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すべてが愛だった。 愛の欠乏から生じる何かさえ、愛を学び表現するために、愛を深めるために愛から出来ていたものだった。 すべてがもういいのだろう。 一つの旅の終り。 地球を一周してふるさとに帰って来たようなもの。 見渡して見た風景は旅を始めた時と同じなのに。 すべてが違って見えた。 深く深く実感して知ったのだ。 真実を。 すべての中に等しく潜む真実を。 その美しさを。 愛を。 優しさを。 知ったのだ。 あとはその「すべて」になってしまえばよかった。 そしてその「すべて」さえ超えて「一つ」になってしまえばよかった。 完全なる受け入れ。 完全で全面的な自己受容。 限りなく自らであること。 身体を横たえ、その状態になると。 振動を始めるのだ。 身体は温感に包まれ。 身体を感じなくなる。 どこからどこまでが自分の身体かわからなくなる。 境目が無くなる。 細かく振動し。 その周波数は上がっていく。 呼吸も止まる、でも息苦しくは無い。 葛藤は終わりを告げ。 分離を感じ無い。 ただ「それ」となる。 前に書いたものから引用すると。 この振動(振動数・周波数)を限りなく高めたらどうなるか。 例えば多角形の図形があるとして、三角形、四角形、五角形、六角形と「角(角度)」を増やしていったとして、一千角形とかも可能なのだろうし、百億角形とか、千兆角形とかもあり何だと思うが、最終的に何になるかと言うと「円」に最も近くなると思う。 にも関わらず「角(角度)」が存在している内は、どれだけ近づいても「円」に成りきることはできない。 でも、『ワンネス(一つなるもの)』とは、その『円』のようなものなのだ。 『ワンネス(一つなるもの)』が反転(逆転、投影、錯覚)を起こしてできた『大いなるすべて』(オールザットイズ)は、このどこまでいっても「角(角度)」が存在するようなものだ。 振動数が上がるとは、私の実感だと限りなくこの図形の例えの「角(角度)」を増やしていくようなものであり、振動数(周波数)の上昇とは「無限に近い角(角度)」を体現しようとするようなことであり、でも、「角(角度)」を有している内は例え「無限に近い角(角度)」に至っても、『大いなるすべて』(オールザットイズ)の内を出ない。 その最後の敷居を越えると(反転(逆転、投影、錯覚)のからくりを抜けると)、あの『ワンネス(一つなるもの)』に至っている。 その『臨界点』はある。 でも、ある地点からのブレークスルーは出来なかった。 いつも戻ってきてしまう。 時に道を歩いていて、踏み出した一歩の中に、永遠を感じることがある。 無限を感じることがある。 その瞬間、世界が止まる。 その静寂の中、私は葉っぱ一枚の中に宇宙を見る。 世界の完璧性を知る。 でもまた、この二元性の世界に意識も身体も戻ってきてしまうのだ。 それも一つの人生、一つの生き方なのだろうけれども。 でも、私は恒久的にこれらを両立した生き方があるような気がした。 個であることと、全であることと、一つであることが、すべて成り立っている人生が可能な気がした。 二元性の中に埋没しながら、時々一つを感じるという今の生き方も、上記のことは実は成り立ってはいるのだ。 それを悟りと言う人もいるだろう。 それはそれで尊い一つの生き方だ。 でも、私が感じていたのは、必ずしもその生き方でも無かった。 そう・・・可能なはずなのだ。 その方向に行くことを私自身が自然に望んでいたのだから、それは私に取っては真実の道なのだろう。 何度かビジョンで見た『私』は、それを体現している人に見えた。 とは言っても、あの人は本当に普通に自然にさりげなくゆったりと生きていたけど・・・。 私は何だかんだ言って、もがいていた。 悲しんでいた。 不可解に思っていた。 何度か、何度か、その瞬間はわかったと思い、実際に何かをつかんでいる。 でも、また二元性の中に埋没し、「それ」そのものを生きることが出来ない。 その苦しみを抱え続けていた。 でも、多分、そう、多分、『最後の扉』をくぐる方法は、わかっていたのだ。 それは言葉にもならず、人の概念で表現もできないようなものだけど、わかっていたのだと思う。 考えようによってはそれは一瞬で可能なことだし。 考えようによってはそれは長い年月のかかることだけど。 どちらでもいいのだ。 と言うか、そういうことも気にならなくならないとくぐれない扉だし・・・。 そうね・・・このブログでいつ報告できるかわからないけど。 報告できるのかどうかすら定かでないけど。 私は至ってしまっていると思う。 あの終着点へ・・・・・。
