Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年06月25日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-451
 前記:「高慢」と「傲慢」の違いは行動にある
「高慢」と似た言葉に「傲慢(ごうまん)」があります。「傲慢」とは「おごりたかぶり、相手を見下す態度であること」を意味する言葉です。「高慢」と「傲慢」は「おごりたかぶり、相手を見下す」という意味が共通していますが、二つの違いは行動にあります。「高慢」は自分が優れていると思いあがり相手を見下しますが、それをあからさまな態度で示すことはありません。一方で「傲慢」は相手を見下すことに加えて、自分本位に行動することを表します。相手を見下した後の行動によって、「傲慢」は社会生活上はより危険度が高く、「高慢」と「傲慢」を使い分けましょう。
 定理五七 高慢な人間は追従の徒あるいは阿訣(あゆ)の徒の現在することを愛し、反対に寛仁の人の現在することを憎む。(*参照:阿訣の徒・阿諛追従(あゆついしょう)の徒 「阿」は「おもねる」、「諛」は「へつらう」。「追従」も機嫌を取ることで、つまり「阿諛追従」は、上位者にへつらうことを硬く言った表現です。   <コトバンク>)
 証明 高慢は人間が自己について正当以上に感ずることから生ずる喜びである(感情の定義二八および六により)。この謬見を高慢な人間はできるだけはやくむことに努めるであろう(第三部定理一三の備考を見よ)。したがって彼らは追従の徒あるいは阿訣の徒(これらについての定義は略した。それはきわめて明白だから)の現在することを愛するであろう。そして彼らをその正当の価値において判断する寛仁の人の現在することを忌避するであろう。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった
 備考 ここで高慢の弊害のすべてを列挙するとしたらあまりに長くなるであろう。なぜなら高慢な人間はあらゆる感情に支配され、ただ愛および同情の感情から最も縁遠いだけだからである。
 しかしここに言わずにいられないのは、他人について正当以下に感ずる者もまた高慢と呼ばれるということである。したがってこの意味において高慢は、人間が自己を他の人々よりすぐれていると思う謬見から生ずる喜びであると定義される。そしてこの高慢の反対である自卑は、人間が自己を他の人々よりも劣ると信ずる謬見から生ずる悲しみとして定義されるであろう。このことが明らかにされた上は、高慢な人間が必然的に妬み(ねたみ)深いこと(第三部定理五五の備考 要項:人間は本性上憎しみおよびねたみに傾いていることが明らかである。さらにこの傾向を助長するものに教育がある。なぜなら、親はその子を単に名誉およびねたみの拍車によって徳へ駆るのを常とするからである。を見よ)、そして彼は、徳について最も多く賞讃されるような人々を最も多く憎み、これらの人々に対する彼の憎しみは愛や親切によって容易に征服されないこと(第三部定理四一の備考 憎しみの方が優勢を占めるならば、彼は自分を愛してくれる者に害悪を加えようと努めるであろう。この感情は残忍と称される。特に、愛してくれる者が憎しみを受ける何の一般的原因も与えなかったと見られる場合にはそうである。を見よ)、また彼の無能な精神に迎合して彼を愚者から狂者たらしめるような人々の現在することのみを彼は喜ぶこと、そうしたことを我々は容易に了解しうるのである。
 自卑は高慢の反対であるけれども、自卑的な人間は高慢な人間にもっとも近い。実際彼の悲しみは自己の無能力を他の人々の能力ないし徳に照して判断することから生ずるのであるから、彼の表象力が他人の欠点の観想に専心する時に彼の悲しみは軽減するであろう。言いかえれば彼は喜びを感ずるであろう。「不幸な者にとっては不幸な仲間を持ったことが慰安である」というあの諺はここから来ている。反対に彼は自分が他の人々に劣ると信ずれば信ずるだけますます多く悲しみを感ずるであろう。この結果として、自卑者ほど多くねたみに傾く者はないこと、彼らは是正してやるためによりも、とがめだてをするために熱心に人々の行為を観察することに努めること、最後にまた彼らは自卑のみを賞讃し、己れの目卑を誇り、しかも自卑の外観を失わないようにしてそれをやるということになる。こうしたことどもはこの感情から必然的に起こるのであって、それはあたかも三角形の本性からその三角の和が二直角に等しいということが起こるのと同様である。
 私がこれらの感情ならびにこれと類似の諸感情を悪と呼ぶのは、ただ人間の利益を念頭に置く限りにおいてであるということはすでに述べたところである。これに反して自然の諸法則は、人間がその一部分にすぎない自然の共通の秩序に関係している。このことを私はここでついでに注意したいと思う。なぜなら、私はここで人間の欠点や不条理な行為を語ることを欲して、諸物の本性およびその諸特質を証明しようとは欲していなかったなどと人に誤解されないようにである。事実私は、第三部の序言で述べたように、人間の諸感情およびその諸特質をその他の自然物と同様に考察する者である。そしてたしかに人間の諸感情は、人間の能力を表示するものでないにしても、少なくとも自然の能力および技巧を表示するものであって、その点は、我々が驚嘆しかつその観想を楽しむ他の多くのものと何ら異なるところがないのである。しかし私はひきつづき、諸感情について、いかなる点が人間に利益をもたらし、いかなる点が人間に害悪を与えるかを注意することにする。 (ネロの詩的才能と血縁者である母)



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最終更新日  2022年06月25日 06時10分08秒
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