シニア世代のキャッシュレス生活
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西条八十作詞、服部良一作曲の例のあの歌。昭和24年に発表されたようだ。歌詞はと言うと 1若く明るい 歌声に 雪崩は消える 花も咲く 青い山脈 雪割桜 空のはて 今日もわれらの 夢を呼ぶ 2古い上衣よ さようなら さみしい夢よ さようなら 青い山脈 バラ色雲へ あこがれの 旅の乙女に 鳥も啼く 3雨にぬれてる 焼けあとの 名も無い花も ふり仰ぐ 青い山脈 かがやく嶺の なつかしさ 見れば涙が またにじむ 4父も夢見た 母も見た 旅路のはての そのはての 青い山脈 みどりの谷へ 旅をゆく 若いわれらに 鐘が鳴るオレも若い頃はなにかあればみんなで合唱した懐かしい歌なのだ。当時は「歌声喫茶」なるものが流行っていて、そこではもう定番中の定番だったらしい。「らしい」と言うのはオレはそこへは入ったことが無いから。ところで、なぜにこの歌がこのブログのタイトルかと言うと、実は、今の時期・・・本当に遠くの山は青いのだ。上の画像を見ていただきたい。雲を見下ろす山々は確かに青い。近くの木々は緑なのだが、距離が遠くなればなるほど山の緑は青く変色していく。作詞家という奴はこんなところにも感性を働かせている。やはり、タダ者ではないのである。我々が日常見過ごしてしまっているシーンの一つ一つが詩となってしまうのだ。が・・・いまどきの若者は、この歌を歌うのだろうかと言う疑問も沸いてきた。古い・・・あまりにも詩が古すぎる。今の若者の感性には響かないだろうね~。まず、「古い上着」など持っていない。仮に持っていたとしたらデニムのビンテージジャケットぐらいだろう。そんな物を簡単に「さようなら」なんて出来ないよな、高いんだから。「さみしい夢」という表現は現代社会にマッチしているように思える。偉大な夢を抱く若者はほとんどいないようで、「少年よ大志を抱け」が死語になりつつある今、夢は「さみしい夢」ばかりなんだろう・・・きっと。そして、この世の中に「旅の乙女」などどこを探してもいない。たまたまいたとしても、ネカフェで「神様」を探す家出少女くらいだろう?。それとて、乙女と言う印象からは対極の、体を張っての食と住の確保がお目当て。そんな現世でこの歌詞を見ると、あまりにも純真すぎてオレでも首を傾げてしまう。そう・・・歌ってしまえばなんでもないのに、詩だけ読んでいると妙に新鮮と言うか?、間が抜けていると言うか?。変・・・なんだよね。当時はやはり「古き良き時代」だったんだな~。そういえば、艶歌の歌詞って良く出来ているよね。女心なんて絶妙に表現されている。オレは艶歌はほとんど聞かないし歌わないので良くわからないが、石川さゆりの「天城越え」の詩なんて凄いね。あれは歌も良いけど詩のスケールが半端ではない。そして「津軽海峡冬景色」の一節もうならせる。「北へ帰る人の群れはなぜか無口で・・・」のところ。「人の群れ」と「無口」が並ぶことによって、「北へ帰る」という事が随分と重く悲しい事のように思えるよな。うつむいた黒い影の列が、重い足を引きずりながらどろどろと北へ向かっているような?。こういったのに感銘を受けるオレはやはり日本人だったんだ。さて・・・30日までは忙しいぞ~下を向いている暇など無い。わーかくあかるいうたごえに~・・・若くもないし明るくも無いけどさ!。
2011年06月28日
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