<前期を振り返っての 感想>
2005年4月5日
学生になってから 3度目のラオス訪問です
役割は母子保健隊員プロジェクトの
立ち上げ準備補佐でした
1ヶ月強の任務を終えて得たものは 人脈
それから ラオス政府(中央)の動きについて
実践の場から吸収することができました
2005年6月6日
自分の研究目的で 4度目のラオス訪問です
「とうとう この日が来てしまった・・・」
過去におけるラオス訪問の中で
最も気が重たかったというのが本音です
海のものとも 山のものともつかぬ
自分の研究を実行するために
やって来たからです
多くの場合 初回挨拶時には隣に担当教授が居たりします
私は自己責任で 研究計画を立案・実践することにしたので
教授が傍に居ることは一度もありませんでした
保健省へ挨拶をはじめ 関係者とのやり取り
研究責任者やカウンターパートの選抜
自分の研究意義の説明
外国人研究者としてやるべき手続きの全てを
右往左往しながらやってみました
ふたを開けてみると 案の定 ハプニング続きです
会いたい人が出張中であるとか
開発途上国の時間で物事が進められるとか
これらは日常茶飯事のラオスです
自分の研究どころか
卒業すらもできないかもしれない
そんな気持ちにさえなりました
限られた時間の中でいかに目的を達成するか
初めてぶち当たる高い壁でした
プレッシャーに押しつぶされそうになり 涙も流しました
完全に自分のキャパを超えていました
それでも前に進むしかありません
自分で決めたことだから
やれるところまで全力でやろうと腹を括りました
初心に戻り 柔軟な発想で必死で食らいついていきました
そんな姿をみて同情してくれるラオ人や
応援してくれる仲間が現れ
多くの人に助けてもらうことで研究が進められました
私の研究は母子保健に関することで
ラオスでの全国調査でした
しかも あの雨季に郵送調査です
事情を知る現地のラオ人にさえも
無謀な研究計画だと鼻で笑われたこともあります
でも私は実施しました
何故なら誰も実施したことが無かったからです
何よりもこだわったのは
この研究意義をラオ人のカウンターパートに
認めてもらったからです
何のために?
誰のために?
誰が受益者になるのか?
どうしてやりたいのか?
やれば何が変わるのか
あるいは変えられる可能性があるのか?
私がラオス母子保健にこだわる理由は
実際に現場で死んだ赤ちゃんを抱いたことがあるからです
それが一度だけでなく
何度も繰り返し体験してしまったからです
日本のいち助産師として 胸が張り裂ける思いでした
人のためとか思いません
自分のためです
でも最終的に人のため 誰かのためになれば
それが一番嬉しかったりします
大学院は研究手法を学ぶところですが
私にとってこの研究は
まるで 砕かれたガラスの破片を一つずつ拾い集め
修復していく緻密な作業と同様のようです
まだ 途中経過なのですが
2005年9月9日に学生になってから
5度目のラオス訪問を終えました
手元に集まったラオ語の調査用紙と
研究許可書を眺めていると
一つ山を越えたような気がしています
この研究に関わってくれた全ての人に感謝します
そして 陰ながら応援してくれる仲間にも
12月の修士論文提出まであと2ヶ月となりました
また孤独な作業の繰り返しを送る生活になりますが
泣き言いわずに頑張りたいと思います
苦しくなった時は空を見上げて
太陽と 月と 星に
力を貰うことにします
来年の4月に見るであろう 綺麗な桜の下で
心が飛び切り弾むように願って・・・
2005年9月28日
- champha -
山形にて