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週明けに迫ったプレゼン作業の真っ只中、週末返上で働く仲間たちにすまぬすまぬとワタシは土曜日1日だけ休暇をもらい、白浜方面へ逃亡。今回のプレゼンの予定が入ってくるずーっと前から決まっていた家族旅行だったので、ただでさえ脆弱な家族関係維持のためにはプレゼン直前といえども、キャンセル困難なのである。白浜はちょうど2年前の旅行以来である。今回は、2年前に立ち寄れなかった自殺の名所で有名な断崖絶壁「三段壁」を視察してきた。白浜の三段壁というと思い出すのが高校の同窓生であった×君の話である。当時大学受験に失敗した×君は、しばらく傷心の一人旅に出ていたのだが、後日帰ってくると様子がおかしくなっていたそうである。うわ言のように訳のわからないことばかり口走るので、不審に思った家族が彼を「お祓い」に連れて行くと、どうやら彼は旅の途中でこの三段壁にふらふらと立ち寄ったそうで、その時に、昔ここで投身自殺した若い女性の自縛霊にとり憑かれたというのである。お祓いがうまくいったのか、その後彼がどうなったのかは知らないが、三段壁はそういうコワーイ噂の場所なのである。そういう場所にワシらは明るく朗らかに家族旅行なのである。 三段壁の崖に近づくと、この看板がちょっと待てと言う。いやいやワシはそんなつもりじゃないんだけど。それにしても周りは団体バス旅行の観光客がうじゃうじゃいて、逆にこの群集が注目する中で飛び降りるのは非常に勇気が要るのである。しかし、崖の端っこには安全柵も何も無くて、根性試しでキワキワまで行くとオシッコちびりそうに怖いのである。おそらく高校生や恋人同士などが冗談で「わ!」とか言って脅かしっこなんかした拍子に誤って転落するケースが多発していると思われる。その後、もうひとつの観光名所「千畳敷」に移動。千畳敷というのは海岸にできた大岩盤が長年の海水の浸食で奇岩を形作ったものであるが、砂岩でできていて表面が削れやすいため観光客の落書きの彫り物が凄まじいのである。ある種SFチックな風景ではある。しかし白浜町のお願いは虚しく無視されているのである。落書きはやめよう。そして三段壁の近所にあったアロエの原生林は、さらにSF的な風景であった。
2006年02月25日
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パリのテンちゃんの話を日記に書いているうちに、突然ふとタイのヌンくんのことを思い出した。バンコクぶらぶら滞在中だったワタシは、ちょうど前日にパッポンのぼったくりバーでちょっとだけ悲しい目に会ったので、早々にバンコクを離れて南の島へと旅立とうと思い、必要な身の回りのものを買いに出かけた。サイアムスクエアのあたりをうろうろしていると、ひとりのアジア人女性が「私は旅行で来てるんだけど、パレスホテルの場所、知らない?」などと英語で話しかけてきた。たぶんこの近くじゃないの?と言うと、「ありがとう。よかったら、一緒にお茶でもどうですか?」ときた。よく見ると彼女、胸元ちらリズムの露出度の高い服を着ていたのですぐに「ははん」と思った。恐らく、ガイドブックなんかによく載っている、ツーリストをターゲットにした典型的な美人局(つつもたせ)である。もちろん、タイ人である。これでもし「いいよいいよ、ぼくヒマだしイクイク!」とか言ってアホみたいについて行くと、「どうせなら部屋にこない?」という展開になり、これまたホイホイついて行くと「先にシャワーでも浴びたら?」となり、うきうき気分でシャワーから出てくるとパスポートと現金とともに彼女も消えている、というパターンである。或いは、お姉ちゃんがいつのまにかこわーいオッサンに変身し、ベッドで煙草吸って待っている、というパターンである。「ボクはとても忙しいの」と、ややむかつき加減にお断りしてその場を立ち去り、近くのショッピングセンター「マーブンクロン・センター」に入った。巨大な店内をあれこれ買い物していると、背後から「ハロー」とまた誰かに声をかけられた。今度はなんやねんと振り向くと、ちょうど当時のワタシと同い年ぐらいのタイ人青年がニコニコ笑って立っていた。「どこから来たの?日本人?よかったら、フードコートでバナナジュースでも飲まない?」ときた。むむむ、おとこ?ばななじゅーす?このパターンは聞いたことないぞ?と思っていると、「ボク怪しくないよ」と彼は笑った。それがヌンくんであった。ヌンくんは、見るからにこざっぱりした服装で、童顔で育ちの良さそうな風貌であった。聞くと出身はチェンマイで、家は貧乏だったが今は自分でレンタカー店を起こして経営しているんだという。最近になって、バンコクにもレンタカー店の拠点を作り、この日はその仕事でバンコクに出てきているのだと言った。ヌンくんには年の離れた兄弟が何人もいて、この日はそのうちの一人を連れてきていた。「今は仕事がうまく回ってるからいいけど、いつまで持つかはわからないし、家族が食べていくのは大変なんだ」とぼそりと言った。最後に彼は、「今はまだ外国に行く余裕なんてないけど、いつか日本にも行ってみたいな」と言い、本当にワタシのバナナジュースの支払いをしてくれた。ワタシは短パンにアロハでつっかけサンダルという小汚い格好をしていたので、たぶん金なんかないと思われたのだろう。「まだしばらくバンコクにいるから、何か困ったら連絡してよ」と、レシートの裏に自分のポケベルの番号を書いて渡してくれ、そのまま爽やかな笑顔で去っていった。「なんだかわからんけど、どこの国にもいい奴はいるもんだなぁ」と思いながら、お陰でその晩ワタシは気分良く南国ビーチの島コサムイを目指して、スラーターニー行きの夜行列車に乗り込んだのであった。(つづく。 かどうかはわからない)
2006年02月22日
