「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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世界で一番愛する人と国際結婚
パリへ戻って~Adieu
すると数秒後、また電話が鳴った。
今度は、大家のおばさんより先に、私が受話器を取った。
私は逆上していた。
ノアールの、Helloという声と同時に叫んだ。
何故か、全部英語だった。
「私は、あなたの声も聞きたくない。顔も見たくない。
あなたのような、恋愛しか頭にない人は魅力がない。
あなたみたいな男は大嫌い。
二度と電話をかけないで。二度と私の前に現れないで。」
そうして、ガッシャーン!!!と大きな音を廊下じゅうに
響き渡らせながら受話器を置いた。
そこに下宿している、あと3人の外国人女性達が部屋から出てきた。
人の良さそうな大家のおばさんは、口をポカーンと開けたまま
立ちすくんでいた。
やっと、ここに落ち着けると思ったのに。
私は大家のおばさんに謝り、明日にでもここを出ていくと言った。
契約どおり、1ヶ月分の家賃は払いますと言って。
おばさんは、「お茶でも飲みましょうよ。」と
紅茶を入れ始めた。
彼女は、私が今までに海外で、ホームステイ、ルームシェア、
貸し部屋、下宿をしたなかで、ピカイチ、ベストと言えるほどに
いい人だった。
長い間話を聞いてくれた。
「そのフランス人が、もし訪ねてきても、私は絶対に中には入れない。
今度、貴方に電話があっても取り次がないし、
もう貴方は出ていったと言うから安心しなさい。
他に、いい所が見つかるまで、
ここには好きなだけいてくれていいのよ。
明日は、ウィルと一緒に出かけなさい。」
ウィルと言うのは、彼女の息子さんだった。
翌日、恐る恐る街に出た。久しぶりのイギリスだった。
街中、いたるところでお花に囲まれて気分が和んだ。
家に戻ると、おばさんが、
「ノアールからまた電話があったから、
貴方は出て行ったと言ってやったわよ。」
と、私にウィンクをした。
そして、彼からはそれきり電話がかかってこなかった。
私はロンドンを拠点に、毎週末スコットランド、
アイルランド、イギリス国内中を旅して、
2ヶ月後、ついにパリに戻ってきた。
パリを離れてもう3ヶ月以上がたっていた。
恐怖心は、私の記憶から消えつつあった。
私は1週間ほどパリのホテルに滞在し、日本へのお土産を買い、
久しぶりのパリを満喫していた。
短いパリ滞在の間、今までに知り合った人達と毎日
外食をしていた。
すっかり疎遠になっていた、元同じクラスのフランス人の
奥様達。彼女達のフランス語はまたたくまに上達していた。
私と一緒にイタリアに行ってくれたTちゃん。
(彼女はその後結婚し、今もパリに住んでいます。)
私と同じ日にパリに降り立ち、ずっと一緒だったUちゃん。
彼女は、週末、私が日本に発つ日が結婚式なのだと言った。
2人だけで市役所で結婚し、彼の実家のあるリヨンで、
身内だけで結婚パーティをするのだそうだ。
事情を知っている友人達は、皆私に優しかった。
私とノアールのことは、何も聞かなかった。
買い物も終わり、全員にお別れを告げ、
いよいよ、明日が日本へ発つ日の夕方だった。
私は何故かメトロの出口を間違えて、変な場所に出てしまった。
どうしてこんな所に出てしまったんだろう。
私は道に迷ってしまい、メトロの駅に引き返そうとした。
まさに、その時。
なんと、ノアールが向こう側から歩いてきたのだ。
私は凍り付いてしまった。
ノアールもぎょっとした顔をしていた。
でも、すぐに笑顔を見せて、
「マドモアゼル、コーヒーでも一緒にいかがですか?
もし、よかったら。」
と敬語で聞いてきた。
あまりの偶然に驚き、恐怖心は感じなかった。
私は了解して、近くにあったカフェに入った。
ノアールは、あの夏の日の後のことをゆっくり喋り始めた。
私がいなくなった後、1週間会社を休んで、パリ中を探し回ったということ。
彼の姉夫婦まで動員して、私が行きそうな場所は
全て探したということ。
知り合いの奥さん(日本人)にお願いして、私の情報をかき集めて、
ロンドンの居場所を突き止めたこと。
何とかしてもう一度会って、私と話し合いたかったということ。
君を苦しませるような行動をとって、すまなかったということ。
話の最後に、
もう一度やりなおせないだろうか、
と聞いてきた。
私が恋したころの、穏やかなノアールの顔だった。
伏せた長い睫の下に見える、優しい瞳は変わらなかった。
私は、首を横にふった。
そして、明日日本に帰るのだと言った。
彼は一瞬絶望的な顔をしたが、すぐに笑顔に戻って、
「君の荷物がまだ部屋にあるので、日本に送りたい。
日本の住所を教えてくれないか。」
と聞いてきた。
私は必要なものはもうないので、荷物は全て捨てて欲しいと言い、
もう行かなければと、立ち上がった。
ノアールは、黙ってうなずいた。
彼は、私がコートを着るのを手伝い、カフェのドアを開けて
私を外に通した。
「君に出会えて、僕は本当に幸せだったよ。
今日の再会は、神様からのギフトだと思う。
電話番号は変わらないから、何か僕にサポート
できることがあれば、遠慮なく言ってきてほしい。」
私は、心からメルシーと言った。
彼は二回、私の頬の左右の空気にキスした。
そして、「Bon voyage!」と、右手をあげた。
笑顔で去って行った。
私は、彼と反対方向に歩き出した。
もう彼のことを、愛してはいないと思っていたのに、
ひどく心が痛かった。
何故か、楽しかったことしか思い出せなかった。
地に足がつかないほどに心が躍った、彼と出会った日のこと。
暖かい春の日差しの中、手をとりあって愛を語った日のこと。
一時的にしろ、将来を共にしようとまで思った人だ。
あんな短い期間だったのに、一緒に過ごした時間は多かった。
何とも言えない切なさ、虚しさを覚えた。
ちょうど1年前、パリに降り立った時と同じ、
秋の冷たい風が私の頬をなでて、自然と涙があふれた。
Fin
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