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18歳の時に商人の家に婿養子に入り、傾きかけていた商売を再興した。堤防の改修工事や大飢饉の時の炊き出しなど、地元のためにも多大な貢献をしたそうだ。
50歳の時に長男に家督を譲って江戸に天文学・測量を学びに行く。そして56歳から15年以上をかけて日本中を測量して歩く。
当時の平均寿命は今よりずっと短かったはずだから、周りの人はびっくりしただろう。しかも50歳の時に20歳も年下の人に弟子入りする。変なプライドやメンツに囚われていたらできないことだ。
当初周りの人たちは「年寄りの道楽」だと思っていたが、忠敬のひたむきな姿に徐々に見方を変えたそうだ。結果的には幕府が後押しする国家的事業を成し遂げることになる。
自分が何歳まで生きられるかなんて誰にも分からない。死ぬのは明日かも知れないし40年先かもしれない。「若いから時間がある」と一概に言えるものでもない。伊能忠敬が「どうせもう時間が無いから」とあきらめていたら、この国家的事業は成し遂げられなかっただろう。
でも彼にとって「物になる」とか「人から認められる」ということは二の次だったのかもしれない。それは測量に向かう時の忠敬が実に嬉しそうだったという話が残っているからだ。自分の目標に夢中で、どこで人生を断ち切られるかなんて問題ではなかったのかもしれない。
人が自分をどう思おうと関係ない。最後の瞬間までやりたいことに夢中で取り組んだ人生。それはきっととても楽しかったはずだ。なんて素敵な人生だろう!と思う。