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打ち合わせに向かう雑踏の中で、突然ふとパリのテンちゃんのことを思い出した。はじめてパリに行ったのは、今から12年ほど前のことである。当時のワタシは社会人数年目の駆け出しで、当然ながら自分の意思で休みなどとれる立場ではなく、休日の予定も神のみぞ知る状態だったわけだが、その年のGW直前になって、思いがけず仕事がポッカリと空き、人並みにまとまった連休がとれることになった。さてどうしようかと思った。当然海外逃亡しかないのだが、数日ならアジアだが、1週間あるのでヨーロッパかなと思って旅行会社に行き、その時の気分で瞬間的にパリに決定した。いつものことながら、さして目的があるわけではなかった。現地につくと、やることはただひたすら散歩である。カルチェラタンの安宿を拠点にカメラとノートを手に路地から路地を歩き回り、メトロに乗ったり降りたり、裏町の食堂に入ったり、ブティックを冷やかしたり、路上ミュージシャンを眺めたり、カフェで何時間も過ごしたりしてぶらぶら楽しく過ごしているうちに、気がつけばあっという間に帰国日が迫ってきてしまった。そこでふと思い出したのが、日本から持ってきた電話番号のメモである。出発前に、妹から「何か困ったら連絡してみれば」とパリに住んでいる女友達を教えてもらったのだ。困ったことは特になかったが、せっかくなので電話をしてみた。「相当変わってる娘」と聞いていたのを思い出しながら公衆電話からダイヤルすると、電話の向こうで、ひどくスローでアンニュイな喋り方の女性が出てきた。少し話をすると、翌日の午後は彼女も時間があるとのことだったので一度会おうかということになり、翌日の夕方オペラ座の近くで待ち合わせる約束をした。どうせ暇だったワタシは随分早く待ち合わせ場所についてしまった。事前の情報と電話の声からはなんとなく、背が高くて少し陰のある女性を想像しながら、通りを歩く恋人たちなんかを眺めつつ相手が来るのを待った。約束の時間を少し過ぎた頃、小走りでこちらに向かって来る人影が目に入った。目の前に立った相手は、予想に反してかなり小柄で、アリンコのように複雑によじり上げた髪形で、顔はビョークによく似ていた。パリの街にはさほど違和感なく溶け込んでいたが、確かにかなり個性的な風貌。それがテンちゃんであった。テンちゃんは日本から語学留学で来ている学生で、パリにはすでに3年ほど住んでいた。やはりテンちゃんはなかなか不思議なヒトで、カフェに入ると、初対面のワタシに対してまるで昨日の話の続きを話すように、スローでアンニュイな口調でいろんなことを喋った。偶然にも、お互いの好きな映画や音楽などの趣味がかなり近いことがわかり、予想外に会話に花が咲いた。場所を替えて食事をしながら、テンちゃんは自分の今の状況をいろいろ話した。彼女には1年ほど半同棲で付き合っているフランス人のカレシがいるという。背も高くて男前なので、どうして自分と付き合っているのかよくわからないのだけれど、それがひどいDVの暴力野郎で、キレると殴る蹴るで凄いんだという。そのうえ、そのカレシは最近フランス人のモデルのおねーちゃんとも付き合いはじめたようで、あたしもうすぐ捨てられるのよねー、というようなことを遠い目をして話していた。ふたりとも結構飲んで酔っ払ったので、じゃあどっか面白いところに案内してよと言うと、テンちゃんが連れて行ってくれたのはアラブ人街の路地裏をクネクネ入り込んだややこしいところにある、ゲイの集まるクラブであった。甘い煙が充満する薄暗く狭い店内はゲーンズブールのリミックスが激しく轟き、まるでお揃いのように白いTシャツにスキンヘッド&ピアスというスタイルのゲイの兄さんたちがひしめいていた。我々東洋人のカップルは明らかに違和感があったが、周囲をみるとみなピースフルな笑顔で、ワシラのことなど特に気にもとめていない風であった。カウンターにもたれてジントニックを飲んでいると、隣の兄さんがやあやあと肩に手をかけてきてカタコト英語で話しかけてくるので、こちらもエエカゲン英語でたわいもない日仏親善酔っ払い会談に応じた。気が付くと、いつのまにかテンちゃんはフロアの真ん中でひとり踊り狂っていた。周りのマッチョなゲイカップルたちの谷間で、アリンコのようなテンちゃんが踊っている姿を眺めながら、これは随分シュールな状況だなあと初めは愉快な気分であったが、そのうちなんだか少し切ない光景をみている気分になってきた。パリで何かを始めようと思って来たテンちゃんであったが、語学学校に通う以外は、やくざなフランス人と無為に時間を過ごすだけの毎日に嫌気がさして、煮詰まった末のやけくそ踊りであるように見えた。夜も更けて店を出ると、昼間は汗ばむ陽気だった外気もすっかり冷え切っていた。別れ道の交差点で、じゃあ、とテンちゃんは少し笑い、ふらつきながらそのまま歩いていった。そんな彼女の後ろ姿を見送りながら「強く生きておくれ」と心の中で思ったのだが、それはもしかすると、当時駆け出しの半人前で日々世の中に翻弄されている自分自身への言葉だったかもしれない。それっきり、その後のテンちゃんの話は聞いていない。
2006年02月21日
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最近、世間ではぼちぼち話題になり始めたようでちょっと気になっているのだが、それは何かというと、今年の秋に東京に(大阪も?)オープンする予定の『キッザニア・ジャパン』である。キッザニアというのは、簡単にいえば「オトナの社会をそのままミニチュアにしたテーマパーク」である。以下、キッザニアの公式サイトのコンセプト説明からの抜粋である。おしごと体験タウン キッザニアキッザニアは、こどもがいろいろなおしごと、社会体験にチャレンジして楽しんでいく新しい形のテーマパークです。1999年にメキシコでオープンしたキッザニアは、その楽しさで現地のこどもたちに大人気に。小学校の課外授業としても取り入れられ、教育的効果も各方面で注目されています。そんな話題のテーマパーク「キッザニア」が2006年秋、日本に上陸します! 50のパビリオンの中からおしごと、社会体験選び!店員もこども。お客もこども!