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8月の読書メーター読んだ本の数:28冊読んだページ数:7569ページテンペスト 下 花風の巻流行りの模様を描いた機を織るように時代は急速に紡がれていく。二つの生で栄華を極めた龍はやがて地に降り人と為る。嵐に晒されても逞しく生きる人々の住まう場所こそが国。美と教養の王朝の神話が幕を下ろしても、朝が来れば新しい一日が始まり、日々が積み重なって歴史が創られていく。読了日:08月08日 著者:池上 永一テンペスト 上 若夏の巻極彩色の琉球を護る龍には二つの首がある。有能な役人と傾城の佳人。熟れ過ぎた果実の放つ甘く爛れた腐臭は神話の時代の終焉を告げる。薩摩・清国・列強の豪雨が加速する時代の暴風を伴って外側から叩きつけ、国の中枢で二つ首の龍が巻き起こすは全てを洗い清めようとする自浄の嵐。朽ちた小舟のような島国が波に翻弄され何処へ流れ着くか、まだ誰も知らない。読了日:08月07日 著者:池上 永一星間商事株式会社社史編纂室これは歴史の真実を巡る社史編纂室の闘いの記録である。リーマン萌え同人を書きつつも現実はアホ揃いで萎え萎えの腐女子OL。なのに何故社内で同人誌製作?社史製作を滞らせる高度経済成長期の穴って何だ?しかも私生活では愛も友情も危機的状況?臭い歴史に蓋をする上層部圧力にも負けず、ペンは剣より強いぞ多分。目指せ冬コミデビュー、燃えろオタク魂、過積載の台車を軋ませ社内を駆けろ。年末のビッグサイトで逢いましょう。月の船浮かぶ星の海のサリメニの女神よ、彼らに勝利の微笑みを…爆笑されんじゃね?読了日:08月06日 著者:三浦しをんハムレット (新潮文庫)毒だ。敬愛する父王の姿を持つ亡霊が彼の耳に囁きかけた時、遅行性の猛毒が流れ込んで其の全身を蝕んでいく。かつて偉大な父は太陽で美しい母は月であったが、父を喪い母を失った時全ては闇に閉ざされた。込み上げる昏い情熱しか灯を持たない彼に太陽だった其れは更なる暗黒への道を指し示す。恋人の嘆きも叫びももう聞こえない。そして猛毒は伝染る。金と宝石の冠を模した檻の中に巣食うは血の因果から逃れ得ぬ貴人たち。毒で汚染されていく檻から、誰一人脱出ることは叶わない。読了日:08月05日 著者:シェイクスピア儚い羊たちの祝宴標本箱に虫ピンで留められたように世界からも時間の流れからも切り離された館の中では、善と悪、愛情と憎悪、信頼と裏切り、正気と狂気、現実と虚構、全ての境が曖昧となる。変わらぬのは冷たさだけ。昏い狭間で凍える羊たちはバベルの名を持つ毛皮に包まりながら泡沫の夢にまどろむ。そんなちっぽけな毛皮など、赤い手を持つ人間にいとも容易く剥ぎ取られると知る術もなく。…さあ、今宵の宴を始めようか。読了日:08月03日 著者:米澤 穂信少年少女飛行倶楽部人間は空を飛べないって頭で分かるようになってからも、もしかしたら飛ぶことができるんじゃないかって心の隅で思ってた。名前って大切すぎて重いね、親がたっぷりてんこ盛りの愛情と祈りを込めてくれてる分、呪いと紙一重っぽく地面に繋ぎ止められる。海月って名前、すごくいいよ。クラゲはひらひらふわふわしながら自由自在に泳ぐじゃない、空を飛んでるみたいにさ。大人になるたび空は少しずつ近づくって今さら気がついたよ。いつかは、きっと飛べるね。読了日:08月02日 著者:加納 朋子植物図鑑植物の名前を知る、それだけで雑草だらけの野原が百花繚乱の花園に変わる。二人過ごした日々をそっと編みあげれば春の野の花かんむりとなる。流れる季節の中を手を繋ぎ時には揃いの自転車を並べて歩むささやかな旅路は白い花、舌鼓を打ち胃袋を満たす料理に上げる歓声は黄色い花、さりげない仕草や言葉に染まる頬は赤い花、いつまで隣に居られるのかと消せない不安は青い花。ノイチゴジャムのような甘酸っぱさに中に、口にできない秘密のようにフキノトウの苦さが潜む。可憐なヘクソカズラの蔓を辿ればいつかはまた巡り逢える。読了日:08月01日 著者:有川 浩読書メーター
2009年09月01日
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8月の読書メーター読んだ本の数:28冊読んだページ数:7569ページ鷺と雪帝都にしんしんと降り積もる雪は騒擾ゆき。玻璃の欠片のような謎が煌めく静かな日々を塗り潰すように。凶作の年にはブッポウソウが鳴く。巨大な時の歯車が軋みながら動き始め、急速に回転を始める。もう戻ることも、止まることもない。鷺の羽根の如き雪の舞う早朝の街に電話が鳴る。もう、信じることと、願うことしかできない。読了日:08月20日 著者:北村 薫エリザベスは本の虫幼少の頃、本屋で購入した本や漫画を家まで待ち切れずに読みながら歩いた。今現在、洒落たカフェや服のバーゲンより書店や図書館に誘惑を感じてやまないと公言すれば、周囲の視線は多少の憐憫を含んだ引き気味のそれに変わる。いいのだ。我が同朋、エリザベスよ、共に読書三昧の余生も悪くなかろう。人真似の人並の生活を追うよりも充実した一生だと笑い合おう。読了日:08月19日 著者:サラ スチュワートみそっかす (岩波文庫 緑 104-1)菜の花に埋もれるように膝を抱えて蹲る。世界は今よりも広く大きく未知の要素に溢れていたあの頃。聡明な姉と後継ぎたる弟の狭間、みそっかす。子供は無邪気でお気楽で能天気だと大人は勝手に思うが、不安、孤独、嫉妬、羨望、自己嫌悪の負の感情は身体よりも先に成長する。家族を覆う死の翳りと父と継母の不和に意地を張る程度しかできない子供の無力さが滲む。時は流れて振り返った時、過去はまた別の側面を見せる。三色菫が毒矢のように突き刺さった継母の苦痛も、姉の美徳を揶揄する妹に対する父の憤りも。読了日:08月19日 著者:幸田 文武士道エイティーン硬骨の竹と柔軟な柳、どちらも風が似合う。剣を杖とし時には灯とし紆余曲折試行錯誤の末に交差する二つの武士道。一太刀、昨日の不安や迷いに訣別を。二太刀、巡り会えた好敵手に感謝と敬意を。三太刀、明日の己を活かす道の続きを。これからもそれぞれの遠く険しい武士道を同じ光を目指して歩く。強く吹きつける向かい風にそよぐ竹と柳の葉音は歓声のように響く。読了日:08月17日 著者:誉田 哲也朝のこどもの玩具箱(おもちゃばこ)朝目を覚ました時、玩具たちはもう箱の中に帰っちゃってたんだ。昨日の夜、たくさんの物語を聞いてた。ドレスを着て花束持った人形や鉛の兵隊、狐や猿のぬいぐるみ、ロケットやままごと用の食器たちが、いろいろ話してくれたんだよ。どこか別の世界だったり、宇宙だったり、学校の話だったり、不思議なのも、可笑しいのも、ちょっと怖いのも、哀しいのもあった。だからなんで泣きたくなったのか、それがよく分かんないんだ。…今日の夜も、またお話聞かせてくれるかな、玩具たち。読了日:08月16日 著者:あさの あつこ1Q84 BOOK 2黄色と緑、二つの月が淡く照らす夜道。木の塊から取り出されたばかりのネズミの如き心細さで彷徨うは猫の町。パンドラの匣はいつ開いたのか。1984年と1Q84年、現実と小説、過去と未来、実体と化身、善と悪すら紅茶の中の一杯の砂糖のように混じり合ってしまう。ならば二人の辿る迷い道もいつかは交わるのだろうか。奴等ほどは長くはない腕を伸ばす。その先には君の温もり、呼びかけるは君の名前。他の何が失われても最後まで輝くものを抱いて歩く、終わらぬ月明かりの旅路。読了日:08月15日 著者:村上 春樹とんびとうに追い抜いた背丈、増えていく白髪、父はこんなにも年齢を重ねた。不器用で照れ屋で口下手で時に暑苦しく鬱陶しくそのくせ寂しがりで、要領よく油揚げ掻っ攫うなんて到底できそうにないとんび。それでも子供が寂しくないようにといつでも傍にいてくれた。それだけでもう充分だ。多くの荷物を担ぎ続けた背中の広さと厚さとあたたかさにはまだまだ到底敵わない。父は自分をとんびだと思っている。海がいつでも波立って揺れているから、鷹の姿は自分には見えないままだ。読了日:08月14日 著者:重松 清ふちなしのかがみ黄昏時や丑三つ時、或いは午前零時、僅かに綻びた日常からじわりと染み出す闇。花子さんの七不思議、キューピッドさんと揺れるブランコ、キャンドルに照らされた鏡。見てはならない、聞いてはいけない、話すことは許されない。禁忌は破られるために在り、綻びは裂け目となる。するり、濃密な闇が忍び込む。くるり、夢と現実が入れ替わる。読了日:08月13日 著者:辻村 深月夜の光凍てついた満天の空の下、掌の中の湯気立ち上るコーヒーからそっと伝わる香り高いぬくもり、そんな関係でいい。喉元に込み上げた歎息を無理矢理呑み込む音が聞こえず、苦しくて伸ばした指先が微かに触れるような距離で寄り添うスパイたち。言葉はなくても同じ夜空を仰ぎ見るだけでいい、目があったら共犯者的な微笑みを返そう。数万光年離れて佇む四つの星をそっと線で繋げば、Sの字を描く星座が生まれる。読了日:08月12日 著者:坂木 司地図男此処であって此処でない場所、地図帖の中。現実と紙一重の紙の中に広がる町を歩けば其処彼処に転がってる物語の断片。僕等が歩けば物語は生まれ、僕等が走れば物語は進む。点が線になり伸びて交わって途切れて繋がって軌跡が地図を塗りたくる。騙し絵って知ってる?違う角度から見てごらん。地図上で一見無秩序に絡み合う線を辿れば何かが見えてくるからさ。読了日:08月11日 著者:真藤順丈刻まれない明日君の欠片が散らばった道は光が照らすたび君との思い出が乱反射して、拾い集めようとする指先は血に塗れた。あれから10年、町と道にそっと抱かれた鋭い欠片は小さな丸い粒になってまだ淡い光を放っている。記憶は徐々に薄らいでいつかは消えてしまうけど、君が残した粒を集めて繋いで勲章のように誇ろう。君の指が解けたこの手は違うあたたかな手を握り、並んであの道を歩く。道に眠る想いを感じながら、道に想いを刻みながら。読了日:08月09日 著者:三崎亜記うわ、まだある。その3へ続く。
2009年09月01日
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最近、本ばかり読んでる気がする。しかも、ほとんどが図書館本。給与から天引きされている住民税の分は軽く取り返している気がする。8月分、まとめて表示。こうして並べると我ながらすごいな。これ全て自腹切っていたら一体幾らになるのやら。8月の読書メーター読んだ本の数:28冊読んだページ数:7569ページぼくが探偵だった夏 (MYSTERY LAND)2時間ドラマでおなじみ浅見光彦エピソード1、軽井沢の夏休み編。名探偵はここから始まった?光彦坊ちゃま、育ちの良さが滲む柔らかな物腰と暴走しがちな好奇心、歩けば刑事事件を引き寄せる騒動吸引体質、無自覚天然たらし系は既にこの頃から健在です。避暑地、早朝の虫採り、氷メロン、自転車、ホタルの乱舞、夕立、そして妖精の森の緑の館。まだ遠い先に在るはずの未来が陽炎のようにふと近づいて見える。かつて子供だった夏、少し大人になった夏。読了日:08月31日 著者:内田 康夫ドクター・ゾディキャットかく語りき―猫の猫による猫のための星占い『猫の猫による猫のための星占い』講座へようこそ。あなたの猫は何座でしょうか?お分かりの方もそうでない方も、私ドクター・ドディキャットにお任せあれ。暴れん坊のビッグ・レッド、几帳面なダイアナ、気まぐれなチコ、夢見るタエコ。12匹の猫たちの習性や行動から、野望に天職まで解き明かしてみせましょう。講座修了の暁にはあなたも立派な猫博士。さあ、猫の瞳のように煌めく星の囁きをお聞きください。読了日:08月30日 著者:ドクターゾディキャットアリスの不思議なお店アリス、お誕生日おめでとう。贈り物はお気に召したかな?さあ、そのてのひらに乗せて、もっと近くでよく見てごらん。聞こえるかな、星の王子さまの影が薔薇の花の名を呟く声、野生のピアノの奏でる小夜曲、ガラス玉の中の暴風雨の轟き。