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人間にとってある程度は必要なものですそれをどうやってつけるか、身に纏うかは、その人のやり方次第です自信がないときあの人よりもやっているとか言って他の人の悪口をいって自分を正当化して自信をつけている人もいます。これは、意外と世間一般に溢れていることで「あの人よりも(私はちゃんと)やっている」それは(ちゃんとあなたは)何をやっているのか?やっていること、それは正しいって自分で確信しているのか?ココのところを自分の価値観からしたら外部の人に言われてしまうとまたは、酒を飲んだり、ふとしたことをきっかけに考えたりするはずです。そんなときに自信を作ってくれた「あの人よりもやっている」は大して効力がなくなります自信は必要ですが悩むことも、もちろん絶対に必要です特に自分のような若手は迷うこと悩むことが成長するための材料なのですから大いに悩んだり迷ったりしなくてはいけないって思います。でも、自分の性格上もっと自信が必要だって思いました。人を貶めることなく、自分のうちから沸きあがってくるような自信が欲しいですそれには自分を映してくれる鏡が周りにいっぱいなくてはなりません鏡それは・・・。何ですか?ボクにとっては○○○です。そう思いました。あなたの鏡は何ですか?恋人、お客様、同僚?それとも・・・・。「自信、悪口、鏡」そんなことを考えながら今日も一日が終わろうとしています追伸、風邪気味です。私の鏡のみんなは映すといけないので必要以上に近寄らないこと!2006/04/25(Tue) 23:47...No.12
2006年04月25日
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実習以来の・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 長いと感じる一週間です。実習以来というのは、大学4年生のときの実習(小学校2週間)ですねその実習のことは日記ページnovels>「水にもどる」という日記にて書いてあるのですが、本当に充実して、子どもに感動(感じて動くという字のごとく)させられた日々でした。さて、最近の自分はというと、すごく楽しいのです教えることの難しさというのを、いつも感じてしまうような場面もありますがそれでも、有り余るほど楽しいのです。子どもの頃に自分が教師に求めていたことというのは「もっと、楽しそうに教えてもらえるとその教科の面白さがつたわるのになぁ」ってことです今の自分はその点で及第点はいけそうですわかると学びということで面白いわかると感情的に嬉しいわかると人生的に得をするこういったことをなるべく素直に不自然な感じをもたれずにおしつけがましくなく、共有したいと感じるんですね。さぁ明日は金曜日です。まだ一日あるから、がんばっていきまっしょい♪2006/04/13(Thu) 23:21...No.8
2006年04月13日
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自分のやること、やりたくないこと、やりたいことなどごちゃ混ぜになりながらも、日々たんたんとやっております。朝は最近少し遅くなってしまいます。でも帰ってくるのも少し遅くなりました。閉店まで粘り、やりたいことというよりはやるべきことをこなしています。やりたいことってのは中々時間が作れないものなのだなぁって思います。ただ、それでも時間作らないとあっという間に一年が過ぎてしまうだけだと10月の最終日の電車に揺られて考えていました。11月ですね・・・。この間、しばらくぶりに親父の同僚だった人と話をしていたら「顔が社会人になってきたね」って言われました。ボクがその時どう思ったかというと、ただ単純に嬉しく思いました仕事が認められた訳でもないし、実際にどのような働きをしているかもまったく知らない人ではありますが、7年位前からボクを知る人に顔つきが変わったということ指摘されボクはなぜか少し嬉しくなったのです。(ただ、疲れた顔をしていただけかもしれませんけどね・・・。)これはたぶん、認められたいっていう類いのことを思っているのかもしれません。それはたぶん、今している仕事に対しての自信というか確信がないからかもしれません。きっとたぶん、まだまだ甘えん坊でアマチュアでプロなんかじゃないって思います。=================オススメmusic「Three Cheers For Our」 一曲目の「ハロー」はすごくよいです。メロディーもいいし、とっても軽快ですが、軽くて薄味なわけでなく耳にもすごくよく残る、そして後味がよいのです。季節はちと違いますが、ドライブには素敵な曲です。車に積んでください。でも、あんちの人も多いかと思います。2005/10/31(Mon) 22:30...No.8
2005年10月31日
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05/10/27(thu)★ 今年24 回目の更新です 「次回更新は10/17の予定です。」なんて公言しておきながら、時は流れること10日ばかりして更新しております。 校内の所属ブロックの研究授業が終了しました。終わってみて授業者の先生と話していておもったのが、言葉遊びのようなテーマが多くあると、ねらいが絞りにくく欲張ったことになり、結局のところねらいがあいまいになったなぁって思いました。 ボクの管理訪問の為の見せる授業に関していえば、習熟度+自己評価&選択能力を養う授業ということになります。その指導案を書いたり、日々の授業にあくせくしたり、ビデオ編集とかhp作成とかしたりしています。 学校自体は音楽会が明日あって、その後は少し落ち着いた日々になりますが、学校公開日やら色々あるようで、11月は5日連続で学校があるのが一週間しかないという、子どもにとってこれはいいのかな??って思わざるを得ません。 というのも、休日に子どもが刺激をうけて過ごせる場所、というよりも学んだり、感じる環境というのがゆとり教育っていきなり始められてから、10年近くして全然整備されていないような気がします。大人が子どもを食い物にして、それで見える学力(ペーパーテストの点)が落ちたから塾などに通わせる親、なんだか狂ってますね。 子どもをよく見て、子どもに付き合ってあげる、その中で上手に行かなくてもやりとりを続けていかないと子どもは学び方を教われないような気がします。だから、子どもにつきあってあげたいって思う(ホントは子どもにいろいろこっちが教わったりします)ボクのいる学校にもっと子どもを預けてください。 そんなことを最近のボクは思っています。2005/10/27(Thu) 22:36...No.7
2005年10月27日
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というわけで、とりあえず夜は結構寝れてそのおかげで、最後のコース別の登山も楽しめたものですこの日は少し雨が降ったり、雲がかかっていたのですが致命的な雨ではなかったので、子どもにもちょうどのよい辛さだったでしょう子どもの一人はちょっとした丘で、遠くの山を見ながら「ずっと晴れた山だけを見ていたので、こういった山の景色もいいね」ってなかなかわかっていますね。そのとおり、今回は恵まれた登山だったんだからこういった雨の山の姿を眼に焼き付けて、体で寒さを体験し、足をとられて転んだり山を自然を少しでも体感してくださいね少し緊張が取れた自分は蜂の巣がないことを確認して子どもの頭上の木を揺らして、集中豪雨を降らしてやりました。「きゃ~、先生~」なんて、楽しいもんですね。へへっ♪バスの中ではドラえもんのビデオを見ていました。子どもと一緒に、バスガイドがアニメ声だったので子どもにアキバさんなんて名づけられていたのが少しうけたです。とにかく、何事もなく帰ってこれてホッとしています。ボクも楽しめるところ多くて新鮮でたのしかったなり。2005/10/16(Sun) 21:49...No.6
2005年10月15日
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というわけで、消灯時間が過ぎた後に一回見回りほぼ寝てないです興奮状態なんですね、自分のことを振り返りまぁ仕方ないという思いでしたがとりあえず「寝ろよ」ときっちり灸をすえる言い方をしました。反省会に行く前に、子どもの赤城で書いたはがきをちょっと離れたポストまで出しにナイトハイキングに行きました。お願いされたら「イエッサー主任さん」というしかありません、まぁあまり怖がりではないのですが、湖がとても幻想的でした霧のようなものがたちこめているのはとても気味が悪く、時折だれもいないのに人間や動物の立てる音が聞こえてくるのはなんともいえないものでした。その後、1:30 3:00 5:00と目を覚まし、先輩を起こしたりちょっと子どもの様子を見に行きました。風呂はちゃちゃっと入りましたがあまり疲れは抜けず、気を張るままに布団に休憩って感じなんですね==========自分の時は全員が検温したりすることなかったので今はそういったことすごい大変だなって感じました子どもの扱いがホントデリケートなんです。それには新鮮というよりは違和感でした。========== 次の日はメインの山に登る途中でへばる子どもは3,4人でたのですが山頂での素晴らしい眺めは子どもにとっていいものだったのでしょう遠くの山を駆け上がり向ってくるような雲は堤防を乗り上げる雲の波のようで、そんなことを子どもに言ってみると「ホント海のような空だね、先生」だってうん、ホントそうだね、そして、下山後、二日目の夜を迎えるまえに肝試し大会決行!最初は先生のいない部屋を見回りしていたのですがお化けに疲れた先生に代わり、お化けに変身!3人泣かせてしまいました。なんでも声が怖かったそうです。サークルの時もやったことあるのですが怖がらない子に対しては、すごく腹が立つというちょっと理不尽な感情がこみ上げるのですが、10月の夜の寒い中に茂みに隠れるのはつらいものですしまっている間は妙に人生を考えたり、哲学してしまうのですねそして、ガンガン泣いている子を慰めて、夜が始まりましたが今日はさすがに一日中歩いていたのがあって、サクっとねてくれました。2005/10/16(Sun) 21:35...No.5
2005年10月14日
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一言でいうと、「とても新鮮」でした何が新鮮だったかというと、これまで子どもとの接点の多くは算数の授業が基本だったので、寝食をともにして、子どもの素顔やそぶりをみていると授業では見られないところまで見ることができました。登山がメインだったのですが快晴で、群馬の山から富士山が見ることができました。ボクは勝負どころでは晴れる運の持ち主なのです。初日は前日のサッカー観戦のおかげで起きたときはだいぶ眠い感じがしたのですが結構早くに学校に到着して、色々準備していたのですが、子どものころは主要イベントの時に、最初に学校来る人の顔を見ることはなかったのですが最初に来た子供の緊張した顔つきがとても新鮮で、「ん~、この子が早くくるんだ」なんて荷物を出しながら思いましたバスの中では、まとまらないバスレクを何とかかき混ぜて盛り上げてあげましたが、子どもの企画はホント企画性が薄いものですねまぁそれでも一生懸命なのだからしょうがないです。そして、もちろんバスの中ではゲロリン誕生です。でも、感心するのはうちの子たちは冷やかしたり不満を言ったりしないのですそこいらへんは自分の時とは違って感心したりするものです。ついたらすぐ入所のつどいをして、その後一発目の登山でした楽しくて仕事を忘れてしまいそうでしたが、後ろ前キョロキョロしながら集団で前についたり、後ろについたりしていました。頂は綺麗に晴れていました。後二日も楽しみな景色でした。ビデオをまわし、子どもの顔をとっていましたがみな楽しそうに満足感に浸っているようでした。夕食後はキャンプファイヤーでしたが色々盛り上がっていましたが楽しい時間は早いものですあっという間に予定時刻を越してしまい、主任により打ち切りが決定してダンスをかなり省略していましたが、まぁ満足でしょう引率しているボクなどにとってはこれからが長い夜となりました。(二日目につづく)2005/10/16(Sun) 21:18...No.4
