BLUE ODYSSEY

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第6話 過去の恋 act.21~30




今ごろ矢樹とナターシャ、それにクリス達スポルティーファイブのメンバーが自分をサーチしてくれてるだろう……。
そう考えて気を落ち着けるしかない。
アンナは慎重になりながら、ローレンスの背中から3メートルほど後をついて行った。

今日のローレンスはあまり喋らなかった。それがかえって不気味だった。
また前回と同じように突然”向こうの世界”に連れて行こうとするのだろうか?それは警戒しなくてはいけなかった。


しばらく行くと、道脇にローレンスは車を用意していた。前と同じ古いアメ車風の大きな車だった。アンナは最初車に乗る事をためらったが、ローレンスの表情が悲しげだったので乗る事にした。
それにここはバーチャルな世界なのだ。非常の際は車から飛び降りて逃げ出せる。飛び降りても怪我はしない。

ローレンスは車のドアを静かに開けて、アンナを乗せた。
そして車を走らせた。例のニュータウンに向かっているようだ。
しばらくすると、道の先の方にニュータウンが見えて来た。
たしかこの間は”ここに連れて来る”と約束していたのだ。これで一応ローレンスは約束を果たした事になる。
だが、彼の思惑はますますわからなくなってきた。



それでもアンナは自分の家の姿を見つけると、何も考えずにそこに走り寄ってしまった。そして家の窓から中をのぞいて見た。
だが、誰もいなかった。レイチェルがいるような気がしたのだが。

アンナ「いないわ!誰もいないわよ。」

アンナは振り向いてローレンスにそう言った。

ローレンス「それはそうだ。ここは仮想都市にすぎないからね。
ここは我々がかつて地球に住んでいた頃の”なごり”なんだ。」

アンナ「なごり?」

ローレンス「そう、我々は地球に来て、居住区を造って住んでいた。あのニュータウンはその時に造ったものだ。
見かけより相当古い物だよ。地球の年代で言えば1930年頃にはすでに建っていた。
ただ、バーチャルリアリティーシステムの中にある”ここ”は、ただの”記録”に過ぎないがね。」

アンナ「記録……。」

アンナは地球に現存しているニュータウンがデザインがわりと近代的で新しく見えた割に、年月が経過したように建物の外装がボロボロだった事を思い出した。まだ建っている建物もあったが、もうそこにはアンナの家は建っておらず跡地だけがむなしく残っていたのだ。

アンナ「約束だわ。この間の。確か…、ママに会わせてくれる約束だったわ!」

ローレンス「ママに……、君の母親にか?」

アンナ「ええ、そうだわ!会わせて!」

ローレンス「てっきり、もうわかっていると思っていたが……。まだわからんのかね?」

またローレンスは話の要点を話さない。この話し方は聞き手のカンに触る。
そこでアンナは話を変えてレイチェルの事を追及した。

アンナ「レイチェルさんはどうしたの?!」

ローレンスはなぜだか急に言葉を失った。そして両手で顔を覆って一筋の涙を流した。

ローレンス「……。」

これにはアンナの方が驚いた。

アンナ「どうしたの?」

ローレンス「彼女は……。いや、彼女に会わせてやろう。」

ローレンスはそう言った。なんだか急に態度が変わったように思えた。

ローレンスはポケットからコンピューターの端末を取り出して、アンナの家の玄関のキーロックを解除し、その中に入った。アンナはローレンスについて行った。
中に入って見ると、そこには誰もいなかった。

アンナ「誰もいない……。」

ただ見覚えがあるような家具がそこにいくつも点在していた。


ローレンスはあるスイッチを入れた。すると部屋の奥の扉が開いた。そこから誰かがこの部屋に入って来た。アンナは驚いたが、その入って来た人物の動作は「普段通り」といった感じで実に何気ない動きだった。
その動きは以前”向こうの世界”で見た事があった。
アンナの母親が現れたのだ。なつかしいその姿。
アンナは必死で口を開いた。

アンナ「ママ……。」

そして母親に話しかけようとした。しかし彼女の母親は何も言わない。そればかりかアンナの方へ視線を向けなかった。アンナは無視されたような感覚を覚えた。

アンナ「ママ……。どうしたの?ママ?」

よく見ると、それは3DCGだった。

アンナ「はっ!」

アンナはローレンスを睨んだ。

アンナ「これはどういう事?!」


ローレンス「フッ……。」

そして……、ローレンスは過去を喋り始めた。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.22]


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【地球・向こうの世界・年代不明】




ローレンス「アンナ・エリス!」

私が彼女の名前を口にする事は多かった。
その頃、私は彼女の家を必要以上に何度も訪ねていた。
その当時の私にはわかるべくもなかったが、それがもとでアンナ・エリスはだんだんノイローゼになっていった。


そんな時、私は自分達レイドが住む世界に侵入者が足を踏み入れた痕跡を見つけた。
それで私はその事を議会に報告した。

ローレンス「”地球人類”がこの世界へ侵入しました。」

エイブ議長「なんだって?それは確かなのか?」

ローレンス「いえ、まだ”その恐れがある”という事しかつかめていません。
この世界と現実世界を結ぶ新たな”ゲート”が作られているのを発見したのです。
しかし、”ゲート”そのものやその発生過程についてはまだまだ不明な点が多い。それゆえその情報も確実とは言い切れません。」




地球人類はその頃”バーチャルリアリティーシステム”のような物を使って我々の住む世界を探査していた。
それを受けて、我々も自分達のバーチャルリアリティーシステムを使って[電子体]を現実世界へ送り込んで地球人類の動向を探った。お互いに探り合いが始った。

地球人類の侵入はその後も続いた。
たび重なる地球人類からの干渉に耐えきれなくなった我々レイドは、ついに”電子体の転送技術”を使って直に現実世界へ行く事にした。
その事は議会で正式に決められた。
私を中心として、”ザークを現実世界へと送り込む”事になった。これは攻撃兵器を搭載したザークを送り込むテストでもあった。

ザークに乗れるのはせいぜい1名。
そこでその初号機のパイロットの候補が募られたが、それにアンナ・エリスが行くと言い出した。小型の”電子体の転送技術”はまだ不確かだった。現実世界へ行くには多くの危険が伴っていた。
それでも彼女は行くと言った。

アンナ「私が行きます。私がテスト飛行をします。」

ローレンス「それは危険だ!君が行く事はない!」

アンナ「いいえ、私が行きます。」

ローレンス「どうして君が行く必要があるのだ?」

アンナ「貴方には関係ありません。」






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ローレンス「こうしてアンナ・エリスは現実世界へと向かった。
彼女はそこへ戻りたかったようだ。
エミオットが亡くなってからというもの、彼女はレイドの住む世界にはなじめなかった。それは見ていてわかった。
あるいは…、
ここの世界と現実世界は時間軸が違う。現実世界へ戻ればエミオットと再会できると思ったのだろうか?

だが、ザークが現実世界へ現れると、そこで待っていたのはブラックガバメントからの攻撃だった。ザークという技術の塊を見て、ブラックガバメントは恐れをなしたのだ。そしてザークを消滅させようと執拗な攻撃をかけて来た。

その結果、ザークは破損し、それによる影響でゲートをくぐる際に危険が生じた。それでもゲートを通るしか帰る道は無い。
私はゲート進入する事をためらったが、アンナ・エリスはゲート通過を試みると言って来た。
そして……、通過は失敗し、ザークはゲート内で消滅してしまった……。」

アンナ「そんな…。アンナ・エリスさんは死んだの?」

ローレンス「アンナ・エリスが現実世界へ行くと言い出した時、私がもっと強く止めればよかった。そうすれば、アンナ・エリスを行方不明にする事はなかった。私には彼女を止める力が無かった。全て私が悪いのだ。」

アンナ「………………。」

ローレンス「彼女は私にとってかけがえの無い人だった。それを失ってしまった悲しみは大きい。
私はこれで3度も彼女を失った事になる。

1度目は彼女が私のサポート役を降りた時、
2度目は彼女からエミオットの事を聞かされた時、
そして3度目は彼女の行方不明だった………。」

アンナ「……。」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.23]


ローレンス「アンナ・エリスが居なくなった後、私はアンに会いに行った。
アンは君そっくりの少女だ。アンナはもう帰って来ないが、その時はまだアンがいた。」

アンナ「”まだ”?」

ローレンス「私はアンを引き取って育ててもいいと思っていた。
だが…、

私がアンナ・エリスやアンにしつこくしすぎたせいもあって、私はアンにまで嫌われてしまったようだ。
アンが私の申し出を拒否した為、元老院が新たな引き取り手を捜す事になった。
そして、アンも母親を失った悲しみから、しだいに元気を失い…、ついに……。」

アンナ「”ついに”………。」

ローレンス「私はどうしてこうまで嫌われるのだ…?
孤独になった私はアンの中にアンナ・エリスの面影を追い求めすぎたというのか?」

ローレンスは感情が高ぶって来て、頭を両手でおおった。

ローレンス「その後、私はバーチャルリアリティーシステムにたびたび入り、さらなる地球の観測を始めた。このシステムの中からだと、安全に地球の観察ができた。

そして、ある日私は気が付いた。
[現実世界]と[我々レイドの今いる世界]にはある関係が存在する。
[2つの世界には”必ず対になった人間”が発生する]という事実だ。
それはまるで量子の関係のように不思議な現象だった。」

アンナ「量子?」

ローレンス「量子とは物理学に出てくる物理量の最小単位だ。
量子のひずみ。量子コンピューター。量子テレポーテーション。
量子は光よりも速い伝達力を持つとされる。
これが一方で観測されると、遠く離れたもう一方でも瞬時にその観測結果が反映される。
つまりまるでテレポートでもしたかのように両者の間に結果が送信されるというものだ。」

アンナ「?」

ローレンス「そのような不思議な伝達力を持つ物がこの世に存在する。そして、それの応用が量子コンピューターだ。
アンが”レイドの世界”に入った時、奇妙な現象が起きた。
つまり、現実世界の方にもその”対”となった人間が現れたのだ。」

アンナ「対?」

ローレンス「そうだ。[現実世界]から[この世界]に入るとその瞬間的にそれと対になった人間が生まれるようだ。
では、はっきり言おう。
[アンナ・エリスとレイチェル]は対の人間。
そして[アンと神津アンナ]。君も対になった人間なのだ。」

