「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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入院日誌
入院日誌
入院期間:2003年10月9日~10月21日
卵巣類皮嚢胞腫(デルモイドシスト)で入院(病気について詳しいことは
ココに
)
入院までの経過
三年ほど前から年に一度、大抵は冷房が入る時期に仕事で忙しかった後、
酷い下腹部痛*
があった。
動いている時は我慢できないほどの痛みだが、安静にしていると、20分ほどで収まるものだ*。
当初は排卵痛かと思ったが、時期が合わなかった。大抵は2~3日で直ってしまったので、一度だけ泌尿器科を受診したが、当然異常なし。三十歳を過ぎて生理痛が酷くなった、という知り合いの話も聞いていたし、生理痛だろうと思う。痛みが酷い時は仕事を休んだりしていたが、病院に行くでもなくそのままにしていた。
9月5日(遅く取った夏休みの最中だったので日付ははっきり覚えている)にまたその痛みに見舞われる。
上記の通り20分動いて20分休めば大丈夫だから、と一泊二日の一人旅を強行したりしていた
(←絶対に真似しないで下さい!)。
しかし、これまでなら9日にはなくなっていた痛みが10日になっても、かなり軽くはなっていたものの、なくならないため、不審に思い、軽い気持ちで産婦人科を受診。なにせ、紹介状・予約一切なしの飛び込みで外来に行ったのである(^_^;)。
この
初診時から、ずっと同じ主治医の先生
のお世話になることになる。
超音波診断ですぐに卵巣類皮嚢胞腫であろう、と診断される。投薬等で直すことは出来ないため、手術を勧められる。だが、入院二週間、その後二週間自宅療養、と聞いて蒼くなる。仕事の都合があるため、10月10日手術にしてもらう。
一週間後17日CT検査(この時、造影はナシ、と先生が強く言っていた)、さらにその一週間後24日検査結果の診断、10月1日術前検査(心電図・採血等)というスケジュールで入院した。
*↑下線部の症状に思い当たることのある方は、一度婦人科を受診することをオススメします。
何人かに入院と病名を告げたところ、得意先で婦人科に入院した人が二人(一人は卵巣嚢腫、一人は子宮筋腫)、同じフロアにもチョコレート嚢腫で入院した人が一人いることが分かった。叔母からも卵巣嚢腫になった人の話を教えてもらう。
女性の多い職場ではよく聞かれる病気ではなかろうか。
第一日目(10月9日木曜日)
入院手続きと術前説明&検査
午前中入院手続き。
前日、職場で引継ぎ書を書いていて、寝ていなかった(爆)。
昼食から病院食。これが、結構口に合ったので、良かった。
午後から、入れ代わり立ち代り、病棟の看護師さん、手術部の看護師さん、主治医の先生、麻酔科の先生が手術の説明をして下さる。しかもフローを書いた紙までくれた。説明も丁寧で、帰宅中の電車の中でまで、ちょっと情緒不安定気味だったが、却って落ち着いて(開き直って?)くる。
その後、手術に必要な「婦人科三点セット」+弾性ストッキングなるものを売店に買いに行く。それにバスタオルを加え病棟の看護師さんに渡す。
夕食も結構平気で食べる。元から薄味好きだったので、あまり困らなかった。同室の人には「食べられない、食べられない」と零す人もいるのだが(^_^;)。
職場に電話したついでに、状況の悪さに唖然として得意先に電話したら、かつて同じように婦人科に入院したことがあるYさんが楽しそうに「これから浣腸ですね!」。全くその通り~。得意先の皆さんにも励ましのお言葉をいただいてしまった。m(__)m
そして、浣腸。。。コレがガマンできない(>_<)。看護師さんにその旨言うと、にっこりと「まあ、いいですよ」。優しいのよね。。
夜になる。21時以降は飲食一切不可。喉が渇くな~、と思いつつ私は手術前夜に渡される睡眠薬を断って寝る。主治医の先生は結構それで心配されたようだが、前日寝てなかったので、ゆっくり眠れた(ばく~)
第二日目(10月10日金曜日)
手術日。
朝10時から手術。浣腸には失敗。でも、看護師さんは優しく「まあ、通常はそれで問題ないですから」
9時から看護師さんたちがきて手術準備。なんだか自分は何もせず、周囲が全部してくれるので、根っからぐうたらな私はなんだか気分がイイ(~◇~;)。しかし術衣を前後逆に着てしまった大馬鹿者。看護師さんに笑われて着なおすが、その時、点滴が逆流(アホである)。
沢山注射をされる。どれがどれだったか、もう忘れている(爆)。しかし、麻酔をかける前の筋肉注射をしても、最後まで意識ははっきり。眠くなるとかぼおっとする、とか聞いていたのだが…。酒に強いと効きにくいというのはコレのこと。やっぱり、私、酒には強い方らしい。。
手術室に入ると、術衣に着替えた主治医の先生が声をかけて下さった。術衣+マスク+帽子をかぶると、もう誰だか声を掛けられるまでわからなかったけど。。
麻酔医が若い女性だな~と思っていたら、インターン?らしかった。手術室の看護婦さんに「○○先生がくるまで待ちます」みたいなことを言っていた。麻酔医ってものすご~くプロフェッショナル、って聞いたことがあったので、期待していたのだった(~_~;)。そのドクターは中年のおぢさんだった。月並みである。
まず、硬膜外麻酔を入れるため、局部麻酔をかける。手術室には場違いな音楽が流れている。あまりに意識がはっきりしているので、ちょっとフアン。局部麻酔の注射が一番痛かった(>_<)。そして、硬膜外麻酔の管を背骨に沿って入れている時、処置している先生は若い先生に色々説明していた。聴力には割と自信があるのだがよく聞こえなかった。ザンネン(なんつー患者だ)。硬膜外麻酔処置中は左を下に横向きで丸くなっていた。時々右足の腿に響いていた。
そして。。「はい、全身麻酔入ります」
☆
...
