Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年10月04日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ133
 宗教、なかでも唯一神を称(とな)える宗教の旧約のユダヤ教、新約のキリスト教、最も歴史が新しいイスラム教は神格の名称こそ違(たが)えども「ヤーウェ「ヤハウェ(Yahweh)、エホバ、アッラーフ 、(或いはアラー、アッラー)」は共通して一の神をヤーウェを顕しています。然し乍ら、旧約の著作者と目(もく)されるユダヤ民族解放の父モーセにしろ、ゴルゴダの丘で十字架に架けられたイエス・キリスト、偉大な預言者ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフにしても神の形姿を見ることはありませんでした。宗教でさえ「神」は人間には観想は成し得ても実体に相見まえることは不可能時です。精々(せいぜい)が、神の一表現としての天使或いは堕天使を通して神を知るのみです。旧約の著述でモーセの不割礼に怒り殺そうとして出たきたのも、旧約では神と顕していますが神の使いである筈で誤訳です。宗教も形而上哲学もアインシュタイン等一部の物理学者も世界の創造主であり時間や空間は「神」の手によるものであり、神は{虚」とは無縁とします。{虚」とは人間が思考の解決が出来得ないときの逃れの「点の定め様がない夢空間」です。宗教でさえ{虚」を認めないのであれば、哲学は{虚」を否定すべきなのは自明の理でしょう。此の西洋的哲学の思考の流れはスピノザのみならず西洋哲学のなかで無神論や虚無主義者を除いては皆無と断言したほうが健全若しくは賢善です。社会的に生きる人間は、動物園の飼育動物さえストレスに晒され生死の状況が変わる世界に生きています。人間が思考のなかに{虚」を持ち込むときには人間胎生のときより関わる(かかる)伴侶である「死」、一対の「生」を育む狂気若しくは死が待ち構えます。其の死にさえ悶え、悩に自己から死を望む人間には、恐らくは彼或いは彼女には死後さえ安寧を齎すことはないないでしょう。
MountainOfYahweh1

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最終更新日  2017年10月04日 06時42分14秒
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