Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年08月21日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-507
 定理三二 我々は第三種の認識において認識するすべてのことを楽しみ、しかもこの楽しみはその原因としての神の観念を伴っている。
 証明 この種の認識から、存在しうる限りの最高の精神の満足が生ずる(この部第五部の定理二七 この第三種の認識から、存在しうる限りの最高の精神の満足が生ずる。により)。言いかえれば(感情の定義二五 自己満足とは人間が自己自身および自己の活動能力を観想することから生ずる喜びである。により)最高の喜び、しかもその原因としての精神自身の観念を伴った最高の喜びが生ずる。したがってこの喜びは(この部第五部の定理三〇 我々の精神はそれ自らおよび身体を永遠の相のもとに認識する限り、必然的に神の認識を有し、また自らが神の中に在り神によって考えられることを知る。により)その原因としての神の観念をも伴っている。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 系 第三種の認識から必然的に神に対する知的愛が生ずる。なぜならこの認識からは(前定理三一 第三種の認識は、永遠である限りにおいての精神をその形相的原因とする。により)原因としての神の観念を伴った喜び、言いかえれば(感情の定義六 愛とは外部の原因の観念を伴った喜びである。により)神に対する愛が生ずる。しかも現在するものとして表象される限りにおける神に対する愛ではなくて(この部第五部の定理二九 精神は永遠の相のもとに認識するすべてのものを、身体の現在の現実的存在を考えることによって認識するのではなくて、身体の本質を、永遠の相のもとに考えることによって認識する。により)、永遠であると認識される限りにおける神に対する愛である。そして、これこそ私が神に対する知的愛と呼ぶところのものである。  (神への知的愛)



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最終更新日  2022年08月21日 06時08分54秒
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