アンナは驚いた。衝撃が走った。唇や手が震えて止まらなかった。

アンナ「では、私は…?!」

ローレンス「アンナ・エリスとアンがレイドの世界へ渡った。
その時に君達2人が誕生した。誕生した時間軸はズレたと思うが。
この世界と現実世界は時間軸が違うのだ。現在レイドの世界では現実世界の1970年頃を走っている。
アンナ・エリスとアンが渡った時間軸と君達が誕生した時間軸はズレた。
たから君はレイチェルの子供でありながら、はっきり彼女が母親だと認識出来なかった。
母親にしてはレイチェルは若すぎるからね。彼女は今地球人類の年齢で言えば26歳ぐらいだろうか?
彼女が2度の渡航をしたためか、もしくは彼女自身がゲート内で行方不明になったせいで、それが何らかの影響を与え、君と彼女の年齢はズレたのだ。」

アンナ「そんな……、レイチェルさんが……私の…………。」

ローレンス「てっきりその事には気付いていると思っていた。それとも君自身の中で知らぬうちにそれを認めたくなかったのかも知れない。」

アンナ「では、私は……。」

ローレンス「君達には出生の記録はない。それは君達が突然”現実世界”に現れたからだ。」

アンナ「……。」

アンナはしばらく口が聞けなかった。
知っていたような気がする事実。
そうでは無いかと疑っていた事実。
それをはっきりローレンスの口から聞かされたのだ。
離れていたパスルのかけらが繋がったとはいえ、その事実には驚くほかなかった。






アンナはしばらくしてから彼にこう聞いた。

アンナ「私たちは”本当の人間”なの……?」

ローレンス 「ああ、本物の人間だよ。おそらくそうだ。はっきりとは断言はできないがね。まだそれは研究途中なのだ。しかし君は”生身の人間”だ。そしてここに”存在”している。
だから”本物”と言える。」

アンナ「………………。」

ローレンス「地球人類だってそういう意味では”本物”ではないのかも知れない。”本物”かどうかなどあまり関係無い事だ。要は意識が存在していればいいのさ。肉体など二の次だ。」

しかし、アンナはショックで涙がこぼれそうだった。

アンナ「でも、私はちゃんと調べれば……、本当の人間じゃないかも知れないって事よね?!」

ローレンス「そんな事はない。君はちゃんとした人間さ。私が保証する。」

いつになくやさしい言葉をかけるローレンス。
今日のローレンスは始終悲しげだった。

その後、ローレンスはアンナを元の世界へ送って帰した。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.24]









【レッドノア・現実世界・2100年】






矢樹は今回ローレンスがすんなりアンナを帰して来た事に驚いていた。
その事についてアンナから詳しく聞き取り調査をしたかったが、それよりも今はアンナの徒労が激しいように見えたので、メディカルセンターで休ませる事にした。

そこで診断を受けたアンナは、その日はメディカルセンターのベッドで眠る事になった。
矢樹は艦内の警備を担当しているオペレーターとメディカルセンターの看護婦にアンナから目を離さないように密かに頼んでおいた。



夜、アンナはバーチャルリアリティーシステムに没入した疲れからすぐに眠りに落ちた。
そして時刻は深夜になった。








アンナは夢を見た……。









アンナは例の採掘場にいた。パイプと鉄板だけで出来た簡素な造りの階段があって、アンナはそこに立っていた。
下を見ると採掘場の全景が見えた。
アンナの立っていた所はビルの3階部分ぐらいの高さに相当する。
眼下には作業員達の姿が見えた。皆、忙しく作業をしていた。

アンナは宇宙服を着ていた。それに宇宙ヘルメットも着けていた。それですぐには自分がレイドの人間では無いと悟られないと思い、階段を降りて行った。

下に着くと多くの作業員達が必死で作業していた。
アンナはこれが”月の都市の改造のための装置”を作っているように思えた。
そして作業員達の懸命さが間近かで見て伝わって来た。

アンナは彼らのすぐ近くまで行ってみたい衝動に駆られた。そこでゆっくりと彼らの元へ歩いて行った。
周囲には各種照明が点けられ、辺りはいろんな光源で照らし出されていた。眩しいと感じる事も多かった。逆光になる時もあり、周囲はまるで映画の1シーンを観ているような雰囲気だった。


作業員達はいろいろな作業機械を駆使して作業を続けていた。
アンナは思いきって、作業員の顔の表情がわかる位置まで接近した。
だが、彼らはアンナの方を振り向かず、一心不乱に作業に従事していた。
その目はどれも真剣で、プロジェクトの完成期限が差し迫っているように思えた。

アンナ「……。」

同時に彼らの表情には疲れも見えていた。連続した作業、休む暇も無いのだろう。これが戦争の真実の姿のように思えた。



その時、1人の男がアンナの方に向かって歩いて来るのが見えた。
その姿は……、やはりローレンスだった。

ローレンス「アンナ………。アンナ………。」

ローレンスはつぶやくようにアンナの名前を呼んだ。
アンナはそれが嫌だった。

彼はアンナのすぐ前まで来て立ち止まった。

ローレンス「……………………。」

彼はしばらくアンナを食い入るように見つめていた。
やがて「自分の目を見ろ」と言った。
言われてアンナは長身のローレンスの顔を見上げた。
そこには金色の瞳があった……。
確かに美しく、その目だけ見ていると澄んでいて濁りがないように見えた。

アンナ「……………………。」









……………アンナは催眠状態に陥った。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.25]


ローレンス「アンナ……、バーチャルリアリティーシステムの中に入れ。」

アンナ「はい……。」

ローレンスはささやくようにそう言った。
アンナは催眠状態のまま自分の部屋のベッドから起き出した。だが意識はまだ夢の中である。

監視カメラの映像はアンナの姿を捕らえていた。
メディカルセンターの看護婦は今当直室にいる人間だけだったが、艦内の担当オペレーターの方はこの様子を全て監視カメラでモニターしていた。矢樹の指示で、アンナの了解を取って24時間監視カメラが向けられていたのだ。
アンナは病室を出て、外にある共同のお手洗いに向かった。そしてその中にあるトイレの1つに入った。

しかし、時間が経ってもアンナはトイレから出て来なかった。

当直オペレーター「変だな?」

しかし、さらに10分ほど経過すると出て来た。
そして何事もなかったかのようにふたたび病室に向かって歩き、そこに帰り着くとまたベットに潜り込んだ。

当直オペレーター「ふう……。」

異常無かったようなのでオペレーターはホッと胸をなで下ろした。

その後、トイレへ通じる通路の照明が全て自動的に消灯された。ここは”人が来た時のみセンサーが反応して照明が点く”システムになっていた。
アンナがここに来る時に照明が点き、去って行った時に消えたのだ。
この電気が消されて出来た闇の中、トイレから”もう1人のアンナ”が出て来た。
”先に出て来た方のアンナ”は、実はローレンスが用意した3DCGによる”擬似のアンナ”だった。もちろんそれはレイドのバーチャルリアリティーシステムが生み出した物だ。
担当オペレーターはこのアンナの方に気を取られ、消灯後に出て来たアンナに気が付かなかった。

その後、本物のアンナはローレンスの指示通り、監視カメラや照明用のセンサーの死角を通りながらバーチャルリアリティーシステムが置かれている場所へと向かった。
それは矢樹の研究室の中にあった。
矢樹はこの時間、まだ研究室の中にいた。残ってデータの解析作業を続けていたのだ。レッドノアが地球へ一時帰還する前にデータをまとめておきたかった。そうすれば調べたい新事実が見つかったとしても、すぐにまたあの採掘場へ出かける事が出来る。



当直オペレーターが艦内のモニター画面に目をやると、その内の1つに”さっきまではそこに無かった筈の物”が映り込んでいる事に気が付いた。それで矢樹の元へ連絡した。

当直オペレーター「矢樹博士!レイチェルさんとローレンス・フォスターによく似た人物が艦内に現れました。」

矢樹 「なんだって?!」

矢樹は当直オペレーターにその場所を聞いて、直ちに現場に向かった。






矢樹が部屋から出ると、入れ違いに”本物のアンナ”はそこに入り、バーチャルリアリティーシステムのカプセルが置いてある場所まで行った。
そして自分のカードキーを使ってカプセルを開けた。
それから専用のスーツに着替えてカプセル内のベッドに横になった。

ローレンス「よし!それでいい。」

ローレンスの声が催眠状態のアンナの耳に響く。







一方、矢樹は走りながら当直オペレーターに指示を出した。

矢樹 「スポルティーファイブのメンバーをすぐに起こしてくれ。そして現場に向かうように指示するんだ。」

当直オペレーター「わかりました。」



矢樹は当直オペレーターが示した位置に着いたが、そこには何も無かった。

矢樹 「現場に到着したが何も見えん。誰もいないぞ。」

当直オペレーター「こちらのモニターからも急に消えました。2人の人間が消滅したのです。まるで映画の1シーンというような感じで。」

矢樹 「スポルティーファイブのメンバーに連絡はついたか?」

当直オペレーター「緊急呼び出しは入れました。しかし、アンナさんの携帯だけは反応がありませんでした。」

矢樹「アンナが?」

それを聞いて矢樹は慌ててアンナの病室に向かった。
矢樹は病室のドアの前に着き、そこに備え付けられたインターフォンのボタンを押した。
そしてアンナを呼んだが返事はなかった。
ちょうどその時、クリスたちもそこへ駆けつけて来た。現場の方に誰もいなかったのでクリス達もオペレーターから指示されてここにやって来たのだ。

クリス「アンナはいますか?」

クリスはアンナだけ来ていないので聞いてみた。

矢樹 「応答が無い。病室にはいないのではないか?」

クリスは心配になってアンナの携帯にかけてみた。だが、やはり不通だった。

矢樹はアンナの病室のドアのロックがかかっていない事を発見した。そこでドアを開けて中に入った。ベッドのシーツには人がいるような感じはなくペシャンコだった。
室内のどこにもアンナの姿はなかった。

当直オペレーター「変です。アンナさんは確かに病室に戻ったのに。」

オペレーターはインカムを通じてそう言って来た。

矢樹 「……。」

クリス「どういう事でしょうか?」

矢樹は当直オペレーターに「その時の映像をここに回すように」指示した。アンナの病室のテレビモニターを使って、アンナがこの部屋に帰って来た時の様子を映し出した。

矢樹 「……。」

神田 「この部屋に帰って来たんは確かなんやな。そやのにこれはどうした事や?アンナちゃんはいーひんで。」

矢樹はしばらく考えていたが、その後、

矢樹 「あれは……、ローレンスの作った映像かも知れん。」

と言った。

クリス「え?」

矢樹 「この部屋に戻って来たアンナはローレンスの作り出した映像かも知れんという事だ。
つまり、ローレンスの”幽霊”と同じ物だ。その正体はレイドの[バーチャルリアリティーシステム]の映像だろう。」

