厦門、蘇州、東莞 旅は続く
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帰国して なんとなく1カ月 生活のリズムづくりと歯の治療にと過ごしていたら大震災です津波で実家が流されてしまい 写真アップしました家族は無事避難娘が迎えに行ったのに避難を拒否した伯父さんは亡くなりましたしかし、遺体はすぐに見つかり火葬されたのでなんとか完了という感じ 実家が海の近くですが、そこで生まれ育った親戚はほとんど無事でした。亡くなった伯父さんは群馬出身だったので津波の恐ろしさを見くびったか。海沿いでは小さいころから津波の恐ろしさは語り伝えられていますからすぐ逃げます。私も子供のころは、南米も含めて地震、津波注意報があると寝る前に枕元に避難用の服やランドセルを準備して寝たものです明治生まれの祖母が生きていたとき、昔、大変大きな津波があり、実家の近くの山の上まで波が来たと言っていたそうです。明治初の三陸津波のことでしょう。今回もその場所まで波が来たそうです叔母さんがその小高い丘に避難していて、そこまで来た波に流されそうになったけど木にしがみついて助かったそうです。その少し下にあった避難所は流され、避難した人たちは流されてしまったそうです家の近所の人たちですが 大変残念です。明治時代にそこまで波が来ていたのなら 避難所はすべてもっと高い場所にするべきだったのではないかと思います。義理の兄は国道45線で逃げる車の渋滞にはまり絶体絶命だったけど運良く車から抜け出し泳いでパチンコ屋さんの2階にたどりついて助かったそうです。一晩 連絡がとれずだめかと思いましたが翌日、実家近くで被災を免れた姉の家にかけつけると、義兄が帰ってきました。よかったよかった避難所で近所の人や親戚の消息を聞き とりあえず家族や親戚の多くが無事だったので 。。。問題は、母を引き取ったので 生活の変化と嫁のケアでしょうか
2011.04.03
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