Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年03月26日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-40最終章(三百九十九)
 カントの実像を東洋の最果て日本では、過去どの様に捉えられていたのかは、江戸・明治に跨る西周(にしあまね)や加藤弘之を揚げるまでもなく、カントを進歩的或いは革命的哲学者として評価し、井上円了(いのうええんりょう)にいたっては、自ら建立した哲学堂に、孔子・ソクラテス・釈迦と並んでカントを据えています。明治も末年から昭和の初期まで哲学はカントの代名詞でした。戦前に学生に歌われ流行った「デカンショ節」は「デ」はデカルト、化「カ」はカント、「ショ」はショーペンハウアーを意味すると言われる程哲学的にはポピュラーな存在でした。此の誘引は明治初期以来の紹介した哲学者としてのカント像、即ち、小市民的で個人主義者、或いは進歩的で革命的な側面、更には仏教や儒教はたまた封建主義の妥協者として受け止められています。日本の倫理教育と云えばカントの代名詞です。日本のカント像は現実生活における側面が強調され、カントの深遠な思考であるインド大陸のシッダルタの思考に近似した「物自体」の霊性は破棄されていたのです。カントにしろシッダルタにしろ人間の霊性を完全には否定はしません。「神」を完全否定しない態度もカントしろシッダルタも共通しますが、カントは神を「存在有」と象徴したのに対し、シッダルタは限り在るものとしているのが異なります。若かりし頃の記者はカントが道徳の見本だと見做して嫌悪感を抱いていたものです。
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井上円了1

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最終更新日  2016年03月26日 06時36分50秒
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