ゲン子ちゃん…
HMAツアーでは、行方知れずになったチャーリーを日本全国で待ち続けていた ゲン子ちゃん
そんなチャーリーと巡り会う度にいつも 焼き物系のディナー
をおねだりしていた ゲン子ちゃん
それ以前に、 オルケスタ・デ・ラ・ルス
のTIMBALESである GENTAさん
そんなGENTAさん、
デ・ラ・ルス以外にも、今になって『 GANGA ZUMBA
』のドラマーとして活動していたことを初めて知りました。
GANGA ZUMBA/DISCOTIQUE
GANGA ZUMBA/HABATAKE!
そんなGENTAさん、
そのGANGA ZUMBAを2006年12月31日をもって脱退したというニュースを
スペースシャワーTVのメルマガで知った。
デ・ラ・ルス
に GANGA ZUMBA
に アーティストサポート
ゲン子ちゃん、何股かけていたのォ~っ!?
(by.チャーリー)
今回のメルマガで「GENTA脱退」の記事を読んで、
改めて、GENTAさんのことを「ちょっとだけ」「上っ面だけ」だけど知りたくなって検索してみた。
GENTAさんの 打楽器捌きは 生で見ないとそのカッコよさは分からない
と思う。
単なる “陽気なボウズ” “ドラムやパーカッションの上手なボウズ”
なんじゃないんだよね。
流浪なミュージシャン
っていうイメージをこの件で抱きました。
(とっても良い意味での)社会不適合者
なところが羨ましくもあり、カッコえぇ~と思いました。
とりあえずGENTAさん…
宮田和史、山崎まさよし他、サポートアーティストは見放さないで下さい<m(__)m>
~以下、プロフィールのコピペのコピペをコピペ~
'84年。大儀見元のさそいで、オルケスタ・デ・ラ・ルスを結成。
'88年、オルケスタ・デ・ラ・ルスはN.Yへライブツアー。同時に米米クラブ、 Parlのライブ参加。
'89年、デ・ラ・ルスデビュー。世界で売れる。ビルボ-ド・ラテン・チャ-トで11週1位。 デラルスのツアーの帰国後、芝浦ゴールドで、HOUSE、HIP HOPイベントに初参加。 そこで出会った、UFOの3人が「アシッド・ジャズっていうのやってるんでテープ 聞いてください」と持ってくる。これだっと思いデ・ラ・ルスを脱退し、アシッドジャズに傾倒する。
'92年、BINGO BONGO結成。メンバーの中山ゆうすけ君をユースケ・サンタマリアと命名。 同時に、UFO、MONDAY満ちる、RAM JAM WORLD、DJクラッシュ、電気グループなどの ツアーやレコーディングに参加。
'95年、BINGO BONGO解散後ACO「ヌード」、の半分ぐらいプロデュースや山崎まさよし 「HOME」のプロデュースやバック等で参加。
'96年、「たいこってもっとカジュアルなものだぞ」と思い、クラブSTAFF、DJ、販売員等 様々な人が集まり、代々木公園でパーカッションのセッションパフォーマンス集団JIVE JAMBOREE結成。この辺からスカパラを始め、すごい数のセッションをこなす。 99年からは、Sugar Soul、Silva、Birdなどのツアーをこなし、今年、話題の新生オルケスタ・デ・ラ・ルス結成の原動力となり、また、Birdと共に、アシッド・ジャズ 回帰的なサウンド作りを進め、自らがイイと思うサウンドの継承に情熱を傾けている。そんな彼のDJは、UFO、KJM、MONNO GROSSO、インコグニート、等など、クラブ・ ジャズが最も、フレキシブルで様々なシーンとクロスオーバーしていた時期のアシッド・ジャズ~ジャズ・ハウス~ジャズ・ファンク等を基調に、彼のラテン的な キャラクターからくる様々なサプライズを織り交ぜたサウンドをプレイ!酒と音楽が大好きでラテンな彼のプレイは、めちゃくちゃポジティブで、必見です。
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