Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年12月23日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」時間と霊魂59<
 人間霊魂の発生に関わる「有」としての絶対存在・絶対意思・絶対意識の存在の背景には時間が関与していることには疑いを挟み得ないとの言もありますが、始まりがあり終わりがある人生の身体の終末を齎すのは、時間に拘束されな特異点「有」としての絶対存在・絶対意思・絶対意識の存在の「理(ことわり)」から生じているのです。其のこと所以に神の非創造物であり理性において人間が絶対意思・絶対意識の存在の様態の延長とするならば始まりがあり終わりがある人生の身体の終末を超えた精神存在への参加が許容される可能性はあります。此の場合には人間が転生するのではなく「有存在」への帰還若しくは一体化です。人間が「絶対存在である有」に一体化するとも云えますが我をもって参入することは絶対存在が勿論のこと許容しません。人間霊魂は敢くまで「有存在」の絶対意思・絶対意識の受動態として働くのであり、逆の方向は有り得ない一方通行道路に過ぎません。世界時間は大乗の時間観とは相違し、絶対存在の時間は時間線上をただ一点を別にすれば世界時間には表示仕切れません。其の時間線上のただ一点の特異点とは神の永遠にして瞬間の現在只今の寸断されない体験する時間の瞬間に人間精神が感応すれば「瞬間」は永遠的に変貌し絶対時間に同化します。大乗の時間観とは微妙に思考が離れてはいますが、西洋的認識では大乗の祖「龍樹(ナーガール・ジュナ)」の過去・現在・未来を否定する現在時が「神の絶対時間」との接点です。人間がベルグソンが説く持続時間を超えた思考精神に恵まれ時間の物理的流れから解放され寸断・連続が可能となれば人間も「永遠の瞬間」に相まみえることも不可能事ではありません。生前に其れを得度した人物を著者はシッダールタを除いては知りません。イエス・キリストも人間の霊魂と身体を授けられている以上、時間の流れからは逸脱あい叶わぬ制約がありました。




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最終更新日  2017年12月23日 07時17分35秒
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