Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2016年08月26日
XML
カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/フォイエルバッハ34(五百二十一)
 新教「基督教」は、使徒や聖者を通じて宗教的感動と心情を民衆、後世には為政者の心を揺さぶります。然し乍ら、フォイエルバッハにとっての人間学から観想すれば、その対象たる「神」は人間の観念のなかにしか存在せず、人間の人間に対する相互の感動を否定する。従いて、其れは「宗教」を標榜しながらも、他面に「宗教」の否定を含有する。生身の人間としての同じ血脈に対する配慮を神の言葉のもとに卑小化する。人間が生を受けたと同時に、率先する命題は観念世界の「神」ではなく、現実生身の愛と心情が率先しなければならないと述べます。物的実践を率先して実行した良寛を思い浮かばせる文言(もんごん)です。このフォイエルバッハの要請、人間と自然に対する「信仰」への呼びかけは、それ自身、全く正当な凡そ人間である限りでは否定しえない要請であるにしても、現実主義が表立ち過ぎます。其処にフォイエルバッハの思考が普遍化しえなかった要素が潜みます。この要請には、一般的にはキリスト教的信仰をもっては答えることが出来得ない問題を抱えています。フォイエルバッハが明らかにした通り、答えはあれこれの思想としての思想、哲学としての哲学であることは有り得ない。思想でありながら、観念としての思想を出て、超越者ではなく、生身の人間の元に、他者のもとに往くことを教え命ずる様な思想、哲学でありながら、生活することを要請する哲学、即ち己れ自身の否定をはらんだ思想・哲学は「形而上哲学」を離脱した「社会学」でなければならない。フォイエルバッハは社会科学者と呼称されるべきかもしれません。
cap-hiroのプロフィール
良寛1

哲学・思想 ブログランキングへ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016年08月26日 06時30分53秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: