Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年07月12日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ53
 シッダールタの肉体から精神を昇華させ、其の精神から「我」を棄捨(きしゃ)する真意を当時の西洋の哲学思想家は、先ず、「自己」からの思考に起点を置くために理解し難いものがあったでしょう。逆に取ると、人間性を亡きものとするものと映ったかもしれません。対して、スピノザは心身の合一という我々の現実的なありかたに立ち位置を設定し、精神は身体から独立にある筈もなく、身体も精神から分離独立とはなりえる筈はない。それは人間の精神の変化・変遷は身体の変化・変遷の状況にに対応しているからと解きます。「唯心論」が主張する身体に先だって精神があるとする思考、「唯物論者」の人間の精神に先だって身体があるとする主張も当(とう)を得ない。人間の精神と肉体としての身体は分離され得るものではなく同一存在なのだ。肉体は滅びても無くなるものものでもなく変化・変遷し、肉体に伴う精神も同様に変化・変遷するものであり、「無」と帰する筈もなく、所謂(いわゆる)同一存在における心身平行論を主張します。人間の有限なる精神は、全自然を認識する「或る無限の知性」の一部分であることから、この世界内全自然を「或る無限の知性」の一部分を「想念的(objective)」に自己内精神に含有するところの思惟する無限の力(potentia infinita cogitandi)によって形成される個々の思想と、この力によって観念された自然の中の個々の事物とは、同じ仕方で進行するとしています。すなわち思惟という側面から見れば自然は精神であり、延長という側面から見れば自然は身体である。精神を構成するところの観念とその対象の秩序は、同じ実体の二つの側面を示すから一致するとし、人間は「神」の構成の一部だとします。
potentia-infinita-cogitandi1

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最終更新日  2017年07月12日 08時28分17秒
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