感じるかな、ほのかに香るキリンに咲く花、親指姫の花びらのシーツに残る微かな温もり。ほら、目を閉じても見えてくる不思議な物語。君のてのひらの上のとっておきのおとぎ話。読了日:08月29日 著者:フレデリック クレマンころころろころり。人の一生は黄泉の一文銭が黄泉の国目指して一直線に転がっていくのによく似ている。ころころ。神ですら止められぬ時の輪は回り全てを押し流し、溶け残った強い想いだけが現を彷徨う。ころころろ。目には見えない時の流れが直に触れる感触と、いつかは必ず移ろう日々。人と妖達の共存は和やかで楽しくもどこか切なく、甘く甘く蜜がけ砂糖漬け羊羹添えにしても微かにほろ苦さが滲むよう。読了日:08月28日 著者:畠中 恵押入れのちよ人間はどの瞬間から人でなくなるのだろうか。殺意の食卓を囲む夫婦、老人介護の修羅場、突発的殺人と隠蔽、凄惨な事件のニュースだらけの日々に、ふと不安が過る。横では、別の意味で既に人間じゃない得体の知れない同居人(自称明治生まれ)が、ビーフジャーキーとカルピスを至福の表情で食している。その何の悩みもなさそうな細い目が弓の弧を描いて、思わずつられて笑う。そんな日々に満足できる自分に、ちょっとだけ安心する。読了日:08月26日 著者:荻原 浩短劇単調な毎日の間隙に忍び寄る闇が織り成した短劇。世界を覆う薄皮をそっとめくれば無数の穴が口を開いている。換気のための風穴はごく少数で、膿み爛れた病巣だったり、汚泥のような悪意が堆積していたり、見えない空虚で満たされているものの方が多い。…見てみたいのかい?怖いもの見たさってヤツか。ほら、どれを覗いてみる?読了日:08月25日 著者:坂木 司カエルのバレエ入門―絵本理である技術と情である芸術の融合に音楽と演劇と全身運動の要素を加えて生じる奇跡の化合物、バレエ。その煌めくような瞬間の動作は万有引力や慣性の法則に対する反抗であり、個々の動きを隙間なく繋ぎ合せた演技は優雅な作品であり苛烈な闘いでもある。そして何より、ここまでにしなやかな脚線美と強靭なバネを併せ持つ生物がカエル以外に存在するのだろうか。脚より上がずんぐりむっくりで多少アホ面であろうと、空中を優美に泳ぐように跳び流れるように舞う姿は美の闘士たるバレリーナにふさわしいんじゃなかろうか、多分。読了日:08月24日 著者:ドナルド・エリオットある日、アヒルバス♪あなたのつばさになりたいの♪、本日はアヒルバスをご利用いただきまことにありがとうございます。さて、本日は『バスガイド物語!ひよっこアヒルの研修見学ツアー』、今春入社したての新人たちの研修をご案内いたします!すいすい軽快に泳ぐアヒルも水面下では必死に足を動かしてるんですね。右手前方、月島商店街をごらんください。アヒルバスの社歌合唱が聞こえております、商店街の方々の歓声も混じっておりますね。あの制服姿でランニングをしている女子の一団が、我らがアヒルバスの期待の新星たちなのです!読了日:08月23日 著者:山本 幸久ワニのオーケストラ入門―絵本美しいものには精神等見えない部分に強烈な衝撃を与える力があり、楽器は妙なる美しい音色を生み出すことができ、また強い力を有するものは時としてひどく驕慢である。誇り高さを通り越して天狗やナルシストが生息する地域に到達しそうな素晴らしき楽器たち万歳。彼らの自己紹介に丁寧に耳を傾ければ、あなたもきっとオーケストラ通…かな?『なぜワニでなければならないのか?』…そりゃ、あの360度見渡せそうな広い視野とぱっくり丸呑みの大きな口、聴衆という標的を決して逃しはしないから…かも。読了日:08月22日 著者:ドナルド・エリオットThe Book―jojo’s bizarre adventure 4th another day380ページの、ダークブラウンの革表紙の本の中に広がる、奇妙な町・杜王町。平穏無事な生活を望む悪と、町内の平和のために闘う『能力者』たる住民たち。壁の隙間に囚われた女性、非凡な記憶力を有する少年とその後輩の少女、女性怪死事件を探る能力者たち。ページの余白に見えないドドドゴゴゴの書き文字が躍り、町中にバラバラ散らばった事件のピースが復元されるように隠された真実を描き出し、狂った金剛石が輝きを放つ。読了日:08月21日 著者:乙一その2に続く。
2009年09月01日
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何気ない小さなきっかけで昔に通り過ぎた過去の世界に容易く帰ることができる。それは大掃除中に発見した卒業アルバムや文集だったり、かつての知己と同姓同名を発見した時だったり、ほんの小さなスイッチ一つで一気に記憶は巻き戻される。メーリングリスト(ML)というシステムがある。もう何年も前、あるMLリストに参加させてもらい住む場所も仕事もバラバラで顔さえ知らないけれどとても気持のよい方々と交流させていただいていたが、何となく没交渉となってそのまま数年が経過していた。そこへふと届いた懐かしい名前のメール。MLの主催者の方からだった。同窓会案内のハガキが届いた時のような気分がした。しょうもない私事を書き連ねてそれに返事がもらえるのが嬉しかった頃。目には見えないつながりが新鮮だった。それは学生時代の友人関係に似てやがては日常生活の諸行無常に圧迫されていつしか疎遠になってしまう。それでも、関係は決して断絶したわけではなかった。他のメンバーからの近況報告も入ってくる。懐かしいという言葉の温かみが沁みとおる。不特定多数の誰かに向けて放つブログとはやや異なる限定少数の誰かに向けて送る言葉を綴るのは久々だ。あれからさして変わり映えのしない日常。同じメンツの困った同居人ども。唯一の財産ともいえる健康体。本当に変わっていない。『単調な日常をほんのちょっとだけ抜け出してふらりと立ち寄る場所。 他愛もない話、軽口、ほんのちょっとの愚痴、それ以上の笑い。 ああ、また此処へ帰って来れたんだって思わず頬がゆるみます。』人と人との出会いは偶発的であのMLに参加できたのもちょっとした選択肢の結果によるものだった。このブログに関してもきっと同じことなのだろう。サボりまくって存在意義が消えかけていた辺りも。本日の教訓『「ただいま」が言える場所がある幸せ』
2009年05月09日
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遠くから潮の音と、体育館から響くドリブルの音が聞こえた気がした。スラムダンク「あれから10日後ー」 完全版唐突に突きつけられた別れからもうすぐ13年。その間に日々を重ね年を取り日常生活の大半が上書き保存されていても気がつくとこの場所に戻ってきてしまう。とても容易く。其処が居るべき場所であるかのように。あの時、確かに此処に居た。かつて同じ時間を過ごしていた。ひとつの目標に熱くなる夢を見た。彼らの強い眼差しの先にある未来。その目に少しでも近づきたくて、ふらつきながら立ち竦む不確かな毎日を歩き続ける気力が生まれた。『あの物語を、現実と同じくらい、心の中の大切な記憶として とっておいてくれている人たちがいることに気づかせてもらいました。 読み手と読み手を、同じ記憶でつなぎとめたり、 ある人の過去と今をつなぎとめていたり、物語にそんな力があるとすれば 書いてきてよかったと、今、強く思います。』出逢わなければおそらく違う未来に繋がっていた。今も色褪せない記憶があるから今日この日がある。黒板には10日後の彼らの日常。平凡な、けれど少しずつ時間の流れに漂いつつある日々。変わるもの変わらないもの。あの背中、あの言葉。馴染んだ空気の心地よさと。胸の奥の微かな疼き。あれから、どれだけ大人になれたのだろうか。今もまだ、此処にいる気がする。ああ、そうだ。ずっと、彼らの仲間になりたかったんだ。
2009年04月16日
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自分の読んだ本の記録を残せるサイトの存在を知り、早速使用してみることにした。このブログでつれづれ図書館としてリスト作成を考えていたのだが、楽な方に流れていくのは人間の行動パターン黄金律。図書館ネット予約を利用するようになり、頻繁に通うようになったのは3年ほど前。一応は読んだ本を簡単に記録しておこうと日付とタイトルと著者名をノートに書き留めてある。ノート片手に、新しい方から遡るように書名を登録していく。文字を追いながら改めて思う。いつ見ても汚ねー字だ。自分以外読む人間もおらぬのにスパイ対策用の暗号文字かコレ。…疲れた。こんなに頑張ってんのに、まだ1年分しかできてない。あと3分の2もあるのかよ。しかしまぁ、勉強もせず掃除もサボりつつ何本ばっか読んでんだよコイツ。余計近視悪化するだろうが。読書で人間性が豊かになるっての、アレ一概にはそうとは言い切れないな。だってこんだけ人間破綻しまくりだし。つか感想つっても古すぎて覚えてねーのも多々あるんですけど。ホントに読んだのか自分でも疑わしくなってきたぜ。ま、暇があったらつれづれ図書館別館にお越し下さいませ。勝手に名前変えんなよ。本日の教訓『とりあえず何でも記録は残せ』
2009年03月15日
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かつては一つ齢を重ねるのが厭わしかったものの最近ではもうどうでもよくなってきている辺り人格が円くなったのかそれともどっぷり中年化しきっているのか、おそらく恥も外聞もなく負け犬人生を当然のように受け入れているのは後者の決定的な証拠だ。とりあえず、誕生日おめでとう自分。ありがとう!自分。何の感慨も湧かねー。誕生日の食卓に並ぶのは冷蔵庫に残ってた黄色くなりかけのキャベツと同じくこの間半分残しておいた鶏肉を照り焼きのタレで炒めたのと、やはり残っていた大根と半額サービスのイカ揚げと高野豆腐の煮物、それと昨日親が作ったキンピラゴボウの残り。絵に描いたような残り物節約メニュー。…せめてケンタッキーフライドチキンが食いたい所だが食費予算の都合上そんな贅沢は出来ぬのだよ。ま、世の中得てしてそんなもんさ。ウチの市に定額給付金がバラ撒かれんのは再来月だし。次々押し寄せる流行の波に悉く乗り遅れてようやく初乗りキメたのが最大級不景気の波ってのが笑わせるぜ。ひとまず、無病息災でこの日を迎えられたことに感謝。願わくば今年一年の平穏無事な生活を祈願。本日の教訓『金欠病は病に数えない』
2009年03月08日
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日常生活において最も幸福を感じる瞬間ってのはふらりと古本屋に入って陳列棚に現在人気の書籍、いわゆる新古本を発見した時に他ならない。今日もそうだ。そのさほど大きくない店は入口の左側の壁に発行されて日の浅いハードカバーが並んでいる。特に売れ筋のものは表紙を向けてドンと目立つように飾られている。その特等席に座っていたのは3冊。左にベストセラーとなった血液A型の本。そして、残りの2冊は。気が付いたら右手は本を1冊ずつ掴み左手に受け渡すバケツならぬブック・リレーを展開していた。そんじょそこらの小火なら欠伸1発する間に消し止められる早技。目は商品の状態を確かめる。カバーの擦り切れもなく小口も白い美品。おそらく読んですぐ売りに出したに相違ない見事なキャッチ&リリース。真ん中の本、東野圭吾著『流星の絆』右の本、湊かなえ著『告白』いずれも今回の本屋大賞にノミネートされている話題の書。流星の絆告白この喜びを如何せん。たとえ財布の中に無情な北風が吹き荒んでいようが定期券を買うつもりで取り置きしておいた札に手を着けようがこれを逃したらこの場所にこの本が並ぶのは次はいつのことだか分らぬのだ。出会いは一期一会。狙った獲物は逃さない。はい、レジへ直行毎度あり。惜しむべきは、この歓喜を共有する仲間の不在である。ウチの家族は小説を読まない。いや、正確には全くってわけじゃなく、親は某トラベルミステリーや某京都府内殺人事件などは読むが東野圭吾どころか宮部みゆきも伊坂幸太郎も読まないし、むしろ存在すら知っているのかどうか怪しい。2人いる妹たちもマンガとメディアミックス系のライトノベルは読むがそれ以外の小説には手を出さない。会社に行っても読んだ本を話題にするような人間はいない。内容について語ったところで「ふ~ん」と別に読む気はないがとりあえず愛想で相槌は一応打っとこう的な反応しかされそうにない。いいのさ。所詮読書とは孤独な娯楽なのさ。愉悦を独り占めにしていると思い込んでやるぜ。本日の教訓『血縁も職業も趣味嗜好の方向性には一切関係ない。』