クリス「……。」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.26]

矢樹は急いで研究室に置いてあるバーチャルリアリティーシステムに向かった。
クリス達は矢樹の後を追いかけた。

神田 「いったいどうしたんや?」

その質問に走りながら豪が答えた。

豪 「アンナさんが消えるとしたら、それは、前回のレイチェルさんの時と同じく、バーチャルリアリティーシステムからです!
それに、艦内に現れたレイチェルさんとローレンスの姿は、僕達の注意を引く為の”おとり”だった可能性があります!」

神田 「それでか!俺達の注意を引いている間に、ローレンスのヤツがアンナちゃんをバーチャルリアリティーシステムから……。」

バーチャルリアリティーシステムは矢樹の研究室の奥の部屋にある。そこへのドアはカードキーを差し込まないと開かない。
矢樹は自分のカードキーを取り出してカードリーダーに読み込ませた。そしてロックを解除した。カプセルの方もロックがかけられていたので、それもカードキーで解除した。
そしてカプセルのフタを開けた。
中のベッドには”普段はリールに巻かれて収納されている筈の接続プラグ”が引かれて出しっぱなしのままになっていた。明らかに誰かが使用した形跡があった。

すぐに矢樹はシステムのログを調べた。するとアンナが没入した記録が見つかった。そしてさらにたどると、以前レイチェルが没入した時のログももちろんそこに存在していた。

矢樹 「そうか、そういう事か。やはりここからアンナは消えたんだ。」

神田 「なんでや~~~~~~?!!」

矢樹 「前回レイチェルさんが消えた時と同じだ。アンナも自分の意思でここに入った。」

神田 「それなら事前にロックしとけばいいものをぉーーーー!!」

神田は情けないような涙目になった。

矢樹 「いや、そうしていた。しかし、解除されている。」

クリス「解除?いったい誰が解除操作を?」

矢樹 「アンナ自身だ。レイチェルさんの時もおそらくそうだったのだろう。」

クリス「アンナ自身が?」

矢樹 「そう。レイチェルさんの時は、実際彼女がそんな事をするとは思えなかった。誰か外部から手引きがあったと思った。そしてそれがローレンスだと。
しかし、今、はっきりとわかった。謎は解けた。
2人は催眠状態にさせられた。そしてローレンスの指示通りに行動した。
解除は催眠状態の中、命令されて彼女達が自ら行ったのだ。」

クリス「それで解除が出来た。アンナなら解除方法を知っている。」

矢樹 「ああ、そうだ。
それにレイチェルさんも解除方法を知っていた。バーチャルリアリティーシステムと同じような物がオリハルコン採掘基地にも置いてあった。また彼女とアイクにはノアボックスの個人用カードキーも貸し出されていた。」

神田 「そんな……。」

矢樹 「またしてもローレンスにしてやられた。」

委員長「……。」

クリス「で、どうします?今すぐアンナを助けに行きたいんですが。スポルティーファイブで!」

矢樹 「まず、この間のようにスポルティーファイブの機体に乗って、そのコクピットからバーチャルリアリティーシステムに接続して潜る。そしてアンナとレイチェルさんの手がかりを探す方がいいだろう。」

神田 「またかいな。今回も直に行けへんのやな?”向こうの世界”へ!」

矢樹 「それは危険だ。それこそローレンスのワナに飛び込んで行くようなものだ。」

クリス「わかりました。ではまず、バーチャルリアリティーシステムから潜ります。
今度は僕が行きます。」

委員長「なんですって?!」

豪 「危険です!」

神田 「いいや、クリス!俺が行くで!ここは1つ俺が2人を助け出して英雄になる!」

豪 「”英雄”?」

委員長「…………いいえ、私が行きます。いつもクリス君にばかり危険な目はさせられないでしょ!」

豪 「いえ、待ってください。今回は僕が!」

矢樹「なら、全員で行け。」

クリス・委員長・神田・豪 「え?」

矢樹「スポルティーファイブのコクピットからの中継であれば、4人同時に没入する事が出来る。もともとオンラインで多人数参加型のプログラムなのだ。」

神田 「なに?出来る?確か前回は”1人で行け”と言わんかった?」

矢樹 「ああ。”まずは1人で行け”と言った。」

神田 「はあ?じゃあ、なぜアンナちゃんを1人で行かせたの?」

矢樹 「”全員で行くのは”危険だからだ。ローレンスのワナにはまって全員が消されたら困るだろう?そうなるとスポルティーファイブを稼動できなくなる。
オートパイロットだけではシンクロがまったくできず、スポルティーファイブの真価が発揮できない。」

クリス 「今回は残りの全員が行ってもかまわないのですか?」

矢樹 「ああ。”ローレンスは欲しい物を全て手に入れた。”
今ごろ油断しているかも知れんからな。今回の状況なら少しだけ危険度は低い。
だが、ローレンスは”1度アンナを返してから、わざわざもう一度向こうの世界に呼び込む”という手の込んだ方法を取った。彼には充分注意してくれ。」

クリス「わかりました。」




そしてクリス達が4人でバーチャルリアリティーシステムへ潜る事になった。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.27]


クリス、委員長、神田、豪は専用のパイロットスーツを着て、それぞれ自分達の機体に乗り込んだ。

クリス「準備OKです。」

矢樹 「よし、ナターシャ、頼む!」

ナターシャ「では、スポルティーファイブの皆さん。
バーチャルリアリティーシステムにログインします」












ナターシャが操作して、4人はバーチャルリアリティーシステムの中に潜った。













4人が出現した場所は、アンナとレイチェルが潜った時に出現した地点と同じであった。
ビジネス街、オフィスビルの立ち並ぶ都心の道路。そのど真ん中。つまり中央分離帯の上である。

神田 「危ない!」

周囲に車は1台も走っていなかったが、神田はビックリして、まず皆を歩道に行くように急き立てた。そして全員が歩道に着くと、神田はそこで「はあはあ…。」と息を切らしていた。

豪 「神田さん、落ち着いてください。ここはバーチャルな世界ですよ。交通事故に遭う事はありません。」

クリス達はローレンス・フォスターの事件があってから、このシステムに潜るのは何か危険な印象を持つようになっていた。あんな事件さえなければゲーム感覚でバーチャルシティーを楽しむ事が出来た筈である。



今日のバーチャルシティーには少し風が吹いていた。その生温かい風が頬に当る感触はまったく”本物”のそれと違いがなかった。ゆえに不気味である。バーチャルシティーと知っているからこそ、その再現性に不気味さを感じるのである。
神田達もあまりここに潜った事はないようだった。スポルティーファイブの訓練用のシミュレーターとは再現性がケタ違いだった。

神田 「本物みたいやな。なんかこう…得体の知れん感じや。うまく言い表せないが……。よく出来たゲームとまた違う。」

クリス「ああ、そうだね。」

クリスは答えながら、早くも周囲の警戒に入っていた。



次に神田はクリス・委員長・豪の全身をまじまじと見た。
服装こそ没入前に自分達でセレクトした物に変わっていたが、顔やプロポーションは本人を正確に再現していた。これはシステムのカプセル内にスキャナーとカメラがあり、それが本人をスキャンニングして正確なフォルムをバーチャルシティー上に再現しているからである。

神田 「ほんまにそっくりや!委員長の魅力のよくわからんプロポーションもそのままやで。」

委員長「”魅力のよくわからんプロポーション”?」

神田 「まったく恐ろしゅうなるな。技術の発達には。」

委員長「くくくく……!!!!」

豪 「……………。」

クリス「とにかく行こう。まずはローレンスが2人を案内したホテルに行ってみよう。」

委員長「待って、クリス君。ローレンスがアンナとレイチェルさんを連れ去ったのは”向こうの世界”へでしょ。ここを探してもいないんじゃないの?」

クリス「だぶんそうだ。確かにいない確率が高い。探すのは時間の無駄かも知れない。」

委員長 「じゃ、なんでここを探すの?」

クリス「一口に”向こうの世界”と言っても地球とまったく同じ広さだ。そこを闇雲に探しても見つかる確率は低い。
それに矢樹博士の話だと、”向こうの世界”に長くいる事は危険なんだ。どんな障害が待っているかも知れない。向こうの世界に長くいれば、それだけ身体にも負担がかかる。現にこうしてバーチャルシティーに潜る事だって、精神的な負担になるんだ。」

神田 「負担?俺はここに来てもなんともないがな?」

委員長「今潜ったばかりでしょ?!!」

豪 「知らず知らずの内に身体や神経に来るんですよ。大丈夫だと思っても気を付けなくてはなりません。ここから現実世界へ帰った時に負担がかかっていた事が初めてわかるんですよ。」

神田 「ふうん。そんなもんかなあ~~?」

クリス「まず、ここから探すんだ。スポルティーファイブの機体を使って”向こうの世界”に行くよりは、はるかに手間がかからず危険度も低いからね。」

その時、神田は近くを歩いて来た3DCGで出来たNPC(ノンプレイヤーキャラクター)を見つけた。

神田 「わお!すげえ!ナイスバディのおネエちゃんや!外人やで!金髪やで!すげえなーーー!!」

委員長「ああ、神田君には負担はないのよ。きっとそうだわ。神経がデリケートな人でないと負担にならないのよ。」

豪 「……。」




クリス「とにかくホテルに行ってみよう。何か1つでも手がかりを探すんだ。
そのホテルの最上階の展望室からアンナとレイチェルさんは消えた。そこに”ゲート”があるかも知れない。」

豪 「”ゲート”?”ゲート”って、あのレイドの記録に出て来たゲートの事ですか?」

クリス「ああ。」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.28]


こうしてクリス達はその世界を歩き始めた。
歩道にそって歩くと、すぐにコミュニティーカーの群に行き着いた。
その中から4人乗りの中型の物を探して、それに全員で乗り込んだ。
車はやや小ぶりだが天上が高く、白と薄い水色で塗装された車内は清潔感あふれていて快適だった。それにウインドウ面積が広く開放感があった。

神田 「おーーーーー、なんて居心地のえーーー車や!
クーラーも効いてて最高やな。おまけに良い匂いもするで。」

豪 「”匂い”?」

委員長「”香り”でしょ。」

神田は鼻をクンクンさせた。

神田 「ラベンダーの香りかな。こういうのに弱いんや、俺。」

委員長「……………。 (>_<) 」

豪 「でもホントに良い香りがしますねーー。」

くったくのない豪がつぶやいた。すると委員長が豪に注意した。

委員長「そこ!豪君。こういう時は神田君に話を合わせない!
あんまり神田君をいい気にさせないで。」

神田 「委員長!アンタやっぱり俺を勘違いしとるで!」





キキキキーーーーー!