2012年01月30日
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『本人は真剣に悩んでいるつもりだろうし、自覚も無いのだろうが、私達から見ればあなたは「まだ迷い続けているふり」をしているだけだよ』。 『私達の見解では、あなたは順当に事を運べば一ヶ月もかからないよ』。 『3次元的な一つの目安で言わせてもらえば、あなたの途中で止まっている大掃除とか大整理とかが終わったころ、大きな転機を向かえているだろう』。 『あなたが今、目の前にしているのは本当に『最後の扉』だ』。 『そしてその扉を目の前にした者の多くが、なぜか恐れからそこから引き返してしまう。それほどまでに自我を失うことを恐れ、魂を乗り越えることを恐れる』。 『でも、あなたは扉をくぐることを決めている。だからこそのこのあなたの言う「わけのよくわからない状況」でもある』。 『あなたを捕らえているものの最後の究極の正体とは、幻影を保持するシステムそのものであり(それは同時に世界を成り立たせているシステムそのものでもあるが)、あなたの個人的なそのよりどころは『ワンネスから引き裂かれた時の痛み』であり、何度も引き戻されてしまうまるで胸に打ち込まれたゴムひも付きの呪いの五寸釘のように感じているものは、あなたが自己設定した「責任を外部に転嫁するために外部設定した対象物」みたいなものだもの』。 『抜いても抜いてもまたいつの間にか打ち込まれている呪いの五寸釘、抜いても抜いてもまた突き刺さっている剣、倒しても倒してもまた生えてくる毒蛇の頭みたいなもの・・・それはある意味で消えないよ。あなたの個人的ケースにおける幻影を保持するシステムの最後のよりどころみたいなものだもの。システム的に消えない』。 『じゃあ、無視するか・・・でも、無視しても消えないだろう。実はあなたは抜け方をとっくの昔に知っている。扉を開ける方法をもうずっと前から知っている。それは人の言葉や概念では説明できないようなものだけど、あなたはすでに本当に知っている。ただそれをきちんとやっていないだけだ』。 『でも・・・もういいんじゃないだろうか?、その扉をくぐることは他ならぬあなた自身の望みなのだから』。 『それに・・・帰って来るとも決めているのだろう。帰って来た時に持ち帰ったものを分かち合うとも決めているのだろう。それがあなたの愛の表現なのだろう?』。 『ここまで来た者の多くの者が本当に引き返してしまう。でもね・・・もう、いいんじゃないか』。 『あなたの愛を分かち合ってもね・・・』。
2012年01月29日
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<朝方、夢うつつの内に見たビジョン> 目の前に優しい眼差しの人がいた。 それは私だった。 その人がただ、たたずんでいるだけで、こちらに伝わってくるものがあった。 優しさ、暖かさ、その存在そのものからあふれてくる平安、安らぎ、そういったものが・・・。 言葉はいらなかった。 あれこれの何かも。 目の前の人は、白い基調の家の中で、手にティーカップを持ち、お茶をすすりながら、ガラス越しに遠めに見える海を眺めていた。 自然で、普通で、ただあるその姿を見ているだけで、私は何かが無言の内にわかり、私の中の何かが癒され行くのがわかった。 この人は未来の私なのだろうか? それとも私の本質なのだろうか? そこには分離の旅を終え、帰り着いた人の姿があった。 ただある人。 答えそのものを生きている人が。 優しい人がそこにいた・・・。 それだけで十分だった。
2012年01月28日