2009年02月22日
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スーパーの特設コーナーに並ぶのは縁起の良い名前を冠した受験生応援菓子類。『受か~る』『トッパ(突破)』、そして『きっと勝つと』。キットカット。不安に押しつぶされそうになる受験生心理を糖分補給と共に癒し励ます魔法の呪文。最初に商品名を考えた方もこの季節こうももてはやされることなど予期していなかったろう。九州地方方言に敬礼。キットカットという商品も、チロルチョコまではいかなくても様々なフレーバーを有する大家族チョコ。イチゴにメロンにスイカにバナナにゆずと果物系。抹茶ほうじ茶お汁粉と和風系。バニラやクッキークランチなどホワイトチョコ系。期間限定商品の色物っぷりはそのまま商品開発担当の情熱の結晶。さて、今回購入したのはキットカットの詰め合わせ。大袋5パック、レギュラーサイズの箱8個、ミニの箱4個、小袋4袋に小さいバラ3個のバラエティ福袋で2800円。注文殺到・即完売 キットカット福袋が2800円送料無料★※商品は1月26日以降に順次発送とさせていただきます。何卒ご確認ください。キットカット福袋が2800円送料無料★ミニサイズが入った大袋をスーパーとかで買えば、安くて250円前後、最安値で200円弱ってところか。レギュラーサイズや小袋は100円前後、ミニの箱は150円前後か。となると、最低でも3000円はいくので、送料無料だからお得となる。これだけの分量があれば、会社に配布用おやつとして1つ2つ持って行って、ウチの家族にも1袋ほどおすそ分けしたとしても2ヶ月ほど食いつなぐことができそうな気がする。おおキットカット。庶民の友よ。受験生ではないが貧困に打ち勝って見せるぜ。本日の教訓『同じ商品は安い店で買え』
2009年01月28日
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昨日の夜から延々と読み続けて、今ようやっと読了。小野不由美作『屍鬼』。屍鬼(1)感想を一言。怖ぇ。おまけにもう一言。眠い。内容を全く知らずに読み始めたわけではない。月刊誌で漫画化もされており、途中まで読んだことがあったんで前半の筋書きは知っていた。漫画に出てきた場面と照らし合わせることもできた。屍鬼(1)山奥の孤立した村を襲う大量の死。土葬された死者は甦っているのではなかろうかという危惧。真相究明に奔走する医師、独自に立ち向かおうとする少年少女、そして、狭間の立場に立つ僧侶。物語は次第に狂気を孕んだ地獄絵図の様相を呈していく。しかし、読み始めたら止められない止まらないのが読書におけるかっぱえびせん症候群の辛いところ。あと1ページいやあと1章、いやいやこの部の最後までと週末をいいことに昨夜も貴重なはずの睡眠時間を繰り延べし、決して夜中に読むことを推奨できない内容の読後感爽やかと全くもって言いきれない展開の物体そのものが撲殺の凶器として用いられて不思議のなさそうな単行本を読み耽る。一種のマゾヒズムとしか形容しがたい。それでも、読み終えた後の充実感と眼球の乾燥っぷりは100点満点。屍鬼、ウチには来んなよ。本日の教訓『この物語はフィクションですという安堵』
2009年01月25日
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今年の目標は『綺麗な字を書く』。小学生かよ。いや、新年早々某通信教育の宣伝が公共の電波を席捲していることもあるし年末にプリンターの調子が悪くなって数少ない年賀状を手書きする羽目に陥った苦い記憶も新しいしそもそも社会人としてこの字を社内外に晒すってのは恥も同時に晒してんじゃなかろうかってことを総合的に慮ったらそういった結論に辿り着いたわけだ。上手くはないが読みやすい字。そう言えば聞こえはいいが要するに判読はできるが下手な字だ。ちょこっと昔話。かつて字の下手だった孫を憂いて祖母は祖父に頼んだ。『爺さん、この子に字を教えてやってよ』書を嗜むくせに酔わないと筆を握らない祖父は呑気そうに答えて曰く『この子の字は読めるからいい』こうして孫が字を学ぶ機会は永遠に失われた。先ずは字を丁寧に書くよう心がけを改める所から始まる。自分のためのメモ書きは書き殴りでいいとしても他人に渡すメモ類はきちんと正しく書く。例えば『納品』という字。『納』の左側の糸編、上半分を続けて一筆で書いていたのをまともに角をきちんと曲げて一角ずつ書く。『品』という字を『○』を3個重ねて書いていたのをまっとうに『口』を3個重ねる。人間が適当だと字も適当になる。これが結構気合いを入れる必要がある。まさに墨を含ませた筆を手に、袴姿にたすき掛けして半紙の前で精神統一一筆入魂状態。実際は裏紙再利用のメモ用紙にシャーペンでちまちま書くだけだが、ちょっとでも気が緩むと文字は天然パーマのようにくるんと回る。気が緩まなくても文字のバランスはちょっとした瞬間に容易く崩れる。美しい字は地道な反復練習の上にしか成り立たないがこれまで培ってきた悪癖は骨の髄までしみ込んでそこで日夜血液を製造して大動脈から毛細血管に至るまでの全身をくまなく支配しているようだ。本日の教訓『字が汚いとアホに見られる可能性もある』
2009年01月11日
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言わずと知れたベストセラー新書『女性の品格』。女性の品格今更ながら知人に借りて目を通す。で、つれづれに読み終えて。…軽くヤバくね?むしろこんな表現方法がヤバい、否、まずい。ついでに言えば軽くない。相当、否、非常に問題がある。言葉遣いは乱雑だし敬語は胡散臭いし立ち居振る舞いは蓮っ葉だしすぐに怒るし愚痴るしツッコミまくるし礼状どころか年賀状さえ出し渋るし自他共に認めるケチ。日常生活における行為全般を通じて品格の欠片も見受けられない。重症品格欠乏症。とりあえず死にはしないが社会的信用を半永久的に得られない難病。どのようにすれば品格を身につけることが叶うのであろうか。日々の努力しかなかろう。サンカクだったら鹿に導かれて捜索できそうだがヒンカクなので馬と鹿とに嘲笑われるのが関の山さ。改めるべき欠点は多すぎてどこから改めようか迷うことは数学のできない学生が『分からない所が分からない』と嘆くのに似てある意味不毛。全ての性質の歪みを矯正することができたなら全くの別人格に生まれ変われるのではなかろうかと思われる。本日の教訓『直せそうな所はさっさと直せ』
2009年01月06日
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あけましておめでとうございます。喉の具合が悪いと思ったのは、一昨日30日の夜だ。夕食後、風呂に入る前、喉に何かが引っ掛かる既視感的違和感。世間ではそれを風邪の初期症状と呼ぶ。風呂に入っている間、何やら感じる足の筋肉の強張りとうっすらとした寒気。こいつぁヤバいと閃く危険信号。例年恒例師走ラスト1週間の猛ダッシュも最終日を目前にして、明後日には新年事始めのメインイベント福袋初売りが控えてるってのに、ついでにその翌日の2日から仕事始めだってのに、丈夫が取柄で年に1度くらいしか体調を崩さないのが自慢だってのに、なんでよりによってこんな時期に風邪ひくかなコノヤロー。タイミング悪い略してTW。正月休みらしい休みもないのに大晦日には大掃除と軽めの納会があるし仕事の段取りも付けておく必要があるし休むことはできない。普段病に倒れない人間こそ軽い症状で大袈裟に苦しむって見本の如く顔の火照りと体の寒気と喉の詰まりと足のだるさでへろへろしながらそれでも食欲は衰えず昼食は完食。食欲だけ見れば病人とは思えない。何とか帰宅し、風邪薬を服用して風呂に浸かる。ガチガチの足にようやく感覚が戻った気分。明日休めば多分治りそうだなコレ。いつも行く初売りは電車使うし並ぶし人も多いから難しいとしても初詣行って近くのダイエー行って福袋買おうかな。明けて新年。熱も寒気も足のだるさもあらかた雲散霧消し、僅かにのどのいがらっぽさを残すのみに回復。我が回復力万歳。おし。今年は場所こそ違うけど初詣&初売りのW初ツアー、新年における心意気も新たに行くとすっか。本日の教訓『大晦日に風邪をひくな』
2009年01月01日
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つくづく冬という季節は気に入らないと思った。人生における試練の時期を冬の時代というのはよく言ったもので、この季節ってヤツぁ寒くて冷えてむくんで太るし年末のこの時期は業務繁忙時で心身疲れるし食品物価は無駄に上昇するしロクなこたぁないぜ。右足裏の違和感に気がついたのは昨日の帰宅途上の道程だ。踵が少し痛い。歩いて足を地面につける時に微かな違和感が伝わる。自身の末端部分で何が起こっているか大体の見当はついている。踵、割れてる。冷えと並び立つ寒さの弊害の双璧、乾燥。湯上りにメディカルクリームをまめに擦り込んでいるつもりでもその努力を口を歪めて嘲笑うが如く指先も唇も足の裏も著しく水分は失われている。そしてこのような惨劇は発生しヒビケアなる商品もこの世に誕生する必然が生じるわけだ。立ち寄ったドラッグストアでサンプルのハンドケアクリームを思う存分何種類もささくれ立った手に塗りたくって混合した微妙な香りを発生させながら今すぐ塗りたくても靴とタイツに阻まれて手の施しようのない足の裏を嘆く。本日の教訓『ハンドケアは店頭サンプルで』
2008年12月28日
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家族間の食べ物の好みの相違ってのも場合によっちゃ良し悪しだ。例えば好き嫌いがよく似ている場合、好物の取り合いが勃発する確率は高くなるし逆に似ていない場合は、クリスマスケーキ等1個あれば充分なものを購入する時にエゴと妥協がぶつかり合い不快感が増すことになる。どっちにしても家族に絆なんてのは食い物で簡単に断ち切れる脆い砂の城さ。ウチのクリスマスケーキの場合。妹その1の言い分、チーズケーキが好き、チョコレートケーキは食えるけどそんなに好きじゃない。妹その2の言い分、チーズケーキは好きじゃないし、チョコレートケーキは好きだけど、どんなチョコケーキでもいいってわけじゃなくムース系は嫌い、チョコプリンなんてありえない。親の言い分、ケーキはそれほど好きじゃないけど、ロールケーキなら食べる。…しゃらくせぇよお前ら。確かに自分的にもイチゴケーキよりチョコケーキの方が好きだ。レアとベイクドならレアチーズの方が好き。果物なら柑橘系やトロピカル系よりもアップルパイ。でも、大抵のものは別に嫌いじゃないので何でも食べる。モンブランもティラミスもミルクレープもみんなまとめてかかって来い。寧ろ可能な限りたくさんの種類を口にしたい八方美人浮気性タイプ。なのに、なんでこうウチの住人どものケーキに対する拘りは強固に出来てんだろうね。人生に於ける9割9分9厘はちゃらんぽらんに生きているくせにさ。そんなウチの愚か者どもにふさわしきケーキ福袋を発見。【有難う年間ランキング総合5位受賞記念】送料無料★禁断のスイーツ福袋♪1ヶ月限定!過去最大級の驚く中身!超々増量版(FU)チーズケーキとチョコレートケーキとロールケーキが入っている上、パイシュー3個ととミニサイズケーキが3種。ワガママ親子に先の3種類をそれぞれ与え、パイシューは子供3人で1個ずつ、残ったミニサイズ3個を自分が確保すれば完璧じゃね?これでめでたくレッツクリスマスイブ。しかし、ケンタッキーが入れば既に胃袋の許容量軽くオーバー。ケーキを体内収容するのは日延べになりそうだ。本日の教訓『これ一口やるからそっちのちょっとよこせ』
