Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年11月19日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」時間と霊魂26
 時間は世界の創造以前に「常有」していたのか。旧約の書き出し、創世記のはじめには神が時間を齎(もたら)せたとは記されていません。抑々(そもそも)が「神の時間」と人間の時間とに接点が在るとすれば、円環的な時間観が、屡々、顔を見せる旧約に続くキリスト教的時間観、過去から現在そして未来へと流れる、見方を変えれば、未来が現在へと近付き現在となり過去へと流れる円環的時間観とは相違する観念があります。何に故かと問われれば、決定的なことは、神の子の受肉としてのイエス・キリストのこの世への到来、その死と復活という、歴史の只中で一度限り成されたとされる神の啓示が再度繰り返されないことを説くからです。此のことなしには、反復されない一回で決定的な出来事とされ、それを唯一の根源としてのキリスト教の救済史観が成り立たたないからです。キリスト教は反復不可能な時間観で成り立ちます。それを唯一の根源としてキリスト教の救済史観が成り立っていると云えます。反対に時間を円環として回り続けるイメージで捉えれば、時間に始まりや終わりがあるかないかという面倒な問題が避けられることから、此の立場を取る思考にも根強いものがあります。何れにしろ、神の時間と世界の時間との接点は世界の時間線を「無限の過去」或いは「神の世界創造」若しくは「無から有としてのコア(核)の出現と其の爆発後の時間の発生」としてのX軸上の線と捉えようが、「神」若しくは「絶対者」は、世界に始まりがあり終末があるならば、Y軸上の円錐を底辺とする頂点の大いさも何もない一点から伸ばされた円錐でしょう。神の子の受肉としてのイエス・キリストのこの世への到来、その死と復活というのは「永遠の瞬間」がX軸上の線に刻印した奇跡です。
Angelico1

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最終更新日  2017年11月19日 06時28分41秒
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