2005年10月13日
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今日もしっかり働きました。できない子を専門になるべく見てあげているのですが連続するととても神経が疲れます。でも、子どもは素直で気持ちがいい子が多いのです。また、素直さゆえの怖さも持っています、無邪気な分だけ相手も自分も傷つけてしまうようです。家での鬱憤、学校での鬱憤すべて学校で洗い流していってくれたらいいのになぁって思いますよかったらボクがはけ口になりますよ、そんな覚悟ではいます。最近、思うことは子どものためにどれだけ頑張れるかってことです「あの人は仕事ができない」って年配の人に対してちょっと若手の人はいってしまいがちだけど子どものために手を抜いてはいけないことは抜いてないし子どもに対して、しっかり向き合っていたりするんだって最近よく気づきます。社会に出て、しかも公務員だったりすると自分の中のものさしってものが試されてしまうようです仕事ができることも重要だけど子どもに対する姿勢ってのはなかなか治せないものだと日々痛感しています故人・大村はまさんはおっしゃっていました。「児童観は年々深められていく、けれどもその人の指導観は変えにくいものである」もっと子どもをよく見てあげて、子どものために何をすべきかってことをしっかり持っていなくてはならないのです。そこから、自分に落として、それで自分を表現していきたいってすごく思います。そんなことを考えてはまだまだ自分は子どもを知らないなぁって思います。2005/06/06(Mon) 23:24...No.3
2005年06月06日
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今日は検診があったのですが無事に(?)済ませてきました。授業は遅れがちな子どもに真摯に教えていました。できなかった問題ができた時でも、そうではなくボクが冗談を言ったときでもどっちでもいいから子どもが笑ったときってさ、すっげぇ気持ちEんだよそれが明日の力になります、パワーなんです。明日はプール清掃です。ということで、オススメの曲は斉藤和義で「真夜中のプール」です。================================懐かしい情景、それは学校のプールや鉄棒といった過ぎ去っていたった日々の何気ないものたちですその情景とすれ違ってしまった彼女の結婚という出来事切なくしみわたるギターストリングと心地よくのび上がるボーカルがストレートに聴く人を打ちます。=================================彼の詞にあるような懐かしい情景をかき立てるものたちをいつまでも守っているのが学校にすむ人々の仕事です。2005/06/01(Wed) 00:09...No.6
2005年05月31日
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今日は連日のテニスや労働の疲れから朝起きるともうお昼に近い時間でしたコーヒーフィルターをセットしてお湯を沸かそうとしていたら朝からなんか無機質な着信音がなりました(ボクは親しくない人の着信は普通の音にして区別しています)朝からなんかバイト予定していたの忘れてたかなぁってちょっと液晶画面を見るのが億劫な気分になりましたがでもそこには「K宅」という文字があって、それで察しました電話を取ると、本人ではなく母親のホッとした感の声が飛び込みました「ありがとうございます、おかげで~」と続く感謝の念にボク自身ホントによかったなぁって思いました続いて電話に出た子ども自身の声はいつになく弾んでいて「受かりました、ありがとうございます」って手短に喜びを表し最後まで少しシャイでマイペースな雰囲気でした。でも、ボク自身もそのマイペースぶりに心配になり引き込まれて、卒論が終わってからは最もプライオリティーを置いて、こだわって指導させられました。本人には悪いけどお母さんの次にホッとしているのは実はボクなのかもしれません===================================こうして、家庭教師をしていた先の子どもが無事に志望校に受かり、カテキョセンターにも報告して来月からの指導はもう受けないことを告げて1つ区切りとなりました最近よい形で嬉しいことが続いているなぁ・・・。五日には最後のゼミとなるしなぁ学生生活残すは卒業式だけか・・・。と、感慨にふけりながらあっつ~いにが~いCOFFEEをいれて飲みました。======================午後に入り、自分の部屋の本を整理し始めて捨てるもの、ブックオフに出すもの、友達に譲るものそして捨てられずに持っていくもので分けていました。この作業もなかなか感慨にふけるもので、肉体的よりも精神的に疲れました数学をやる文系学生だったので、自分の大学でとったノートを捨てるとなんとなく自分の大学生活で得たものが形としてのこっているのか不安になります。とても・・・。でも、順調ではないにしろ、そしてずっとではないにしろ自分なりにベストを尽くしていると思っているのです。こんな風にして、大学生活という有り余る時間を与えられた日々を思い出しながら引越しの準備や来春に向けての姿勢を作りながら一日一日を大切に過ごしています。 それはまるで買いすぎたタバコを無駄にパカパカすって最後の5本くらいを慈しむように吸っているような人の姿のようですね。2005/03/01(Tue) 22:26...No.1
2005年03月01日
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家庭教師をやっていて、少しでも主体的にやってもらいたいと思って勉強の動機づけに夢について話したりするこんな時代のこんな日本の社会でそうやすやすと見つかるものでもないし容易に思いこめばいいというものでもないのですが・・・。だから無理強いはしないけどなんかきっかけになればよいと思い話はする大抵はとりあえず食って行ければいいやって応えるそのコを見ていると自分にだって「そのこと」は降りかかる思えば、人生で初めて有り余る時間を与えられた大学四年間の自分にとってちょっとかこつけて言えばテーマであった自分探し経済的な豊かさから生まれた生きにくさに近いもの昔の人が聞いたら、怒ってしまうのでしょう。でも、実際にそういったものが本当にあるし、感じられるのだから仕方ない親くらいの人と、つまりは50代くらい前半の人と話したりしても「今の子どもの選択が広くて大変だねぇ」と口にされることがあります。ゆっくり、じっくり、探せばいいと思う探すの疲れたら、踊ってしまえばいいではないかいつもアンテナはれなくてもいいからさ楽しむんだよ、丁寧にステップを一つずつ楽しんで顔あげてね、ゆっくり大きく、一歩ずつ。2005/02/07(Mon) 23:32...No.3
2005年02月07日
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ということで、来春の身のふりが決まりました大丈夫大丈夫といわれていたのでそこまでは心配してはいなかったのですがしっかりと答えをもらえたのでほっとしています。というわけで、このhpの位置づけというか今までのように好き勝手なことや見たままの事を書くことはできないので、どうしようかなぁっと思っています。まぁまだちょっと先のことなので編集しながら考えていくことにします。ちなみに、まだまだ探したりすると思います。私立の方も2月中は採用がhotになるのでそっちも楽しみにしています。私立のテニス強いトコとかいけたらいいなぁって気持ちがないわけではありません。ちょっと報告的な日記でした。2005/02/03(Thu) 00:52...No.1
2005年02月02日
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今、ちょうど13日と14日の中途半端な時間を訳あってすごしています。普通の人は夢の中で、起きにくい一月の寒い朝を数時間後を控えているのですね、ボクがこの時間に起きているのは卒論に苦しんでいるからではなくかといって、彼女とBEDで過ごしているわけでも不眠症なわけでもありません。13日に徳永英明を聞きまくっていたらとても懐かしい気持ちになり、寝る前にちょっとの気持ちで、先日同窓会をした4年5組のときのクラスだより集を開いてみたら、この時間まで読んでしまいました。==========================ボクは小学校を東北は仙台で過ごしたのですが中学高校と神奈川、大学は埼玉というように関東で暮らすようになりいつの間にか、とても関東人気質になっていたなぁと感じました。中学校のときに、最初の一ヶ月くらいかなぁすごくクラスだけじゃなくて、関東の友だちに慣れなくてすごく微妙でした、それは姉も感じていたことで高校生になっていた姉はよく仙台に遊びに帰っていましたが中学生のボクは逃げ場がないといったら変ですが急速に関東気質に順応していくことになりました。もちろん、小学校から中学校という子どもの成長の難しいといわれる時期であった為に感じられたことなのかもしれませんがすごく最初は戸惑ったような覚えがあります。===========================まぁ人並みにすれることもなく、中学・高校時代をすごして、大学生になり埼玉大学に入って、大学一年のスタートの頃になぜか、地方から来ている人などをうざったく感じている自分がいました。大学のちょっと経った頃に、自分でもその変化に気がついた。まぁ、気質とかだけではなくて一人暮らしの人にとって、友だちを作ったり、一緒に行動したりすることとても重要な安心薬なんだねって気づいたりしました。大学でサークルに入っていなかったらもっと尖っていたかもしれませんが人に恵まれたようで、本来、自分はあまり飾らないでいることの方が気が楽なことを思い出しましたが、完全ではなかったようです。==============================小学校に行った実習で担当の先生をはじめとしたいい先生に恵まれたり、もちろん子どもがいい子雰囲気だったこともあってボクは急激に自分の子どものころ育った環境を懐かしく感じるようになりました。そして、正月の同窓会の日にすごく楽しい気分になり自然体に「てっちゃん」に戻っていました。不思議だねぇ。鮭でもないのですが、自分の川が恋しくなってきました。勿論、だいぶ変わっていて帰るたびに悲しい気分にもなります。でも、なんかすごく胸が突き動かされるものが故郷なのですね。埼玉県の試験を受ける前にご当地問題対策で埼玉のことを色々調べてみたりしたのですが無意味でした。気持ちが入ってませんでしたから。===============================懐かしい故郷には山は蔵王山系があり、海は豊かな三陸、松島海岸があります。自分のことを知っている人はだいぶ少なくなってしまいましたがそれでも、恩師をはじめとした人がいてくれています。いつか、仙台で教師をしたいなぁと思う気持ちのままに日記にしてみました。2005/01/14(Fri) 05:11...No.12
2005年01月14日
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今日、カテキョ先の子どもが「Aくんが今日先生殴って、歯を折っちまった」っていってました。それを聞いて、ボクは傷つくだろうなぁって思いました。どっちが?教師も子どももどっちもだと思います、人を強く傷つけるとそれだけ、自分のことも傷つけているからこのような出来事があると、子どもにとって、忘れられない先生になるだろうし教師にとって、忘れられない生徒になるのでしょう=========================誰の身の回りにも暴力というかつい手が出てしまったりする人がいますがとりあえず、それなりに自分のやったことに責任をもたなきゃいけないですねしっかり自分も傷ついて、自己責任を思い知らなくてはいけないですねなんかの本でよんだのですが、人なんて生きていること、それ自体が自己責任自分の行動すべてに自分で責任を取っていかなきゃならないって=========================この生徒は普段から自分を表現しきれないフラストレーションにイラつきながら生活していたそうですが教師もまたフラストレーションがたまっていたそうです。歯でよかったと思います命まで奪ってしまうようなことになればやり直しのきかないかのような状況になるのでしょうだから、しっかり事実を噛み締めて自分のこぶしにのこる痛み相手の痛みに歪めた表情それに続く驚き・悲しみの混じった表情を瞳の奥でも、脳の裏側でもいいから焼きつけておきましょう==========================ボクは人を暴力で傷つけてしまったときに胸の中が暴れんばかりにモワモワ、そわそわ、ぐちゃぐちゃしてとても居た堪れないというかなんというか恋しちゃったときの焦れるのと少し似ている気もするのですがだいぶ違うようなものの気もするようなものです===========================これから年末に向ったりお酒を飲む機会が増えると思いますが皆様、気をつけてくださいね2004/11/09(Tue) 23:02...No.6