2008年12月24日
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新聞を広げテレビをつければ未曾有の大不況の暴風雨がインフルエンザ大流行よりタッチの差早く日本列島を蹂躙していると騒がれている。『みぞうゆう』とか読んで笑っている場合じゃない。かつてのオイルショックでは紙の値上がりで漫画雑誌も薄くなったものだと昔読んだコミックス内でちびまるこちゃんも語っており、バブリーな当時はそんな状況に何の実感もわかなかったのだが今現在、涎の落下を堪えつつ眺める菓子の商品棚にはうすら寒いほどシャレにならない光景がチープな悪夢として広がっている。12個だからダースです。韻を踏んで『です』を『だす』に変えても訛りとして通用しそうなキャッチコピー。1ダース=12という12進法の概念の下成り立った数学的チョコレート菓子、森永ダース。そんなダースが、嗚呼。規格が、9個入りになっていた。これだけの衝撃を受けたのは久々だ。オーラの泉の美輪さんがウチの近所のコンビニの店長やってるレベルの驚異だ。ロッテの赤いガーナチョコが10グラム減ってもパッと見ではさしたる違和感は感じなかったがダース9個入りってのはちとまずいんじゃなかろうか。12個だからダースなのに9個じゃ急須じゃないか。へそで茶でも沸かせってか。本日の教訓『12個じゃないけどダースです』
2008年12月17日
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好物は何かと聞かれたら、とりあえずりんごとチョコレートと答える。確かにバナナやヨーグルトも好きで毎日食べていても飽きないし実際毎日食べているがやはり鼻差でトップをもぎ取るのはりんごとヨーグルトに他ならないのだ。そんな人間にとってこの季節は嬉しい季節。嬉しすぎて涎が流れて顔の締まりが3割増しで緩く見苦しくなる。スーパー店頭にはふじりんごが並び菓子コーナーには季節限定のチョコが席巻する。好物で人生狂わされるなら本望と思いきや既に充分道を踏み外しているので今更どう狂おうと差し障りもない。さて。そんなチョコ好きの人間の心を揺さぶって壊滅状態に追い込みゴジラ通過後の首都圏の如く呆けさせてしまう代物にお目にかかった。その名も偉大な割れチョコミックス。<割れチョコミックス>楽天ランキング1位!割れチョコどど~んと1.2kgで訳あり特価!割れチョコミックスミルクにビターにハイビター、アーモンドにマカダミアにマーブルにマシュマロ。12種類のチョコレートが、1.2キロ。板チョコ1枚を60グラムと換算すると20枚分。ちまちま食べれば1ヶ月はもつだろう。しかも種類の豊富さゆえ、どれから食べようか迷うこと必至。何だこの至福、感謝すべきはチョコレートを開発した偉大な先人とそれを好む舌を持って生まれたこの体を構成するDNA。袋を開けて、保存のためジップロックに移してその途中でちょいとつまみ食い。ぐへへへへへへ。メタボ腹の中年悪党親父が吐くような下品な笑いを浮かべてもう一欠片。うひひひひひひ。悪代官の腰巾着のような悪徳商人越後屋のような笑みが零れる。だってこれは家族には秘密、一人だけの至福の瞬間を味わうための魔法のアイテムなのさ。魔法というよりむしろ阿呆。本日の教訓『好物は一人占めにしろ』
2008年12月14日
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自分は歪んでいると感じた。精神に限って言えば、小学生の頃からねじり飴の如きひねくれっぷりを自覚していたが昨今骨盤の歪みが体調不良の元凶のように騒がれ出し冷えだのむくみだの肩こりだの思い当たる節が現在進行形で山のように存在していることを今更ながらに悟る。例えば。ショルダーは左肩は掛けやすいものの右肩ではしっくりこないし入浴中軽石で足の裏をこすろうと曲げる足も左の方が曲げやすいし、何より鏡に映った姿の肩の位置のバランスの悪さが際立つ。これを骨盤が歪んでいると言わずに何と言おう。視力の悪さの所為だけで片付けられる問題じゃない。で。近所の整体サロンに行ってみることにした。そこで発覚、左右の足の長さが異なる事実。施術台の上に横たわり頭を起こして爪先を見るとどう見ても右の方が長い。そういえば太もも周りも右の方が1センチ近く太かったっけ。更に発覚、肩も腕も背中も相当凝っている事実。まあ何となくは自覚していたものの、こうしてマッサージされて痛みを感じるってのは体がガチガチの証明にほぼ等しいのだ。確かに、これでは自力のみの骨盤矯正の難易度は並大抵ではなく、小遣いの使い道をうまく調整して連続して整体に通う必然性を文字通り肌で感じる。骨盤の状態が良ければ尻も垂れずに持ち上がり無駄な贅肉もつきにくいというがこの無駄に付着し体重増加に起因する肉だけに憎き贅肉、根性同様ひん曲った骨盤が矯正された暁には果たして何処へ消滅するのだろうかと甚だ疑問ではある。本日の教訓『老兵と贅肉は死なず』
2008年12月10日
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最近頻繁に携帯を買い換える人間は減っているそうだ。そらそうだ。携帯ショップの端末価格に0が1個多いんじゃねーのかと思わず数え直すこと必至。テレビとカメラと音楽プレイヤーとネット接続が可能な進化するハイテクマルチ通信機器は川を遡る鮭のように価格破壊の波に敢えて逆らう。だからこそ購入意欲は却って削がれるのだ。聖人君子を尊敬はしても親しく付き合えるとは思えないのと同じ原理さ。さて、購入してあれまあおやさてと言う間に3年経過しちまったマイ携帯。最近ウェブ接続がやけに遅くなるのはご愛敬でとりあえずつつがなく共に日常を歩んでいる。差し迫った異変を感じたのは昨日の夜だ。不要なメールが届いていたので削除しようとした。が、ボタン操作が利かない。メニュー画面から削除を選択しようとしてもそのメニューが出てこない。ファミレスならバイト店員を呼び止めるが携帯じゃそうはいかぬ。平穏無事な日常の崩壊はある日唐突に訪れる。ついにこの日が来てしまったのか。待て待て待て。何か打つ手は残されてはいないのか。パソコンには強制終了という一か八かのバクチ技が存在する。携帯に応用できない謂われがあろうか、否、非ず。電源ボタンをポチッとな。再起動を果たした携帯のボタンを押すと軽快に画面は切り替わり、先刻までの牛歩戦術は何の罠だっかのかと思うほどメールの削除どころかウェブ接続も欲しいまま自由自在のユビキタス。お調子者精神全開の健在っぷりを存分に表明して下さった。とりあえず急遽買い替えという事態は未然に防げたわけでこうして世界の平和は守られたとまではいかずともウチの家計の危機は回避されたのだ。本日の教訓『携帯電話にも再起動は有効』
2008年12月02日
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秋も深まるこの時期に毎年訪れる恐怖の行事健康診断。急激な増加もない分嬉しい減少もない体重に溜め息を吐き日々の納豆習慣で多少は減ったと思われる総コレステロール値に期待を抱き眼鏡を買い替えたことに起因する矯正視力の向上ににんまりし新たな測定項目胴回りの数値に慄き注射嫌いを克服し度重なる献血活動でガン見可能になった採血にも心乱されず一喜一憂を短時間の間に繰り返しつつとりあえず何とか終了。心は、やや晴れない。体重は、去年より0.1キロ増加。しかし昨日一昨日辺り、やや増加傾向にあった体重が何とか元に戻っていたのでこれは上出来の部類だろう。問題は、身長。余念突然0.6センチの増加を見て歓喜に満ちた驚愕を味わったこの項目が一昨年と同じ数値に戻っていた。すなわちマイナス0.6センチ。むしろ去年のが測り間違いだったのではなかろうかと思わざるを得ない。ってことは。去年と比べてBMI値は明らかに増加してるってか。携帯電話の電卓機能で計算してみた。弾き出された数字に途方に暮れた。嗚呼。この体重があと0.1グラムでも少なかったならよかったのに。多くは語るまい。気合いを入れて体重を絞らねば明るい明日は来ないぜ。本日の教訓『健康診断前に体重は増える』
2008年11月26日
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楽天ポイントが貯まったので、欲しい本を買おうと決めた。不要な本は処分せねばと思いつつも新たに購入するという相反した行為はそのまま理性と本能の激しい葛藤である。こうしてウチの部屋を占める書籍の量はじわじわと水が滲み込んでいくように増殖していくのだ。まずはこの本『エコ*コモノ』エコ・コモノ世の中には不要と見做したものを躊躇いもなく捨てられる人間と不要かもと思いつつもとっておきたくなってしまう人間とに大別される。チロルチョコのパッケージを捨てられない自分は明らかに後者であり風水的には塵も積もった負のオーラで幸運が逃げていくタイプである。しかし、世の中には似たような人種は確実に存在するわけでその中でも他人が捨ててしまうようなものをうまく生かして再利用する有能な方もいる。これは、お菓子の包装を利用した手作りグッズの本。チョコ菓子の箱を利用したペリペリ封筒。スナック菓子の袋のブックカバーや手提げバッグ。アイスのカップの小物入れ。何気なく捨てていた包装もデザイン的視点から改めて見直せばカラフルでスタイリッシュな愛らしさに満ちていると気がつく。そう言えば市販のステーショナリーにもお菓子のパッケージを模したものがあり、そのデザインの完成度は文具メーカーの折り紙付ってわけか。おし。今度菓子を食べる時からパッケージは丁寧に開封して保存しておこう。そう思うと菓子の箱や袋が非常に愛おしくなってたまらない。心が恋する乙女か発情期の猫のように弾んでくる。アホか自分。しかし、どう足掻いても自分は変なものを溜め込んでおくという行為が好きな人種でありウチの部屋には様々な有象無象がいつ使用されるか不確定な出待ちをしているのがよく似合っている。結果、半永久的に部屋は片付かぬのだ。本日の教訓『捨てられネーゼの血は不変』
2008年11月23日
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携帯に留守録が1件。再生してみると、『NTT西日本熊本支店』と来たもんだ。本州関東地方にあるウチの管轄はまぎれもなく東日本。完全な間違い電話。内容は光プレミアムの申込があったので、その工事日について話がしたいからまた電話するとのこと。あまり喋りが流暢とは言えない、舌先三寸で物を売り付けるセールスマンには到底なれっこなさそうな、でもNTTという機関の掲げる安心感で見れば適度に好感の持てそうな中年のオッさんの声。実はうっかり者だろうアンタ。固定電話では市外局番の存在がある以上起こり得ない話だ。ランダムな数字が日本中に点在する携帯電話なればこそ縁も所縁もない遠い西国火の国熊本くんだりから間違い電話がかかってくるのだ。この携帯ナンバーの、どの数字を間違えたのだろう。ほんの少しだけ数字の組み合わせの異なる熊本在住の人はどんな人だろう。普段考えたこともない熊本という地域とはどんな所だろう。埒もない想像のきっかけはほんの些細な日常の片隅に転がってふとした気まぐれが拾い上げてくれるのをじっと待っているようだ。NTT西日本熊本支店の担当の方、今度かけなおすときは番号を間違えずに。本日の教訓『ボタンの押し間違いには気をつけろ』
2008年11月18日
