Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年04月17日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-382
 第四部序言の中文の後半部:人間精神・感情の起生原因の主旨*記
 ところで目的原因と呼ばれている原因は、人間の衝動が何らかの物の原理ないし第一原因と見られる限りにおいて人間の衝動そのものにほかならない。例えば「居住する」ということがこれこれの家屋の目的原因であったと我々が言うなら、たしかにそれは、人間が屋内生活の快適さを表象した結果、家屋を建築しようとする衝動を有した、という意味にほかならない。ゆえにここに目的原因として見られている「居住する」ということは、この特定の衝動にほかならないのであり、そしてこの衝動は実際に起成原因なのである。この原因が同時にまた第一原因と見られるのは、人間というものが一般に自己の衝動の原因を知らないからである。すなわち、すでにしばしば述べたように、人間は自己の行為および衝動を意識しているが、自分をある物に衝動を感ずるように決定する諸原因は知らないからである。
 なおまた自然が時に失敗しあるいはあやまちを犯して不完全な物を産出するという世人の主張を、私は、第一部の付録(要約:人々は生起する一切が自分のために生起すると思いこんでからは、すべての物について、彼らに最も有用な点を重要事とする判断への論駁)において論じたもろもろの虚構的な考えの一つに数える。
 このようにして、完全および不完全とは実は単に思惟の様態にすぎない。すなわち我々が同じ種あるいは同じ類に属する個体を相互に比較することによって作り出すのを常とする概念にすぎない。私が先に(第二部定義六 実在性と完全性とは同一のものであると解する。)実在性と完全性とを同一のものと解すると言ったのもこのためである。すなわち我々は自然における一切の個体を最も普遍的と呼ばれる一つの類に、言いかえれば自然におけるありとあらゆる個物に帰せられる有という概念に、還元するのを常とする、こうして自然における個体をこの類に還元して相互に比較し、そしてある物が他の物よりも多くの有性あるいは実在性を有することを認める限り、その限りにおいて我々はある物を他の物よりも完全であると言い、またそれらの物に限界、終局、無能力などのような否定を含むあるものを帰する限りその限りにおいて我々はそれらの物を不完全と呼ぶのである。これを不完全と呼ぶのは、それらの物は我々が完全と呼ぶ物と同じようには我々の精神を動かさないからであって、それらの物自身に本来属すべき何かが欠けているとか、自然があやまちを犯したとかいうためではない。なぜなら、物の本性には、その起成原因の本性の必然性から生ずるもの以外のいかなるものも属さないし、また起成原因の本性の必然性から生ずるものはすべて必然的に生ずるからである。
 スピノザの云う神存在を世界=宇宙=自然と捉えれば、宇宙・世界・自然の予定調和説が浮上します。然し乍ら、宇宙は真実、全き交響曲を奏でるのでしょうか。其れには量子理論の不確定性原理やホーキング博士のブラックホールの蒸発理論等の理論物理学が、スピノザの云う神存在を我々の面前に人類に提供する可能性を秘めます。:記



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最終更新日  2022年04月17日 06時10分04秒
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