2004年11月09日
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昨日は先輩と飲んでいました。初めは二人でビデオを見る予定だったのですがどうもタイミングを逸して、酒を飲んで語って終わりました。音楽のこと、テニスのこと、教育実習のこと、人間不信のこと、旅のこと色々話してて、とても楽しかったです。実習の話はやっぱ盛り上がるもので子どもの話を肴にして、ボクはちょっと思い出しウルルン状態でした歳なのかな・・・。と、涙もろい自分に気がつきました。========================= というのも、子どもたちが唄ってくれたゆず「栄光の架橋」をチョイスしてくれて思い出して涙がでそうでした。他にも、エルトンジョン、リンドバーグ、ビートルズ、斉藤和義、つじあやの・・・なんかジャンルとかはないけどいい曲を聴いていました。 ==========================で、題名にもあるけれど信頼ということについて話していました自分の他人に犯されたくないエリアってのがあってとか人間の本音と建前、裏表とか人を信じられなくなったら・・・とか集団の中のルールについてとか話の内容はnet上では紹介できない個人的なものなどもあり、ちょっち勉強になりました。具体的な話とか経験談を話す議論ってのはやっぱ面白いし、共感するから他人の体験とかを共有できる気がして知識ってのをつける楽しさってのはこういうことなのだと思いました。============================人に裏切たりして、人を信じられなくなって自分のエリアに閉じこもってしまってもそこにとどまって自分ひとりだけになってもなかなかうまくいかなくて結局は一人じゃ生きていけないって感じるんだろうなぁって人の間に生きるから、人間として生きていけるんだろうって=============================人間関係ってのはホントに難しいものがあるのだけれどそれを円滑にしていくのにはポイントがあると思います。体験からくるのは人のいいトコを褒めてあげて人のだめなトコはその人が把握できるように自分が鏡になってあげ、気づかせてあげようどんなにいやな人がいても人のことを嫌って感情だけで遠ざけていると自分も同じ数の人間に放っておかれてしまうよ出会いを大切にしてさ、感謝してさ床屋の世界チャンピオンの田中トシオさんの言葉にはこういったものがあります。「あの人が私を嫌うのは、私があの人を嫌いだから」ボクはこれを見て、すごくドキッとした瞬間があります。2004/10/29(Fri) 23:15...No.18
2004年10月29日
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雨が憂鬱な火曜日外に行く気もしないし、膝が痛いです。ボクは膝がとても良くないので、あまりテニスが実はできないのです、知ってましたか??というのも、へんな所に軟骨が出ていて、お皿を傷つけてしまうのですというわけで、ストイックにテニスをやりすぎると歩けなくなります。(ホントな話です。)今日みたいに曇ったりすると膝がとてもギシギシして痛いです、高校生のころにMRIを撮ってみると、くっきり異様な骨が写っているので実はサッカー部に入ることを止めてしまいました。高校生の仮入部期間はなんとサッカー部に在籍していました。小さいころからの大好きなサッカーからテニスへと本格的にシフトしたのがこの頃です。テニスだとボールを蹴るのにくらべたら直接的な衝撃がこないのでずいぶん膝とのつき合いは楽なものでしたが、長時間走っているとやっぱり、ギシギシするんですよ。銀河鉄道999の主人公の鉄郎じゃないけどボクも機械の体がほしいと思いました。(膝だけでいいけどね・・・。)でも、今は外傷とか、膝とか、花粉症とか、枯れている声とかそういったもろもろのものと仲良く付き合ってきているような気がします。===================この日のフジのスーパーニュースでみたのですが、色々な障碍や精神的な病を持った方がお笑いをやるその名も「壊れ者」という団体があるそうです。彼らの合言葉は「病気だよ!全員集合!!」彼らの発信するメッセージは仲間に対して確かな影響力をもっているようです感動して、涙する仲間の人で会場は埋め尽くされていました。誰しも弱さとか持っているし、壊れ者と壊れ者じゃない人の境目なんてきわどいだろうし、ホント紙一重なんだろうと思います、ちょっとしたことで、もしかしたら壊れる(表現がよろしくないけど今回はこう使います)コトがあるのでしょうね。一人じゃない、仲間によって傷をなめてもらうだけでも漠然とした安堵感があるのでしょうフェニックスの会という熱傷をおった人と家族のための団体があるのですが、ボクもその団体の旅行に行ったことがあります。ボク以上に見える部分に熱傷をおった女性の方が精神的に強かったりボクよりもぜんぜんひどくない人が精神的に弱っていたりホントに色々なのだと感じました。============================教員を志した隠れた理由の一つはボクが熱傷を負った後に子どもの視線によりひどく傷ついた経験からボクは教員という親の次に出逢う大人という存在が熱傷を負っていることで子どもがいろんな人がいるってコトを知ってもらいたいということ教育実習初日に「見た目は悪いけど先生の腕とか別に問題ないよ」と担当の先生が言ってくれたことで、すごく子どもとの距離が縮まった気がしましたそして、次に出逢う火傷をした人にはとても自然に接することができることをボクは願っています。人の目につくところで働きたい、多くの人と出逢いたい、そして、熱傷だけじゃなくてアトピーでも、内的なものでも障碍でも、何でも中身が変わんないこととか知って欲しい。それが隠れた理由の一つ。============================2004/10/20(Wed) 21:56...No.11
2004年10月19日
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台風が過ぎ去ったのにぜんぜん天気が良くならないのはなんでなんだろうか??って思います。今日もまた雨が降ったの関東です。今日は附属小学校に研究授業を参観しに行って二年生の掛け算の導入、三年生の二桁同士の筆算の導入を見てきました。ずいぶん若い先生が付属小の先生になられたようで、でもその先生はとっても声がいい声していて、かっこよくて、いいなぁ~って思います。とっかえて欲しいよ。授業はまだまだ先生が引っ張っている形でしたが子どももしっかりついていくのがすごいと思いました。附属小学校でなければ成立しないような授業に思えました。なんてたって、ノートが本当にきれいだよ。=================授業の見方(てつ流)ボクは授業はうまくなりたいからよく授業を見るようにしています見るときは机の配置をまず書きます。それで、発言した子の順番に番号を入れていきます。ポイントの発問はメモっといて、→でそれに対する子どもの答えをつけた番号と一緒に書きます。んで、授業を眺めながら、集中していない子どもにしるしをつけといて机間指導の際にその子のノートを見に行くようにしています。見る場所は横で、前のほうに位置しておくと子どもと先生の視線のやり取りが良くみえます。大体こんな感じで観ます。あとは、自分も子どものつもりで見ることだったりなるべく指導案は見ないようにして授業だけを見てどう感じるかというのを察知しようとします。もし、何個も見たいときは指導案を見て山場だけを見ますが、そういった器用なことはまだまだできませんね。=====================これから、公開授業のシーズンなので都合が合えばどんどん行きたいと思います。ちなみに、リンクかなり増やしたので、ご覧ください。では、また。そうそう、画像は子どもからのプレゼントのカップです。これはボクが手紙の授業で泣かせた子どもがくれました。手紙はホントにうれしかったみたいですよ。(連絡帳にて親談)2004/10/12(Tue) 22:09...No.6
2004年10月13日
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教育実習生は挨拶する場面が多いのですがボクはそのたびに色々考えていました。日記に何か書くときのようにちょっとイイコト言えないものだろかってさ子どもにウケる話とかもいいんですが、ボクが小学校で聞いて納得させられた話とかをしようとしました================「コップの中には・・・」今さっきまで、コップの中には大好きなジュースが満杯にはいっていたのに気がつくと、残り半分になっていました。さぁあなたならどう思いますか?~くん、どうかな??→「もう半分しかないよ~」そうだよね、もう半分しかないって思っちゃうよね、でも、そういったときに「もう~」じゃなくて「まだ~」って思うようにしたらいいなぁって先生は思います。コップのジュースといいましたが、サッカーの試合で残り時間が少なくても「もうだめだ」じゃなくて「まだいける」ってプラス思考に考えるようにしてみたら、もっとがんばれそうじゃないかな??自分じゃなくてもいいだよ、誰かが困っていて、「もうだめだ~」なんて言っていたら「な~に言ってんの、まだまだだよ、大丈夫やれるよ」って励ましたら理由なんて分からなくてもがんばれそうな気がしませんか?みなさんは小学校三年生と四年生だからだいたい半分だねもう十分がんばりましたか?それともまだまだがんばれますか?先生の実習は今日を入れて残すところ二日になりました、でも、まだ楽しめる、まだがんばれます、もっと遊んだりしましょう♪=====================これはフロアで、最終日の前日に3,4年生に向けて話したときのことボクはコップの中の半分の水という話を校長先生にされました。なんとなく、覚えていました。誰か、覚えていてくれる子どもいるのかなぁって全部吸いきってしまったセッターの空き箱をみながらふと思い出して日記をつける。2004/10/12(Tue) 00:05...No.5
2004年10月12日