キッザニアは、現実社会そっくりのこどもの街。施設内には、空港、テレビ局、新聞社、警察、消防署、病院、獣医、銀行、美容室、お菓子工場、コンビニなど約50種類のパビリオン(お店や仕事場の施設)がこどもサイズで立ち並んでおり、こどもたちは自分の興味のあるパビリオンで、おしごとや社会体験にチャレンジできます。実物そっくりのおしごと体験各パビリオンでは、こどもたちの年齢や興味に合わせて、さまざまな種類、難しさのアクティビティ(具体的なおしごとや体験)が用意されています。パイロットになって飛行機を操縦、アナウンサーとしてニュースを読む、消防士になって消火活動、保母さんになって小さい子の世話をするなど、こどもにとっては大人の世界で一度は体験して見たかったものばかりです。道具からユニホームまで臨場感たっぷりパビリオン内のインテリア、設備や道具も限りなく実物に近く、臨場感のある環境がこどもたちの興味、チャレンジ心をかき立てます。働く前には、そのおしごとに関連したお話や働く上でのルールが説明され、こどもたち一人一人に役割が与えられます。ユニフォームに着替え、インストラクターからの説明をよく聞いて、いざおしごとスタート。大人はパビリオンの外からこどもたちの活躍を見守ります。いやー、素晴らしいコンセプト。なんか楽しそうやねぇ。おとなのせかいの疑似体験なんて、ぼく、とってもわくわくしちゃうなぁ。なあんてこどもの気持ちになってコーフンしながら街の施設や仕事を色々調べていると、なんかおかしい。「現実社会にそっくり」と言う割には、何か違うのである。だって、この街にはクリーニング屋がないよ。葬儀屋もないよ。清掃業も廃品回収業もサラ金業も屠畜業も精神病院も刑務所もないよ。いわゆる、どちらかというと世の中で敬遠されがちな職業は、ここにまったく入っていないのである。困るなあ、おとなの都合で勝手に隠しちゃあ。カッコ良くてわかりやすいお仕事を見せてこどもに夢を与えるのは良いけれど、「現実社会」のシミュレーションをさせるのが目的なら、これではちとバランスが悪いんでないかい?一方、仕組みとしてよくできているなぁと感心するのは、この街を構成する会社やお店は、実際の企業がスポンサードして商品や設備などを提供するのだという。施設側としては、「街づくりに、よりリアリティを」ということだし、企業側の建前は「社会貢献活動の一貫」ということだそうだが、本音はやはり金儲けである。施設には企業からのスポンサー収入が入るし、企業にとっては“体験学習”という体裁をとりながら、自社製品の情報を「こどもの頃から刷り込んでおく」絶好の場所なのである。よいこのみんなは、だまされちゃいけないよ。ま、こういうことに日頃から深く荷担している我々の業界としては、クライアント様の前ではこんなこと口が裂けても言わないのだけど。ただ、この「こども←→おとな」世界の逆転発想のアイデア自体は、なかなか悪くないと思う。なので、発展形としては「男女逆転の世界」とか、「健常者とハンディキャッパー逆転の世界」などの体験施設があったりすると、お互いに相手の立場でものを見る視点が育まれて相互理解が深まるので、より平和な社会づくりに貢献するんではないかなぁと思う今日この頃です。実際、本気でこどもに世の中の現実を体験させたければ、街を歩き、ひとり旅に出させるのがいちばん良いと思いますが。さあおいで、徹夜ではたらけ、こどもたちよ。
2006年02月19日
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昨日の深夜、仕事明けに打合せをしていたメンバーで遅い晩メシに出たのだが、午前1時のオフィス街で開いている店などほとんどなく、仕方なくチェーン店の焼鳥屋に入った。実はワタシは焼鳥が嫌いなのである。あまり旨いと思えないし、たくさん食べると(焼肉同様)気持ち悪くなるのである。「そこそこ旨い」と評判の店に連れて行かれたこともあるが、やはりどこで何を食べても別に旨いと思わないのである。なので、焼鳥屋に行くといつもワタシは、野菜系とかごはん系とかのサイドメニューばかり頼んでいる。この日もそうだったのだが、中でもこの店の名物「きゅうり漬」というのが旨かった。包丁で切ったのではなく素手でバラバラ引きちぎったような形状のきゅうりを、秘伝の特性ドレッシングで漬けてあるそうなのだが、味はごま油と塩で浅漬けっぽくしてあるようなものである。旨いわりに簡単にできそうなので、さっそく家でも作ってみた。まず、新鮮なきゅうりを買ってきて水洗いし、適当なサイズにボキボキ折っていく。ただし、この折り方がミソで、普通に真横に折るときれいな斜めの断面はできない。試行錯誤していて、これを布巾を絞るように捻じりながらちぎると、いい感じの断面ができることを発見した。本日の小発見って、コレだけの話なのだが、ちょっとだけ嬉しかったのだ。きゅうり2本分をこの要領でブチブチとちぎり、軽く塩もみをする。これを、断面を下向きにしてタッパーに入れ、上から全体にごま油をかける。さらに上から一味を適量ふりかけて、2時間ほど寝かせれば出来上がりである。漬物の作り方など知らないのでまったくのテキトー流なのだが、食べてみるとこれがなかなか店の味に近いものができたので幸せ。ビールのアテに最高。しかし、うちのオフィス内だけでも3人いるが、世の中には極度のきゅうり嫌いのヒトが結構いるらしい。臭いがダメなのだという。こんなのを食えと言われた日にゃあ気絶ものであろう。申し訳ないが、ワタシはきゅうり大好きである。ぽりぽり。
2006年02月18日
