コスモポリタン

コスモポリタン

ホメイニ



第二次世界大戦中に、イギリスとソ連はイランの石油をドイツから守るという名目でイランに侵入した。
 注:大戦前からイギリスはイランの石油を支配していた。

しかし戦後、ソ連がイランに石油会社を設立することを画策。

自国の石油利権をソ連に取られないためにイランはアメリカの援助を受けて阻止した。

そんな中でさらにイランは民族運動が高まり、世界大戦前からイギリスが支配していたイラン国内の石油産業を国営化することを断行し、1952年にイギリスと国交を断絶した。

それに対してイギリスが、アメリカ・フランスと結び、イランの石油を世界市場から締め出したために、イランは財政危機におちいった。

だが、大規模な石油産出国であるイランをアメリカがほっておくはずもなく、以降イランは、ソ連とアメリカの石油利権獲得に悩まされることになった。

そしてアメリカ・ソ連の間で中立を保つことなどできず、結局イランはアメリカの支援を受けて、イランの石油についてはアメリカを中心とする国際合弁会社がイランと利益を分け合う形で経営することになった。

こうしてアメリカの影響力が増大したイランでは近代化とアメリカ文化の受け入れを進めていった(白色革命)。

しかしアメリカを模倣した近代化は、貧富の格差拡大、財政の悪化を招くことになり、そして1978年から起こった民衆によるデモは、その後1年間継続し、翌年の1979年、ついにイスラム教の高位聖職者たちにより、イスラム信仰に基づいた法律を制定して統治を行う、イスラムの伝統に回帰するイラン革命が起こった。

このイラン革命の主導者がホメイニなのである。

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