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私が求めるものは何だったのか? セドナやピラミッドといったこの世界とは違う周波数を保持し、別の世界へのポータルやゲートになっている場所を訪れ、そこでこの世ならざる体験をし、その価値に酔いしれること? 宇宙の彼方に真理を求め、宇宙からの訪問者達とコンタクトし、そこから得られる特別さに歓喜すること? 神秘的で超次元的な体験を重ね、人とは違った存在になることで、優越感を得ること? 結果論だけど、人生の旅をしてきて、今ここにたどり着いて見れば、どれもこれも違ったと思う。 いや、やりたい人はやればいいんだ。 その経験も貴重だろう。 そういうドラマを演じることで人生体験を深めたい人はすればいいと本当に思う。 別に批判しているわけでも無い。 でも・・・気付いてしまったんだ。 そう、最も深い真実に。 それでいていつも目の前にあったことに。 真理は、宇宙の果てにだけあるわけではなく、特別の中のみにあるわけでもなく、一枚の葉っぱの中にも、微笑む人の笑みの中にも、当たり前のようにいつも存在していたことに(本当に多次元宇宙にまでまたがる宇宙の構造的にそうなっているのだ)。 特別の中に逃げ込む必要も無く、特殊に価値を見出す必要も無く、ただあればいいということに。 存在そのものが答えであり、生きているということこそが回答だと。 踊らされている人が多いように感じている。 その踊りが本当に楽しければいい。 でも本当は苦しい踊りを、無理に自分に押し付けて、踊っている(踊らされている)人が多いようにも感じているのだ。 余計なお世話かも知れないけど。 普段、こういうことはわざわざ意識しないし、言いもしないのだけれども。 人の手のぬくもりを。 自分の手のぬくもりを。 いつの間にか忘れてしまってはいない? 本当に、本当に、大切なことなんだよ。 人が生まれた時から。 この世界だろうが、別の世界だろうが。 あるものがある。 それを思い出して欲しいんだ。 私は・・・「人」が愛しい。 だから・・・セラピストなんかやっているのだろう。 「人」と「人」が出会うこの世界を。 「愛」と「愛」が出会うこの世界を。 美しいと思う。 そう・・・思う。
2012年01月25日
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冷たい風が吹いていた。 その冷たさに思わず手をジャケットのポケットの中に突っ込んだ。 でも、さわやかな風でもあった。 すべてを清浄の中へと洗い清めるような。 優しい風でもあった。 陽だまりの中、優しさを思った。 ああ、世界は美しい。 こんなにも。 薄い、薄い、ベールがひらりと舞ってあちら側が透けて見えた気もした。 日が射せば、すっと消える朝霧のように。 もうすぐ、すべてのわだかまりも溶けて消えていく。 それは本当に実に簡単なことだったのかも知れない。 人の世で言う「奇跡」も近いのだろう・・・もう起こっているのかもしれない。 本番が始まり、本当の接続につながり、それが常の状態になる。 「答え」そのものを生きる。 見るものと見られるものは一つとなり。 呼びかける声と答える声が一つとなる。 物質の世界も、目に見えない世界も、究極の世界も、すべてが一つに集約される。 そう・・・私は「統合」されてしまうだろう。 優しい、暖かい、微笑と共に。 神であることと、人であることを両立して、区別の無い人生を。 生きる。 あと・・・ほんの・・・少し・・・。 そう・・・ほんの・・・少し・・・。 すでに至ることがわかっている場所で・・・。 重なることを待っているもう一人の私がいる。
2012年01月24日