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朝から何か大事なことを忘れているような気がしていたが、よく考えると本日は神戸空港の開港日であったことに気づいた。かつて神戸市に税金を払っていた元市民の一人として運営状況を厳しくチェックするために、急いで初日離着陸の空き便を調べたが、既に当日分は全て満席であった。しばらく考えて、それなら空からチェックするのはどうかと思い、急いでスーツに着替えて会社には向かわず伊丹空港へと急ぎ、とりあえずすぐ離陸する飛行機に飛び乗った。しかし、本日はあいにく小雨まじりの悪天候であったのに加え、そもそも乗った飛行機が羽田行きであったため、神戸方面とはまるで逆方向に全速力で飛び立ってしまった。客室乗務員に「途中で飛び降りてもいいですか?」と聞こうかと思ったが、落下傘を忘れてきたことを思い出し、諦めておとなしく羽田空港に向かうことにした。飛行機が羽田空港に着いた瞬間、そういえば今日は東京で重要な会議があったことを急に思い出した。しかし、ちょうど偶然にもラッキーなことにここは東京であった。が、手帳を見ると予定の時間ぎりぎりであることが判明。駅のホームまで全力で走って電車に飛び乗り、電車の中でも頑張ってその場かけ足をしたおかげで、会議にはほんの5分遅れで滑り込みアウトであった。バレないようにこっそり潜入しようと思ったが、もともと参加者総数4名しかいない会議なので運悪く見つかってしまい、少々顰蹙を買ってしまったがそこは人柄でなんとか乗り切ることに成功した。会議自体は非常に中身の濃い革新的な意見が飛び交い、栄養ドリンクやお茶のペットボトルなども飛び交った。会議が終了しふと時計を見ると、今度は帰りの便の時刻が迫っていることに気が付いた。慌てて今度はタクシーに飛び乗り、さらに電車を乗り継いで、再び羽田空港に戻ってきた。やばい、あまり時間がない。 空港の出発ロビーへと向かうエスカレーターを登る登る登る。ターミナルの中を、走る、走る、走る。が、ここでまたしても重要なことを思い出した。ワタシの知人にトイモイさんというヒトがいるのだが、彼の情報によると羽田空港内に「ピエール・マルコリーニ」という高級チョコレートブティックが出店したとのことであり、昨夜もイヤというほどここのチョコを食べたのだが、しかし紹介されたからには行かざるを得ず、搭乗ギリギリの時間をさらに削る自殺行為ではあったが店舗を探して、さらに走る走る。あった!ピエールくんこんなところに隠れていたのかい。出発ロビーの一番入口に近いショッピングゾーンの端っこにあったため、一度気づかないまま素通りしてターミナルの向こうの端まで走ってしまい、もう一度戻ってきてようやく発見したのであった。 さすが人気の高級店、店の中は大繁盛でお客はワタシひとりであった。チョコはもう飽きたので、アイスクリームを購入することに決定。コンビニなら1個百円程度と思われるサイズのアイスクリームがたったの六百円であり、しかも購入単位は3個からであり、さらに保冷材は有料であるという事実に愕然としながらも、躊躇している余裕はないのでとにかく本日のほぼ全財産を投入してアイス3個買ってまた走り、手荷物検査場を突破し無事機内へと滑り込んだのであった。 戻りの便のシートに身を沈め、翼を眺めながら安堵の余韻に浸る。再び伊丹空港へ。 無事大阪に戻り、さらにひと仕事終えてさきほど帰宅し、ピエールくんのアイスクリームを開封。さすが強力8時間分の保冷材はギンギンに威力を発揮し続けており、カチンコチンのまま無事その姿を現したのであった。白いのがグレープフルーツのシャーベット、黒いのがチョコレートとアールグレイティーのアイスクリーム。しかし、甘いものは本日はもうノーサンキューである。むしろどちらかというと、空港の売店で買ったこっちの方がウェルカムな気分である。以上、報告おわり。
2006年02月16日
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昨晩から一睡もせずに貰ったチョコレートを食べ続けているわけであるが、これでちょうど千個目である。これは確か1粒で五百円はする高級銘柄である。ピエールマルコリーニ。これは旨い。さすがにさっきまで食べていたチロルチョコやアポロチョコとは、香りの奥行きが違う。それにしても、このペースで行くと全部食べるのに軽くあと一週間はかかりそうである。さすがにチョコレートジャンキーのワタシも鼻血で貧血気味なのである。これでは体がもたないので、大多数の女性を落胆させることにはなるが、来年からは思い切って勇気ある辞退を申し出る覚悟である。しかしこれはたぶん仕事が忙しくて疲れている妄想なのである。
2006年02月15日
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よく雑誌などで、「丸の内OLのバッグの中身を拝見!」とか「デキるビジネスマンの鞄の中身はこれだ!」なんて企画をやっているのを目にするが、他人のカバンの中身って何が入ってるんだろうという覗き見感覚で、実はこういう下世話な特集は結構好きでついつい見てしまう。以前、テレビの番組で、ある人物の部屋の中をあれこれ物色しながら、その部屋の住人の年齢、性別、職業などを当てるという企画があったが、鞄の中身だけでも結構そのヒトのプロフィールが想像できて面白いかもしれないなぁ、なんて新しい企画の話は置いといて、今日は特別にワタシの鞄の中身公開企画である。おっさんサラリーマンの鞄なのでさして面白くもないのだが、コレを熱心に見ているアナタも実は他人の持ち物が気になる覗き見趣味がきっとあるのであるよ。●カバンワタシが今使っている通勤カバンはこのトートバッグである。上の方に黒いのが写ってますね。ここ数年仕事用には主にトートバッグなのだが、これは持ち手がレザー、表面がバリスティックナイロンという防弾チョッキの素材で、肩からもかけられ長さが調節できる持ち手が気に入っている。●書籍類3冊も入っていて重いのだが、主に筋トレが目的である。ちなみに、「プロフェッショナルの条件」PFドラッカー(再読)、「国家の品格」藤原正彦(未読)、「乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない」橋本治(残り半分)。●手帳手帳カバーは毎年使っている革製の某おフランスのメーカーのものざんすが、中身のリフィルは毎年某出版社からタダでもらうお気に入りのものである。