内風呂を備える家は少なく、殆どの者が湯屋を利用する。広小路を歩く楽しみもあり、五鈴屋7代目であり、江戸店の店主の幸と、奉公人の竹の2人は、店から少し離れた湯屋を利用していた。江戸の湯屋は、貧富の差を問わず利用するため、様々な着付けを眺めることができる。江戸では帯の巻き方が逆だということもここで知った。湯屋での幸と竹の遣り取りがが耳に入ったのだろう、中年女がふと、2人に目を移し、確かめるように注視したのち、話しかけてきた。連れの女の子をさし、10日ほど前に、この子の晴れ着用の手毬柄の友禅を半反、買わせてもらった者だという。反物をかける「撞木(しゅもく)」を依頼した指物師、和三郎の姉の才であった。最初は贅沢だと怒っていたお才の亭主は、反物を見せたら、よほど出来栄えが気に入ってしまったらしく黙ってしまったという。それが、五鈴屋と染め師、力造との出会いであった。掛け取りがない江戸店の大晦日は静かだ。揃って夜中に目覚めてしまった主従の胸には、この一年の様々なことが去来する。一つ屋根の下で暮らし、開店に向けてあらゆる知恵を出し合った。五鈴屋当主の女名前が許されるのは来年一年限り、新年も「笑う門には福です。笑って勝ちに行きましょう」店主の静かな誓願に忠義の奉公人たちは、へぇ、と声をあわせた。毎月14日は、無料で帯結びを教える日であった。最初は遠慮がちだった女たちだったが、帰りがけには何度も何度もお辞儀をして嬉しそうに帰って行く。ただちに利を産まずとも、いずれゆっくり大きくなって戻ってくれば良い。店の姿勢を知らせる良い機会になると、幸は考えていた。大抵の商家では、帳簿類に目を通すのは店主と番頭のみである。五鈴屋では6代目の要望で幸も加わった。7代目となった幸は、江戸店では4人全員が店の現状を把握できるようにと、お竹と賢輔も同席させた。吉原廓と芝居小屋。江戸で暮らしている内に、せめて芝居小屋は覗いてみたい。智蔵の友人で人形遣いの亀蔵からは、菊次郎という名の歌舞伎役者を訪ねるようにとの助言をもらっていた。柔らかな考えを生み出すためにも、その菊次郎に会ってみよう、と決めた幸だった。最初は商売のために来たのかと思っていた菊次郎だったが、話を聞くうちに幸の気持ちが届いたようだった。夕鯵売りの声を聞きつけ桶を抱えて飛び出した賢助が戻らない。惣次を広小路で見かけ裸足で追いかけたが見失ったという。竹も針供養の折によく似た姿を見たといった。彼は9年前に家を飛び出した五鈴屋の5代目であり、幸のもと夫でもあった。惣次が生きていたと分かれば、跡目が厄介なことになる。隠し通すことはできない。治兵衛と孫六の判断を仰ごう。冷静な2人は、今回もきっと良き方向に導いてくれるに違いない。幸は腹を据えた。伊勢の白子に型紙があり、江戸には型付師と呼ばれる染め職人がいる。何故、誰も「小紋」と結び合わせることがなかったのだろう。江戸っ子にとって小紋染めは武家の裃のためのもの。だが、江戸なら、身分を超えて小紋染めを纏うことも、きっと受け容れられる。五鈴屋7代目はそう確信していた。型紙を手に入れる算段を始めたものの、型付師のあてはまだ見つからず、五里霧中の状態だった。富五郎が演じる娘道成寺を見に、京へ行っていた菊次郎が戻り、五鈴屋に顔を出した。菊次郎の兄吉之丞が演じた清姫は、まさに当たり役であった。菊次郎は、江戸で上演される舞台衣装のうち、なんぼかを五鈴屋に任せられないかと頼んでみてくれたという。富五郎が戻ったら一遍連れてくると、上機嫌で店主に約束して帰って行った。明日は十三夜という日の夕暮れどき、幸の妹の結が鉄助と賢輔に守られるように到着した。小さな小さな鈴が一面に散らされている中に、少しだけ混じる心持ち大きめの鈴。しぼのある縮緬に染めれば、遠目には無地に見え、かなり近寄れば少しだけ大きな鈴に気づき、更に近づけば鈴紋だとわかる。他に洩れることのないよう、また、今後とも型彫りの仕事が頼めるよう、伊勢型紙の彫り師と約定を交わした上で、代銀を決めたという。番頭の判断に、幸は大きく頷いた。五鈴屋固有の小紋染め、これから江戸店の屋台骨を支えることになる小紋染めの型紙なのだ。