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天気が悪い日は外へ出たくない。ならば再び部屋の掃除を決行するまでさ。先日思い切って箪笥の中の衣類をどっかと整理したこともありちょっと調子こいて、それ以外の場所を掃除せねばと幕末の維新志士が怪気炎をあげるが如く取りかかった。そう、生半可な気持ちでは何もできやしまい。机、本棚、整理箪笥。この辺りは洋服ダンスを幼稚園児とするなら大学院生クラスに手ごわい。本や雑貨等の収集癖のあるこの身、手に入れるは易く手放すは難しという事実をよく承知しているのさ。案の定、本棚を見て読まない本を選別しようとしてももったいなくて処分できない。特に大切な本以外は思い切ってと自分に言い聞かせてもここにある本は思い入れのある本であるが為二の足どころか十の足くらい踏みまくる。文庫本化されてそちらも持っているコミックスでさえも手放せない。保存しておけばそのうちプレミアがとかいう俗っぽい精神からではなく、言うなれば精神的な愛情、大切なんだお前がというある意味もっと俗っぽい気持ちからである。焦ってはいけない。どうしても必要なものかそれほどでもないのかをじっくり見定めて少しずつ徐々に処分していけばいいのだ。そうして問題点を先送りにしているわけさ。その間に物がまた増えるという事実に目を向けろ。本日の教訓『減るスピードより増えるスピードのほうが圧倒的に速い』
2008年11月16日
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幸せを手っ取り早く呼び込むには掃除が最適だそうだ。汚い部屋にはマイナスエネルギーが充満し、運気が汚れるってのもビンボーなくせに物で溢れ返った自宅を見ているとあながち嘘じゃなかろう。霊感など欠片も有さぬ身にもこの家に潜む瘴気は精神を苛むようだ。これじゃマズかろう。思いきって、掃除を始めることにした。天使が舞い降りる部屋づくり美しい部屋には天使が舞い降りる。ウチの家には、甲子園と同じく魔物が棲んでいる。魔物は着ない洋服や使わない不用品の姿をして部屋中に散在している。洋服ダンスを開くと、数年前から埃を被ったままのコート類がずらり並び抽斗を開けると、貰いもの等の趣味に合わない服がぎっしり詰まっている。全部引っ張り出す。たちまち足元が洋服で埋め尽くされる。仕分けをする。Tシャツなんか着古して黄ばんでる。コートも色褪せてさすがに切る気になれない。もったいないを金科玉条として生きてきた身の上にはかなりの負担となるが心を鬼にしてゴミ袋に詰め込んでいく。結果、着古した洋服だけでゴミ袋が3袋パンパンに膨らんだ。捨てるには忍びなくも、似合わないし着るつもりのない服も1袋。自分は案外衣装持ちだった事実を悟る。なのに同じ服ばかり着回しているこの滑稽さ。さてこの捨てるのがもったいない服はどうするか。近所のリサイクルショップへでも持っていくかと案じていると目を輝かせてウチの親が袋を漁りだす。そう、星の輝きではなくパチンコ玉が煌めくような俗な光がその眼に宿っている。欲しいのあったら持っていっていいよとの言葉を待っていたかのように、次々にこれも着るこれもいいと選り分けていく。妹その2も加わり、重みでゴミ袋が破ける程の衣類が次々に家庭内リサイクルに回されていく。派手な原色OKの大阪のオバちゃんの如きウチの親と、ラメ入りのチュニックやショッキングピンクのシャツも不思議と似合う妹その2。こいつ等と同じ血が体内を駆け巡っているとは到底信じられん。つか、結局これらの衣類はこの家から出ていかない。ウチの家から魔物が追放される日はいつ来るんだ。本日の教訓『不用品は家族に譲ろう』
2008年11月12日
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人間は大抵『限定』の響きに弱い。殊にチロルチョコの限定商品が自分の心を激しく揺さぶるのは以前にもだらだらと書き連ねたとおりだ。それでも決して箱買いという大それた行為に走れない辺り精神的余裕というよりむしろ財布の中の乏しさが如実に表れている。今回発売されたのは、セブンイレブン限定の少年サンデーとマガジンとのコラボパッケージ。その種類たるや、恐ろしいことに各80種、合計160種。チョコ1個32円だから、全種類集めようと試みるには単純計算で5120円もの予算を必要とする。しかもセブンイレブン1店で160種全ての絵柄が揃うとは限らず、おそらく町内の系列店を遍く歩き回る必要が生じるだろう。いや、そりゃちょいと無理だろ。冬至以前より北風が傍若無人に吹き荒れるこの懐、先ず財政的に破綻してしまうのは想像に難くない。仕方なく絵柄を吟味して、財布の中の硬貨をかき集めてサンデーマガジン各5種類ずつ計10個をレジへと運ぶ。『金田一少年の事件簿』『名探偵コナン』『タッチ』『あしたのジョー』…。名作が彩る創刊50周年の歴史の重みと己の財布の軽さのコントラスト。本日の教訓『欲しいものが全て手に入るわけではない』
2008年11月07日
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一時代を築いた有名音楽プロデューサーが詐欺罪で逮捕されたそうな。その金額、億単位。10円単位で財布の中身と格闘している人間からすれば想像すらできない。年末ジャンボを当てたとしても充当しきれないとは夢も何もあったもんじゃない。日常生活を営む上で高額の資金を必要とするならば一見高収入の芸能人も楽じゃない。6億円。途方もない金額だ。仮にその金を手に入れたとしたら現状の生活を維持する限りは一生かかっても使い切れないだろう。ふと考えてみる。自分の生活のためには、どの程度の金が必要だろうか。まず、生活費として食費住居費光熱費通信費娯楽費貯蓄すべて合わせて約20万とすると1年12ヶ月で240万。この先60年生きると考えて1億4千400万。2億あればお釣りの5千600万でマンションでも購入できるだろう。逆に考えるとあと60年生きるには1億超の金が要るってことか。1億なんて使いきれない金額どころか生きていくに必要な金じゃないか。人間やっていくのも楽じゃないぜ。そう考えると6億もの金を使い切って更にそれを上回る借金を負ってしまうことってのは案外容易いのかもしれない。人の歩く道には落とし穴が多すぎる。まさに人生罠街道。本日の教訓『とりあえず地道に働こう』
2008年11月04日
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書店でたまたま手にした本に心を奪われることが時折ある。雑誌類は立ち読みを図ることで内容を脳裏に焼きつけようとし、ハードカバーの小説などは図書館で予約順番待ちをして読もうと己を誤魔化して何とか購入衝動を押し止めることができるのだが、どうにもならないのはビジュアルブックだ。空の写真集だの豆本の作り方だの可愛らしい銘菓一覧だのおおよそ読んでも読まなくても人に嘲られ謗られることもないような趣味の本。生活必需品ではなくてもあれば多少の精神的潤いが生じる嗜好品のような書籍。特に娯楽に溢れた生活を享受しているわけではないのだからこの程度のプチ贅沢は許容していただきたい。今回のひとめぼれはこの本。『雑貨カードのつくり方』雑貨カードのつくり方コラージュを用いたカード、紅茶染めのカード、レースペーパーを用いたカード。カードを単なるプレゼントの添え物ではなく独立したひとつの雑貨と見るコンセプトに紙製品好きの血がふつふつと騒ぐ。日々の暮らしにおいて雑貨とは単に食えない日用品に他ならず、即ち洗濯洗剤であったりトイレットペーパーであったり100円ショップで売ってる白いスポンジや3枚セットの雑巾だったりする。洗濯ばさみは木ではなくプラスチックでできているものだ。これが、日常における雑貨の概念。こんなアンティークテイストがお世辞にも似合うとは言えない生活を送ってるからこそページの中に広がる『雑貨』の雰囲気に放たれた心は満たされるのさ。そしてふと顔を上げれば、そこに広がるのは喧騒に満ちた煩雑な日常に他ならない。本日の教訓『書籍に癒しを求めよう』
2008年11月02日
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唐突に。業務上の必要性が発生して、和風なハンコが欲しいと思った。寿。この字が書いてある、篆刻っぽいハンコ。しかし頭に思い描く通りの商品を都合よく店頭で発見できる保証はない。で、思い出したのが以前に文具店で購入したままほったらかしの篆刻用消しゴム。にやり。売っていなければ、作るまでさ。親兄弟が作ったものしかブログにアップしたことがないがそれも当然、ここ何年も手作りとは遠ざかって久しい。そう、遠ざかっていた。決して作ることが嫌いなわけではない。単に面倒くさいのでその気にならなければ何もしないだけなのだ。若き日はクリスマスカードだの紙で作るフォトフレームだの下手くそながら楽しんで拵えて悦に入っていたのさ。ふっ。若気の至りと呼ばずに何と呼ぼうか。で、久々にカッター握って一球入魂ならぬ一堀入魂。時折試し打ちをしては更に削っていく。ちなみにサイズは縦横15ミリ。ハンコとしてはやや大きめ。この程度でこの細工しかできない辺り不器用との誹りは免れない。とにかく字が識別できるので上出来ではなかろうか。おし、調子こいて次は自分の名前入りのハンコでも作るっかな。つか画像横向いてんじゃん。見づらっ!本日の教訓『作ろうと思えば大抵のものは作れる、と思う』
2008年10月29日
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土曜日、仕事から帰宅し玄関ドアを開けて少なからず衝撃を受けた。ウチの家は汚いというのはもう公然の恥ずべき事実であり、宅配便だの新聞の集金だの来訪者の都度扉を開くただそれだけの行為だけで羞恥心という感情の意味を噛みしめるほどだ。とにかく物が床を埋め尽くすように散乱している。その殆どが妹たちの私物であり、過半数が妹その1の所有物である。つまりは妹その1、こいつが無秩序の元凶とも呼べる恐るべき存在だった。ところが。床に散らばるどころかテーブルの下まで物が溢れ返っていた居間がすっきりと片付いている。ジェンガの如く不安定なバランスで屹立していたマンガ本の量が明らかに減って残った分も壁際にうず高く積み上げられて床面積が拡大している。食器や食いかけがだらしなく放置されたテーブルの上も片付いている。午前中仕事に出ていたウチの親が午後掃除をしてくれたのだろうか。親「いや、帰って来たらアレ(妹その1)がセコセコ片付けていたんだよ」信じられないような証言が飛び出した。妹その1が掃除を完遂するなんて太陽が西どころか北から昇るに等しい。怠け者の大掃除のように途中で本を読み始め挙句寝転がってしまうような輩が。いや、確かに妹その1には掃除をしなければならない厳命を下してある。無駄遣いの果てに生活費納入を困難にして家族全員に借金までしている極悪な女、金の分家事労働に勤しめと怒鳴り飛ばしたのがつい最近のことだ。やる気になれば何でもできるじゃないか妹その1。よく頑張った、ありがとうよ。お前は根は素直なイイ奴だと分かっていたさ。つかお前のせいでみんなが被った金銭的迷惑はこの程度ですまされる所業じゃないからな。そこんとこよく覚えとけ。本日の教訓『やる気になれば大抵のことはできる』
2008年10月28日
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数日前、久々に家のトイレ掃除をした。久々ってのがポイントである。玄関先とトイレの汚い家に幸運が舞い込むことはないというのは最早定説だがおそらくウチの家がダンス踊っちゃうほどビンボーなのはここから幸運を下水に排出してるに相違ないと実感する汚染っぷり。そこで決めた。トイレを清潔に保とうと。他の家庭では常識として行われている行為を今更始めるこの体たらく。日々綺麗にしていればそれほどひどく汚れることはないだろう。毎日一回、便器にブラシを軽くかけてペーパーで汚れをさっと拭く。忘れないように、風呂に入る前にトイレを使用した時に行うことにした。日課にすると決めたら大抵機械的にこなせる、と思う、きっと。肝心なのは己を信じることである。で、火曜から始めて今日で6日目。とりあえず順調に続いているようだ。おし、次の休みの日は床マットはぎ取って洗濯機にぶち込んで床を掃いて拭こう。なんだコレ。一般家庭では日常茶飯事な作業をさも得意げに語るとはウチの家の汚さがどんだけハイレベルか分かるってもんだ。本日の教訓『貧乏人のトイレは汚い』