☆
...
☆
...
☆
...
☆
...
次に気が付いたのは…。麻酔医に結構強く顔をはたかれた時。
「はい手術終了です。病室に戻ります」。
目を開けると、右脇に(この後も)実質麻酔を仕切った中年の先生。左足先に主治医の先生がいるのは分かった。手術室のドアを出ると、母と叔母がいた。
ほんっと~に手術中のみ、キオクがない
。
筋肉注射のせいか、喉が掠れて声が出ない。だが、手術した下腹がぼんやしりた意識の中でも燃えるように痛そうだ。この痛みがずっと続くと絶対ガマンできないと思い、病室に戻るエレベーターの中で「痛み止めください」というが恐ろしく掠れた声しか出ず、母などはかなり動揺したようだ。あと、「この痛みがちょうど腫瘍の痛みと同じくらい」と言ったつもりだったが、うわ言にしか聞こえなかったらしい。。。
病室に戻る。向いのベッドのおばあちゃんがいるので会釈したつもり。「硬膜外麻酔が効きはじめるまで痛いです」とか何とか言われたような気がするが、麻酔科の先生が硬膜外麻酔と同じ成分(訊いたらモルヒネだと教えてくれた)の痛み止めを点滴に入れてくれた。
ここで、眠ってしまう。しばらくして、叔母は帰り、母も一旦帰宅した。
この日は麻酔のせいか、全く時間感覚がなくなる。起きたり、寝たり、うつらうつら。
夜になると、熱が出てきて暑い。また、足に静脈瘤防止のため、弾性ストッキングを穿かされ、血圧計のようなモーター音のうるさい器具が取り付けられている。
背中が蒸れて暑いので、一度目に先生に寝返り打っていいか、と訊いたら、焦ったような声で「もう少ししたら」と止められる。一度眠り、次に起きた時、寝返りを打つ。看護師さんの助けナシでできたので、ちょっと誉められて嬉しかった♪。
看護師さんが入れ代わり立ち代り様子を見に来てくれた。どうも、私に取り付けられていた心電図の端子がちゃんとナースステーションに電波を飛ばさなかったらしい。何度も心電図の端子を付け替えていた。けれど、これが却って心強かった。おそらく術後管理、ということで先生も一度顔を出した。多分真夜中だったような…?。
しかし、私は看護師さんに「暑い、弾性ストッキングが蒸れて気持ち悪い、足の器具がうるさい」と零しつづける。
第三日目(10月11日土曜日)~手術翌日
手術後は熱が出る。私は暑い、弾性ストッキングが気持ち悪い、足の器具音がうるさい」と零しつづける。とにかく、暑くて蒸れて辛かった。
弾性ストッキングと足の器具はベッドから起き上がって、歩かないとはずしてもらえない(;_;)。早くして~。と看護師さんに懇願。前日から口が渇いて仕方なかったが、うがいをさせてもらえて、ほっとする。
午前中は、体をベッドに起こした時に貧血。しかし、ベッドを立ててもらって、ガマンしてしばらく座っていた。コレで足の器具をようやくはずしてもらえた♪。
昼食から流動食が出る。しかし!この私が、残してしまう。この後から、ガスが出た?と看護師さんから聞かれ始める。
午後、立って歩くことに挑戦。私の汗かきぶりに看護師さんも「立って乾かさないと」とのたもうていた(~_~;)。けれど、立って歩く時は後ろから支えてもらって、ほんの数歩歩いただけ。それでもようやく弾性ストッキングを脱がしてもらった!!!!\(^O^)/。
ちなみに手術の痛みは体を動かす時、筋肉痛のヒドイ時程度にあるだけだった。硬膜外麻酔のおかげらしい。
夕食(流動食)も少し残す。流動食といっても、重湯と出し汁(昼)、具ナシ味噌汁(夜)、ポタージュ(昼)、粒のないフルーチェ(?)(夜)、と三種類出た。ポタージュが美味しかった♪。重湯はもう少し薄くても良かった。出し汁と味噌汁はちょ~っとしょっぱかったかな?
