その日はとても蒸し暑く、夜中になっても一向に涼しくならず、少しの風さえもない、
よくよく考えると、気味の悪い日だった事を覚えています。
当時、バンド活動をしていた高校2年生の僕は、とあるオーディションで合格し、
これからプロとしての道を歩むべく、かなり気合いを入れて、精力的に活動していた
時期でした。3週間後に控えた大きなイベントに、出演が決定しており、
そのイベントに向けて、連日、練習や打ち合せを行なっていました。
それ故、深夜に帰宅する事が殆どでしたが、学業と芸能活動を上手く両立させる事で、
充実感に浸っていました。
その日も打ち合せが長引いて、深夜2時過ぎに帰宅しました。
毎日そういう状況が続いていましたから、かなり疲れも蓄まっていたと思います。
いつもなら暫くダラダラと無駄な時間を過ごしてから、ゆっくりとお風呂に入るのに、
今日だけはいつものペースでダラダラ過ごすと、そのまま寝てしまう恐れがあったので、
真っ先にお風呂に入ろうと決め、リビングに荷物を置いて、そのまま風呂場の入り口の前に
行きました。
ドアを開けると、脱衣所の電気が点いているのに気付き、
誰か消し忘れたな‥。
と思いながら、そのまま脱衣所に入りました。
お風呂自体はこの脱衣所にあるサッシを隔てた向こうにあります。
もちろん風呂場の電気も点いていました。
しかし、そんな事はよくある事なので、当然気にする事もなく、さっさと入ろうと思い、
服を脱ぎかけた時、
突然、サッシの向こうにある湯槽から、手桶でお湯を汲む音がしたのです。
‥カポッ‥‥ザザーッ‥。
誰もいないと思っていた僕は、少しびっくりしたのですが、すぐに
あれ?誰か入ってるの?
と尋ねました。しかし、風呂場からは、お湯を汲んで身体に掛け流す音しか聞こえず、
返事がありません。
家族は僕を入れて4人なのですが、その中でこの時間帯に風呂に入る可能性がある人は、
どう考えても高校1年の弟しかいません。
確信した僕は当然のように弟の名前を呼びました。
○○○か?
‥オォ‥。
いつもより低めの声で返事がありました。
なぁーんだ!早く言えよ! 次、オレが入るから、早くしてくれよ!
‥オォ‥。
返事が返ってきたので、脱衣所を出て、リビングに戻り、ソファーでゴロゴロと横になりながら、
テレビを見ていました。
テレビの音に紛れて、お湯を掛け流す音が聞こえます。
連日の寝不足が効いていたのでしょう。そのうちにそのままウトウトと眠ってしまったのです。
ハッと気が付いて起きた時はもう既に、時計は午前4時を指すところでした。
‥ヤベッ!2時間近くも寝てしまった‥。
テレビは放送も終了し、砂の嵐です。
寝呆けながら少しボーッとしていたのですが、ふと気が付くと、その、ザァーーー‥という
テレビの音に紛れて、
手桶でお湯を掛け流す音がまだ続いているではありませんか。
‥あ、あいつ!まだ入ってやがる!
2時間も入っている弟に怒りを顕にした僕は、眠いのも忘れて風呂場に駆け寄りました。
おい!何時間入ってりゃ気が済むんだよ!
と怒鳴りながらドアを開け、サッシを勢い良く開けました。
‥誰もいないのです。
僕はすぐに状況が把握出来ず、2~3秒茫然としていましたが、
すぐに我に返り、慌ててサッシを閉めました。
そして、脱衣所から逃げるようにして、廊下に出ようとドアノブに手を掛けたその時です。
誰もいなかった風呂場から、カタンと手桶を持ち上げるような音がし、またお湯を汲んだのです。
‥カポッ‥‥ザザーッ‥。
いい知れぬ恐怖に怯えながら、慌てて廊下に出て、ドアを閉め、リビングに戻りました。
ソファーに座り、気持ちを落ち着かせようと、冷蔵庫の麦茶を飲んだところで、
今起こっている事実を、頭の中で整理し始めました。
少し落ち着きを取り戻したところで、重要な事を思い出したのです。
…弟は3日前から、友達と泊まりで遊びに行っていて、明後日帰ってくるという事を。
桶は脱衣所の一角に置く所があって、
使う人が出して使用後は元に戻すルールに
なっています。
先程、脱衣所に行った時も、確かにいつもの場所に伏せて置いてありました。
それに、浴槽にお湯は張ってありますが、シャワーがありますので、そのお湯を使って
身体を流す事はしないはずです。
でもそれ以前に、浴槽にはフタがしてあるのです。
‥手桶に似た音‥? ‥瞬間に風呂のフタを外して、また元に戻した?
何かに結び付けようと考えても、納得のいく説明がつかないのです。
一瞬にして鳥肌が立ったその時、また聞こえてきたのです。
手桶でお湯を掛け流す音。
‥カポッ‥‥ザザーッ‥。
PR
Calendar
Keyword Search
Comments
Freepage List