初読よりつづく
「シャンバラ」
勇者の道 <再読>
チョギャム・トゥルンパ /沢西康史 2001/06 めるくまーる 単行本 241p
★★★★★+★
年 末も押し迫り、なにかと気ぜわしい。読書もブログもままならない状況が続いているが、どっちみちこのブログも一定の目標をクリアして、次へのステップへの歩みが始まっているところだ。締めくくるものは締めくくり、また新たな気分で新年を始めようと思う。来年のことを語ると鬼が笑うので、まずは、今年中にやらなくてはならないことはキチンとしあげよう。
「シャンバラ 勇者の道」はそんな中にあって、多忙を極めた今年一年ではあったが、ふと来た道を振り返り、新たなる明日への想いを強くするとき、自分自身を見返させてくれるよい本だ。このブログでは、チベット本は 「アガルタ」 カテゴリや 「オーム・マ・二・ぺ・メ・フゥン」 というマントラを追いかける道筋の中で100冊以上読んできた。しかし、その中にあって、たった一冊だけ、チベット本を差し出しなさい、と要求されれば、現在の私は、間違いなくこの一冊を選ぶ。
こ の本の最初の章で、シャンバラ王国の歴史とシャンバラの支配者たちにまつわる伝説を話した。そこで言ったように、この王国はいまも世界のどこかに隠れていると信じている人たちもいれば、この王国は喩え話にすぎないと考える人たちもいるし、ある時代に天の領域に移動したのだと信じる人たちさえいる。だが、私たちがこれまで話し合ってきたシャンバラの教えによると、これらの教えの源泉は---あるいはシャンバラ王国そのものは、と言ってもよいが---神秘的な天の領域にあるのではない。
それは宇宙的な鏡の境地、くつろいで意識を拡大させた人間ならだれでも立ち入ることのできる根源的な領域に存在する。この観点から見ると、リグデン王と呼ばれるシャンバラの支配者たちは、宇宙的な鏡の領域の居住者にほかならない。彼らは広大な心の知恵、ドララの究極の知恵の根源的な表われと言ってもよい。だから彼らは究極のドララとも呼ばれている。
「M y life in Orange」 も 「アメリカへの道」 も、このブログで読み進めている段階では、ちょうど1980年代初半に差し掛かっている。そのアメリカのボールダーにおいて、当時のチョギャム・トゥルンパは、この「シャンバラ・トレーニング」プロジェクトを進行させていた。 「スピリチュアル・データ・ブック2004」 では次のように紹介してあった。
チベットの理想郷、シャンバラ。本書はその諸説を追うものではなく、恐れを知らない勇者の道について説かれた極めてベーシックな本である。専門用語もほとんど使わずに、日々の中で、真っ当に、そしてスピリチュアルに生きるための知恵を教えてくれる。 「スピリチュアル・データ・ブック2004」p218
「世 界のスピリチュアル 50の名著」 にもチョギャム・トゥルンパの代表作 「タントラへの道」 を一冊あげながら、彼のプロフィールをこまかく紹介している。
街角やレストランで出くわしただけなら、誰も自分の話しなど聞かないだろう。トゥルンパは言う。しかし、彼がチベット出身で、トゥルンパ・トゥルクの11番目の生まれ変わりと知るや、突如押し寄せてくる。人は精神的助言者を見つけると、その素晴らしい師が宇宙の神秘への扉を開けてくれるに違いないと興奮するものだ。しかし、この興奮が冷めると、残念なことに、真のスピリチュアリティを求める道では、誰も自分を助けてくれないことを知る。独力で退屈な今を重ねてやっていくほかないのである。 「世界のスピリチュアル」p348
私 はふと考えることがある。新しいコミューンをつくろうと70年代からインド国内のあらゆる可能性を探求したが、それが不可能だとわかった時、Oshoが、ここでアメリカへいくのもいいかな、と新たなる選択を見出したとしたら、その時、アメリカでのトゥルンパ達の「成功」が脳裏に浮かんだのではなかっただろうか。アメリカにはまだまだ受け入れる余地がある、と。
そのころ、ボールダーでは、 パンタ笛吹 が「寿司三昧」を開いていただろうし、 ケン・ウィルバー が、「シャンバラ勇者の道」の原稿に目を通し、助言をしていた。そんなことをいろいろ機縁を感じながら、忙中閑あり、この本を走り読みした。この本、原書は決して新しくはないが、日本語版は2001年になって初めて訳出されたことは、それだけこの本に今日性があることを証明していると言っていいだろう。
フィンドホーンへのいざない 2008.01.24
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