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最終日の夜、担任の先生が慰労会をしてくれました。慰労会なんて、ボクは申し訳ない気がしたのですけど年長者が誘ってくれたら、思いっきり楽しむのが自分流ですその場にはガッコの用務員の方も一緒で担任の先生(推定55歳くらい)、用務員の方(推定67歳くらい)、22歳のボクという面子で飲み会がスタートしました。年長者との付き合い方は結構慣れているのとよい年長者に恵まれてきたので、とても楽しむことができました。つまり、今回もよい方に恵まれたのですね========================店に入った後、先生がいった言葉「私はね、用務員の方とは仲良くしなさいと指導を受けたんだよ」と========================用務員の方の話はとても面白かったです中学校時代の話や高校時代、就職するときの話先生の話は新採用時や教員が今よりも自由に動けたときの話教え子が社長になっていて、リタイア後の自分を雇ってくれるといっている話ボクの話は小学校の頃どんな子だったかということ小学校時代はギリギリ体罰がのこっている感じの頃体罰といっても過度なものはあんまりなくて、子どももげん骨、立たされたりして当たり前だし、納得してるのです。親には悪いことしたら家に入れてもらえなかったり、ご飯を抜きにされたりテレビ(毎日30分しか見せてもらえなくて)を見せてもらえなかったりファミコンをやりすぎたり、隠れてやっているとおやじに金槌でぶっ壊されたりした話をしました。親から罰を与えられていることになれているし悪いことしたらしかられるけど、それでも誘惑に負けて親にばれないように友だちと悪さをするのです。モノがないから遊びを工夫して、友だちと遊ぶことで、小集団でのルールを覚え今考えると、それが小学校で学んだことですって話しました。今はモノがあって、ボクのときよりもずっと子どもが遊びに工夫する場面が少ないことや放課後に学校で遊ぶ姿がないこと悲しいねぇって話になりました。子どもの話になると用務員の方が自分の特権について教えてくれました「実は、ボクの前だと見られている意識が働かないのか 子どもの裏の顔がでてくるんだよね」子どもは先生の前ではいい子になっても用務員の方の前では裏の顔を出してしまうようです。だから、「~くんはホントにいい子で、裏がないとかわかるんだ」って教えてくれました。これが用務員の方と仲良くしなさいと指導を受けた先生からのボクへの最後のプレゼントでした。こういったことを気がつくと、すごく頼りがいのある存在だなぁって思います教員生活を始める前に知ることができて大変参考になりました。これは教員の人間関係もしかりだそうです。学校のことを本当に知っているのは用務員の方なのかもしれませんね。2004/10/10(Sun) 19:58...No.3
2004年10月11日
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今日、南浦和のおうちを引き払って雨の降りしきる中、両手に荷物背中からパソバックをぶら下げてやっとこさ、帰ってきました。休むまもなく家庭教師になってきてやっとこさ、今、web上に立っています。で、何から書こうか迷ってしまうほど、この二週間は充実していて最終日のお別れ会でボクが言った言葉の「今までの人生で初めてこんなに短い2週間でした。本当にありがとう」ってのが、振り返っている自分の頭に甦っている感じです。いろんなことを吸収して学ばせてもらってそれと同時に伝えたいことをどうにか伝えられたらって思っていて最終日の全体での挨拶では「嘘じゃなくて、実感として22年、みんなより10年以上長く生きてきて 笑顔、挨拶が人生で本当にずっと大事だと思いました」「だから、ずっと今の笑顔と挨拶だけは大事にしてください」と伝えました。================挨拶は何度も何度もする場面があったので、後ほど紹介したいと思います。付き合ってくださいね。================どういったことを全体に最後に伝えようか迷っていたんだけど10年ぶりに小学校に通うようになって、気がついたことを素直に伝えました。伝えたいことは全体に向けてじゃなくて個人個人に向けてとても多かったのです。クラスの子どもには「お別れ会ありがとう」にはじまり、一人ひとりのよさについて褒める、ところまで。お別れ会で一人ひとりに言葉をもらうと我慢なんてできなくてただただ、言葉にうなずき、感謝したり、笑いながら涙してしまった。子どもたちと泣けて嬉しかった。泣かなかった子 < 泣いた子 なんて思わない子どもの表現はホントさまざまだってコト毎日感じてたからただ、学校をでても後ろ向いたまま泣きながら帰っていく子どもと駄々をこねるように、ボクの名札を奪って走り回って返してくれない子どもはとても印象に残りました。そんな子を見てボクもまた泣きそうになりましたが、「笑え、笑え」「コラァ~あ、返せぇ~」っていうしかなくて本当にあの子達のおかげで先生にならさせてもらいました。=================水を意味する「さんずい」に「戻」という組み合わせで「涙」なみだと読むけど、何が水に戻っていくのだろう。=================本当にありがとう、また逢いたい。そして先生になりたい、やっぱり急いでもなりたいよ。いつか一緒にお酒を飲めるようになったり一緒に話をもっとできることを夢にみてるよ。今日の日記の最後は子どもの言葉で終わります。「先生と一緒に咲かせた花を枯らさないようにします。 だから、先生も枯らさないでください」 2004/10/09(Sat) 18:04...No.2
2004年10月10日
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って知っていますか?足立第十一中学校にある選択社会の授業です。これは生徒にとって身近なものから「よのなか」を覗いてみようという時間でゲストには色々なプロフェッションをもった大人がやってきます。先生でもなくて親でもない大人という斜めの存在の大人が教室に入ってくることが徐々になじみのものになっていけば自然と親も学校に入ってこれる(授業に招かれたりして)参加できるようにというのを目指しているそうです。本当に面白そうな授業ですね~だってハンバーガーの値段について話していたらマックの仕入れの職についている人が学校に現れるんですからそして、円安円高という為替のしくみについて分かりやすく勉強したり店長になった気分で、町の中に店を出店してみようとか(集客数、通行料、客単価等を学習)本当にハンバーガー一個で世界を覗いているんです。そのほかにも色々なプロフェッションを持った方を招きいれ身近なところから徐々に学びに近づけていっているのが凄くうまい授業で、本当に学ばせたいのは何かということをしっかり持って達成しているように感じられるだけの実践報告でしたよのなか科、どっかの大学の講義よりも優れた人材をコーディネートしてくるのは凄いと思いましたし授業自体の構成力がすごいですまねびたい。2004/09/21(Tue) 23:42...No.17
2004年09月21日
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今日はボクの大好きなジュンク堂に缶詰になっていましたもちろん、卒論のフレームをつくったり、参考文献を探したりホント本のデパートです、カフェまであるってのが凄いですよねで、この時間までかかりましたが何とか印刷まで終わりましたあとはシバかれるのを待つだけでしょう。怖いものです。最近は意識が高いので数学の話をしてみましょう♪=====================「指の数が・・・」もし、手の指の数が五本ずつじゃなかったら(六本のひともいらっしゃいますが)10進法という考え方がこれほど横行していなかったかもしれません指を折って数えるという行為は太古の昔から人間がものの数量を認識する際に使ってきた原始からのツールというわけですその単位が10だった。もし、指の数が6ずつだったのならと考えると少し面白いです10だと 2 5 で割り切れるので因数としては1 2 5 10がありますもし、12だと 2 3 4 6で割り切れるというのですこっちの方が便利ではありませんか??時間の単位は12進法を用いているのはわかりますよね?それと同じものが世の中に横行しているのはイメージしにくいでしょうそれほど、10進法が当然のものとして生活にフィットしているからね気づきもしないのです。進法、単位、因数というものは面白いものです。日常の中に実は色々隠されているのだから・・・。皆様の目の前にあるのもそうですよパソコンちゃんは2進法(1と0で表現される数)なのですがこれは結構知っている方も多いですね、さらに、メモリーについてはどうでしょうか??メモリーの最小単位bitというのは8個で構成されているのですだから、8の倍数だけが搭載されているわけです(256MBとか512MBとかね)もし、パソコンの原理を本当に墜落したUFOからNASAなりCIAが極秘開発していたとしたら・・・。宇宙人は・・・2本指??もしくは8本指・・・・。8本ってことはあのタコみたいな宇宙人のイメージ図は案外的を得ているのかもしれない数学小話おしまい=================どうでしたか?楽しんでもらえましたか?もし楽しんでもらえたのなら次回の数学の単元をリクエストしてくださいあまり難しいものはちょっと扱いきれませんがリクエストがあればがんばります。では~。2004/09/15(Wed) 04:27...No.13
2004年09月14日
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マジメな話ですいません学力低下しているとマスコミは叫びますが、そもそもそんな報道しているマスコミにおける学力の捉え方ってどのようなものなのでしょうか?推測するに、ペーパーテストの結果等のことを言ってませんか?受験戦争とか閉塞感とか学びの意味を問い始めたために中央教育審議会の答申に「生きる力」「確かな学力」というキーワードが含まれてきたのです。その生きる力とか確かな学力という言葉は前にも言いましたがなんとも捉えにくい言葉なんで、その説明のためのサイトすら存在しますそれはご存知でしょうか?=================確かな学力のサイトはよくできていて捉えかたや、それを育むための方針、方法というものがわかりやすく書いてありますそして、その中でも目を引くのが「その道の達人派遣事業」というもの理科や算数という子どもの意識調査で好きだという子どもの少ない教科の二つにおいてスペシャリストを公立の小中学校に派遣していこうという事業実際に平成15年から実施されていて秋山仁さんとかも協力しています(というか、仕事だね)==================「課外授業-ようこそ先輩-」というNHKの番組のような取り組みといってしまえばわかりやすいのでしょうねもちろん、あの番組に比べたらちょっとした制約というか教える側の目論見が含まれているのです。そのような事業に参加している秋山仁先生の講演を聴いたときに先生は「好きになるようにしてやることが大事」と一般の先生に語られていましたやっていることに成果を見出し、それでも自分だけじゃなくて現場の先生たちがレベルアップしなくてはならないのだということを提言していたと思います===================斉藤孝先生は「子どもに伝えたい3つの力」のなかでこのようにおっしゃっていました「あこがれにあこがれる」→「数学が好きな先生に憧れることで数学が好きになる」好きで教えていないと子どもも好きになれないっていうしごく、当たり前のことでしょう。で、教育実習を考えると小学校っていうのは難しいって思います音楽は好きなんですが、教科としての音楽は嫌いですレベルは違いますが数学にもそういったものを感じています本来、数学というのはテストで測りやすい教科ではなくてまた、必須な教科ではないのかもしれません芸術の分野であり、他教科にはツールとして広く関連しているもちろん社会数学という言葉があるようにもともとは社会生活から数学はできてきたのだから、やっぱり必須とされるべきなのでしょうかねぇ・・・。========================とりあえず、数学は受験のために勉強したりすることを離れたら頭使って問題を解くことを、数学を使う楽しさを感じやすくなるハズだって、数学の淡白で味わいのない部分だけが試験で試されていることが多いのだから、もっと味が濃い数学に出逢って欲しいですそういった点では、秋山仁先生の本はとても濃い味をしていると思います。では、こんなところで、数学の話はおしまい。さっきの話に出たサイトはhttp://www.japse.or.jp/tatsujin/index.htmlですんでちょっと覗いてみてください。2004/09/12(Sun) 01:54...No.11
2004年09月12日
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労働は・・・人を満足させます。バランスよく肉体労働系バイトを入れてバランスのよい生活を送ること暇はカラダを休めるでしょうココロも安まるでしょうが与えすぎるとカラダもココロも不安(←レーゾンテートルとは?)に悩まされるのだから不思議なものです。今日、一緒に働いていた東大の先輩、一橋のトモダチと話していたらなんとなく、自分との距離が感じられた。将来の話、社会に出て、出世することについて話していると鈍感になること、感覚をマヒさせること、そういったコトは、ボクのこれまでの大学生活とはまるでモスクワとナイロビのような関係でした。仕事、将来のこと、自分が本当に生涯をかけてやりたいと思うことそういったことおぼろげながら持っているべきだと思いました。=====================自分のことにフィードバックして考えてみると教壇にあがる姿勢として、どうあるべきか?教壇に上がった後の十年後の自分の像は?さぁ考えてみる教師として子どもの前に立つその時に情熱以外にきらきらしたナニカを持っていたいと思うそれでは来年の自分は何をしているべきか?それとも、情熱だけで未熟な自分をさらけ出して教壇に立つのかそれならば教壇に立つことだけに集中することが最優先なはずそれにしても、ボクの場合、自分側の及第点というものが存在するそれが最近のボクの中でのテーマ、自分への自信=======================自分がなりたい教師というのは義家先生の論に習う、転ばせて一緒に立ち上がる教育者というか、支援者だねまずは、自分がもっと転びなれなければならない人生で大きく転んだのは二度ほど幸運なことに親・家族・仲間に助けられたそして、そこから大きく学ぶ========================自分への自信なんて際限のないものでしょう生涯かけてもそんなものは手に入らないかもしれませんだから、悩んで学んでいかなくてはいけないしそれが転んで立って、また歩くというのの実践なのでしょう私立の教員適正、卒論、二度目の教育実習がいま、予定されているチャンスこれをどう迎えるかはちょっとわかりました。ちょっとすっきりしました。==========================2004/08/05(Thu) 02:16...No.6
2004年08月04日
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「車擦った~」トモダチがね、今日はボクの大学の駐車場に車で乗り込んでテニスを9:00→15:00迄やっていました。我ながらあきれるくらい疲れ、途中でHI↑になって振り回ししてくれ~い、なんて言ってしまい逝ってしまった。その後のカテキョも微妙にHI↑なまま勝手にノリノリでやっていました。そしたら、「先生、だれかとやってから来たの??」なんて口に出す最近の中学生、どうしてやろう??~~~~~オレ「おう、9:00→15:00で試合四発してきた」オレ「中学生には想像できないだろうが、4Pってやつだ」中3「先生、嘘でしょ」オレ「おう、テニスの話だ」~~~~~そ~いや、テニス終わったあとにトモダチと話したことを思い出した「疲れすぎて、やりすぎたのを後悔するこの感じはまるで、無理して3回Hしてしまったのごとき疲労だ」トモダチが言った言葉に相槌を打ちながらボクは2回でいっぱいいっぱいですって自己申告したよ。一回でも愛情を込めればいいのです、「一本集中ぅ~」、「絶対勝つよ」、「まだ、ここ我慢だよ」「声出していこう」、「Yes!」「Come on!!」そう、まるでテニスの試合のように掛け声掛け声、===================明日はバイトで倉庫で倉庫番のようなバイトしてきますわりがよくて、一緒に働く人選べて、ニュウバの靴が安く買えるので楽しいです。。。では、疲れた(↓)のでまた明日以降にお会いしましょう。読み返してみたら、すっげぇ駄文で申し訳ない。2004/08/02(Mon) 23:50...No.3
2004年08月02日
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誕生日プレゼントをもらいました、陰山先生の本です。彼は若いころ、といっても30代のころ周りからとても叩かれたそうです「出る杭はうたれる」という言葉のとおり彼はうたれまくったそうです。彼も人間、周りからの雑音に疲弊してしまい自分のやり方に自信を失ってしまいますそんな時に彼は、恩師の先生のところへ相談にいったそうです相談を受けた恩師は彼に対して次のような言葉を送ったそうです。「出る杭は打たれるのは当然、 でも、出過ぎれば誰も打たないんじゃないか?」自分が学びを深めたスタンダードから飛び立ち自分の考えを自由に経験からくる感覚を働かせて自由に実践し周りがそれをいずれ認めれば一つの核になる。格をやぶり自在を得る自在を経て核となる出過ぎればいずれは核になるのかもしれません。2004/06/29(Tue) 00:17...No.13
2004年06月28日
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先生って曲がありますがボクも職員室ってのがどんなもんなのかわかりませんねなるべくいい雰囲気を作って、いやすいものにしたいです教師は柔軟に他の教師との協力体制を作ってかなきゃならんのである程度融通の利く人間でなくてはなりませんねそれでいて、やはりけじめがないとよくないでしょう自分のことだけをして周りのことに執着しないような人間ってのは本来、教師には向いていない(ほかの職業でも同じですけど)のですが概して、教師は結構自分のことを優先している人が多いように感じますそれはボクの出会った教師がそういった人が多かったのですが、そうではない数少ない教師にあこがれたという面もありますかといって、教師は純粋に教師なだけでは魅力がありませんねなんか、輝くような一面だったり、視界が広かったり、いろんな世界を知っている教師は大抵好かれたりしますいろんな教師がいて、それでいて皆バランスを取るのが大人その環境のひとつが職員室であったり、教科の教官室でしょう社会に出れば、ただ単に正しいというものが見えにくい部活のような結束はできにくいのですが、正しいって思って馬鹿になって突き詰められる人が勝ち組と称される人間になるのでしょう。あなたは勝ち組ですか?2004/05/23(Sun) 02:59...No.11
2004年05月22日
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四月最後の日ですね、昨日髪の毛を切りまして、さっぱりとしました教員採用試験の願書が配布になりましたボクも今日手に入れようと思ったら、なんと今日は祝日で(というのも、大学が休みだろうが関係ない生活をしているので)支援教室が開いていませんでした明日友だちのおばちゃんバイトをした後に取りにいこうと思います。先日の家庭教師をやる前にさらにひどく喧嘩をしました子どもも親とうまくいってなく、その日も勉強どころではなさそうな顔をしていたので(母子家庭で兄弟と離れて暮らしているのがネックなのですが)「先生、むちゃくちゃ喧嘩してて、なんかイラついているんだよね」って導入からいきなり言ってしまいましたすると、子どもも子どもでボクが課した宿題をやっていなかった理由は親とすごく喧嘩していたということを素直に言ってくれてかつ、その内容を具体的に話してくれました10分ほど、いろいろ話していると徐々にその子の状況を知ることができましたそして、ボクのもうひとつの使命とされている母との「架け橋」ってことでかなり前進ができました勉強のほうは30分延長戦(無償でやるのはもったいないのですが・・・)を行いまして、楽しく勉強に取り組めました来年、教壇にたっていてもこのようにフランクに付き合えるようにしていきたいなぁだって、一緒の教室に一年間一緒に暮らしていくわけだからさ明日はLDの子なんで、効果的な教育方法をまた考えなくてはなりませんねそんで土日はお勉強をするわけです土日にとても晴れていたら、湯島天神にいってみようと思います学業成就のお守りをボクと二人の子どもに買わなくてはなりませんね家族円満というか、彼女との円満というお守りがあれば購入したいと考えもしますあぁ、なんだかな~。2004/04/29(Thu) 23:35...No.24
2004年04月29日
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今日は勉強→家庭教師→勉強という単調な日でした最近、携帯電話がほとんどお休み状態ですバッテリーが弱くなってきたので買い換えようかなぁと思っていましたが、「話せりゃええやん」って感じになってきましたそう、忙しさは去年と変わらないのですが自分からしっかりスケジュールを作れるのと急なものがないので、忙しくは感じないですね忙しさの種類ってのがあるのでしょうね勉強しているときに音楽を聴くことができますか?聞き方が悪かったです。音楽聴きながら勉強できますか???ボクの答えは「YES」です今日はBONNIE PINKの「LET GO」を聞きながら勉強に励みました。「LET GO」って言っても、ボクは家でヒッキー状態で机に向かっているしか策がない状況でしたのでどこへ行くんじゃ~って感じですが、夢に向かって「LET GO」って思えれば、まぁありかなぁとおもいます。家庭教師は順調に行きそうです明日のコは勉強がまったくできない子なのですがなんとか、習慣とコツを伝授したいと思っています家庭教師も来年を見据えたウォーミングアップですねなんだかんだ言って、指導計画や授業プランと発話考えてしまいますそれが、自然とできるのだから家庭教師やってよかったと思いますそう、明日も夢に向かって「LET GO」ですまだまだ机に向かってLET GO」しなくては・・・。そして、気づけばベッドに「LET GO」でしょう。2004/04/15(Thu) 22:51...No.15
2004年04月15日
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家庭教師をしてきました。今日のお宅のこどもは完璧にドロップアウトしていましたお母さんも先生に対して不信感を抱いていましたというのも、そのコのお兄さんが特別学級に入っていたのでそのコもLD(learnig disaverage←あってる?)扱いされていたのが母親には不快だったのでしょう当たり前です。ボクはそのコをどうしても成績もそうですが学校を楽しくしてあげられるようにがんばろうと思いますボクの地元ということもあって試験や先生を知っていることもあってどうにかできるのでは・・・ と思っています。教師は偏見を持っていはいけないって簡単に言う人がいますが、結構私たちの周りを見ても偏見とか差別的な眼を持った人はいますボクもそうかもしれませんしかし、そういったことで誤解やすれ違いをほっとくとそのコやその親にとってその先生は一生悪者でしょうそのコがであった先生の中には「わからないなら、塾に行きなさい」と言った先生がいるそうです子どものいったことだから、実際には先生の言ったことのどこを抽出したのかわかりませんが、親が聞くのはその抽出された部分のみだということ今日改めて考えさせられましたもちろん、抽出ではなくありのままであるかもしれませんボクもしっかり自分の発言に責任を持たなくてはいけませんね気をつけて行きたいと思いました。p.sわからないなら、塾に行きなさいというようなことをいう教師は公園のくずかごに捨ててしまいたい。だって、あなたは税金で雇われているのですよ。2004/04/09(Fri) 23:19...No.8
2004年04月09日
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この日は集中ゼミということでゼミの友だちと資料の印刷をするから午前から大学にいっていました集中ゼミではビデオにとった小学校の授業風景で教師と子どものやりとりつまり、発問や問いかけ⇔子どもの反応をみるのです絶妙な発問やつぶやきなどがあり、うまいなあって思いましたボクの教育実習を振り返ると、しゃべりすぎ、説明しすぎだとすごくわかりました教師と子どもの思考には差があるので質問の仕方が子どもの思考にあわない場合は聞き方を変えて行かなければならないのです子どもの興味を引きつつ、それを数学的な考え方へいざなっていくのが今の算数・数学教育のトレンドというか流れなのですちまたでは台形の面積が復活したことを切り口に文科省のやり方というもの、物議になっていますボクの考え方だと、教科書で多くを覚えることよりも基本をしっかり覚えることに力を注いだ方針というもの賛成できるものでした知識を多く蓄えることで満足感を得るようなことで本当の学力を図ることはできません。親を刺激しないように文科省もしっかりしたaccoutabilityを持ってください現場の先生にそれを求めすぎる前にあなたたちがしっかりしましょう。 そして、あまり現場の教師を振り回さないでくださいね。2004/04/09(Fri) 12:39...No.6
