Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年03月28日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-362
 スピノザは人間の精神感情の基底にあるのは欲望と喜びおよび悲しみの三者を基本とした感情であり、他に数多く表現される諸感情は、此れ等三者の合成の在り方だとします。そして此れ等三者を能動的感情と受動的感情に区分けし、能動的感情と受動的感情を併せ持つのが欲望と喜びであり、受動的感情のみを持つのが悲しみの感情形態だとします。誰もが好き好んで悲しみを請い求めるとは思えないからでしょう。:記
 定理五八 受動である喜びおよび欲望のほかに、働きをなす、つまりは能動的である限りにおける我々に関係する他の喜びおよび欲望の感情が存する。
 証明 精神は自己自身および自己の活動能力を観想する時に喜びを感ずる(この部第三部の定理五三 精神は自己自身ならびに自己の活動能力を観想する時に喜びを感ずる。そして自己自身ならびに自己の活動能力をより判然と表象するに従ってそれだけ大なる喜びを感ずる。により)。ところで精神は真のあるいは妥当な観念を有する時に必然的に自己自身を観想する(第二部定理四三 真の観念を有する者は、同時に、自分が真の観念を有することを知り、かつそのことの真理を疑うことができない。により)。ところが精神は妥当な観念を有する(第二部定理四〇の備考二 上に述べたすべてのことからして、我々が多くのものを知覚して一般的ないし普遍的概念を形成することが明白に分かる。要約:すなわち次の手段でとして、一 漠然たる経験による認識。二 第一種の認識、意見(オピニオ)もしくは表象(イマギナティオ)。三 理性(ラティオ)あるいは第二種の認識。すべからく、二種の認識のほかに、私があとで示すだろうように、第三種のものがある。我々はこれを直観知(スキエンティア・イントゥイティヴァ)を妥当な観念から事物の本質の妥当な認識へ進むものとして云々。により)。ゆえに精神は妥当な観念を有する限りにおいても、言いかえれば(この部第三部の定理一我々の精神はある点において働きをなし、またある点において働きを受ける。すなわち精神は妥当な観念を有する限りにおいて必然的に働きをなし、また非妥当な観念を有する限りにおいて必然的に働きを受ける。により)働きをなす限りにおいても、喜びを感ずる。
 次に精神は明瞭判然たる観念を有する限りにおいても、また混乱した観念を有する限りにおいても、自己の有に固執しようと努める(この部第三部の定理九 精神は明瞭判然たる観念を有する限りにおいても、混乱した観念を有する限りにおいても、ある無限定な持続の間、自己の有に固執しようと努め、かつこの自己の努力を意識している。により)。ところが我々はこの努力を欲望と解する(同じ定理の備考により)。ゆえに欲望は妥当な認識をなす限りにおいての我々、すなわち(前記:この部第三部の定理一により)働きをなす限りにおいての我々にも関係する。Q・E・D・此れが証明すべきことであった。
 スピノザの精神感情の認識論は認識論哲学を超えて精神分析学としても優れており、後世のオーストリアの心理学者ジークムント・フロイト(独: Sigmund Freud、1856年 – 1939年)への影響をも推測させられます。



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最終更新日  2022年03月28日 06時10分04秒
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