深く頭を下げる幸に、鉄助と賢輔は、巴屋さんや白雲屋さんのご尽力があればこそ、彫り師の梅松さんに辿り着けたのだと言った。また、小さい鈴の中に、少し大きめの鈴を混ぜることを賢輔に提案したのは結だと言った。大阪へ戻る日が近づいたある日、本店の番頭、鉄助が、跡目の話を切り出した。「様々な事情が絡み、大阪では足掛け三年のタガが緩み始めている。足掛け三年を押し通して不都合が出た場合にどないするか、最も安易な解決策は、延長を許すということだす」といった。また「惣次が江戸にいたとなると、あとあと厄介なことになるのは明らかだ。五鈴屋が惣次のことを隠さず仲間に正直に相談したことで却って良い方向に向いた。それを受けて、親旦那さん(孫六)と治兵衛が何としても延長を認めてもらう方向で動いている」という。未だ確定したことではないが、幸以上に奉公人を束ねる力のあるものはいない。これからも、7代目の仕事を我々にも支えさせて欲しい、と佐助ともども、膝に頭がつきそうなほど頭を下げた。あと数日で神無月の声を聞く。鉄助が江戸を発つのは明後日に迫っていた。鉄助が幸だけに、これは未だ自分だけの考えだと前置きして、思いがけない話を始めたのだ。自分が8代目に相応しいと思う人の名を挙げたのだ。「今回の小紋染の段取りや働きを見ていて、五鈴屋の8代目に相応しいと、私は思います」と。約束の日を過ぎても未だ型紙が届かない。自分で確かめてくるという賢輔を皆で窘めているとき、聞き覚えのある大阪訛りが、店の戸口から聞こえた。歌舞伎役者の菊次郎と、もう1人、目鼻立ちの整った男がこちらを見ている。幸の目に、堺町で見かけた歌舞伎役者の絵が重なる。歌舞伎役者の富五郎であった。一礼して名乗る幸に向ける眼差しが何とも暖かで優しい。初対面の筈なのに、まるで親しい人に向けるような、懐かしげな眼差しだった。さり気なく水を向けてみても、何も応えず、ただ穏やかに微笑むばかりであった。霜月8日、黒塗りの挟み箱を担いだ、手甲脚絆に菅笠姿の男が、「四日市宿からの早飛脚でございます」といい、店の前に立った。水害の被害があり、期日から遅れること半月、やっと受け取った型紙を、番頭の鉄助は早飛脚に託したのだ。皆が待ちに待った「伊勢型紙」であった。届いた伊勢型紙を神棚に祀り、音高く、両の手を打ち合わせる。荷物の中に入れられていた、鉄助から幸に宛てた切り紙には、「師走最後の寄合で、惣次が江戸にいると分かったこと。延長の後の跡目の候補との二本柱で、天満呉服仲間の承認を取り付ける目処が立ちつつある。延長後の跡目のことは、治兵衛は渋っているが、孫六も、呉服仲間たちも皆、『それならば』と理解を示してくれている」と書かれていた。また、「船場の呉服商をまとめる大阪呉服仲間でも、足掛け3年の女名前を延長せよとの話が出ている」と補足されていた。当初、高島店支配人の周助を跡目にと考えていた幸だが、周助はむしろ、もともと奉公していた桔梗屋の暖簾を引き継ぐことを望んでいるのではなかろうか。正式に延長が認められたら、周助とよく話し合おう。そう決めて、幸は切紙を畳んだ。力造の女房のお才から、力造が小紋染めをやめた事情を聞いていた幸だった。力造は他の職人を紹介するといい、自らが小紋染めに戻ることを頑なに拒んでいた。けれど、「力造は型染にもどりたい。お才もまた、力造を型染めに戻したい」。力造の染めに対する矜持と本心を知れば知るほど、力造にこそ、鈴紋の小紋染めを作ってほしい、と強く願う幸だった。帳場に戻り、密かに伊勢型紙を愛でていた幸の耳に、「おいでやす」というお客を迎える支配人の声が聞こえた。常と異なり声が裏返っている。お竹は腰を抜かさんばかりな狼狽えている。客は歌舞伎役者の富五郎だった。富五郎は稽古着用の反物を見立てて欲しいとやってきたのだ。支払いを済ませようと、懐から取り出した紙入れが、何とも美しい、目の覚めるような紫の紙入れだった。富五郎は紫草の根で染めた「江戸紫」という色だと教えてくれた。店内を眺めていた富五郎の目に、薄紙から僅かに覗く鈴模様の伊勢型紙が見えた。許しを得て手に取って眺めた役者は、五鈴屋独自の小紋染を考えた経緯を聞き出して、しばし絶句する。そして言った。