2004年04月07日
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って思います。勉強すれば資格なんて取れてしまうけど資質というのは現場に出ても一生備わらないこともあるでしょう資質というものどのようにして試したり、磨かなければいけないのでしょうか?ボクの母がこないだ、無免許でやっていた先生についての思い出を語ったその話では、就職に落ちこぼれて教員になったというその先生はいろいろな話をしてくれたそうです。父兄からの印象はあまりよろしくなかったそうですというのも、それは父兄が偏見を持っていたからと母は語りました。しかし、母や多くのクラスの子どもたちは彼のことを大変好きになったそうですほかの免許を持った先生以上に・・・・。母が言いました「その先生は本当に物語が好きだったし、 落ちこぼれってこともあっていろんな社会の側面を捉えていたから 私たちは魅力を感じたんじゃないかなぁ」このような話を聞きますと資格なんてただ単に社会に表面的に認められるためのものとしか考えられないです。他教科など、司書の免許というのはボクは結局取得していないのですが自分にそれだけのものがあると自信を持っていえないことも取得していない理由です。勉強をして、面白さや自分が好きでたまらないということを伝えられることそれが最低限度の資質だとボクは思います。数学だけでもその資質というのが大変難しいのに寄り道なんてできないなぁとおもいます。教師としても社会とつながっている教師になりたいからとにかく日雇いでいろいろなところに顔を出していろんなとこ覗きたいって思っています。だから、教員採用試験と同時に数学についても勉強しています。誰もが楽しめる授業をしたい、それが今の勉強の目的ですな。p.sテニスなら相当教えやすいんですがね・・・。テニスはメンタルも戦術も、コミュニケーションも学べるというすばらしいスポーツなのですから道徳よりも教えたいですね・・・。2004/03/14(Sun) 00:02...No.10
2004年03月13日
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その行き帰りで教採の勉強していましたんで、教育委員会と校長についてよく知りました校長って凄い仕事の量あるんですねでも、大体はもう活力の無いような人が経験上やっていたりすると思っていますそんなんで、柔軟な学校運営とか教員同士の協力関係の促進ができるのでしょうか?心配です。そうそう、校長になる条件というのは法律上(各条例などは考えないと)では結構緩和されている傾向にあります(2000年以降)もちろん、実際のところは知る由もありませんがね・・・。緩和というのは、なんと教員免許を持っていない方でも教育に関する職業に10年ついていると認められた人間については校長になる権利というのは存するということです。教育に対するどのようなポジション、つまり教育現場からの距離的なものを考えた立場がどんなものであっても関すると認められてしまえばいい訳です。ってことは、企業における新人研修というのも認められても・・・。ボクは正直言って、公務員というものを過信していません一般企業にいる優秀な人材というものをもっと公的な場所で活用すべきだと心底思っています「公務員は全体の奉仕者であれ」って文章が我らが憲法には明記されていますがボクの知る公務員の方には全体というにはあまりにも限定された人間に対してのみ奉仕者である人がいること、そういったこととても多く目に付きます学校環境を変えるのは別に免許を持って中身の無い人間ではなく資格なんてないけど資質のある人間がやればいいと思いますもちろん、実際を知っている人でないとあらぬ方向に行ってしまいますがでも、なまじ知っていない方が現場の人から聞く姿勢を発揮するのではないでしょうか?公務員の方、若輩者のtetsuの書いた無礼な日記をお許し下さいただ、そういった同僚を変えていくのも公務員の仕事であるはずですし目をつぶっていてよいということも無いのではないでしょうか?では、また学びつつ報告していきたいと思います。
2004年03月02日
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それ以前にあなたに夢とか人生の目標はありますか?「お前はどうなんだ」って思われるかもしれませんがボクはどうなんだろうと思いますボクの夢は普通に生きていたのでは実現できませんボクの夢は人生で「おぉこいつは!!」って思った仲間と一緒になって学校を作ることである(偉そうにね)それが夢ですね========================================今日「BRUTUS」を買って読んでました今号のテーマは 夢の値段 でした。とても面白い号となっておりました========================================自分だけの世界なんて築き上げることなんてできないつまり他人に干渉されない世界を作ることなんてできないっていうことはわかっているのですが最近の人間ってやつは自分の空間(スペース)ってやつを守ろうとするボクもその一人だと思います戦い続けない限りは体制とか組織とかはぶっこわせないはずでそれには相当な体力使いそうですね矛盾を感じて現場で働くのは大変だと思いますむしろいっそのこと自分だけの城を作りたいと思ってしまいますそう、高い高い城壁を作って 積み上げてまた積み上げて気がついたら外の世界から隔離されてることも気がつかずに・・・。そんなとこで育つ子どもが外の世界に適応していくとは思えませんねでも、今やっている個性を磨くとか大事にするっていう教育はそんな感じも見受けられるところが怖いですねつまり、生きる力との矛盾を感じるということです。結局何が言いたいのかわからない堂々巡りになってしまいましたただ、こう文章にしていくとわかることが一つありますそれは学校という城に立てこもっている教師にだけはなりたくない現実を知った、リアルな教師になりたいってこと矛盾と戦いながらその姿勢を持って子どもの中に立っていたいですそれがボクの夢ではなく目標なのかもしれません。2003/12/22(Mon) 01:06...No.14
2003年12月21日
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ボクは同じ大学同じサークルの一個下の♀と帰るとき電車が一緒になりましたなんでもHPについて、日常のtetsu3となんか雰囲気が違うという感想をお持ちのようでなんか不思議な感じがするそうです。まぁ基本的にはあまり自分を出さなかったり大学へ行く=二時間かけてプチ旅行そして降り立つさいたまの地では少しボクは本来のボクとは違うのかもしれませんまぁいわゆるよそゆきというやつでしょうか???なんか大学生になってから家と大学の距離がありすぎるためにその二つをつなぐ電車の中でボクは変身しているのかもしれませんスッパマンと同じなのかもしれません。ボクは埼京線とか小田急の電車内なのですがネ==============================================本音と建前じゃないけど自分自身の使い分けってしているのでしょうか無意識にしている人をよく見かけますが、というのも例えばうちの姉とかは電話に出るときは半音上がっているのが明らかです。これも一応建前でしょうね、普段は「もしもしこ~ん」とか街中じゃ恥ずかしいような受け答えしているのですがね~。建前ってうまく使えば周りから「大人だね」なんて言われたりするのがこのjapanという国にはよくあることのようですが何が大人だよという気もします。結局、矛盾、曖昧、本音と行動が一致しないことに耐えて核心に迫らない人が大人と呼ばれることが多かったりすると正直言って萎えます。ここはネバーランドじゃないけれど大人がもっといい意味で使われないと大人は来ないでって気もしますでも、最近は無邪気というのも凶器だなぁと感じることもありますやっぱ、物の道理を知らないというのは怖さを感じるのですが(そんなことを感じるのも年をとったせいかもしれないや)それを知って尚且つ、今まで以上に魅力的だったり信念を持って行動できるすばらしい大人という人たちにはやはり自ずと子どもが憧れを抱くのではないでしょうか???大人の定義が堕落していかないように自分もいい大人になりたいと思いました。。。。。==============================================追伸憧れの対象=大人親=子どもの憧れっていう単純な定義になったらかっこいいなと思います2003/10/17(Fri) 02:14...No.10
2003年10月16日
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ほめられて 伸びるタイプとしかられて 伸びるタイプがあると思いますがどちらがあなたにはよい肥やしになりますか???ボクは甘えん坊末っ子族なので前者のほうですもっとほめられたいという気持ちが強いのですしかられてこん畜生と思うのですがしかられまくるのよりはほめたおされたほうがいいです。特に今年一年間はとにかくしかられる場面が多かったので精神的にしかられるのにたえられないことが多いのです。もちろんさじ加減だと思うのです飴と鞭ですね虫歯にならない程度に飴をなめまくりたいしそふとMなのでたまにはぴしゃっと叩かれたいみなさんはどうですか??
2003年10月07日
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私もとうとう21になりました。二十歳はきつかったです。とにかくもっと日々を楽しくするためにはがんばらなければならないと思っています。今年の目標は楽しい日々を作り出すこと充実したものにすること、楽しむ余裕がないからその余裕を作るぞ!今日いろいろな方からお祝いしてもらってうれしかった。リアクションが薄いといわれましたが、こういったとき私は心から感謝しています良い人にめぐり合っている私は幸福者ですもっと幸福ものになるためにはがんばらないといけないです。とにかく前を向いて顔を上げて欲しいものは掴み取るやりたいことをやるという感じで行きたいと思います実習の話はまた落ち着いてから書きたいですちなみに私は3回も泣いてしまいました。自分でもびっくりしています。==========================バースデイメモくれた方だれですか?ありがとうございます。良い一年にしたいと思います==========================最近ジャパハリネット「満ちて来たる日々」を何度も何度も聞いています。ぜひお勧めです。
2003年06月25日
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文を書け汗をかけ恥をかけいい言葉のような気がしますボクはまだ三つ目しかかいてないような気がします今日自分の力量を痛感いたしました頭でっかちで、もっとテクニックや実践力が必要とわかりましたでも、初めての授業で思ったことは逃げ出したくなったけど、それでも教育実習はすばらしいと思います教壇にのぼり、黒板と生徒に挟まれると学生なのに教師になるボクがいました教師にはやはりなりたいと思いましたもっと授業テクニックも磨きたいけどテクニックではないところも磨かなければいけないむしろやはり大学生のうちはテクニック以外を磨くべきだと思いましただから、自分のやっていることは間違ってはいないと思います言い訳のようですがテクニックは現場で磨くしかないと思いました。理論だったり考え方、実践力、そして何よりガッツが必要です。テクニックは二の次ですな頭でっかちにならずにいろいろなことに目を向けて幅を広げないと、教室はもはや聖域という居心地のいい場所ではなく色々な人材が流れ込んでくる小社会になっていますからリストラではないが、必要とされなくなってしまいますよ~。明日も文かいて、汗かいて、恥かいて一生懸命ぶち当たるように触れ合って来たいです。とりあえず、がんばります。それと最近気がついたんだけどblackbirdの日記なるものが2個存在していますそんなかたがたもただ羽ばたくこの時を待っていたのでしょうか?you were only wainting for this moment to arise.
