Serendipity

2020.03.11
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カテゴリ: つぶやき
東日本大震災から9年になりましたね。被災された皆様にとってはどのような年月だったことでしょうか。今も心の傷と闘っている方々も大勢いらっしゃることと思います。


・・・・・・


あの日、買い物のために外出していたところであの地震が起きました。

ここ関東でも、私がそれまでの人生で経験したなかで最も強い揺れを感じました。

家に帰ると、マンションの12階にある我が家の床には物が散乱し、めちゃくちゃになっていました。本棚を支えるための防災用の突っ張り棒は吹っ飛んでおり、床に虚しく転がっていました……。もしあの時部屋にいたら、吹っ飛んできた突っ張り棒は逆に凶器となり、危なかったかもしれません。

母と2人で黙々と部屋を片付けるなか、テレビでは東北各地の悲惨な状況が報道されていました。

私の両親は宮城県出身で、親戚の多くも宮城県に住んでいます。その日は祖母をはじめとする親戚たちとも連絡がつかず、心細い思いで過ごしました。

私にとっては、10歳までの楽しい子ども時代を過ごしたふるさとが、津波や火事でボロボロになっていく様子が信じられず、呆然とテレビ画面を見つめるばかりでした。気がつくと涙がこぼれていました。

親戚の無事が確認できたのはしばらく経ってからでした。ただ、それまで電話ではしょっちゅう話をしていた祖母と話すことができたのは地震から10日ぐらい経ってからやっとのことで、母が受話器を手に泣いていた姿は今も忘れられません。





実は、この地震の前の数ヵ月間は、私にとっては試練の時でした。

私は2004年の冬から2009年までの約5年間、ある病と闘ってきました。しかしながら2010年の前半、約5年間の闘病を経て、遂に通院を卒業することができたのです。

その頃の私は、もう30歳も超しており、やや遅すぎる青春という感じではありましたが、これから先はそれまで病気のためにできなかったことを何でもやってやろう!と思っていました。私の人生の快進撃の始まりだ!……と。

けれども、そんな希望に満ちた時は長くは続きませんでした。数ヵ月もすると、私の体はまた不調に陥り始め、その年の秋には再び治療が始まったのです。

新たな船出を夢見ることができたのはほんの数ヵ月だけで、また病院に戻ってきた私。

私の人生って何なんだろうな……。

ただむなしくて、もう涙も出ませんでした。


・・・・・・


そして、3.11がやって来ました。

巨大地震への恐怖感、ふるさとの惨状、なにも知らされず突然命や大切な人を奪われた人たちの姿……。

それまで私は、自分のことを憐れな奴だと思っていたんです。20代の半ばからずっと病気で、たくさんのつらい思いをしてきたから。



生きたくても生きられなかった人たち。

その人たちの分も、生きないと。

いつまでもふてくされていないで、生きないと。

そう気づかされました。


・・・・・・




でも、私はひとつだけ、絶対に決めていることがあります。

この先も生きていく。

何があっても。

それが、東日本大震災が私に教えてくれたことであり、私の3.11です。


・・・・・・


東日本大震災で亡くなられた皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。







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最終更新日  2020.03.11 20:14:35
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これまで翻訳業界を中心に、英語を用いていろいろな職業を経験してきました。

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