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将一(しょういち)の曾祖父は旧制高等学校時代に柔道部に在籍しており、相当な猛者であったらしい。
「お前はひい爺ちゃんの生まれ変わりだ」
「面差しがよく似ておる。本当にそっくりだよ」
「同じ遺伝子を持っておるんだ。クローンじゃ」
将一は親戚の集まりに出ると口々にそんな事を言われてきた。
本家の仏間に掛けられている曾祖父の色褪せた写真を見ると、確かに似ている。
逆八の字の眉、人を強圧するような目、ぎゅっと引き結ばれた唇。
「生まれ変わりであってたまるかい」
写真を見上げながら、将一は独りごちる。
クローンという言葉にも苦笑してしまう。
第一、聞いた話によれば、曾祖父は気性も相当激しかったようだ。
将一はどちらかと言うと落ち着いたタイプであり、激怒した経験などほとんど無かった。
ただ、一見強面のため、また、曾祖父と同じく柔道をやっているのもあり、学校では他の生徒達に遠巻きにされるといった現象はあった。
また、時に血の気の多い連中から喧嘩を売られる事もあり、これには全く辟易した。
結局仕舞いにはその相手と気心の知れた仲になるというのがパターンであったが、この場合も、将一が激するほどにはならなかった。
テンションが上がりにくいタイプなのかもしれない。
現在、彼はA大学の教育学部に在籍し、勉学と柔道を生活の中心に置き、規則正しい毎日を送っている。
柔道の稽古は週に5回2時間ずつあり、内容は結構ハードである。
将一もそうだが高校総体などでベスト16や8に入った経験のある部員も何人かいる。
加えて現役で頑張っているようなOBの猛者達も稽古に来たりする。
そんな環境のなか将一は現在2年生だが、無事引退するまで続ける気組みを持ち、汗を流している。
7月末のある日、試験も終わったし今日は稽古も休みだと、のんびりキャンパスを歩いていると不意に肩を叩かれた。
びっくりして振り向くと、夕陽を背に立っていたのはB大学法学部2年の岩瀬利紀(いわせ としき)であった。
「岩瀬、なんでこんな所にいるんだ」
将一と出身中学が同じな上、柔道をやっている男なので、東京に来てからも時々会っている間柄だ。
「そろそろ暇になったんじゃないかと思ってさ、来てみたんだ」
岩瀬は目鼻立ちの整った顔をほころばせて嬉しそうにしている。
「何だよ、気持ち悪い奴だな」
将一は、いつもすかした態度でいる岩瀬を知っているので、違和感を持ってそう反応した。
「そんな言い草は無いだろう」
それほど不愉快でもない表情で、岩瀬が返す。
「どうしたんだ、突然。連絡してくれりゃあいいのに」
将一が言うと
「うん、急用ができたからさ」
岩瀬は筋の通った鼻をこすると、その指で門の外をさした。
将一が訝しげにその方向を見ると、ポプラ並木の歩道に女性がひとり佇み、俯いている姿があった。
「あのポプラの木の根元にいる女の子ね、俺のとこのマネージャーなんだ」
岩瀬は女性の様子を捉えている将一の眼差しを観察しながら、教えた。
「お前の柔道部の?マネージャーが、何でここに」
将一は岩瀬を見向いて質問した。
「5月に都内で大会があっただろう。その会場でお前を見掛けて、気に入ったらしい。うふっ・・紹介してほしいと・・頼まれたんだ・・」
岩瀬は言い終わる前に堪えきれず、クックと笑い出した。
「何言ってんだお前」
将一はいつもの冗談口と思い、まともに取り合わなかった。
「本当は何の用事なんだ」
憮然として腕組みをしている将一に岩瀬は真面目な顔になって
「いや、実は本当なんだ。俺がA大柔道部の本田将一と友達だって言ったら、是非紹介してほしいと、今日彼女に頼まれたんだ。こういうことは早い方がいいと思ってさ、早速来たわけだよ」
将一は自分と同じ位の高さにある岩瀬の目の中を覗き込んだ。
嘘ではないようだ。しかし、まさかである。
「本気かよ」
もう一度、女性のほうを見ると、今度は彼女も気がついて会釈をしてきたので、将一も何となく返した。
遠目だが、かわいい感じがする女性だと彼は思った。
「なあ、これから3人で食事でもどうかな」
岩瀬は、女を口説くような声音で将一に囁いた。
「馬鹿!俺は困るぜ急に・・」
将一は、ニヤニヤしている岩瀬から飛びのいて、こそばゆそうに耳をこすった。
岩瀬はその様子を見るとまた真顔になって
「お前、女性のほうから勇気を出して来ているのに追い返すのか。それでも男かい、えっ?」
そう言われると返す言葉も無い。
将一は気持ちが落ち着かないまま、岩瀬に強引に引っ張られて、食事に向かう事となってしまった。
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