2003年05月28日
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やっぱやぁ~めた明日は攻めます授業失敗してもいいやとにかくやりたいようにいきます担当の先生や不可つけられるもんならつけてみなさい何回も実習に来てやる!!2003/05/27 21:38:56明日初めての授業です。緊張しますが、今日は寝たい二ヶ月前ぐらいから目の下がピクピクいうドラゴンヘッド病みたいなものをわずらっています極度のストレスがかかるととまりませんし少し疲れてるとすぐまたピクピクいいますとにかく明日はがんばりたいですそんな面白そうな授業はできないけどとりあえず成立していればいいかと授業案も面白みがほとんどありませんちょっと自分にも萎えましたがどうにか明日は乗り切りたいと後ろ向きな考えです明日とにかくがんばるから明日以降の自分に期待!!2003/05/27 21:34:43
2003年05月27日
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春なので大学にも電車にも人がいっぱいですまるで冬眠から覚めてお日様にこんにちはしている虫のようだ期待に胸躍らせるひとちょっと余裕がないひといろいろ目に付く今日この頃お久しぶりですtetsu3です。最近ちょっと鬱気味だったので日記休んでました。少し回復したので再開します。春になり鼻がむずむずしなくなりました花粉症ってつらいんですが、症状がでなくなるとすっかり存在を忘れるから童話の冬キリギリスのようですな大学生らいふも半分が過ぎたことに最近ふと気づきました。昔、校長先生の朝会での話を思い出す「コップの水が半分あります もう半分しかないやと思いますか? それともまだ半分あると思いますか?」そんな話をふと思い出します。次に思い出すのは45歳ぐらいを越えたころでしょうか・・・。大学三年生のメインは教育実習となっていますボクの実習は五月に控えています大学一年生の自分が教壇に立っているのと今の自分が立っているのとを比べて想像してみるがどちらかと言えば今の自分のほうがスマートな気がする気がするだけかもしれないけど、確実に二年間で年輪が増えているのは間違いないねそれが綺麗な円を描いているかは知らないけれど・・・。人とのつながりやコミュニティーというものに馬鹿がつくほどこだわり、お金を宙に放り投げてきたけど(諭吉でなく、漱石さんだけどさ)まぁそれなりに自分に帰ってきているような気がしますこれまた昔話で小学五年生のころの教師が言ったんですがブーメランの話を思い出しました「ブーメランを軽く投げるとすぐ帰ってくる(軽く投げると帰ってこないっていうのも話としては真実味あっていいのですがね・・・。)ブーメランを思いっきり投げると帰ってくるのはちょっと経ってからよ」この話はわかりやすくて大好きでした。遠くに飛ばすには徐々に距離を伸ばしていくことがとても重要だとボクは思っているが時に遠くへ飛ばせと強要されることがあり投げるまでや帰ってくるまでの事を投げる前に考えすぎて飛ばすことに億劫になることがありますな徐々に延ばしていこうよ!ってやさしく傍らで励ましてくれる介護者が近くにいることが普通の人間にとってはとてもありがたい。飛ばすのが好きでも遠くに遠くにと強要されると投げることもできなくなるのねん最近のじぶんは「もう~だ」という文句と「遠くへ遠くへ」という強要に悩まされていたのだと振り返るtetsu3なのでありました。P.Sプロフ春なので一新しやした
2003年04月16日
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最近人の上に立つために勉強しています人と話すのって実は難しいことですよねそれと同じように人の話を聞くのって難しいですね自分の意向をわかりやすく説明する力が日本人は乏しいとよく言われがちですがまぁ、確かに正しいと実感する今日この頃ですまた、人の話をただ聞くのではなく要点を押さえながら相手が伝えたいことを質問しながら聞き出すことも私たちは慣れていないでしょうもっと表現にこだわっていかねばなりません今までのように話していたら誤解を招いてしまいかねません大変な立場ですね表現能力をつけようと広く抽象的に言うと例えばどのようにしてどのような能力をつければよいのかイマイチ実感が持てないのですけれど要約して端的に伝えたいことを声に出して発してみたり文字に託して書いてみるまた、発言者に質問(応答、レスポンスを示せる)できるように人の話を聞いてみたり弁証法的に生きる質問を考えながら話の聞き方をしてみるそんな力をはやいとこつけたいものです鍛えないとつかないのですけれど鍛えれば必ずつくものなので気をつけていきたいと思います
2002年12月02日
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先生!!答えはひとつですか?改めまして今日ワタクシtetsu3は中学校に教育実習生の研究授業を見に行ってきました指導案を見ながら実際の授業の模様を後ろから眺めていましたがとっっっっってもつまらない授業でした付属中のまじめな生徒でなかったら間違いなく教室の一握りの生徒を残してみんな関心なく重力に負けて机を枕にしていることでしょうあれを見るとボクは来年の自分に不安を覚えます来年自分はどのような教育実習を送っているのでしょう?失敗してもいいから自分の目指すことをしてみようと思います楽しい学びの時間を展開するボクが動くことによってシーンが静かに動き始めていく動かし始めるのは生徒の気持ちそのうちボクが必要なくなるそんな時を生徒とともに生徒のように過ごしていきたい目標ですね給食大好きtetsu3でした2002/10/24 23:31:11あなたは神を信じますか??シュタイナー教育に興味を持っていろいろ調べていましたシュタイナーの人生や思想についても資料を見ていましたそういったことの中で1つ考えなければならないこと日本人の多くにとっては縁遠いことかもしれませんが自分の周囲には必ずある問題のことですそれは宗教です先日、ボクの友達Bが共通の友達Aについて「Aは~教を布教してくるから、頭にくるんだ」って言っていましたこれに対してボクは正直言って何もそこまで理不尽に否定しなくてもいいのではないか?そんな疑問に似た違和感を感じましたがあえて口に出して異議を唱えるようなことはせずただ聞き役にまわっていました。ボクの親はプロテスタントですが家庭の中にそれほどプロテスタントの色は入ってこないボクに至っては仏教の幼稚園に通っていたほどで特に親に何かを強制されたことはないのです強いて言えば、クリスマスミサによく行ったぐらいのものですAの家はAが21という親の影響を離れ去った年齢を迎えてもAが敬虔にその教えを身の回りの人々に説き、勧誘するほどの影響力のある教えを生活の中に習慣として取り入れてきたのでしょうボクがAの家の子だとしたらボクはほぼ間違いなく、いやたぶん絶対にBにA同様に理不尽に人間を否定されているのでしょうまた、BがAの家に生まれていたとしたらBはほぼ間違いなくA同様に自分の習慣を広めているのではないでしょうか??子どもが親にすがるその親が教えに従うそれはごく普通の生理的な子どもの行為でありそれはごく普通でありふれた行為なのですボクが何も知らずにクリスマスミサに連れて行かれたようにAは何も知らずに、知らず内に自分の生活や人間性・人格の大部分にその教えを染みこませていったのでしょうだからと言って宗教=怪しい、危ないという既成概念というものは人間を貧しくて狭いものにする恐れがあるのでボクはBの言動には正直言って悲しさ、味気なさを感じないわけにはいきませんでしたボクが宗教について多くを語る日はたぶん来ないでしょうその日はないと感じていますtetsu3でした2002/10/24 23:08:27
2002年10月24日
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シュタイナー教育ってどうなの??入門書を読んでいますが、教育理論として少し興味があります授業の展開としてかなり奇抜な実践であることは間違いありません中でも忘れることの重要性という箇所に興味を抱きましたボクは学校でやったことを日々復習するという立派な習慣を小中高と身につけることは出来なかったために試験前になると必死になってノートを頼りに勉強していましたがそれはテストでまともな点を取るためであって何かを身につけるための努力ではありませんでしたシュタイナー教育において一度習ったことを忘れて(完全にわすれるということではない)そのあとに再会するときにもっと深く学びながら確かな学力をつけるというものが重視されていますボクはこれはなかなか面白いと思いました試験前になってから慌てて点を取るためにメッキのような知識をつけるのではなく分からないままに放置することで関心という窓を開いておくということで、より再会の時の探求の欲求は増幅され学ぶ姿勢というものがより本来的なものとなるというのだから日々の学習がより気楽になるとともに窮屈なテストのためひいては受験のための学習というものから解放され、もっと主体的な学習になるというのは納得できるような気がしますまぁシュタイナー教育における教師のあり方や思想性や生徒の発達過程の捉え方そういったものものに関してはまだ納得という到達点にはほど遠いのですが・・・。結構面白い比較対象ができたことには違いないので比較しながらまた深めたいと思いますtetsu3
2002年10月22日
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あ~世界はこんなにも美しぃ~今日もいつも通りのごくありふれた埼京線に乗っていたら小学生の女の子が4~5人乗ってきました車内はそれと同時に普段の電車とは違ったにぎやかな雰囲気を帯び始めましたボクはそういった車内の雰囲気を変える何かにはいつも注目してしまいます注目している自分を他の誰かから見られているととっても恥ずかしいのですが・・・。ひとしきり飽きるまでその子達を見ていると近くにいたOLさん達の表情を観察していました生活に余裕のない人ならば少しうるさいその子達を怪訝そうに見てしまうのでしょうが今日その電車の中にいたOLさん達はとっても気持ちの良い表情をしていましたそんな表情に出会うと少し幸せを感じてしまいますはぁ~幸せ幸せこんな小市民tetsu3でした2002/10/16 23:41:26反面教師じゃダメですか?後期は面白げな講義が少ないため家に帰ってきて自分で勉強をしていますいつまで続くのかわかりませんが頑張ってみようと思っていますパウロ・フレイレ著「被抑圧者の教育学」という本を読んでいます抑圧者と被抑圧者との関係から自由や抑圧や暴力などの要素を取り上げ教師と生徒との関係に当てはめるところからこの本は始まっているようです第2章では銀行型の教育(詰め込み式の教育)と課題提示型の教育について論じています第1章を読んだ限りでもボクの経験上受けてきた教育というものがどれだけ受け身の教育であったかということを振り返り、堅苦しい内容にも関わらず結構納得する箇所が多いこと驚いていますフロム著「自由からの逃走」との共通する要素というものが多く前に読んだとき(途中で挫折)よりもスイスイと読めてしまうのが不思議でした今日学んだこと銀行型の教育を行っている教師にとって生徒に弱点や短所を指摘されるのは教師の展開している教育の破綻を招くがその瞬間こそが生徒の教師との関係が劇的に変わる瞬間でありその先に広がる段階というものは生徒と教師が対話を通して生徒は教師となり教師は生徒となる主体として教師が教室にのさばり客体として生徒が教室で黙している状況からの脱却になるのでしょうもちろん銀行型の教育を展開していた教師はそれを恐れ弱点を見せないように努めるのでしょうがそれは基本的に不可能な仕事であることは明かで隠しているような教師に接している優秀な生徒はそれに気がつかない振りをしてつき合ってくれますそのような覆面的関係からどのような学び合いが生まれるのでしょう?内申点というのは内心点ではないですよね教師が学び合う心をもって生徒に近づくことを恐れずに語り合う時間を作っていけることそれが大抵の教師の課題であると思いましたがそれには現職の教師の方々は雑務に追われ時間が足りないのが悲しい現状のように感じています時間を作るために教師の仕事を分業するのは多くの危険を秘めていますし問題というものはなかなか根が深いように思います弱点なんて見せてもひるまないぞ!!未来の教師学び合いのパートナーtetsu3からでした2002/10/16 0:47:22