「最初に染めたものを、江戸で産声を上げる反物を、是非とも譲って欲しい。来年の『娘道成寺』、舞台衣装ではないのですが、少し考えたいことがあるのです」型彫師が精魂込めて彫り上げた型紙は、役者の心をうった。ならば、型付師ならどうか・・・。幸の熱意が頑なだった力造の心を解かした。型を彫った植松と、染めた力造の想いをしっかりと抱きとめて、江戸紫の小紋は、そこにあった。歌舞伎役者は、仕立てに関しての細かな遣り取りを交わして、暇をつげる。帰りがけ、富五郎のはふっと唇を解いた。「15、6年ほど前のことです、2人の友との出会いがありました。齢も近かったし、互いに若く、夢も野心もあって、それが心地よかった。歌舞伎以外の世界を垣間見れたのも、その友達のお陰でした」「1人は人形遣い、もう1人は、心斎橋の貸本屋に居候しながら、こつこつと読み物を書き綴っていました」幸は、顔色が変わるのが自分でも分かった。そして、役者は、この度の娘道成寺は自分にとっても大きな賭けになること、亡き友のご縁に縋りたい気持ちなのだと。幸と竹の2人が着物の仕立てることに拘った富五郎の気持ちがやっと分かった。如月25日。お練りの日。富五郎の姿を一眼見ようと集まった人々で、通りは大変な人出だった。富五郎の着付けを待つあいだ、菊次郎は、今日は富五郎のお練りの日やけど、五鈴屋の小紋のお披露目の日でもおますなぁ。これから大変なことになりますで・・・」と言った。座敷を出る時、「智やん、一緒になぁ」富五郎の囁きは、幸と竹の耳に届いた。☆あきない世傳 金と銀(8)瀑布篇・高田郁・角川春樹事務所・時代小説文庫(ハルキ文庫)の書き下ろし作品・2020年2月18日第1刷発行鈴模様の小紋が飛ぶ様に売れたが、麻疹が流行り店先から客の姿が消えた。江戸紫の小紋を、麻疹封じの鉢巻にしたいという母親に乞われ、手間賃を上乗せせずに切り売りにして売った。初冬を迎える頃、ようやく麻疹が下火になり、晴れやかな物を商う店に活気が戻りつつあった。行き交う人の中に、「紀州御用 伊勢型紙」と染めた幟を手にした行商人の姿が見られるようになった。大店だけでなく、多くの店が小紋染めを扱える様になった。幸は、商いへの影響を憂うより、多くの店が競い合うことで、友禅染めと同じように、小紋が広まってくれること方を喜んだ。中でも絶大な人気を誇る五鈴屋は人手が足りなくなる。いずれ大阪から手代をを移すまでの間、近江屋の好意で、壮太と長次の2人に通いで来てくれることになった。開店から3年、年末までの売り上げの目安が銀千貫目となった。それは、江戸店を出す目安とした本店の売り上げの目安であった。「衰颯的景象 就在盛満中」「衰颯の景象は、すなわち盛満の中に在り」ー衰えていく兆しというのは、実はもっとも盛りの時に在るー、という意味である。修徳の顔が浮かび、改めて気を引き締める幸であった。いずれ、賢介を大阪に戻し結と夫婦に、と考えていた幸だった。けれど、竹の話を聞き、賢輔本人の意思に配慮が足りなかったと気付かされた。長月、鉄助が江戸へ着き、賢輔に8代目を継がせることで纏まっていた話に親旦那さんから待ったがかかった。小紋染は今が正念場。賢輔抜きで乗り切るのは、賢輔にとっても五鈴屋にとっても惜しい。賢輔が五鈴屋の店主になるのは先にした方が良いと、思い直したのだという。呉服屋仲間から呼び出しがあり、出向くと、「おかみから、近々、五鈴屋に対する上納金の申し入れがある」と告げられた。その額1500両。応じなければ、呉服屋仲間から抜けてもらうことになる、という。支払うしか道は無い。両替商に借入の相談に行った幸と鉄助の前に、思いがけない人が現れた。9年前に出奔したまま行方知れずだった惣次が、本両替商井筒屋3代目保晴として現れたのだ。「上納金など、両替屋に借りてまで用意する物では無い。五鈴屋の暖簾を守りたいなら、知恵を絞りなはれ。悪い奴程阿保な振りが上手いよってに気をつけなはれ」と、言い、縋る鉄助には「私は井筒屋3代目保晴で、五鈴屋だの8代目など関係ないことだす」と言い置いて去っていった。1500両の上納金は、年に500両ずつ三年分割でも良いと了解が取れた。