第四日目(10月12日日曜日)
そういえば、この日から連休だった…、と気付いたのは、カレンダーが平日に戻ってから。
朝、看護師さんに清拭してもらう。恥も外聞もなく、美人で親切な看護師さんにお任せ(^_^;)。
午前中、少し体を起こす。ヒドイ筋肉痛になった時くらいの痛み。さほど気にならない。ペトルーシュカの音源を聴いてみる。どんどんアタマが冴えていく。やっぱり少しボケてたらしい(^_^;)。しかし、調子に乗ってしばらく起こしていたら、手先・足先が冷えて冷や汗。これって、貧血の症状ぢゃん、と気付いたのは、ヤバイと思って横になってから。まあ、それでナースコールするまでもなく、直る。
病院のパジャマを着て、ベッドに胡座をかいて座っていると、母に牢名主みたいだ、と言われる。笑わさないで欲しい。ハラ痛いんだってば!。幸い、手術後咳も出ず、そんなに傷が痛まなかったのに#。
体温がずっと高い。特に不快感もないし、看護師さんたちもさほど心配する様子はない。日に何度も検温される。午後、同じフロアの小児病棟入院中の小学生の女の子が車椅子で看護師さんにまつわりつき、検温のお手伝いをしていた。この子も、私の体温がその時38℃と気付き、ちょっと驚いた顔をする。私「おととい手術したのよ」看護師さん「手術後は熱が出ますから」でオワリ(^_^;)。
もう、この日からは支えナシで点滴引き摺って歩く。早速歯磨き。調子に乗って、4Fの病室から1Fの売店まで飲み物を買いに行った。看護師さんに自慢していたら、ホントは抜鈎(この字か?)が済むまで、1Fに行ったらいけなかったらしい。。。
この日の夜、前日から入院した斜向いの受験生の女の子がお母さん相手に泣いている声が聞こえる。気の毒に…。
第五日目(10月13日月曜日)
この日あたりから、アレヤダ、コレヤダ、と零し始める。傷の方は日一日と痛みが引いているのを実感している。もう、すっかり元気である。看護師さんも、痛み止め使ってでも動いていいですよ、とのこと。でも、痛み止め、いらないかも。看護師さんに清拭してもらいたかったが、元気なので自分でやるほかなかった。つまらん(不心得者である)。
ガスも前日に出たし、あとは傷を養うだけ。夕方には食欲も元に戻り、熱も大分下がる。
すると、今度は動き回るせいで、点滴の針が食い込んで痛い、と零し始める。看護師さんに、今日の夕方くらいでオワリです。と言われ、点滴の落ち具合をワクワクと観察し始める(^_^;)。
いよいよ、夕方になって、点滴を抜いてもらう。やった~!これで、顔が洗える!\(^O^)/。ま、でも前かがみはちょ~っと傷に響いたけどね。
第六日目(10月14日火曜日)
このアタリから元気を持て余し始める。日がな一日本を読んでは寝て、の繰り返しで極楽♪。
朝、ベッドメイキング。ここで、ようやくずっとカレンダーが赤かったことに思い至る。その直後、主治医の先生が来て硬膜外麻酔(中身はモルヒネ)が抜ける。シャワーが浴びられるのだ!。しかし、シャワーは予約制。午後まで待たなければならなかった。職場に電話しつつ、「シャワー浴びるんだもん!」と口走り、仕事を引き継いでいた同僚(♂)に呆れられる(^_^;)。
シャワーは立ちっ通しなので、結構キツかった。それでも、久しぶりに気持ちいい♪。これで、ようやく、手術後全てが終った…、と実感する。
次の行事は金曜日の抜鈎である。
第七日目(10月15日水曜日)
この日から、もう、ただのんびりと入院生活を送るだけ。気楽なものである。けれど、前日から始まった生理が二日目。しかも量もいつもより多めで鬱陶しい##。一週間遅く始まれば、自宅で布ナプ使って快適に過ごせたのに…#。後で分かったことだが、手術後は生理になりやすいそうなφ(-_-)。
仕事が気になり、職場に電話は入れる。ペトルーシュカの音源を聞きながらスコアとにらめっこしたり、本を読む。斜向いの受験生の女の子が手術。麻酔で気持ち悪くなったようだった。
第八日目(10月16日木曜日)