クリス「着いたよ。」

見ると、目の前に大きなホテルがあった。最上階は見上げないと視界に入らないほど高い。

神田 「でっかぁーーーーーー!」

委員長「でも、しょせんこれはバーチャルですからね。一度本物のこういった超豪華なホテルに宿泊してみたいわ。」

神田 「委員長には少し似合わん。”民宿”の方がええのんと違うか?畳敷き、扇風機、蚊取り線香のある民宿が。」

委員長「かーーーーーー!!」

神田は委員長から逃げるため、コミニュティーカーから降りようとした。

クリス「あ、待って。」

そう言ってクリスは神田を呼び止め、そのまま車を発進させた。
そして通常は車が入らない歩道やホテルの敷地内にまで車を走らせた。
ホテルのドアマンが移動中のクリス達のコミニュティーカーを発見して慌てて近寄って来た。

神田 「うわ!マズイんとちゃうか?さすがに車のまま入ったら怒られるで!」

ドアマンは驚いた表情をしていた。
クリスはコミニュティーカーのインパネのモード切替スイッチを押した。
それは、

============================================================



『乗ったままで移動』



============================================================

というモードだった。
とたんにドアマンの表情がニコニコ顔になった。

神田 「あれ?」

クリス「モードを切り替えた。このコミニュティーカーに乗ったままで行こう。その方が早い。」

神田 「あのドアマンの兄ちゃんはNPCかいな?」

豪 「そのようです。」





スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.29]



クリスはコミニュティーカーに乗ったままホテルの奥へと移動した。
通路に敷き詰められた美しい絨毯の上を車で移動するのはやはり気が引けるものがあり、委員長は少しげんなりしていた。

委員長「ああ、擬似の世界とは言え…。いいのかなあ……?車で乗り込んだりして。」

委員長の感覚とは合わないようだ。しかし絨毯にはタイヤの跡など付いていない。
クリスは『コミニュティーカー専用』と書かれたエレベーターに車ごと乗り込んだ。
そこは『人間用』の一般エレベーターより数段広い。車はそのスペースにすっぽりと収まった。

コミニュティーカー専用エレベーターは急上昇した。
そこは全面ガラス張りのエレベータールームになっており、ホテルの巨大な吹き抜けに面していた。

神田 「すげーーーーーー!壮大やな!いいながめや!」

委員長「はあ~~~~。」

神田は旅行者のように辺りの景観に感動してた。委員長は神田の表現は少しセンスが良くないと思った。

神田 「なんや、委員長。その”思いっきり吐いたため息”は?」

委員長「はあ~~~~~~~~。」

神田に声をかけられても委員長は窓にもたれかかって外の景観を眺めるのみ。神田には背中を向けていた。神田は無視された。

神田 「くくくくく………!」

内部の吹き抜けは巨大なホテル内の空間を上手く利用していて見ごたえのある物だった。
そこにはNPCだかオンラインで入って来たプレイヤーだがわからないが、男女のペアが数多くいた。あるペアは手すりにもたれかかってお喋りを楽しみ、またあるペアはベンチに座って吹き抜けを眺めていた。皆恋人同士に見えた。ゆったりとした時間の流れを楽しんでいるようだった。

委員長「ああ……。」

それを見て委員長がため息をついた。

委員長「私も……、あんな風に男の人と2人で…、来れたらなあ……。」

と、思わずもらしてしまった。
それを聞いていた神田がすかざず反撃の突込みを入れる。

神田 「まあまあ、委員長。
現実で叶わぬ夢もここでやったら叶うで。
その気になればNPCのイケメンを思う存分引っ掛けられる!委員長”でも”。」

委員長「”でも”?」

神田 「~~~~~♪」

神田は得意気な顔で口笛を吹いた。委員長をからかうのが面白いようだ。

委員長「ムカッ!ムカッ!ムカッ!」

豪はアクションシーンが始まる事を予感した。

豪 「あーーーー!やめてください!こんな狭い車内で!」

委員長はいきなり大きな声で神田にがなり立てた。





委員長「 神田あ!







神田 「 うわああああああ!!