一時は電子手帳なども使っていたが、結局アナログの手書き手帳に勝るものはないのである。●ボールペン誕生日にもらったもので、自分の持ち物の中で唯一ネームが彫ってあるものである。ボールペンにしては極太字なのが珍しく書きやすくて良い。●入館証カード会社ではIDカードとともに首から下げている。これがないとオフィスに入れない。いちいちカードリーダーに通すのが面倒なので、早く指紋認証にしてほしいのである。●定期入れ某MUJIで買った安物であるが、ポケットにそのまま裸で定期券を入れていた時に比べ、定期券を無くす心配がなくなり重宝している。●キーホルダー家の鍵、クルマのキー、ビクトリノックスの七得ナイフがぶら下がっている。出張で飛行機に乗るときに毎回この七得ナイフを機内持ち込みできなくて、預けなくてはいけない手続きが面倒くさいのである。●財布某イタリア製の編みこみレザーの財布である。財布はだいたい5年ぐらいは同じものを使うのだが、妙にオッサンかわいいデザインが気に入っている。中に財布の値段以上の金銭が入っていることはまずほとんどない。●iPod mini主に通勤時に熟睡するために、外部の音を遮断する耳栓として重宝している。ちなみに最近は久しぶりにNIRVANAが鳴っていることが多いが、なにせ毎日寝不足で通勤中は寝ているのでほとんど聴いていない。●仕事の書類なんとなく心配なので会社でやり残した仕事の書類を毎晩、毎週末、自宅に持って帰ってはいるが、結局中を開けることはまずない。自宅でたまに気まぐれで取り出して読むふりをすることもあるが、そういう時に限って翌日会社に持っていくのを忘れて困る。●薬類ドライアイでコンタクトなので目薬は必需品である。肩こりで頭痛持ちなので、頭痛薬も手放せない。が、意地っ張りのやせ我慢でなかなか実際に頭痛薬を飲むことはあまり無い。冬場はリップクリームも必需品。●手袋毎朝、駅までチャリンコをこいで行くのだが、冬場は手袋がないと指先がちぎれそうに痛いのである。しかし本当にちぎれたことはまだないのである。以上、バッグの中身紹介おわり。あー、あとこの画像を撮ったデジカメと懐中電灯があったけど忘れてた。なお、本日バレンタインデーのチョコレートの山は別送で運送業者を手配しました。
2006年02月14日
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通勤電車の中で、思わず吹き出しそうになった。なにがって、コレ、今日読んでいた本、『オトナ語の謎。』である。これはもともと糸井重里氏が主宰するサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載されていた企画だそうだが、あまりの面白さにネット上での評判があっという間に広まり、特に社会に出て間もない若者や、これから就職する学生たちからの大きな反響により、ついに書籍としても出版のはこびとなったのだという。内容は、我々オトナが社会(会社?)であたり前のように日々使っている言葉が、いかに摩訶不思議な使われ方をしているか、ということをスルドく指摘した、単純に言うとあげ足取りの企画である。昨今、日本語の誤用をテーマにした本が巷で話題になったり、「最近の若者の言葉の乱れ」がどうとか言っているブンカ人や学者のセンセイやメディア関係者は大勢いるが、一方でワタシたち日本のオトナ(サラリーマン)が普段仕事で使っている言葉が、いかに異常なものかということの再発見をさせてくれるのが本書である。このオカシさ、異常さは実際の指摘を見てみないことには感覚として判らないと思うので、本書のほんの片鱗だけを勝手にいくつかご紹介させてもらおう。たとえばオトナ語というのは、こういうことである。『ケツ』森羅万象、すべての納期や締切や終わりをケツと呼ぶ。「ケツはいつですか?」「ケツはどこですか?」「ケツがありますので」「ケツが見えないな」「ケツを見せてください」『世界』オトナにはいろんな世界があるのである!「いや、もう、ほぼオーケーっていう世界なんですけど」「我々だけでは、どうにもならない世界があって」「あとはクライアントがどういうかの世界ですねえ」「ダメって言われたら絶対ダメっていう世界ですから」オトナはいろんな世界に生きているのだ。『にんげん』なぜ「人」じゃダメなんだ。なぜ「人事のにんげん」なんだ。なぜ「営業のにんげん」なんだ。なぜ「人」じゃダメなんだ。なぜ「外部のにんげん」なんだ。なぜ「人」じゃダメなんだ。なぜ「会社のにんげんに聞いてみます」なんだ。『さくっと』短時間で、簡単に、深い考えもなしに。「さくっとお願いしますよ、ひとつ」「そのまえにさくっとメシでも食いに行きますか?」「いや、さくっとやっちゃいましょうよ」「さくさくっとメシ食おうよ~」「いやいや、さくさくっとやっちゃいましょうよ~」オトナはなんでも、さくっと、さくっと。そういう音が聞こえた試しはないのだけれど。『詰める』問題点を見つけだし、話し合って解消していくこと。「そこんとこ、詰めないとダメですね」「ええ、詰めて落とし込まないとダメです」「じゃあ詰めて落とし込んだら投げますね」誇張ではなく、ふつうにこういう会話があるのだ。『3つある』なぜだかわからないが、たいてい、3つあるのである。「本日お話することは全部で3つあります」「その原因としては大きくいって3つあります」「この問題を回避する方法は3つあります」「お見せしたい案は3つあります」ちなみに、本命は、たいてい3つ目のやつである。『いちばんベター』オトナ語に文法を求めてはダメだ!意味を求めるより、感じるんだ!辞書を引くんじゃなくて、感じるんだ!『物理的』多くの場合、その後ろに「~に難しい」と続く。その場合、「私としてはやりたいんですけど」というニュアンスを含ませつつ「無理です」と告げる、じつにオトナ語らしいオトナ語となる。なにしろ物理的な問題だから仕方ないよな。だって物理的に難しいんだもん。後ろに「不可能」と続けると問答無用感倍増。