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September 24, 2009
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カテゴリ: 母のこと
外房に太海という町があり、母はそこで育ちました。
実家は海鮮の卸でしたので、新鮮な魚で育ち私も魚をさばくのはいつの間にか出来るようになったので、母の魚料理の多さのお陰でしょう。
24時間(当たり前ですが)波の音が止まりません。
砂浜は、狭くなり以前の面影がなくなっていますが、小学校の頃にはひと夏を母の実家で過ごしました。
いつ来ても、懐かしく感じます。

夏の暑い日が続くと、砂浜が熱くて裸足では歩けなくなる程に・・そこに突然の通り雨。
水蒸気が上がり、砂浜が真っ白になり目の前が見えなくなります。
水蒸気が消えると、向こうに父の姿が・・・
私を迎えに来てくれました。

父は雨男なのです。

このところ、海が荒れていい魚が少ないと言っていましたが、
母の従姉が刺身を用意してくれ、さんまの刺身もあるのはさすがです。
午前3時過ぎ、沖にいさり火が見え、灯りがスーッと海の上を走っていきます。

子供の頃、夜中の海の灯りが空か海かわからず、宮沢賢治の銀河鉄道を思い出しました。
夕方になると、とんびが低空飛行となり怖かった。
早朝も、国道を低空飛行で滑走路のように飛んでいました。

墓参りの途中に、母はこの家は何々、この家は・・・と説明をしてくれますが
よく覚えている事に驚き、私の記憶には入ってきません。
認知症とは思えないほどで、昔のことははっきりしているようです。
お墓の場所は私がしっかりと、覚えていなければいけないなと思いながら、お線香に火をつけていると、どこからか白と黒の猫がやってきて・・・スリスリ

お墓に黒猫は似合いすぎています。

夜になると、母の友人の実家から沢山の鰹節が届きました。
女学校まで一緒だったようです。母の大学は東京でしたが、田舎の友達が一番良いようです。
友人は、姫路に嫁いでいますが母は来ることを連絡し帰っておいでと言ったようです。
さっき、その方と電話で話し来年母を私が姫路に連れて行くことになったばかりでした。

それでも電話は、少女のようにおしゃべりをしていました。
帰り道、母は運転をする夫に気を使っていました。
もう一人でこれない母ですので、本人が一番歯がゆいのでしょう。
娘ですので、出来る限り付き合うつもりです。
4年前に、母が危篤になった時に親孝行を出来ていない自分に後悔をしました。
元気になった時、それが出来る時間を貰えたと感じました。
今、同居は出来ていないけれど、この距離感が私に余裕をくれていると思っています。





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Last updated  September 24, 2009 07:22:37 PM
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