2002年10月16日
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を今日はしてました。面接の試験官として面接の委員の先生のアシをしてました。試験を受けに来ている人たちは級によって、色々な特色があるのだけどそんなバラエティーゆたかな人たちをヒューマンウォッチングするのは楽しいです。普通に美人だったりかわいいコを見ているのはたしかに素晴らしいのですが、それ以外にもキャラクターの濃い人の試験前のあり得ないテンパっているさまを見ることはいとおかしです。委員の先生と仲良くなり色々話したら、「また一緒にやるときは色々よろしくね」と言われて、何となく嬉しかったです。たった一日(厳密に言ったら半日)でも、フィーリングの合う人だと仲良く慣れたりするものですね。またやりたいものですな。
2002年07月14日
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今日八~九時にテレ朝で放送していたウルルン滞在記みたいな番組を見ました。ユーゴスラビアの子ども達にサッカーボール(中古・リサイクル)をあげにいくというとてもいい話しを見て少し目頭が熱くなりました。ボールをあげているけど、同時に子ども達にみずみずしい笑顔をもらっているから意を決することなく何気なく足を運んでしまうらしい。ボランティアって本当にそういうことだと思います。自分のために動く結果とても相手を喜ばせることが出来るのはとても素晴らしいことです。ボクもボランティアはそういう打算で参加しています。無理しない程度にネ!人間ってキャパがあるので、それを越えない程度が一番楽しめるし(楽しむだけではないけど)、疲れないような気がする。七月三日は名波の日だったんですけどなにも試合がないようです。めざましテレビによると今日はソフトクリームの日らしいけど31アイスクリームは何も催しものはなくやり過ごしているようです。けちっ!!七味の日でもいいんじゃない少しいつもより辛くして色んなものを食べましょう。結果七味ソフトクリームなんか発案するかも知れませんねう~ん。たぶん売れはしないでしょう。だってちょっと昔とんがらCというドリンクがてんで売れなかった。覚えてますか??(のどがぴりっとするやつです)まぁ無理があります。だからソフトクリーム名波味ぐらいにしておきましょう。ちょっとした名波フリークに大人気かも知れませんよ。商品名 ソフトクリーム名波味成分 名波の汗と名波の乳しぼりたて賞味期限 アナタの我慢次第 取り扱い上の注意 生ものですのでお早めに!! もう一個注意 名波の汗入り、食ったら片足でしか球けれなくなる返品はききません、あしからず!!
2002年07月03日
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というプチ教育実習に行ってきました。中学生ってあんなに元気良いものかって正直ビックリしました。軽く中毒っちゃいました。それはさておき、担当の先生から指導案の作成のこと学級経営上の注意や技術のこと(↑経営って言葉を使うのはどうかと思うのですが・・・。)の講話を聞きながら、ボクのフレネ教育についてのレポートはどこに逝ってしまうのだろうか??と思いました。フレネ教育とは子ども達先行の自主的な学習を促す教育のことなのです。ちなみにボクは専らこの教育について学びを深める姿勢をとっています。附属中学という研究的立場をとる先進的な教育現場においても、教師先行は変わりませんね。確かに導入から本題に持ち込むスキルは見事なものです。でもね先生!それじゃあ先生の授業を受けている時だけだまされている時だけの発展性の薄い学習ですよ。いつまでも先生に教えてもらえる訳じゃあないのですから特に高校生になったときに数学でつまずく生徒が多いのだからこれからずっと1人でも楽しく学べる数学教育というものをどういう風に教えるかを考えてください。それと、今日行った附属中学というところは教科ごとにその教科教室に移動して授業を受け、ホームルームは割り振られたどこかの教科教室にて行うという形態をとっている。教科教室というのはまるで生徒達のcolorが出ていないとても無機質な感じのする空間でした。そのようなところでホームルームをするのは、給食をとるのは、トモダチとだべるのはあまり面白くないような気がするんですけど、どうでしょうか??自分の教室がないのはとっても嫌です。ボクは自分の教室から他の教室に友達を訪ねることを中学生の時は意識的にしませんでした。休み時間は自分のクラスでトモダチとだべってればいいじゃんって思ってたから♪結局、いじめの起きる確率を下げるためのずるい策略のような気がします。もちろん、気の合う人がクラスにいない人はクラスの連帯が強いと孤独かもしれないけど、そこでうち解けていくコトが出来ないのはこれからのことを考えると大変不利になるのでは??でもね、いっぱいの人とつき合うのがとっっっても苦痛だったり人に合わせるだけでクタクタになっちゃう人は比較的少なくないから、この形態は良い面も多いのかもしれんね。どっちだかわからんよ。ひとつ間違ってないと思うことは人と接するのが苦手だったり、集団でいることが嫌いな人でもやっぱり誰かに声をかけられる瞬間を待っているんじゃないかな??誰かっていうのは同じクラスのメンバーの誰かってコトだよ。集団が嫌いな人もひとりひとり接してくれれば気持ちも軽く会話できるし、一緒に動ける、距離も近くなる。でも、集団で何かしようと誘われたとき、集団ではちょっと嫌だなって思い、お誘いを断るとなんか申し訳ないなぁ~って思う気持ちが誘いを断るたびにつもりつもって、身動きがとれなくなるんじゃないのかな??その最悪のパターンが断ってばかりの自分は嫌われて当然で最近では嫌われてるんじゃないかなぁ??っていう幻想を作ってしまい、よけい独りぼっちになってしまう。こんなパターンは学校だけではなく、私たちの身の回りの生活集団にありふれいる光景なんじゃないかな??もちろん経営されてる先生は全く原因とかには気がつかへんけどね。こんなに長いの読んでくれた方ありがとう。ここまでよんじまったらその勢いで感想ください。
2002年06月19日
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今日は初めて先生と呼ばれて、恥ずかしいような気がしながらも、ホントに嬉しいような気がした。養護学校の小学部に振り分けられ、今日一日一緒に過ごしたのですが正直言って自分があそこまでのりのりな気分で参加できるとは思えなかったので振り返ってみると相当楽しかったのだなぁと思います。給食(定番冷凍ミカンもあり)を7年ぶりぐらいに食べることになってとてもワクワクした。そのうえ、昼休みに一番馴染んだ子と一緒にブランコをこいだ久しぶりなので、ちとおっかなびっくりではあったけど、段々に勢いをつけてこぎ始めたのですが、さすがに身長の問題があるから立ちこぎは出来ませんでした。ブランコは空に向かって、足から飛び込んでいくような感じがしてとっても気持ちよかった。もうすぐ二十歳になるオトコが言うのもなんなのですがネ!教育実習がまた楽しみになりました。ではでは明日もがんばりまっす!!
2002年05月29日
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明日から母親が中国にいきます。強制奉還されたのです。嘘です。ボクは養護学校に行きます。強制奉還です。それも嘘です。介護体験の一環です。最近はなんかとても立て込んでます。まぁそれは充実しているとも言うのですがネ!なるべくなら充実していない生活を送りたい。その方が予定外に面白いこと、素敵な体験、奇妙な出会いが出来そうな気がするから・・・。だから何も目的を持たないで電車に乗るのとかけっこうぉー好きなんですよ。自分に降りかかってくる変な事件を楽しむのは上手な方かもしれん。暇人じゃん!ってバッサリ切られるかもしれないけど、そんな不思議な放浪を家に帰って、ご飯を食べて、お風呂に入り、ベッドに行きさぁ寝ようというときに”ニヤリ”って思い出してしまうのです。そんな瞬間がたまらなく好きなんですよ。。。2002/05/29 22:21:18あたらしいラケットを買いました。おろしたてのスニーカーでのお買い物雑誌で見て気に入って、買っちゃった服を初めて着た日店員のすすめるまま切られてしまった前髪を初めて知り合いに見られたときバイト代をつぎ込んで買った新しいオーディオで初めて音楽につつまれるとき学校でクラス替えの発表が終わり、新しい教室に入る瞬間取りたての免許をもって、初めてドライブにいく日そんなワクワクがあります。2002/05/28 21:10:41
2002年05月28日
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夕飯を食いに近所の桂花楼という中華レストランに行ってまいりました。車が一台も家になくて、ひょこひょこ2人で歩いて行きました。かあさんと2人で歩くのは久しぶりだったような気がします。隣で歩いているかあさんをあらためて眺めてみると、なんか随分小さく感じました。今ではボクは175cmないぐらいの身長なのですが、いつ頃からかあさんが小さく感じるようになったのか忘れてしまったなぁ~。昔はなんかでかく感じたのになぁ~。とノスタルジックな気分になっちゃいました。昨日の一日遅れの母の日は結局本を彼女に贈りました。「なるほどの対話」という河合隼雄さんと吉本ばななさんの対話集です。結構喜んでくれました。ボクはかあさんとガチンコで何かについてよく話すそういった意味では良い親子のような気がするけどボクもかあさんもお互いの悪いトコつまり偏ったところを把握している。今日はボクが自分が一番お気に入りの講義を全く聞く気がしない学生に対して不満の声を上げていたら、「あなたもそれを実践してから、偉そうなことを言いなさい」と言われてしまった。確かにそうだけど、実践の場はなかなか作れないのも現状なのよ。清子さん。清子は続いて「先生になるに当たって一番大事な事は 子どもを好きなこと、あなた子ども好き??」とも言い、ボクは黙してしまった。今日は負けました。でも、わりと好きですよ。今はもっぱら老人の相手をしていますがネ!!
2002年05月14日
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