「そこを半日でも早めていただけるとたいへん助か・・・」「物理的に不可能ですね」『費用対効果』それにかける費用と、それが及ぼす効果をくらべること。漢字を見ると納得だが、使われるときは「ヒヨウタイコウカ」というひとまとまりの、妙なイントネーションで使われることが多く、新社会人などは戸惑う。「ヒヨウタイコウカを考えると見合わないな」「もっとヒヨウタイコウカを分析しないと」ヒヨウタイコウカ。絶滅寸前の天然記念物ではない。『視野に入れつつ』企画には盛り込んでないけど、それが必要であることは知ってますよ、というアピール。できるかできないかはともかく、視野に入れるだけなら問題はないのだ。「経費削減も視野に入れつつ」「海外展開も視野に入れつつ」「世界制服も視野に入れつつ」「地球滅亡も視野に入れつつ」「輪廻転生も視野に入れつつ」 etc. etc…本書では、こういったオトナ語が、その他何百語にもわたって紹介されている。日本のオトナは、日々このように極めて曖昧な言語感覚の中で、時には何億も何十億も金が動くような仕事を動かしていたりするのだから、まったくもって不思議な世界であることよ。自宅で、家族とどうも話題が噛み合わないと思っているサラリーマンのアナタ、噛みあわないのは話題じゃなくて、もしかしてコトバそのものじゃないだろうか。
2006年02月13日
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忙しい。なんだかここのところ半端じゃなく忙しい。休日出勤の途中でオフィス近くのカフェに寄り、持ち帰りのカフェラテを買ったのだが、フロアに着いて先にトイレに入ったところ何かの拍子に手が滑り、買ったばかりのカフェラテを思い切り小便器と床にぶちまけてしまった。白と茶色のコントラストが、なんだかホラー映画の残虐シーンのような光景になってしまい、逃げるようにトイレを後にした。翌朝、掃除のおばちゃんが見たら仰天するだろうなぁ。すまぬすまぬ。最近またタクシーでの深夜帰宅が多くなってきた。疲れているので馴染みの運転手さんに「じゃ、自宅に着いたら起こしてください」と言ってぐーぐー寝てしまうのだが、不思議なことに、毎回、必ず、自宅に到着する手前の、最後の曲がり角を曲がった瞬間に、ぱちりと目が覚める。運転手さんも「不思議ですねー」と言うが、自分でも不思議である。いわゆる体内時計とも違うし、カラダが覚えているとでも言うのか、こういうのって何て言うんだろう。
2006年02月11日
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先日、所用があって午後から出勤する途中、最寄駅に隣接するショッピングセンターで昼食を食べてから行くことにした。手早くラーメンでもササっと食って行こうと思い目当てのラーメン屋に入ろうとすると、ちょうどお昼時で長蛇の列ができている。ありゃーと思い、飲食ゾーンの他の店を探すと、ちょど並ばずに入れる中華料理屋があったので、これ幸いと迷わず入った。本日のランチメニューである「ラーメン+炒飯セット」というのを注文しながらカウンターのイスに腰を降ろした瞬間、「しまったぁ!」と心で叫んだ。そーいえばこの店は前にも一度入ったことがあって、何を頼んだかは忘れたが、もうとにかくこれはいったいホントに食べものですか?というぐらい激マズで、半分も食べないで腹立たしく店を出たことを思い出したのだ。とはいえ、気が小さいワタシは今さら急遽注文をキャンセルして「やっぱ帰ります」と言って席を立つ度胸もなく、コップの生ぬるい水を飲みながらとりあえず「ラーメン+炒飯セット」が出てくるのを待った。前回からもう半年ぐらい経ってるし、もしかしたらちょっとは旨くなってるかも知れんしなぁ。とか、ひょっとすると厨房のオヤジは前と代わってるかも知れんしなぁ。とか、前に頼んだ料理だけがたまたま失敗作だったのかも知れんしなぁ。などなど、前向きでポジティブな想像をあれこれ思い巡らせながら待った。店内は意外にも満席に近く、待つこと5分。ようやく「ラーメン+炒飯セット」が運ばれてきた。まぁメニューがメニューだけに見た目はいたってシンプルな普通のラーメンと炒飯である。これなら特に問題あるまい、と思いさっそく箸をつける。ずるずるずる。う。・・・マズいっす(涙)。ダメだ。この間の抜けたスープの味は何だ。ちゃんとダシとってるのか?しかも微妙にぬるいし。麺も麺だ。初めから伸びきってコシがないのは何故だ。そういう麺なのか?などと落胆しつつ、食べるのが嫌になってきたので炒飯に移る。が、うぇー、これもあかん。なんでこんなにベチャついてるんですか。おまけに、全然味が薄いかと思えば、局地的にすんごい塩辛かったりして、味付け具合が激しくまだら模様になっている。炒飯を頑張って半分ぐらい食べたところでつらくなってきたので、変化を求めて再びラーメンへ。ずるずるずる。ん、マズイけど比較すると炒飯よりはやっぱマシかも。と思いつつ食べるが、しばらく食べると、うーダメだやはりマズい。口直しに再び、炒飯へ。アレ?やっぱラーメンよりこっちの方がマシかなぁ・・・。なんてことを何度か交互にやっているうちに、意外にも結局全部食べてしまった。なるほど、マズいものとマズいものを掛け合わせて交互に食うと次第にワケがわからなくなる、という計算で積極的なセット販売に打って出たのだろうかこの店は。それにしても、ふらふらと間違えて2度も入ったワシもワシだが、その他の客も満席というのはどういうワケだ。誰も文句も言わずに黙って食っていたが、リピート客もいるのだろうか。そういえば、調理中に見ていたら、何やら2種類ぐらいの白っぽい粉を中華鍋の中に素早く何度か投入していたが、あれってもしかして・・・。
2006年02月07日