それでも、大金であることに変わりはない。まず、上納金については幸自身、考えがあるといい、いま、五鈴屋で何ができるか、何か手がかりがないか皆で知恵を寄せ合うことが出来る。跡目のことは、賢輔に9代目を継いでもらいたいと考えている。小紋染のためにも、五鈴屋のためにも、あと数年は江戸で踏ん張ってもらいます。賢輔どん、あなたは経験を積んで、9代目店主に相応しい器におなりなさい」番頭の鉄助は、まず自分で、相応しい器になれるよう踏ん張ってたあとで、継ぐか継がないか決めたら良い、と言葉を添えた。伊勢から型堀師梅松が到着。力松の家に住むことになった。立ち消えになったと、皆が思っていた両替商音羽屋との縁組が再燃。結本人も、この人と決めた人がいるとはっきり断った」。干支の文字を彫った型紙が出来上がった。梅松と力造に無理を言い、皆に見せたいと一旦店に持ち帰って来た。神棚に上げて、その夜、幸は安堵から深い眠りに落ちた。異変が起きたのは、翌朝である。紅で「かんにん」と書いた紙片を残し、昨夜、神棚に供えた筈の型紙と共に、結が消えた。☆あきない世傳 金と銀(9)淵泉篇・高田郁・角川春樹・2020年9月18日 第1刷発行・ハルキ文庫書き下ろし作品、手代の賢輔が図案を考え、型堀師の梅松が精魂傾けてて彫った、十二支の漢字を散らした紋様の伊勢型紙。今後の五鈴屋の命運を賭す大事な型紙が、結と共に消えた。賢輔との結婚が叶わないと知った幸の妹、結が型紙を無断で持ち出し、あろうことか、両替商の音羽屋に駆け込んだのである。途方に暮れ、詫びる言葉もない幸に、梅蔵は思いもかけない話を始めた。「私が彫った型紙、あの十二支の文字散らしの型紙は、五鈴屋以外の店が、あれで染めた反物を売り出しでもしたらえらい騒動になりますやろ」という。賢輔が書いた図案に、3箇所だけ別の字をいれたのだという。それは、「五」「金」「令」の文字であった。音羽屋の妻となった結は呉服店を任されることになり、文字散らしの小紋が売り出されることになった。けれど、そのその三文字のおかげで、文字尽くしの小紋の本家は五鈴屋であることが知れ渡ったのだ。訪ねて来た歌舞伎役者の菊次郎が、近頃江戸では一風変わった句合わせが、えらい人気で、こないな句が披露されてましたで、と言い、くっくっと肩を揺らして笑う。「本家より 分家が出張る 文字散らし」今では「五、令、金」の文字が身の証を立てて、江戸中の者が五鈴屋が本家やと認めてる。何よりのことや、と菊次郎は鷹揚にに言った。次々と厄介な問題に当面する五鈴屋に、又々新たな災難が降りかかった。加賀藩に売った白生地100反が原因で、呉服仲間の怒りを買ってしまったのだ。師走8日、その日は富久の祥月命日であった。寺は葬儀が行われており、幸と竹は人々が去るのを待ち寺門を潜った。偶然その場に居合わせた井筒屋3代目保晴を名乗る惣次は富久の次男であり、幸のもと夫であった。惣次は、五鈴屋が呉服仲間から外されそうになっていることを知っていた。彼は、その昔呉服仲間から外され、潰れるどころか大きくなった店の例を上げた。京に仕入店を持つ五鈴屋では、仲間から離れても別段困ることではない。組合が必要なら自分で作れば良い。しばらくは商いを諦めることや。極めて真摯に、惣次は幸に伝え、ゆっくりと立ち上がった。そして、上納金のことも、今回の仲間はずれのことも偶然のことではない。早く気がついた方が良い、と。「・・・音羽屋忠兵衛」 幸の呟きに、惣次は口のはしを持ち上げただけだった。怒りの炎を双眸に宿したもと女房をじっと眺めて、惣次は軽く頭を振った。喋りすぎてしもうたなといい、本堂を後にした。今年に入ってからの売り上げは悲惨な上に、木綿についても知恵の糸口も見つからない。引き伸ばし続けた大阪行きだった。近江屋の茂作が帰る時に合わせて、幸は8月中に江戸をたち10日ほど向こうで過ごしたら戻ってくることに決めた。葉月20日、茂作と幸、それに型彫師の梅松が同行して旅立った。江戸を発って19日、予定より早く一行は大坂の土を踏んだ。7代目到着の知らせを受けて、次々に奉公人が現れた。新しい顔も多い中、成長した奉公人の姿をみつけて、幸は思わず呼びかける。賢輔の父親であり、もと番頭の治兵衛、親旦那さん(もと桔梗屋の店主、孫六)と相談もできた。治兵衛と孫六は、両替商の音羽屋が、なぜそこまで五鈴屋を狙い撃ちにするのだろう。だが、太物を扱わない音羽屋は、太物扱いに絞った江戸店を狙い撃ちすることは難しいだろうという。「深い淵の底で、泉のように知恵を湧かせてみたい」と言う幸に、治兵衛は満面の笑みを湛える。8代目の周助の嫁も決まった。綿買いの文次郎からは綿について知識をもらい、もと4代目徳兵衛の嫁だった菊栄にも会えた。菊江は、いずれ江戸へ出て、自分の名で、大阪では出来ない商いをするつもりだと言い、江戸で会いまひょうなぁ、と晴れ晴れと言った。懐かしい人たちと会い、様々な知識を得、多くのことを学んだ幸。梅には「菊枝が鉄助らと共に江戸へ行く時、江戸までお供をしてもらえないかしら。江戸で待ってますからね」と言った。江戸で「太物商い」の花を咲かせよう。長月22日、旅装束の7代目、江戸店へ回してもらえることになった手代と丁稚、それに型彫師の一行は、別れを惜しみつつ旅立った。復路は紅葉の只中であった。浜松で長月から神無月になり、予定通り20日で、一行は江戸に入る。木綿生地に型を置き漬け染で染めると、柄がぼやけてしまう・・・。力造の試行錯誤は続いていた。風呂上がりに着る湯帷子としての浴衣ではなく、街中でも着られるようなものにしたい。幸は芝居小屋の役者たちが着る部屋着としての浴衣を思い浮かべていた。生地の白をクッキリ浮き立たせるために、ぴったり重なるように両面に糊を置こうと、力造は躍起になっていた。けれど、小紋用の細かい模様の型では、模様がぼやけてしまう。「模様を大きくすればどうか」と言う幸の台詞に型付師夫婦と、型堀師が目を剥いた。賢輔が幸を庇うように「せっかくの藍染め、小紋では勿体ない、と私も思います。藍色地に、確かに麻の葉だと分かる白抜きの方が、藍染めの美しさが際立つのではありませんか」。藍染めは身分を問わず誰にも好まれること。両面が同じに染まる浸け染なら、裏返して縫い直せることなど、賢輔は柔らかな言葉で店主の想いを補う。果たして出来るかどうかと思案する力造と梅松に、幸は「丁寧に時間をかけましょう」と言った。乗り越えなければならないことが山積みであった。明けて宝暦7年(1757年)如月16日、幸と賢輔は力造の染め場にいた。2人が固唾を呑んで見守る中、力造は片面に糊を置き、乾くのを待って裏にも糊をおき天日に干す。待つ時間は途方もなく長い。呼ばれて、幸は物干し場へ上がる。表の色糊と寸分違わず、ぴたりと重なった裏側の糊。幸は思わず、ああ、と声を漏らす。ころころと楽しげに転がる鈴たち、鈴同士を結び、柔らかな曲線を描く鈴緒。賢輔は声も無く立ち尽くしている。木綿のための型染めは、今、まさに産声を上げようとしていた。
2022.06.28
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ー 岡村公園・11月22日 ー(6時45分頃)↑ トウカエデ最初の紅葉は呆気なく散り木の下は、落ち葉の絨毯です。今年の紅葉はもう終わりかと思っていました。今朝見ると、また綺麗に紅葉していました。でも、光が足りない…^_^;・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(9時20分ごろ)陽が当たっている時間の紅葉が見たくて出かける前にもう一度、公園に寄ってみました。葉の数は減ったものの、光を透かして色鮮やか\(^o^)/正に、紅葉の第二弾でした。ピンボケですが・・・やっと咲き出した山茶花・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(遊具公園・ラジオ体操会場)手前は確かアオギリ向こうに見えるのが、秋楡(アキニレ)小さい小さい「実」がなっています。画像中央の小さくて平たいのが「実」です。「高校3年生」の歌詞に登場する「楡の木」です。ただ、楡には秋楡と春楡があり、果たして、どちらがモデルなのででしょうね。
2022.11.22
