Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年01月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル36/ニーチェ5(六百五十二)
 弱冠二十四歳の在学中にはニーチェは博士号も教員資格も取得していなかったにも拘らず、師事していた教授、多分にリッチュル自身の学檀上の名声向上の下心は歪めないものの、リッチュルの「長い教授生活の中で彼ほど優秀な人材は見たことがない」という強い推挙もあり、ニーチェ自身は哲学教授を望んでいたでしょうが、博士号も教員資格も取得していな彼をバーゼル大学が古典文献学の教授として招聘したのです。1460年に創立されたスイス最古の大学であり、卒業者にユングが在籍したことでも有名なバーゼル大学に赴任に先立ち彼は、ドイツはプロイセン国籍を離れ、事情があってでしょうがスイス国籍は取得せず、無国籍者と成り生涯を終えるまでどの国にも籍を希望していません。師事した教授リッチュルと同じヴィルヘルム4世に因(ちな)んだミドルネームを「ヴィルヘルム」もも捨て去っています。ライプツィヒ大学でギリシア宗教史家エルヴィン・ローデの影響から古代ギリシアに関する古典文献学を研究した彼は、厳然たる態度の講義が評判で、ホメロスの詩篇研究の縁もあり神学教授フランツ・オーヴァーベックや古代ギリシアやルネサンス時代の文化史を講じていたヤーコプ・ブルクハルトとの親交が始まり、その講義に出席するなどして深い影響を受けています。然し乍ら、彼の思考の基底には哲学思考の方法論的論理があり、厳密な古典文献学的手法を用いない彼の論文は散々叩かれ、哲学科への異動を希望するが認められず苦悩の日々を過ごします。此の時期にニーチェに於ける至極の女性でも現れていれば彼の人生観も変わったでしょうが、彼には女難の相があるのか其の後の女性との出会いは惨(みじ)めです。
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若かりしニーチェ1

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最終更新日  2017年01月07日 06時09分47秒
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