Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2018年08月01日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」神秘学132
 パタンジャリが説いたアシュタンガ(八支則)の最終段階である第八段階、もはや人間個々の自我の認識領域を越えたサマーディ「三昧(さんまい)」、「生命の智」を齎す領域、覚りの領域に限りなく近付き浸入していきます。「梵我一如」の心境「神我」と「真我」を区別し得ない心境に到達するのです。仏教で云う我執を放棄したことによる無我の境地を手中にし「自己」や「他者」、将又「内界」や「外界」は意味をなしません。仏教、なかでも大乗の祖、仏教哲学の第一人者ナーガールジュナが「空論」で解き明かそうとした「空」が俎上します。「空」とは無でもなく永劫不変の有でないのは勿論のこと、西洋哲学の何がしろの「在る」でもなく、直感的洞察や啓示の働きの場として、因果や空間を超えた神的で人間の想念や意識を超えた見えざる絶対意識の領域です。謂わば「有と無」超えた想定外の世界です。但し、ヨーガのサマーディは宇宙的意識が働く空間であり直感的洞察や啓示の場として捉えています。人間精神が唯一絶対の理(ことわり)、宇宙的世界意識との接点、「神我と真我」を合一の場として認識し、自己の場としての再認識と精神生命の連鎖を合点し感涙の瞬感が訪れます。アーナンダマヤ・コーシャ(歓喜鞘)の開示される領域に踏み込んだ証(あかし)なのです。ヨーガ・スートラは、この体験を「真我がその周囲を取り巻いている自然的存在と自分とを混同していた過失に気づいて、その束縛から脱出することである」と説明していますが意味は深奥伸長です。ヨーガ・スートラの八支則についての構造と行法は形而上哲学を追求するのにも一考の価値がある筈です。



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最終更新日  2018年08月01日 06時45分34秒
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