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今年は年明けから今日まで穏やかな晴天が続いています。今日は午前中、スーパーへ行く前に、少し回り道をして散歩道の花を探してきました。ー 岡村公園 & 梅林 ー岡村天満宮に隣接する梅林いつもひと足早く咲く白梅が咲き始めていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・駐車場横の花壇寒さもなんのその今年もアネモネが綺麗に咲いています。素敵なので、真似して球根を買い我が家の花壇にも植えました。残念ながら、未だ葉っぱだけです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ー アリッサム & オキザリスの咲く家 ー↑ アリッサム↑ オキザリス パーシーカラー度々、登場してもらう散歩道の途中の家です。今年もアリッサムとオキザリスが見事に咲いていました。1月5日 am11:00ラジオ体操の頃には全容を見せてくれるのですが暗くて撮れません。昨日も今日も、私が行くときは顔を見せてくれません。昨日は全く見えず、今日もこれが精一杯!岡村公園からスーパーへ向かう途中に写しました。
2023.01.05
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昨日掲載したセミのその後のご報告です。腹筋を使い、自力で起き上がり無事、羽化したとのこと。次の2点は最後まで見届けてくれたご夫婦から頂いた写真です。ヨイショっと!少し起き上がっています。7時17分 無事、羽化完了\(^^)/お二人も、流石にずっとは 見てはいられなくて途中、野球場の周囲を2周されたそうです(笑)お二人様、見届けて頂き本当にありがとうございました。・・・・・・・・・・・・↓ 私が帰る前に写した写真そっくり返っていました。6時44分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルナちゃん (8ヶ月) ♀オーストラリアンシェパードけさ、初めて会いました。一人一人、みんなにサービスしてくれてました。とっても人懐っこくて可愛い女の子でした。・・・・・・・・・・・・・・・ひまわりが少しずつ咲き出しました。(今朝の写真)↑ レモンイエロー一番乗りです。↑ ↓ こちらは「紫色」だと言うひまわり
2023.07.25
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散歩道の萩が枝垂れて咲いていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2023年10月6日 6時44分5日が初冠雪だったとか昨日はよく見えなかったのですが今朝は雲ひとつない青空肉眼で辛うじて山頂付近に雪らしきものが見えました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・このところ、珍しくスケッチブックと睨めっこの日々で気がつくと5日振りの更新でした。一昨日あたりから朝晩の気温が急降下ラジオ体操のときはパーカーを羽織って出かけます。ところが日中は25度を超えて半袖と忙しいことです。夏中咲き続けてくれたジニア、初雪草、日日草もまだ頑張ってくれていますが流石に疲れがみえてきました。夏の花たちもそろそろ選手交代のようです。種を取って片付けなくては・・・。
2023.10.06