最上階に着いた。

その時、矢樹がクリスの携帯に通信して来た。
クリスはポケット内に出現していた擬似の携帯電話を取り出した。

矢樹 「クリス、聞こえるか?
充分注意しろ。ローレンスが出て来て向こうに引き込まれそうになったら、こちらで判断して回線を切る。いきなりの遮断にいつも備えていてくれ。それは精神負担になるからな。
またその展望室には”ゲート”があるかも知れない。今からスキャンニング装置を出すからそれでスキャンしてゲートを探し出してくれ。」

クリス「スキャンニング装置?」

矢樹 「その車のダッシュボードのボックストレイの中に出現している筈だ。私がプログラムを書いて擬似の世界に出現させた。」

クリスがボックストレイを開けると携帯電話に似た形の機械があった。

矢樹 「それを周囲にかざしてくれ。もし向こうへのゲートがあれば反応する。」

クリス「わかりました。」

矢樹 「それから銃も出して置いた。バーチャルな銃だが、この世界では相手を驚かして気絶させる威力がある。でもこれらは単に”プログラム”に過ぎないから、ローレンスに引きこまれた際に向こうの世界へは持っていけない。それを忘れるな。」

クリスはスキャナーの奥にあった銃を取り出した。そして皆に配った。






スポルティーファイブ 第6話 過去の恋 [act.30]


最上階の一番奥の扉の向こうに側に展望室があった。

車をその扉のすぐ前まで持って行き、そこで再び止めた。
それからメンバー全員が車から下りて、クリスはスキャナーを周囲にかざした。
すぐに反応が現れた。

クリス 「やはり展望室の中にゲートがあるようだ。」

神田 「うひょう!すぐに反応が出た!おもしろいねえ!まるで委員長をからかった時の反応みたいや!」

委員長「神田……。」

神田 「あう。」





クリス「矢樹博士、反応が出ました。」

矢樹 「ああ、わかっている。今、分析中だ。少しそのままで待ってくれ。」

矢樹は周囲の空間のプログラムの解析作業に入った。

クリスは矢樹からの指示を受けて部屋の中に入った。
パッと見たところ、そこはまったく普通の展望室だった。広々としていて見晴らしがいい。双眼鏡は何機か備え付けてあるが、ゲート発生器のような特殊な装置は見当たらなかった。天上いっぱいに広がる窓からは青い空がのぞいていた。

矢樹 「ここが”ゲート”だ。間違いない。
クリス、君が立っているその数メートル先、ちょうど部屋の中ごろに”ゲート”がある。」

クリス「で、どうします?僕らはこのままゲートの中に入れるんですか?」

矢樹 「今、計算中だ……。」

それからしばらく矢樹は計算し続けた。
そして……、

矢樹 「クリス。ローレンスの残したパスワードを見つけた。それを入力すれば、そのゲートをくぐって向こうの世界へ転送できる。
そのままでゲートの中に入れる筈だ。アンナやレイチェルさんが連れ去られた時と同じように。
君達は”電子体”として向こうの世界で”再現”される。この間、ローレンスがレッドノア艦内で使用したのと同じように、君達は一時的に”幽霊”となる。」

クリス「わかりました。行きます。」

矢樹 「ゲートのパスワードをそのスキャナーに打ち込め。パスワードは”ANNA・ELIS”だ」

委員長「アンナ・エリス……。」

神田 「単純なやっちゃな、もうローレンス君は。」

委員長「貴方が言うな!」

矢樹の指示通り操作してクリスはパスワードを入力した。
すると、とたんにこの部屋の中に光があふれた。それはまるで、綿雲が突然この部屋に入って来たかのような、ふわっとした感触の洪水の光だった。
4人は目もくらむほどの光の洗礼を浴びた。





神田 「うわーーーーーー!!!」





委員長「きゃーーーーーーー!!」





クリス「……………………。」






そして、その後、徐々に光りは弱まり、周囲が再び見えて来た。
光の収束はなおも続き、その光量はどんどん弱まって行った。
気が付くと辺りは薄暗かった。

委員長「なに?ここ…?」

周囲の暗さに目が慣れて来ると……、そこはさっきまでとまったく同じホテルの展望室である事がわかった。
でもやけに暗い。

外には雨が降っていた。見上げると空はその灰色の湿った雨雲に覆いつくされていた。
まるで綿のような分厚い雲の絨毯。
太陽の光が射しているようにはとうてい思えなかった。
雨はごうごうとその展望室のガラスを打ち続けていた。窓ガラスの一部は割れており、そこからは雨が吹き込んでいた。そして吹き込んだ雨が敷き詰められたカーペットの一部を濡らしていた。よく見ると、絨毯のそこら中にシミが出来ているのがわかった。

神田 「うわああ、またかいな!これやから”こっちの世界”はいやなんだよ。
まったくもう、天気予報聞いて来るんやったな!
雨、雨、雨……、雨やないか!
おまけに湿っぽくてカビが生えてるんじゃないか?」

クリス「ここの世界はいつもこんな気象状態だよ。ほとんど毎日のように雨が降っている。それに雨雲の為、いつも薄暗い。」

豪 「そうですよ。”レイドの記録”にあったでしょ?ここはいつもこんな天気なんですよ。
それに、前に”向こうの世界”に行った時もこんな感じだったでしょ?」

神田 「かーーーーーーーーー!!
ここはこんな天気が毎日続くのかいな?俺やったらすぐに気がめいるで。
なにせ俺の心は委員長と違ってデリケートやさかい。」





委員長「なにが”デリケート”ですって~~~~~~!!!」





ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!





その時、雷鳴が響いた。

委員長「きゃーーーーー!!!」

委員長が叫び声を上げた。

神田 「おっ、どうしたんや委員長?急にオンナっぽい声出してからに。
いつもの”うわああああ!”とか”ぐええええええ!!”とか”ぎゃあーーーーーー!!”はどうしたんや?」

委員長「私がいつそんな声を出しました?」

神田 「あう!」






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