Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年07月09日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-465
 記:通俗的解釈では「自由の人」とは、何ものにも強制されず自らの運命を自分で決めることができ、思いのままに生きる人とあります。然し乍ら、スピノザの云う自由人は厳密に述べるならばスピノザの定義するところの神「大宇宙の法則」さえ、自ら自由なる意思を意識しない存在と定義しています。まして、人間は自らに自由なる目的意識を存し得ないと断言します。此の章で述べるところのスピノザの「自由人」とは、スピノザの精神の全き目的意識の自由を意味するのではなく「徳(理性)をもって目的意識の精神の拘束にさえ対応し得るものとして認識する人間」と捉えるべきなのでしょう。万物創造の神ではない釈尊は、人間の外世界を変えるのではなく、人間の内世界に平安と自由を呼び込みました。
 定理七〇 無知の人々の間に生活する自由の人はできるだけ彼らの親切を避けようとつとめる。
 証明 各人は自己の意向に従って何が善であるかを判断する(第三部定理三九の備考 骨子:各人は、自己の感情に基づいて、あるものが善か悪か、有用か無用かを判断するのである。を見よ)。ゆえに誰かに親切をなした無知の人はそれを自己の意向に従って評価するであろう。そして彼はそれを受けた人からそれがより小さく評価されるのを見るとしたら悲しみを感ずるであろう(第三部定理四二 愛に基づいて、あるいは名誉を期待して、ある人に親切をなした人は、その親切が感謝をもって受け取られないことを見るなら悲しみを感ずるであろう。により)。ところが自由の人は他の人々と交友を結ぶことにはつとめるが(この部第四部の定理三七 徳に従うおのおのの人は自己のために求める善を他の人々のためにも欲するであろう。そして彼の有する神の認識がより大なるに従ってそれだけ多くこれを欲するであろう。により)、しかし彼らに対して彼らの感情から判断して同等とされるような親切を報いることにはつとめないでむしろ自己ならびに他の人々を自由な理性の判断によって導こうとし、彼自身が最も重要として認識する事柄のみをなそうとつとめる。ゆえに自由の人は、無知の人々から憎しみを受けぬために、そしてまた彼らの衝動にでなく単に理性のみに従うために、彼らの親切をできるだけ避けようと努めるであろう。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 備考 私は「できるだけ」という。なぜなら彼らは無知な人間であってもやはり人間であって危急な場合には、何より貴重な人間的援助をなしうる。このゆえに彼らから親切を受け、したがってまた彼らに対し彼らの意向に従って感謝を示すことの必要な場合がしばしば起こるのである。これに加えて、親切を避けるにあたっても、我々が彼らを軽蔑するかに見えぬように、あるいは我々が貧欲のゆえに報酬を恐れるかに見えぬように、慎重にしなくてはならぬ。すなわち彼らの憎しみを逃れようとしてかえって彼らを憤らせるようなことがあってはならぬ。ゆえに親切を避けるにあたっては、何が利益であるか何が端正であるかを考慮しなければならぬ。
 注:此の章から如何にスピノザが外界からの圧力と危険を身近に受け止めていたか読み取れます。



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最終更新日  2022年07月09日 06時05分15秒
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