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我々広告代理店の仕事は、基本的には与えられた課題に対して決められたプレゼン日に向かって、可能な限り最良の提案をするための準備作業を、プレゼン当日までの逆算スケジュールに従って着実にこなしていく、といういわゆる「締め切り稼業」のひとつである。なかでも、関係する各部門の中で一番最初に締め切りが来るのが、悲しいかな我々マーケティング担当である。昨今の広告企画の提案というのは、広告の面白アイデア一発で決まるということはまずなくて、市場分析を基にした広告戦略のロジックがしっかりしていないと、クライアント様はまったく聞く耳を持ってくれなかったりする。ゆえに、具体的な広告表現や付随する販促プロモーションなどの戦術手法は、まず最初に、マーケティング担当の結論としてどういう戦略の方向性を出すかが決まらないと、なかなか先に進めないのである。(実際には提案までの時間が無さすぎて同時並行、というケースもあるが)というワケで、我々の仕事に締め切りは付き物であり、それは否応なく、いつか確実にやってくる。しかし仮に与えられた時間が少なくとも、我々にもプライドがあるので、決められた最初の締め切り(=方針決定の社内打合せ)までには、企画の流れを見事に(しかもできるだけ「涼しい顔」で)組み上げて、メンバー全員を納得させ、感心させ、同意を得なければいけない。そのためには、大型のプレゼンになると締め切り間際に企画書の仕上げ作業で徹夜をするハメになるのだが、あまりにも課題が難解な時などは、そのプレッシャーの重圧に対する逃避欲求から、締め切り前夜にある種の異常行動に出ることがよくある。自宅で徹夜作業をしているケースとして、以下、異常行動のレベル順にご紹介しよう。(紹介しなくても全然いいのだけど)1.眠気覚ましのコーヒーをいれて飲むこれはまぁいわゆる通常の、仕事中の気分転換であるが、普段コーヒーを飲まないワタシがわざわざコーヒーを入れて飲もうというのは、リラックスのためというより、そもそも現実逃避の初期症状である。2.楽天日記などネットサーフィンをするPCに向かって作業をしているので、当然仕事の合間にメールチェックなどもするのだが、そのうちつい息抜きがてら、楽天日記などのサイトを読みに行ったりしてしまう。書き込みまでやりだすと、これは立派に第2期の症状である。3.近所のコンビニに夜食などを買いに散歩に行く夜中に脳を振り絞って考えていると実際小腹が減ってくるのだが、この場合そのための食べ物を調達しに行くということよりも、「買物に出かける」という逃避行動自体が目的になっている。雑誌や靴下など必要以上の物をカゴに入れだしたら、間違いなく第3期目の症状である。4.未読の本を読み始めるいい線まで行きながら考えが煮詰まった時など、もう一度参考書籍やコピー資料などを読み返したりするのだが、そのうち手の届く場所に読みかけの文庫本などがあるとついつい読み始めてしまい、気が付くと30分ぐらいヘーキで過ぎていたりして、少し慌てたりする。これに手を出すともう第4期目に突入である。5.部屋の模様替えを始めるこれはもう完全に末期的症状である。以前本当に、締め切り前の夜中の2時頃から「企画書が進まないのは机の周りが散らかって気が散るからだ」という思いに駆られ、一旦そう思うともう仕事がまったく手につかなくなり机上の整理整頓から、次第に部屋のレイアウト変更に発展し、真夜中に汗だくになってわっせわっせと机を移動したり衣類を整理したりゴミをまとめたりなんかしながら、刻々と無情に時を刻む壁の時計に目をやりつつ半ば焦りで気が狂いそうになりつつ、明け方近くになって「いったいワシは何をやっているんだろう」と我に返った時には、パニック寸前で頭が真っ白になったこともある。まぁさすがに近頃は若い頃に比べると、あまり悩まずに結論に到達するスピードは上がったし、そもそも自分自身が手を動かして企画書を書く頻度も減ったし、ある程度は「喋りでカバーする」という技も覚えたりして、あまりこういった七転八倒はしなくなったが、しかし「涼しい顔」で完成している渾身の企画書というのは、多かれ少なかれこういう過程を経て出来上がっていたりするものなのである。BGM:まゆげイヌの嘆き
2006年02月06日
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昨日は休日出勤だったのだが、その帰宅途中、夕方の割と混み合っている地下鉄の電車内に、やや年配の女性が車椅子で乗り込んで来た。女性は「スイマセン、スイマセン」と他の乗客に申し訳なさそうに声をかけながら、クルクルと器用に車椅子を操り、巧みに方向転換などしながらドアの近くにポジションを決めて外を向く格好で止まった。ワタシはその姿を背中越しに見下ろす位置に立っていたのだが、他にすることもなかったのでその車椅子をしげしげと眺めていた。車椅子にどんなタイプがあるのかは知らないが、見たところ特に特徴もなさそうなスタンダードなタイプである。このヒトの脚は一時的な怪我なのかなぁそれとも半身不随だったりするのかなぁ、だったら気の毒だなぁとか、ははぁ、こんなところにブレーキがあるのかぁ、とか、うーむ、後ろに付いている手押しのグリップは思ったより低い位置で押しにくくないかなぁ、とか、おや、スポークの間にボールが挟まっているなぁ、このボール何に使うのかなぁ、というような感じで手持ち無沙汰の周囲の乗客ともども、見るともなしに車椅子を眺めていた。そうこうしているうちに、やがて電車は次の駅に到着。ゆっくりとドアが開いたその瞬間、ワタシと周囲の乗客は目が点になった。なんとその女性、いきなり車椅子から降りてスック!と立ち上がったかと思うと、先ほどと同じように「スイマセーン」と言いながら、今度は自分で車椅子を押してそのままタスタと電車を降りて行ってしまったのだ。れれれ?一同、ボーゼン。さてここで問題です。これは一体何だったのでしょうか。この女性は某車椅子メーカーの開発担当車で、この日は、休日の混雑した交通機関における自社製品の試乗テストを実地で行なっていたのである。彼女の乗っていたのは車椅子によく似ているが実は違う乗り物で、数年前に若者の間で流行った「キックボード」の中高年向けの乗り物、『シッダウンサイクル』というものである。顔はよく見えなかったが、実はこの人は数十年後のクララで、駅のホームの向こうに立っていたやはり数十年後のおばはんハイジを見て衝撃を受け、思わず立ち上がり脚が治って歩いてしまった。その他、回答募集中です。