2008年10月26日
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電卓を叩き終えて、とりあえず鼻息と言えなくもない溜息をひとつ。赤字だ。どうやりくりをしても黒に転じる見込みはなさそうな予感が世を寒からしめる不景気物価高騰株価低迷がすぐ傍まで迫り来ることを意味している。おやつは食べたい。疲れた心身を癒すのは良質の睡眠と適度な糖分摂取であるという理念の下スーパーコンビニにずらり並ぶ新作チョコに憧憬の視線を送り、新ショコラドーナツの発売に心を揺さぶられハーゲンダッツ三割引の広告に目を惹きつけられる。でも。好きなものを何でも買い込めるような財政的余裕は最早ウチの家計上存在していない。子供のころ憧れた大人買いを大人になった今でも実践できず遠足のおやつを吟味しつつ購入する小学生のように財布から小銭を取り出して新作チロルチョコを買うこの生活ってどうよ。ま、好きだからいっけどさ。世の中は狭苦しいようでいて果てしなく広く、身近な人間には毎週家族そろっての外食を楽しむ者も存在する。格差という透明な壁を感じることができるのはおそらく所得の少ない側だけだろう。いいのだ。人の金を羨んだところでウチの預金総額に変動はない。そのうち3000円貯めて、念を込めて宝くじを買おう。そしてめでたく当選金を手にできるように、加えて知人に殺害されぬように祈るのだ。本日の教訓『余所は余所、ウチはウチ』
2008年10月24日
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早いもので、前回美容院で髪をカットしてから半年が経過。そろそろ頭髪も洗髪後の乾燥が面倒になる程度に伸びてきて再び適当に切ってもらうかなと考える辺り美容に関してかなり無頓着と自ら認めざるを得ない。何の自慢にもならないがもう少し洒落た恰好をしてきたらどうだだの化粧をしたらどうだだのパーマかけてみた方がいいだの周囲からはもう言われたい放題の状況である。いや、一応化粧らしきものはしてるしそこまでみすぼらしい恰好はしていないととりあえず主張はするものの、どうも世間一般の審美眼とは乖離がありすぎるようだ。しかし、きちんとした化粧をしたら髪形もスタイリング決まっていなけれは不釣り合いで首から上が合格ラインなら下もそれなりの服装でなければ似合わないし足元も服装に合わせた靴が必要となるだろう。そして着こなしのためには当然体型を整えるのが至上命題といえる。全身改造しなければならなくなるのは当然の帰結だってか。ここでうぜぇと思ってしまう人間に美しくなる資格はないと宣告されたも同然か。逆に考えれば壁を一つ乗り越えれば後はノリで何とかなってしまうのではなかろうか。髪を切りたいと思うだけで次から次へと欲が出てくる。人間の煩悩が108ってのは千か万の字を省略しているに相違ない。本日の教訓『人は見た目で9割決まるらしい』
2008年10月19日
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秋分の日を過ぎて火が段々と短くなり、秋の夜長と俗に言うが熟睡に当たって夜はあまりにも短しなほ恨めしき朝ぼらけかな。とにかく眠い。暁を覚えないのは春眠だけで充分だってくらいに毎日が眠い。日々待ち遠しいのは、行き帰り通勤電車と昼休みの仮眠時間だ。各20分、合わせて約1時間。隣の人に寄りかかり知らず不快感を抱かせ、机によだれの池を造成し人としてあらゆる意味で間違っていると思いつつも目先の快楽を優先させる堕落した民。♪スイミンスイミンスイミンスイミン睡眠不足~♪そんな印象的なサビのアニメソングの歌詞に『どうしてこんなに眠いの?』との一節が存在するが、何てこたぁない単に夜の睡眠が足りないだけだ。はいそうです。10時11時頃寝ればいいもののグダグダ夜更かしして日付が変更してから布団の中に潜り込むのが悪いのだ。これはよろしくない。アンチエイジングに欠かせぬ睡眠中の成長ホルモンの分泌も妨げられるってもんだ。いや、別にこの年になって身長増加に過度の期待を抱いてはいないがやはり老化に対する恐怖は日増しにサラ金の利子の如く膨れていくのさ。早寝しよ。つか駄文連ねてないでさっさと飯食って風呂入って寝ろ。本日の教訓『宵っ張りの朝寝坊』
2008年10月16日
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突然の、しかもあまりに一方的な拒絶を食らったのは月曜の夜だ。一体何が気に入らなかったのか、とりあえずは考えてはみたものの思い当たる節がなかったので途中で止めた。それ以上に不意打ちのような別れを突き付けられたことが恨めしくて自分のこと棚上げ状態で被害者ぶる辺りが三行半の理由だと頭では理解ができる。結局は未練が断ち切れないのだ。すっぱり諦めて割り切って、次を探せばいいなんてそう簡単に出来やしない。一緒に歩いた道を思い出す。通り沿いの店、立ち寄ったファーストフード店、空の色と雲の模様。流れていたあのアルバムの曲。消せないアドレス帳のMのページを指で辿るって歌詞を口ずさみながら無駄とは分かっているものの今日も指はボタンを探す。あ。画面に浮かぶリンゴのマーク。先日唐突に動作を停止したウチのiPod。USBケーブルに差し込んでタッチパネル部分をぐいぐい押すと今まで真っ黒だった画面に一口かじったあのリンゴが浮き上がっているのが見えた。そして、昨日まで起動しなかったiTunesが突如立ち上がる。これはもしかしてwktk。多分、その時は相当情けない顔をしていたのだろう。捨てられた仔犬のような表情なんて、犬から見たら失礼に当たるだろうけど他に適当な表現が見当たらないんで仕方がない。君がいなくても地球生命体として活動に支障は来さないし、時が経てばきっと何でもなくなってしまうんだろうけど、それでもやっぱり寂しいと感じてしまうんだ。そうだよ、こんなヤツだって充分分かっているだろ?でも、また一緒にいたいってのは嘘のない本心さ。だからまた、一緒に歩こう。おかえり、iPod。そう、これまでの独白は全てこの愛機に向けてのもの。ヨリを戻すが如く復調してくれやしたぜ。いや、懲りずに何度も試みてみるもんだな。これで買い替えはもうちょい先に延ばせそうだ。本日の教訓『諦めたらそこで試合終了ですよ』
2008年10月12日
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無駄なものを溜め込んでいくダメ性質はどうやらウチの遺伝子に調味料の如く均一に練り込まれているようでパソコンの中には要るんだか要らないんだか一目で判別するのは難しいファイルが雑然且つ混然と配置っつかむしろ放置されていてデータを移管するのに無駄に時間を消費すること数時間。そして昨日の夜、データ移し替え、良し、インターネット設定、良し、家計簿ソフトとiTuneダウンロード、良し。プリンタとデジカメは次に回すとして、とりあえず日常生活における最低限の下準備は整った。東芝のPC引越ナビの便利さに感謝感激雨嵐。2代目パソコンよ、今までありがとう。3代目パソコンよ、これからよろしく。【送料無料】 東芝 Qosmio F50 F50/86G (PQF5086GLR) ※ご注文後お取寄せで、iPodを同期して、っと。取り外してから、異変を悟る。タッチ部分に触れても、電源が入らない。長押ししても、全く画面が点灯しない。…壊れた?ちょっと待てやオイ。壊れかけていていつお迎えが来るかわからない状態でその時にはモッくんの代わりにおくりびととなって旅立たせようと決意してたのは2代目パソコンであり、断じてiPodではなかったはずだ。壊れるにはまだ早すぎんだよお前さん。そりゃまぁ、すでに4分の3は使用済みで空きが少なくなったなとか最近はもっと容量の大きいのが発売されてんなとか、ちらっと思わなくはなかったけどさ。でも、これだけは信じてくれ。彼女と街を歩いている時に露出度の高い女とすれ違ったら浮気する気は決してなくても本能的に視線が引きつけられるようなもので新しいのに買い替えようかなとは思ってもみなかったんだ。頼むから復活して、もう一度2人でやり直そう。なっ?つか、単にパソコン買った後で予算的余裕がないんだよ。何だコレ、どこの痴話喧嘩だっての。本日の教訓『家電製品は連鎖的に不調に陥る』
2008年10月07日
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つい先刻、ドアチャイムが鳴った。予期していた瞬間だった。認印を手に、玄関口へ直行。宅配便の兄さんから、とりあえず片手で持てる重さだけれどこれを手に駅から自宅まで歩いて持ち返れと言われたら可能だがちょっとしんどそうな重量の荷物を受け取る。某ゲームなら頭の上に数字が逓減していくカウントダウンが点滅して残り寿命を示しているようなウチのパソコン。その後継機が、到着した。ええ。ノートパソコン買いました。遂にです。マジです。これから梱包解いてみます。セットアップしてみるかって状況です。それ以前に今考えているのは置き場所です。このパソコンが載っているデスクの面積は結構広いんですが相当に物が積載されているので先ずは整理してからです。では、ミッションスタート。あ、その前に、昼食を食おう。本日の教訓『腹が減ってはセットアップは出来ぬ』
2008年10月05日
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口の端、口角の辺りに違和感を感じたのは数日前からだ。あーんと口をあけると微かにちくりと痛い。鏡を覗き込んでみたら、うげ、口角がちょっと割れて赤くなっている。しかも左右両方。右側の方がややひどいか。空気の乾燥する真冬に唇が割れるってのは経験があるが唇の端っこがこの季節に割れるってのはどうした理由だ。普通に喋るだけならまだしも、何かを食べようとして大口開けるたびチクチクするのは落ち着かない。さて。これはどうしたものだろうか。とりあえず肌荒れに効能を示すメディカルクリームを塗っておいて症状が改善されないか悪化するようなら諦めて神妙に皮膚科に行くとするか。これでは口を開くのも憂鬱になってくる。これは口は災いの門って思し召しだろうか。それとも食欲を抑えるための導きだろうか。しかし、どんなに口元が切れていようが減らず口は恐らく墓に入るまで直りそうもなく胃腸が訴える限りない空腹はこの程度で耐えられるものじゃない。本日の教訓『人間も財布も口を閉じたままではいられない』
2008年10月01日
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遂に予測していた最悪の事態に陥ってしまったようだ。買い物市場を突如混乱の渦に巻き込んだバナナタイフーンは食卓の友として最も身近な果実を根こそぎ奪っていった。今朝食べた1本で、ウチのストックは尽きてしまった。本日仕事帰りに立ち寄った店にその黄色い猫背の姿は見当たらなかった。つまり、明日の朝食はバナナ抜きってことになる。毎日バナナ1本をヨーグルトに混ぜて食べるのが習慣だった。四季を問わず大抵容易に入手可能だったバナナ。そんな果実がこのような形で店頭から消えるとは、半月前までは考えもしなかった。飽食時代の現代において庶民の味が品薄になるこの皮肉。これぞそんなバナナ。さし当たって明日の朝食デザートはどうするか。冷蔵庫を開けてみる。そこに燦然と輝くのは宝石の粒が群れ集まったような形状のウチの親の故郷Y県が誇る名産品・葡萄。数日前親戚宅から送られてきたありがたい救援物資だ。…葡萄の効能って何だ?ワインには確か、ポリフェノールが豊富に含まれていると聞く。となれば、その原料たる葡萄も健康にはよいはずでなかろうか。いや、それに加えて不孝者を思う親戚の真心が込められている分数値化は出来ないような栄養素も含まれてるんじゃないのか。そういうことにしておいたほうがきっと長生きが出来そうだ。おし。明日の朝食には葡萄を食べよう。葡萄にもダイエット効果があると誰かテレビで報じてくれれば尚嬉しい。本日の教訓『バナナがないなら葡萄をお食べ』
