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2017、24、水
我々の通う学校の校舎は、築60年は経っている鉄筋の古びた建物だった。
壁はいたるところでボロボロと崩れ、冬は暖房が入っていても室内でダウンジャケットを着て授業を受けた。
音楽室からの音が丸聞えで、授業を受けていると女性の声で歌われるトスティやドナウディの歌曲が聞こえて来た。
この学校には音楽科があり、一人だけ声楽を志す女子高校生がいるということだった。
音楽の世界から離れ、生理学や解剖学の話を聞いている耳にイタリアの歌曲が聞こえてくると、いつのまにかそちらの声に耳が集中していて、ふと我に返ることが度々あった。
その時の慣れない苦しい生活の中で、聴き慣れたそれらの歌は何とも懐かしく、どうしてこんな遠いところに来てしまったのだろうというような思いになったものだった。
それが二年生の夏休みが明けると我々はピカピカの新校舎に引っ越しをした。
もう音楽室からの音は漏れて来ない。
入学したときからすでに工事は始まっていて、大きなトラックやシャベルカーのような車が出入りし騒音を出していたが、ついに60年の校舎の歴史に終止符を打ち、快適で明るく綺麗な校舎に移り変わったのだ。
我々は丁度その歴史的節目に在学していたということになる。
ベッドが並ぶ治療室から準備室に抜ける入り口はドア一枚の狭いところで、治療が終わった我々は忙しくそこを出入りして片付けをしていた。
その時は一回目の治療で、僕は新しい臨床室の間取りや感覚に当然まだ慣れておらず、そのドアの通り抜けに失敗して脇の柱に激突し、あっと思う間に額からぽたぽた血が床に流れ落ちた。
手でその血を受け止めた時、人の血液というのはこんなに温かいものなんだなと思った。
学生が校内で怪我をしたということで、結構大騒ぎになった。
僕は保健室で手当てを受け、保健室の先生にガーゼで額を抑えられたまま到着したタクシーに乗り込んで近くの総合病院に向かうことになった。
そのタクシーには副担任の先生も乗り込み、校門には校長先生、教頭先生、主事の先生が三人直立不動で我々のタクシーを見送っておられた。
保健室の先生はずっとその間も僕の額を抑えたままだった。
病院ではドクターが「ああ、これは縫ってしまった方が綺麗に治るからね」と言いながら手早く四鍼縫った。
あれから一年が過ぎたが、今もその傷跡はくっきり残っている。つづく





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最終更新日  2017.05.25 00:47:14 コメントを書く


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