生理のおかげで少々ミソがついているが、すっかり極楽気分の入院生活。長期休暇気分を満喫。傷の具合に影響しそうなのでシャワーは二日に一度。病室の乾燥が気になり始める。
午後、職場の同僚二人がお見舞いに来てくれる♪。この日、翌日が抜鈎のため、傷口をみた主治医の先生が、金曜日抜鈎したら、土日は休日なので、月曜日退院検査して、火曜日退院ですね、といってくれる。この時、楽器弾きたいだの、湯治行きたいだの口走って思い切り呆れられる。
しかし、引き継いだ仕事はとんでもないことになっていた##。
第九日目(10月17日金曜日)
抜鈎。
毛抜きでムダ毛を抜く時くらいの痛さ。数えていたら、19~20針くらいだった。生理もオワリ、いよいよお気楽もーどに。多分、退院もずれないだろう。
第十日目(10月18日土曜日)
そういえば、オケの練習日…、とペトルーシュカの音源+スコアとにらめっこ。本も順調に読み終わっているし、病室の乾燥は気になりだしているが、こんなに入院生活気楽でいいのか、と自問(^_^;)。
ただ、外気が吸いたくてたまらなくなっていく。
第十一日目(10月19日日曜日)
外気が吸いたくなり、看護師さんに、一時間くらい、そのアタリを歩いてきていいか、と尋ねる。先生に訊いておく、とのことだったが、その後、先生が病室にいらしてオッケーを出してくれる。もしかして、休日出勤させちゃった、なんてことないよなあ。。。(滝汗)
ちょうど面会に来た母を付き合わせて、病院近辺をぶらぶら歩き、喫茶少々。やはり、こうして長時間歩くと、ハラの傷に響くことが判明。あんまりムリはできないらしい。
久しぶりに日光も浴びたし、外気も吸えて気持ちよかった。しかし、二日後には退院というのが、今ひとつピンとこなかった(^_^;)。
第十二日目(10月20日月曜日)
退院検査。傷口みるだけかなあ。。と思っていたら、やはり内診台付だった(>_<)。外来では、超音波診断機の端子も画面も見られなかったが、病棟だと見える。端子は見たくもないが、画面はまあ、診察中の気晴らしには良かった(^_^;)。
翌日退院の許可をもらう(^_^)。また退院後の検診を早めにということで、29日に設定される。私のハラの中から取り出した腫瘍の写真も見せてもらえた。コレがずっと見てみたかったのだ。血まみれの肉塊かと思っていたら、期待(?)したほどグロいものではなく、皮膚、脂肪、毛髪が出ただけで、良性とのことだった。「この毛、分析すれば、私の髪の毛とそっくり同じものなんですよね」と口走ったミステリマニアは私(ばく~)。
翌日は退院。そろそろ病院の寝具が肌に合わなくなってきていたので、ほっとする。
第十三日目(10月21日火曜日)
退院。
結局13日病院にいたわけだ。この日、週一回あるらしい産婦人科部長の回診があった(前週は中止)。おそらく、スタッフが一番気に掛けていたのは、私のはす向かいの受験生。彼女も手術後、麻酔で気持ち悪くなったが、それが直ると若くて細い(爆)だけあって、私以上に回復は早かった(^_^)。
とはいえ、産婦人科部長の回診、白い巨塔ばりの「部長回診で~す」というのを期待していたが、そんなことはなかった。まあ、先生は引き連れていたけれど。看護師さんたちは、あまり気にせず日常業務中だったし。それに、産婦人科部長、好好爺といったおぢさまで、はっきりいって、婦長の方がカンロクあったしな(^_^)。
私は退院日にハジメテこの産婦人科部長に挨拶。何となく、姿は認識してたけど。退院が今日、と主治医の先生から聞いて「早いですねえ」とのことだった。
その後、退院。メデタシメデタシ。
あとは、半月のぐーたら生活が待っている(ヲイ)
冗談はさておき、最後に治療を行ってくださった、主治医の先生、看護師の皆さん、その他、お世話になった同室の皆さん、忙しい中見舞いにきてくれた職場の同僚には、こんなところではありますが、感謝を捧げたいと思います。
本当にありがとうございましたm(__)m。バリバリ元気です(^O^)。
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