2008年09月30日
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ウチの2代目パソコンには、そろそろ寿命が近づいている気がする。購入したのが2002年の11月だから、もうすぐ6年。知人に言わせればノーパソで5,6年ってのは割と長持ちの部類に入るそうだ。基本的に『もったいない』で人体の半分が構成されている人間。新しいモデルが出ても買い換えようという気は特に起きず、壊れるまで使い倒そう、いや添い遂げようと思って早6年弱。1年半ほど前、突然の故障という大きな危機に見舞われた以外は特にセポートセンターに差し迫った電話をかけて受付の担当者を手こずらせることもなく平穏無事と言っても差し支えないPCライフを共に歩んできた。しかし、修理に出した時に受けた『ハードディスク内から異音がする』という買い替え推奨の報告は配偶者に不貞を犯された既婚者のように心に消えない黒い染みを作った。確かに、起動中のパソコンからは時折キシキシと胃潰瘍といわれたけど実は胃癌なんじゃなかろうかとの猜疑に近い不安を掻き立てるような音が聞こえる。ついでに起動もシャットダウンも異常に遅く、『このプログラムは応答してません』表示なんてザラである。一緒に駆け回った仔犬が老犬と成り果てて死期が迫ってゆくように確実にパソコンは老いの一途を辿っている。そこで、そろそろ買い換えようと重量級の関取や行政の対応以上に重い腰を上げた次第。確か5年半使用した初代パソコンも、不調を感じてこの2代目を購入した数日後本格的に壊れたっけ。壊れたら最後、データの移送が困難となるのが怖い。残された時間はあとどれくらいだろう。君と過ごした時間は確実に世界を広げてくれた。DVDドライブも付いてなく、外付けを購入する羽目になった君だけどそれ以外は本当によく働いてくれたと感謝してる。こうしている間にも君の内部から軋むような微かな音が聞こえる。勝手だよ。このままじゃダメになるって思いながらずるずる惰性でつきあい続け君との決別の心積もりが出来たら出来たで一緒に過ごした時間のことを繰り返し思ってしまうんだ。って、どこの別れ話だよ。本日の教訓『壊れる前に買い換えろ』
2008年09月28日
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公共電波による影響力は絶大で、スイーツ目指して規則正しく行進していた蟻の行列でさえCMに入れ込んで激辛スナックに熱狂するくらいだ。かつては昼のバラエティ情報番組で取り上げられたココアや寒天などが放送直後のスーパーの陳列棚から姿を消した。人間考えることは大差なくついでに長続きしないってのも共通認識だ。朝にバナナを必ず1本食べる習慣は延々と続いている。四分割できるサイズのヨーグルトを器に開け、グラノーラを少々加え、バナナを一口大にちぎって加える。ゴマと刻み海苔をトッピングした納豆ご飯の後でこれを食べるってのが朝食の定番と言うか既にほぼ日課だ。毎日同じメニューにも飽きないのは貧乏性のなせる業か。その日課を脅かす影がちらついた。数日前、テレビで女性芸人のダイエット特集が放映され、朝バナナダイエットで7キロ痩せたと取り上げられていたそうだ。ウチの会社でもそれを観て早速実行してみることにした人物が存在する。このダイエット法の本は立ち読みした記憶がある。確か、朝食はバナナのみ、ただし本数は無制限、それに加えて常温の水を飲むだけで、昼と夜は特に何を食べても構わない。これまでのバランス重視や夕食を軽くするダイエット法とは全く異なる発想の画期的なお手軽ダイエットだ。朝バナナダイエットそう、お手軽。恐らく同時に紹介されたどの方法よりもこれが最も手軽で簡単で実行しやすかったことは想像に難くない。嫌な予感がした。駅のすぐ側にある小さなスーパーはいつでもバナナ1房100円で販売しているので、帰宅途中ここに立ち寄ってバナナを購入することにしている。1房4本か5本ついているので、週に2度ほど買えばまにあう。最後の1本を食べてしまったので買って帰らねばと思い店を覗くと案の定いつもある場所にバナナの姿は見当たらない。そう、朝食に食べるバナナの本数は制限がないのだ。1本程度じゃ腹の足しにならないのは自明の理。1房のバナナなど2日あればなくなるのは想定内。そして、テレビを観てこれなら自分にでも出来ると思った人間の数は恐らく3人に1人はいるんじゃなかろうか。かつて捏造報道にも拘らず納豆がバカ売れしたように今回バナナが店頭から消えることは最早必然だったのだ。ある食材が健康や痩身に効果的だともてはやされると定期的に購入している人間は大いに迷惑すると身を以って悟った。まぁ、確かに朝バナナダイエットを実行してみたいという気はないわけじゃないけどさ。ほら、もうすぐ健康診断も近いことだし。溺れる者は藁どころかバナナの皮だって掴むのだ。本日の教訓『結局はいつ何を食べたら痩せるのか確実な答えはない』
2008年09月24日
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その文庫本を読んだのは確か高校の図書室でだったと思う。中学の教科書に掲載されていた作品が収録された『ボッコちゃん』は星新一作品の中では最も早い時期に読んだような気がする。湖の中から釣り上げた悪魔。美女の姿を模した酒場のロボット。底が知れない深い穴の利用法。記憶の地層の底の方に眠り続ける短い物語の数々はページを繰るたびにおぼろげな輪郭線が鉛筆で濃くなぞられていく。公開を控えた映画の原作マンガに、盗作疑惑が浮上している。その話題が上るまで、遥か昔に読んだショートショート作品のことは綺麗さっぱり忘れていたため、改めて書店で『夏の100冊』にも選ばれた名作級の文庫本をパラパラ開いてみる次第。ボッコちゃん改版『ボッコちゃん』収録の『生活維持省』。美しく平和で満ち足りた国家を維持するために生活維持省に勤務する役人は無作為に選抜された国民を間引いていく。役人たちは国家の犠牲となる国民リストであるカードを手に町へと繰り出していく。誰かの理不尽な死の上に成り立つ幸福な生活を守る社会の密やかな狂気を孕んだ矛盾の話。…。確かに、これはよく似ている。名称少し違うだけで基本設定ほぼ同じじゃなかろうか。ただマンガの方は、その土台を元に残された時間を生きる良質な人間ドラマとなっているらしく、その視点から見れば全くの別作品だろう。機会があれば読んでみたいものだ。ただ、正気かよと思ったのがマンガ発売元出版社のコメント。作者も編集者たちも、星新一氏のこの作品は未読だそうだ。編集者って職業は相当な読書家だと信じていた。しかも、教科書に作品が掲載されるような有名な作家の代表作ともいえる本を読んだことがないとは言い訳や冗談にしちゃあまりに性質が悪いし仮に本気で言っているのだとしたらあまりにレベルが低い。食料品偽装がメディアを騒がせているこのご時世に文化作品まで不名誉な話題が飛び交うってのは当たり前と言えば当たり前だが薄ら寒さを感じる。星新一氏が描いたドライで不条理でブラックユーモアが蔓延する世界、それは今此処にある世界そのものじゃなかろうか。本日の教訓『名作と呼ばれる作品は年月を重ねても新鮮』
2008年09月21日
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思えば昨日の日中は、本当に台風が接近しているのか半信半疑だった。原付の法廷速度より遅いスピードで列島を西から東へ走る台風13号が本当に関東地方を目指して東征を企てているのか窓の外の電線の揺れ具合を見ると極めて疑わしかった。このかつての社会党張りの牛歩戦術を貫けば関東の雨の脅威は土曜はおろか日曜日まで残るのではないか。帰りの電車のアナウンスが翌朝の台風の影響を懸念して強風によるダイヤの乱れる恐れを呼びかけている。通勤の足の危惧に何も感じることがなかった理由はただ1つ、久しぶりに20日の土曜は休みが取れる予定だったからだ。朝の台風と大雪に苦悩するのは出社日であり堂々と寝坊が出来る休日が嵐で始まってもさほど痛痒は感じない。むしろ出社の面子に対する低レベルな優越感すら覚える程度だ。イッツエゴイズム。死んでも恐らく極楽には行けまい。あ。第三土曜日は紙ゴミ収集の日ではないか。家の外には、主に妹どもが溜め込んだ大量の古雑誌の山が回収に出される時を待って風雨に耐えている。これを来月の次回収集日の第一土曜まで置きっぱなしにするのは非常に邪魔臭い。しかし、台風の日に誰が好き好んで自宅とゴミ捨て場を重い荷物を手に何往復もしたいものか。それさえなければ延々と風雨が外界を蹂躙する様を尻目に布団の中でまどろみを続けているものを。で。今朝の空は台風一過とまでは行かなくとも少なくとも風も雨も太平洋沖に走り去っているような秋の色。悪天候の朝の惰眠の夢と日常生活上不可欠のゴミ捨て日課。叶ったのは後者の方だった。ずしりと指に食い込む紙ゴミの束を抱えて往復すること7回。とりあえず早々と立ち去ってくれた台風13号に感謝の意を送る。次の台風よ、来るならゴミの日以外の休日に来てください。本日の教訓『ゴミ収集日に朝寝坊はするな』
2008年09月20日
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チロルチョコにおいてコーヒーヌガーと肩を並べる定番乳白色のクリームもなめらかなミルク味。白地に牛柄を模した黒のブチ模様は全部で10種類あるそうで、そうと知ったら集めたくなるのは人の世の常、マニアの体に流れる熱い血潮が無駄にたぎる。毎度変わらず情熱の使い道を誤った人生。新たな柄を探しこの手に入れようと立ち寄ったコンビニの菓子コーナーの前で、ふと動作が停止する。お使いを頼まれた直後に用件も聞かず財布も持たず猛然と走り出した慌てん坊が1丁目の角で気が付いて引き返すようにはっと我に返る。ミルクの柄は10種類。自宅には、既に数種類が保管されている。ここで大問題が発生する。ウチにあるのは、どの模様だったのであろうか。こうしてみると、明らかに黒ブチが占める箇所は異なるはずなのにどれもこれもミルクという大分類で大まかにくくられて校則の厳しい女子高の朝礼のようにみんな同じように見える。ウチに帰って、持っている模様を書き出して、それ以外の模様を探さなくてはなるまい。そして何も購入せずに店を出る。目的を達成するに当たって何より肝心なのは計画性であり成り行き気まぐれ思い付きをモットーとする適当人間にはコンプリートの道程は前途多難と言える。本日の教訓『キャッシングとコレクションは事前の計画が肝心』
2008年09月18日