2006年02月05日
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若い頃というのはむしろ、ジーンズを履かなかった。まったく履かなかったワケではないが、強いて言えばブルー系デニムのいわゆる正統的なジーンズは履かなかった。なぜか、そういうのはいかにもアメリカンでダサいと思っていたからだ。なので、唯一よく履いていたジーンズはムラサキ色のものであった。それがオトナになってから、ちょくちょくジーンズを買って履くようになった。しかし、ただ普通のシンプルなデニムはやっぱりどこか自分の中で似合っていないという気恥ずかしさと違和感があり、買うものはすべて、アナーキーな「穴開きぃ系」もしくは「汚れ系」なのである。その傾向が40才手前にして尚、常に微妙に段階的な発展途上だったりするわけで、(1)たとえば最初の頃はこの程度の穴開きぃだったが (2)その後、ちょっとフォーマルにゴールドのペンキぶちまけてたりなんかして (3)そしてわりと最近ではチョイ穴開きぃ&柄入り&薄汚れ系のコレとか (4)コレなんかは落書き&ペイント&穴あきぃでオシャレですが、ちょっとだけ穴が寒かったりなんかして さすがに妻からは「年甲斐もなく恥ずかしい」と言われたりするが、ムスメなんかは「わー穴だらけ-!」とゲラゲラ笑いながらジーンズの穴に指を入れて超ウケている。さすがに(2)とか(4)とかを履いて電車に乗り、たまたまお年寄りの座っている目の前に立ったりすると、視線がギョギョギョと足に刺さってきてかなり痛い。たとえ外ヅラは物分りいい風のオトナになろうとも、休日のファッションぐらいはパンクな精神を忘れずに生きていきたいものである。以上、撤収。
2006年02月04日
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プレゼンの採用が決まって脱力していたかと思えば、また新たな大型プレゼンの話が入ってきて、この先1ヶ月間の過ごし方を考えながら束の間の高揚気分が塞ぎ少し滅入る。なので今日は、今朝通勤電車で外の景色を見ながらぼーっと考えていたどうでもいい話を書きとめておこう。人の顔を思い出そうとする時、顔の中で一番重要な構成要素はやはり眼である。眼を中心に周辺のイメージだけは思い浮かぶが、じゃあ鼻の形はどうだったかとか、耳や口はどんなだったかといわれると意外とあまり思い出せない。ホクロの有無なんかも、本人は結構気にしていたりするが、実は他人はあまり覚えていなかったりする。同様に、顔写真なんかで匿名性を保とうとすると必ず眼に黒い線を入れるのがお約束になっているが、確かに耳や鼻を黒く塗ってもなんだかワケがわからないだけだが、眼を隠すだけで途端にそのヒトが誰だかわからなくなってしまう。よく、「話をする時は、相手の眼を見なさい」などと言われたものだが、実際は相手の眼など始終凝視していられるものではない。ヒトの眼は怖い。何が怖いかというと、眼というのはたまたま顔の中にある相手の心の入口のようなもので、相手の眼を見ればそのヒトの考えていることが何となくわかってしまう気がする一方で、自分の考えていることも相手に読みとられてしまっているのでは、という恥じらいというか恐れのようなものがあり、実際誰かと話す時には一定のタイミングで視線を合わせたり逸らしたりというのを、本能的に計りながらやり過ごしているものである。ワタシは昔からかなり眼が悪くて、裸眼では確か0.02ぐらいなのだが乱視も入っているのでなかなか相当なものである。普段はコンタクトを常用しているので問題ないが、以前一度、コンタクトを着けない状態で夜のネオン街に立ったことがあるが、色とりどりの光が複雑に滲んでやたら幻想的な光景であった。先日、眼が悪かった会社の後輩がレーザー手術を受けて見事に視力回復したのだが、そればっかりは怖くてたぶん一生やる勇気がない。以前から、「こんなのできたらいいな」と思っているもののひとつに、(自称)『アイ・カメラ』というのがある。要は、記録に残したい対象物をいちいちデジカメなんかを構えて撮影するのではなく、自分の眼で見たそのままが画像になって記録できるようになればいいのになぁ、というものである。まぁそれを実現しようと思うと、脳幹に電極を埋め込んだり、こめかみあたりにUSBポートを取り付けたりしなければいけないだろうから、かなりサイバーパンクな状態になってしまうよなぁ。なんてことを電車の吊革を持ったままホゲホゲ考えていたら、いつの間にか駅に着いてしまった。ワシだーれだ。
2006年02月03日
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プレゼンなどでバタバタしていて日記も書けないでいるうちに、あっという間に2月になってしまった。今年に入って2件めの新規クライアントのコンペがとれたので、なかなか今年は幸先が良い。政治的な力関係や圧倒的なメディアバイイング力の差などがある場合は別にして、ある程度までの規模の仕事で、ある程度までの競合相手であれば、テーマはその都度違えども、クライアントの課題解決の切り口の視点だったり、提案の企画構成力だったり、プレゼンの技術だったりといったことにおいて、今の我々のスタッフィングとしてはあまり他社に負ける感じはしないのだが、まぁ今回もその「ある程度まで」のコンペだったということで「喜びバクハツ!」というよりは「とれてホッ」という心境に近いか。とはいえ、まったくの新規クライアントなので、この厳しいご時世、うちの会社にとっても将来的な成長の芽として意義は大きいと思うのだが。ふー。
2006年02月01日
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