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昨日、友人と3人で三浦海岸の河津桜を見に行ってきました。以前は真っ先に咲き始めた、駅前の河津桜もしかして、木を植え替えた?背が低く剪定された?どう贔屓目に見ても美しく無いです。撮影した11時前は、ようやく1〜2分咲きでした。線路沿いの、桜並木に向かう途中の木線路沿いはかなり咲いていました。どの木も伸び伸びと咲いていてこの辺りが一番好きな風景です。左手奥の「超早咲きの木」は、既に葉桜小松ケ池へ降りる階段の上付近いつも開花が早いです。心配した小松ケ池も咲き始めていました。昨日は暖かくて水辺の眺めが心地よかったです。跨線橋の上の金網の「◇の隙間」から撮影スマホならではの裏技です(笑)都営浅草線の新型車両・ 5500型あまり見かけないので、ついパチリ!昨日は10時41分に、三浦海岸駅に到着。駅前の特設の売店で「お目当てのマグロ」をゲット。大急ぎで支払いを済ませ、預かりを依頼。数量限定で、帰りだと売り切れてしまうのです。お目当ての回らない回転寿司屋さんに直行。開店数分前に到着並んでいたのは一組だけですんなり入れました。食べることに夢中で写真を撮るのをすっかり忘れました。この日は見頃には早いこともあり人出も少なくゆっくり見ることが出来ました。帰りに駅近の珈琲店で、ゆっくりコーヒータイム。私はドライ無花果とレーズンのケーキ友人はリンゴのシフォンケーキ美味しかったです。頼んであっマグロ、徳島(鳴門?)のワカメ茨城の干し芋、静岡の茹で筍、干し桜エビの大袋焼きエイ、大きくて太った茹でシラスいっぱい買ってきました。
2024.02.15
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撮影日時:2024年5月6日撮影場所:MM21 みなとみらいホール前お蔵入りになっていた写真を引っ張り出して来ました。パシフィコ横浜で開催されたフラワーフェスタに行く途中に見つけました。これまで何度も前を通りながら、花が咲いているのを見たのは初めてでした。調べてみると、秋には「真っ赤な鞘に入った黒い豆のような実」実になるらしいのです。一昨日から、日記の投稿が全くできない状態が続いています。試しにメールで投稿してみました。果たして上手く行きますでしょうか。
2024.06.18
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一本だけ茎が伸びたタチアオイ咲いた花は「白」でした。他の株はこんな感じです。ここは混み合っています。ピンクの 「一才百日紅」紅に続いて咲き出しました。種を蒔いた覚えのない、多分「朝顔」摘芯してやると脇芽が3〜4本伸びて既に1m余りツルを伸ばしています。なのに一向にツボミらしきものは見えず咲く気配が全くありません。しばらく様子見です。
2024.07.17
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今日は節分大阪生まれなれど恵方巻きの風習など聞いたこも無し。我が家では一年に一度「海鮮太巻き寿司」を食べる日と決めました。もちろん、恵方とやらを向いて丸齧りなとせず、切っていただきます。何故一年に一度なのかと言いますとよく行くスーパーで節分の前日と当日限定で「海鮮恵方巻き用セット」が販売されるのです。私が用意したのはキュウリだけ。あとは、3合分の酢飯を用意して巻くだけで4本の太巻き寿司が出来上がります。今日は雪の予報が出ていたため1日繰り上げて昨夜食べました。
2025.02.02
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ー 横浜市開港記念会館 ーウォルドルフ人形展を見たあと久し振りに、建物の中を見学してきました。八角ドーム(左)、時計塔(右)開港記念会館の時計塔は「横浜三塔」のうちの一つで「ジャック」と呼ばれています。キング(神奈川県庁)、クィーン(横浜税関)1階〜2階へ黒船ポーハタン号のステンドグラス1854(嘉永7)年ペリーが来航した時に乗っていた船・・・・・・・・・・ー 2階 ー特別室(旧貴賓室)2階〜1階へこの土地には、元は、「町会所」(明治7年竣工、明治39年焼失)があり、「時計台」として親しまていれたそうです。現在の「開港記念会館」は、開港50周年を記念して、大正3年(1914)9月に着工され、大正6年7月1日の開校記念日に「開港記念横浜会館」として開館したものだそうです。詳しくは、開館前に掲示されていた、下記の「説明書き」をご覧ください。クリック or タップで拡大画像が開きます。閉じる(✖️)で元の画面に戻ってください。
