地球人スピリット・ジャーナル1.0

地球人スピリット・ジャーナル1.0

2007.04.02
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カテゴリ: アガルタ

地球人スピリット・ジャーナル 2.0 につづく



「チベット」 「知の再発見」双書112 フランソワーズ・ポマレ著 今枝由郎・監修 後藤淳一・訳 2003/12 創元社  原書2002

 綺麗なチベット文化や社会運動を伝える画像が沢山所蔵されているし、小さな本であるが、極めて沢山の意義ある情報がつまった一冊である。「絵で読む世界文化史」というシリーズにふさわしい。著者はフランスの民俗学者。

チベットという西洋の呼称は、アラビア語の「テュベット」「トゥバット」に由来する。このアラビア語は、アラブ人と接触のあった吐谷渾(とよくこん)人が使うトルコ・モンゴル語の方言「トパン」「トプット」から来ている。また、中国人たちは、古代チベット王国のことを「吐蕃」(トウファン)と呼んでいた。一方、チベット人自身は、自分たちの国のことを「ポ」と呼んでいる。 p021

 日本人は自分の国をジャパンなんて自称したわけじゃないので、チベット人たちが自分たちの国を「チベット」と呼んだわけじゃない、と聞いて、それはありうることだなぁ、と思いつつ、ほう、と思う。もともと近代「国家」という認識が、この地方には馴染まないのだろう。

一般に考えられているのとは異なり、すべてのラマが僧であるわけではなく、逆にすべての僧がラマ(「師」・グル)であるわけでもない。実際に、「ラマ」という語は僧を意味しているわけではなく、魂を導く師を表している。僧を意味する言葉としては、「ダパ」という別の語がある。僧とは、独身の誓いを立てた修行者のことだ。チベット仏教では、すべての修行者に独身の誓いが義務づけられているわけではない。しかし、僧になると是認この誓いを立てなければならない。僧は僧院長のもとで段階的に教義を学んでいく。だが、必ずしもラマになって、他人の魂を導くようになるわけではない。一部の僧だけが長い間哲学的な勉強に従事し、瞑想に専念し、師のもとで教えを授かり、自らラマになる。一方、僧はいつでも独身の誓いを放棄して、還俗することができる。人々は僧が還俗することを前年に思うかもしれないが、このような決断をした者を排斤したりはしない。なぜなら、元も罪深いことは、僧の身分のまま禁じられた行為を犯し、誓いを破ることだからである。一般に、僧たちは僧院で生活し、その知的能力や芸術的才能あるいは行政能力に応じて、さまざまな仕事をしている。
 ラマとは霊的な師のことであり、必ずしも僧ではない。つまり、僧になるための誓いを、特にに独身の誓いを立てているとは限らない。誓いを立てたラマは僧としての服を身につけるが、誓いを立てていないラマは、俗人と聖職者の中間的な服を着て、頭髪を剃らない。
(後略)p046

 にわかには整理できないが、修行者、ラマ、僧、グル、僧院長、還俗、俗人、聖職者など、さまざまな概念が入り混じっているようだ。だから、
チョギャム・トゥルンパ のように、転生化身としての活仏でありながら「還俗」し、何の批判も受けずに、さらに霊的な指導者で在り続ける、ということも可能だったのだろうか。

チベットの宗教上の特徴は、柔軟性である。宗派や身分を次々と変えて修行することも可能だ。もしも変えることのできないものがあるとしたら、それは「トゥルク(活仏)」という転生者たちの存在である。転生者は「リンポチェ(「宝石」の意味)と呼ばれる。ただし、リンポチェの名は、トゥルク以外の偉大なラマにも使用される。トゥルクの存在は、チベット仏教の大きな特徴である。高僧の生まれ変わりと認められた子供にとって、トゥルクであることは生まれながらにして持っている資質なのだ。前世者の能力を受け継いだ子供は、彼自身であると同時に、その名前を代々継承してきたすべてのラマでもある。このような転生者の系譜は、一人の高僧が「自分は人々を救うためにこの世界に繰り返し生まれてくる」と宣言するところから始まる。 p047

 代々世襲制である日本の家元制度や、天皇制を思い出したりもするし、落語や相撲などの名跡を継ぐという制度を思い出したりもするが、チベットの転生化身の活仏のシステムはまた格別のシステムがあるようである。

西洋では、1950年代に亡命したチベットの師たちが仏教を広め、チベット仏教ブームが起きている。1989年にダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受賞したことで、チベット文化に対する関心も高まっている。こうしたチベットの「流行」は、メディアや映画や広告にも引き継がれている。また、ニューエイジ思想も、チベット仏教の価値観を取り入れている。しかし、チベットの歴史的・政治的な現実の方は、汚れのない宗教性を傷つけないようにするために、あるいは中国との貿易関係を損なわないようにするために、隠蔽されてしまっている。ヘロドトス(最初にチベット地方に言及したとされる古代ギリシャの歴史家p082)の時代と同様に、西洋人にとってチベットとは、自分たちの幻想を豊かにしてくれるものでしかない。1933年にジェームズ・ヒルトンが小説
『失われた地平線』 のなかで書いた「シャングリラ」のイメージから抜け出せないままなのである。 p103

 このように著者に断言されると、たしかにこのブログでもアガルタなるものの探究の旅にでていること自体、「自分の幻想を豊か」にすることだけを考えているかのように思えてきて、ちょっと、痛い。

これまでのダライ・ラマ制度とパンチェン・ラマ制度は、それぞれの転生者を互いに承認し会うことにによって成立してきた。そのため、将来中国政府は、「彼ら」のパンチェン・ラマを使ってダライ・ラマ14世の転生者を認定するかもしれない。宗教を排斤してきた共産党が、何のためらいもなく転生者の選択について討議し、決定するというのは、なんとも皮肉な状況である。このような理由で、ダライ・ラマ14世は---チベットではいつものことであるが---継承者の選択という政治・宗教問題に直面している。彼は「ダライ・ラマ15世は自由の国に生まれるだろう」と宣言した。 p159

 つまり、中国に操られるパンチェン・ラマは、いよいよ傀儡ラマとして政治に取り込まれていく可能性があるのであり、現在のダライ・ラマがなくなった場合、傀儡パンチェン・ラマが認定しないことには、未来のダライ・ラマ15世は永遠に登場しないことになる。そこで現在のダライ・ラマ14世は、中国共産党なんかに干渉されるような中国国内はもちろん、中国に支配されている現在のチベット国内には転生しないよ、と大見得を切ったのである。ああ、このドラマは、現在のダライ・ラマ14世の年齢と健康状態から考えて、まだまだ終わりそうにない。

 この本、小品ながら、とてもいろいろなことを考えさせてくれた。しかし、このブログにおいて、さて、このような政治的な時事的な分野に入り込みすぎるのはどうか、という危惧がある。いまはまだ俯瞰的な地球上をふわふわと飛び回っていたい、というのが本音というところだ。

この本のなかでは、あのマントラはこのように紹介されている。p139


オーム マニ ペーメーフーム






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Last updated  2009.03.31 12:56:18
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