Strawberry_File

Oct 26, 2004
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地震が過ぎ去って、自分達の家にゎ、帰れず、ただ、ひたすら、
太陽が上がるのを待っていた。

そして、朝日があがり、外も明るくなった。

地震の爪あとが、あちこちに見え隠れする。

13日になって、津波の痕跡がいたるところでみられた。

道路に打ち上げられた 漁船

道路までひきずられて降りてきた 倉庫

そして、 陥没した道路

の家の車庫にゎ、小魚達が海水で作られた水溜りで泳いでました。

海岸沿いの国道にゎ、 ァワビ ゃ、 ゥニ 達の群れ。

そして、ぃっも海水浴で使ってた海岸も、地形がかわり、
透き通っていた海水も、なんだかにごっていました。

かわり果てた姿。

今の 新潟県 の地震を見ていると、すごく鮮明に記憶が蘇ります。
あの時の記憶・・・。今ぢゃもぅ、藁って話せる。
けど、今地震を体験してる人たちゎ、たぶん、ぁの時の気持ちなんだろぅなっておもぅ。



大好きだったォニィチャン

今ゎ、 の側についててくれてますヵ???
ぃつも思います。たぶん、背中から見守っててくれて、
ちゃんと、危険なときゎ、守ってくれてるんだなって。
勝手な思い込みでもぃぃって思えるょ。

当時、 ォニィチャン にゎ、 彼女 サンがいたね。
その人にも、確か、子供がぃるって話を聞いたことがアルょ。
もし、今 ォニィ が生きてたなら、(*´∀`*)アッタカーイ 家庭を持ってたと思うんだ。
すごぃ、カワィィ人で、 が「遊ぼう(´∀`*)」って家まで遊びに行っても、ぃっも、
女友達が沢山居たっけ。

ィチロー似の背の高いォニィチャ。


そらモテモテなんだょー。
がまだ小さかった頃ゎ、ょく(*゚ー゚)ダッコ♪ゃ、オンブをしてくれたっけ。
写真がね、ァルバムの中に1枚だけ残ってる。
ぁの写真、見ると、会いたくなるさねぇー。

ォニィチャン の両親が、働きに出てたから、 ォニィチャン が学校から、帰宅すると、
の家に来てた。
それで、一緒に遊んでくれる。
年齢としては、8歳ヵ、9歳、違った気がする。
だから、地震当時ゎ、ぉにぃたんゎ、19歳ヵ、20歳だったょね。

とうとう、ぉにぃちゃんの年齢越しちゃった・・・。

地震 が起きた日。
役場職員だった ォニィ ゎ、災害対策本部として、呼び出された。
母に「行くな。」といわれながらも、「仕事だから。」そういって、家を飛び出したそうです。

揺れが来た直後、
職場で使ってる 湯呑み茶碗

ォニィのだけが落ちて割れた

ぅん。なんだヵ、不吉だねって話だったみたぃ。
そして、がけ崩れが落ちて、家屋が潰れた現場へ、自分の車を走らせて、
一人向かってたんだって。
そして、帰ってくるとき、大きなトンネルがぁるんだけど、
それを抜けた時、

津波に襲われて、車ごと呑まれた


で、ちょっとした段差に落ちた。

その後、救急車で運ばれるも。
意識ゎ、あって、 痛い って言ってたみたい。

内臓破裂 だったって。

短い命を無くした ォニィ の事、大切に思ってた。
大好きだった。
初恋ってもしかしたら、 ォニィ かもしれなぃなww

地震の前の日に、 ォニィ 、家に来てくれたよね。
ぃっもの笑顔振り撒いて、 苺マミィ に出産祝い届けてくれた。
ぃつも優しかった ォニィ
その時ね、 ォニィ の背中から、黄金色に輝く光を見たの。
苺マミィ も見たって。

ぁの光がでてたからなのかな??
ォニィ がぃつでも空から見てくれてること、忘れてたの。
だヵら、 死にたい とか、思ったんだね。

ォニィ の分まで、一生生きるから。

此処に誓うょ・・・。

ぁりがとう。

ぃっまでも、見守っててください。






そして、今回の震災で被害にあわれた方々が、とても心配です。
苺が震災に遭って、住んでる町が復活するまで結構かかりました。

そして、 救援物資 を沢山もらった気がします。

また、新潟県のほうにも、力になれる方々がいたら、ょろしくぉねがいいたします。

新潟県 災害対策本部





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Last updated  Oct 27, 2004 04:48:13 PM
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