2025.05.21
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↑ ラナンキュラスラックス・ミノアン2年目の株↑ ラナンキュラスラックス・リュキュア3年目の株こちらは咲き始めたばかりクリスマスローズたちピークが過ぎました。
2026.03.18
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港の見える丘公園、沈床花壇のバラを見たあと山下公園へ向かいました。ー 沈床花壇(山下公園) ー↑ ホテル ニューグランド↑ マリンタワー↑マリンタワー(左)、ホテルニューグランド(右)↑↓ 中央広場の噴水バラ園が咲いているのは氷川丸とホテルニューグランドの間にある写真中央の「沈床花壇」の中です。バラを見終わったあと元町商店街を通り抜け石川町駅近くの花屋「花こ」で赤いダリアを一鉢(180円)とペチュニア(100円)を2つ買ってきました。
2026.05.06
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ユリノキ・モクレン科ユリノキ属の落葉高木毎朝、ラジオ体操に行く公園でユリノキの花が咲いています。大船フラワーセンターでも咲いているのですが大木の上、高い位置に咲いているため写真が上手く撮れずにいました。早朝に行くとその花が落ちているとのこと早速今朝、拾ってきました\(^^)/
2026.05.14
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↑ 真紅のアマリリス昨年は手入れが行き届かず猛暑もあって今年咲いたのは一本だけ↑ シラン↑虫取撫子(ピンク) & オルラヤ(白)↑ ガウラ(ピンク) と オルラヤ↑ ジギタリス(ピンク)& フランネルソウ(白)↑ フランネル草(白)↑ ニゲラ↑ タチアオイ↑上( 山紫陽花 )下( 紫陽花・ダンスパーティ)少しずつ色づきはじめました。春の花が終わり、初夏の花たちが咲き始めました。気がつくと庭は、白とピンクの花ばかりけれど、ニゲラ、紫陽花が咲き出しやがて、背の高いブルーや青のサルビアなど少しずつブルー系の花も咲き出します。
2026.05.17
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↑全体↑満開の桜↑山なみを背景に、気球も浮かんでいます。↑花畑の中を動き回るヒヨコたちを、親鳥が見守っています。↑ 蝶 、たんぽぽ、チューリップ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 診察室のドアにも〜♪↑桜の拡大写真診察室との境の高い窓にはチューリップやチョウチョ、小鳥〜♪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・↑ 待合室の壁にも〜この折り紙作品は、昨日行った「横浜プリンスホテルのあとに出来た「ブリリアンシティ横浜磯子 」の中にある、耳鼻咽喉科の壁面に飾られていました。待合室や診察室だけでなく診察室のドアにも、春爛漫の風景が広がります。一番の大作は診察室の手前の部屋の壁面でした。満開の桜の木の周りには、たんぽぽ、チューリップ、ツクシ、ニワトリやヒヨコ。チョウチョや小鳥も飛び回っています。遠く山並みが見え、空には気球も浮かんでいました。(一番上の写真)聞いて見ると、診察室にいらした看護師さんがお一人で作られたものだとか・・・。折り紙作品の数だけでも半端ではありません。あまり素敵なのでお許しを頂き写させて頂きました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・岡村公園のソメイヨシノ( 2017.3.16 6:25 撮影 )どうやら、今年の開花は去年より遅くなりそうです。
2017.03.17
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