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最近おっそろしく時間の流れが速い。昨今の食料品価格高騰の余波が一介の中小企業たるウチの会社にも雨の日に道路の端を歩いていて横を通る車に飛沫をかけられる程度に降りかかってくるため正直かなり慌しい。仕事仕事に追いかけられて気がついたらあらもう終業時間。肌同様人生にも潤いが足りていない気がする。ついでに休日もあっという間に終わる。ちょっと外出して帰ってきたらおやもうこんな時間。楽しい時間はあっという間に過ぎるってのは相対性理論を恐ろしく単純に分解した表現だが特に可笑しくも楽しくもない日常がこんなにも早いってのはどういうワケだアインシュタイン先生。読みたい本が積み上がったまま、やりかけのゲームは中断しっぱなし、観たいDVDも開封しただけの状態、しなきゃならない掃除もうっちゃったきり。って、それはただのものぐさだろう。で。ここにもストレス社会に倦み疲れ心折れそうな珍獣が一体、象と仏教と微笑の国タイへ国外逃亡を図ったようだ。ドアラの休日 げんじつとうひ、してみました。…羨ましい。つか、早く再生して観たい。ドアラ、君だけ現実逃避ってのはズルすぎるよ。明日になればまた長い一週間が幕を開ける。ウチの会社に祝日公休と言う概念は存在しない以上いつも通りに定時に目を覚まして休日ダイヤの電車に乗って出社。当たり前の日常は限りなく貴重でありながら同時に贅沢極まりない鬱陶しさを含んでいる。今度の休みは土曜日。この長い5日間を乗り切ったら、タイの君に逢いに行くよドアラ。…つか掃除しろや。本日の教訓『買った本やDVDは後回し』
2008年09月14日
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ジョージと聞いて、誰を思い浮かべるだろう。キュリアス、ワシントン、ルーカス、はたまたタカハシだったりヤマモトだったり、ちょっとマニアックなところでアベってのもありだ。しかし、チロルチョコファン、通称チロリストにとってのジョージと来れば、アーモンドのパッケージに描かれている彼こそがジョージなのである。これはジョークでも何でもなく、あのちょっと米国国旗っぽい赤白ストライプと星をあしらったパッケージに描かれた擬人化したアーモンド、そのキャラの名前がジョージという公式設定なのだ。そのジョージ、コアラのマーチに眉毛コアラがあったりプチプチにハート型が混じっていたりするように、100個に1個の割合でレアパッケージが混ざっているそうだ。見つければ幸せになれるという都市伝説はついぞ聞いたことがないが。30個入りのバラエティパックを何の気なしに手に取る。袋は透明なので中身が透けて見える。レアジョージ、いるかな。バラエティパックの中にアーモンド味は5個。単純計算でいくと、20袋の中に1個はレアが入っているはずだがそうは簡単に見つからないだろう。って、あったよ、2袋目で。速攻レジに走ったのは言うまでもない。で、どこら辺がレアなのかってと、ジョージがピースしてるんだな、右手で。上がレア、下がレギュラー。あ、そこ、くっだらねーってツラすんな。確かに眉毛コアラに比べて知名度は果てしなく低いしそもそも彼がジョージって名前なんて限りなくトリビアネタだがそれを発掘した時の喜びってのはメガサイズ級だ。惜しむらくはこの喜びを共に分かち合える、つまりはチロルチョコを愛して止まない同志が周囲にいないことだ。食玩フィギュアを大人買いの時代にチロルチョコの包み紙をちまちま集めるこの侘び寂び精神が何故ウチの家族には解らんのだろう。ま、家族全員でチロルにハマっていてもそれはそれで気持ち悪いかもしれんが。本日の教訓『レアは見つけただけで幸福になれた気がする』
2008年09月10日
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図書館で本を選んでいる時、買い手市場を実感する。いや、読みたい本が予約で半年待ちの現実があるがため完全なる買い手市場ではないものの、何冊もの興味を惹かれる背表紙の中から取捨選択を繰り返しては数冊を厳選していく作業にはそこはかとない優越感を覚え、またこの程度で満ち足りる人生の安直さに嘆息したりする。今日選んだのはこの4冊。浅倉かすみ著『肝、焼ける』あさのあつこ著『福音の少年』青井夏海著『雲の上の青い空』青木和雄 吉富多美著『ハッピーバースデー』んんん?よく見ればみんな著者名が『あ』で始まっている。背表紙下部に貼られた分類ラベルは全く同じ『913.6 ア』。しかも、1冊予約待ちの本も順番が回って用意されていた。有川浩著『別冊 図書館戦争1』また『913.6 ア』だよ。ラベルがポーカートランプだったらファイブカード決まってるぞ。浅倉、あさの、青井、青木、有川。何だこれ、出席番号か。『あ』で始まる苗字がここまで揃うってのもなかなかすごいな。普通の学級じゃ滅多にないぞ。レアだと思うと何となくありがたみが湧き出るのは人間性の卑小さのなせる業か、この5つ並んだ同じラベルが何となく可笑しくなってくる。今日『あ』がラッキーナンバーならぬラッキーワードじゃなかろうか。そしてこの程度の文字配列に嬉々とする、どれだけ自分の人生はおめでたく出来ているのだろうか。本日の教訓『身近な偶然で幸福感を感じられる幸福もある』
2008年09月09日
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収集癖というものは誰しもある程度持ち合わせてはいるものだろう。しょーもないものを集めるのが大好きな困った性格は人生観が根こそぎ変わる危機体験でもしない限りそう簡単に直る代物ではないようだ。雀百まで踊りを忘れずといった諺が仮に正論なら鳥類より遥かに寿命の長い人類は恐らく死んで来世に生まれ変わってもその性質に変化はないと思われる。箱。その立方体乃至直方体のオブジェのどの辺りにそこまで心を惹きつけて離さず一本釣りするような引力が備え付けられているのか定かではない。ただ、それを捨てるということは中身を処分する以上の決断が要る。箱を捨てる、ただそれだけの単純極まりない行為をそこまで躊躇させるのは何者による圧力だかよく分からない。前世は産業革命時代の箱工場の工員だったのだろうか。いや、それだったら箱などもう見たいとも思わないだろう。となれば世界の箱を収集する夢に生き志半ばで倒れたマニアックなコレクターかもしれない。坂本竜馬や源義経の生まれ変わりと言われるよりよほど信憑性がある。何故だろう。可愛らしい菓子の箱ならともかくサーモマグや脱毛器の入っていた箱まで捨てずに折りたたんで取っておく必要があるのだろうか。側面の注意書き部分がそこまで大事なのかはたまた単に箱という形状だけで捨てるのが惜しいのか自分でもよく分からない。人生には分からないことが多すぎるが敢えて解決する気力もない。こうして、自分の部屋には無駄に箱が増えていく。本日の教訓『不用品は捨てた方が部屋は広くなる』
2008年09月07日
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チロリスト。それはチロルチョコに心を奪われた者の通称。つか勝手に作った造語なので恐らくどの辞書にも掲載されていない。たった今の話だ。いい気分で風呂から出てきて、つけっぱなしのテレビにふと目をやり、呼吸が一秒止まった。そして真剣な目で画面を食い入るように見つめる。そこから何も言えなくなるのはもう自然の摂理。其処に映っているのは、ファイルを手にしたスーツ姿のオッサン、いや、森永卓郎氏。彼は自らのコレクションたるチロルチョコの包み紙を披露しその美学について熱く語っている最中だった。思わぬ所に同志が存在した。否、同志などとはおこがましい、つい最近包み紙を収集しだした若輩者ゆえ、彼は偉大なる先達者である。森永氏はあのガチャピンとムックのパッケージを示し、3センチ角の世界に込められたデザイナーの魂を熱く語る。解る、解るぜ先輩。あの包みのスタイリッシュなデザインのセンス、買わずにはいられない魅惑のオーラを放ちまくってるよ。しかし、社会はチロリストに冷たい。スタジオ内で森永氏に賛同するものは殆ど存在しない。そこで悟る。チロリストとは、社会におけるマイノリティに他ならず、その行動理念も美的感覚も大多数の常人には理解し得ぬものだと。いや、そんなに変じゃないだろう。昔から切手や瓶の王冠コレクターってのは確かに存在していたし、それらも価値の解らぬ人間から見ればゴミ同然なのだ。他人にとっては単なる菓子の包み紙でもチロリストの目にはそれは芸術と映るのさ。森永氏は更にコンビニで新作チロルを買い求める際の緊張感とそれがもたらす幸福感を説き、それにいちいち大きく頷いてしまう賛同者が此処に居る。きっと今全国の視聴者の中に、同じ思いを抱えて氏に対する好感度を急上昇させた人間は少なからずいるはずだ。森永氏、数日前からローソンで売ってる限定チョコバナナ味、パッケージ全10種類箱の中を漁るようにして買っちまいましたぜ。きっと貴方も何処かのローソンで同じ動作をしていたのでしょう。でも員目線から見ると、ちょい笑える光景ですねコレ。本日の教訓『万国のチロリストよ団結せよ』
2008年09月05日
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一昨日の夕方。会社の最寄り駅から、家と反対方向の列車に乗る。いわゆる寄り道である。しかも駅前の図書館とかダイエーとは違い、大きく日常生活圏を逸脱した遠出。この途中で不慮の事故に遭遇したとしても労災対象にはなり得ない。目的地は東急ハンズ。そう。日曜に欲しいと思っていた例の商品を購入しに行くのさ。欲しいものを買う時、とりあえず悩むことにしている。これは本当に必要か。似たようなもの持ってるんじゃないか。マジで使う気はあるのか。そして何より、買う金あんのか、と。様々な思考計算思惑打算脳内でひとしきり鳴門のように渦巻いて、大抵の場合は一応諦める。で、後で「買っときゃよかった」と無念にうち震えるってのがお決まりのパターンなんだな。限定のチロルチョコみたいに。今回の場合も、考えた。帰宅途中も家に帰ってからもしぶとくしつこく考えた。欲しい、むしろ以前からこんなのが欲しいと思っていた。バーゲン商品だから、それ過ぎに買うとなるともうちょい値が張る危険性が生じる。メッセ最終日の水曜は仕事が入っているので、仕事帰りに買いに行くしかなかろう。そして決断。翌月曜の仕事帰りにネオン煌く西口繁華街へ繰り出したってワケさ。購入したことに対して後悔は殆どしていない。必要だと思ったものを買った。わざわざ日常を飛び越えるような経路で荷物を抱えて岐路に着くのも疲労は感じるものの新鮮で悪い気はしない。唯一、心から悔やむことがあるとすれば、この月曜リベンジに費やした電車賃往復480円だ。図らずも日曜に購ったブラシと同金額である。さっさと即決していればよかった。480円あれば、何か買えたか何が食えるか。本日の教訓『買うは一時の損、買わぬは一生の損』
2008年09月03日
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東急ハンズの買い物袋が大きければ気分がより豊かだと歌ったのは俵万智の短歌だが、なるほどこの場所に来ると陳列棚に置かれた商品が購買意欲を絶妙にくすぐるのを感じざるを得ない。夏の終わりのスペシャルバーゲン、ハンズメッセ。買い物に当たり必ず相談しなければならぬ相手がいる。進路相談室の学年主任教諭の如く威圧感を放つのは鞄の中の財布だ。この中で待機している野口英世博士の頭数が全てを決断する。…予算は博士2人分って所か。これが野口博士ではなく慶応の創始者なら商品で溢れかえる店内を堂々と闊歩するのに心強い同伴者となり得るものを。いいんだ。野口博士とは日頃より最も親しき付き合いさ。で、結局購入したもの。椿油ヘアウォーターとヘアスプレーセット、1350円。ローズオイル配合シャンプーブラシ、480円。他にもなんだかんだ心惹かれるものは存在するのだが買うだけじゃなく必ず使用するつもりの生活必需実用品、心を渡る世間にうじゃうじゃいる鬼にしてそのフィルタにかけて次から次へとふるい落とす。つか財政的にこれ以上買えない。本日使用する野口博士は2人なのだ。ちょっといいかもと思ったのは、空気を入れて膨らませる骨盤円座ボール1280円と浴槽に入れてゲルマ岩盤浴に使う温浴生980円。…博士たち。影分身の術を用いて4人になってくれってばよ。本日の教訓『大きければいよいよ豊かなる気分東急ハンズの買い物袋』
2008年08月31日
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