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『もういいよ』。 『自分を許してあげても』。 『世界を許してあげても』。 『宇宙を許してあげても』。 『神を許してあげても』。 『すべてを許してあげても』。 『許し切ってあげても』。 『もういいよ』。 『一つになっても』。 『思い出しても』。 『あなたがあなたそのものになっても』。 『もういいんだよ』。 『あなたの人生の旅は確かなものだったし、そこから得たものも確かなものだったんだよ』。 『そして旅は故郷に帰るという終着点を向かえ、そしてそこからまた新たな旅が始まるのだ』。 『でも、今度は故郷はずっと一緒について来るんだ。自分自身となって常に共に』。 『本当はそんなに難しいことじゃない。ベール一枚をそっとめくるだけのこと』。 『でも多くの人がそれを難しくしてしまうのが、ただ裸の自分で十分なんだという本当の実感を得ないからなのだろう』。 『何も持っていない手、はだしの足、裸のあなたで、ただそこにある』。 『存在そのものとして』。 『神そのものとして』。 『愛そのものとして』。 『ただ、「それ」なのだ。ただ、「それ」そのものなのだ』。 『見るものと見られるものは一つとなる』。 ( 「後ろの少年だーれ・No1」や 「後ろの少年だーれ・No2」の逸話のように) 『すべての矛盾も、あなたがずれと感じているものも、不協和音も、「一つ」の中に消えていく』。 『後にはただ「あなた」である「それ」しか残らない』。 『その時、自分も他も感じない。ただ「一つ」なのだ。一つという自覚すら抱かぬ完全な一つ、ただ「それ」となるのだ』。 『あなたは微笑む』。 『その時、仮接続のような状態を終え、本接続のような状態となるだろう。そして、その状態は分かたれること無くあなたの常の状態となるだろう』。 『統合されるべきだったものは、あなたの中ですべて統合されてしまう』。 『様々なあなたの分離された心の反映であったものも消えてしまう』。 『この世界から消えてしまう振動数すら確保するだろうが、あなたはまた戻ってくるだろう』。 『そして人々と、自然と、生きとし生けるもの達と分かち合って生きるだろう』。 『「生き切った」という深い満足と共に消えてしまうその日まで』。 『もういいんだよ・・・自分を許してあげて、自分を受け入れてあげても』。 『自分に約束した「分離の幻影を保たなくてはならない」という取り決めを解除しても』。 『神であったことを思い出しても・・・人の世でそれを顕現しても・・・もう、かまわないんだよ』。 『時が来たんだ。約束してきたその時が』。 『解放と自由と愛と幸せを、世界と自分に約束したその時がね・・・』。 『目覚めなさい・・・真実に・・・それが、あなたがあなたにした遠い大切な約束なのだから・・・』。
2012年01月18日
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「声」・No3 の続きのようなお話しです。 クスクスと笑い声。 『もういいんじゃない?』。 「何かどうしても納得いかないと言うか、喉に魚の骨が刺さって抜けないもどかしさと言うか、わからないつじつまが合わない部分を感じると言うか・・・」。 『つじつまはね、本当は合っているんだよ、本当にね』。 『つい先日も人に言われたでしょう。あの「声・No3」で言われている通りだと思う。そして同じこと手を変え品を変え言われているだけで、例え「声・No4」や「声・No5」になっても結局、同じ事を言われるんだろうなって。そしてそれはとても簡単なことだって。でも本人に取っては、なかなか腑に落ちないことなのかも知れないけどって』。 『もう10年近く前、言われなかったか?、扉の前に立っているけど、この扉を開けてしまったら今までの苦労が全部水の泡になりそうで、開けないでずっとたたずんでいるようだと』。 『7年近く前はこう言われた。ドッグレースで犬がグルグル同じところを回っているようで、もう一生懸命ずっと走り続けて犬の姿が見えなくなるくらい地面を掘って溝になった所を、まだひたすら走っているようだって。ただもうまっすぐ走ればすっと抜けられぬのにって』。 『それぞれ別の人達に、その人達の人生の育んだ豊かさと愛を持って伝えられただろう』。 『あのね、ただ、あなたがあなたであるだけでいいんだよ』。 『完全に、完璧に、あなたがあなたである時、すべては収まる所に収まる』。 『ある意味では、もがいている間、戦っている間、葛藤している間は、そこまで至らない』。 『かと言って無理やり感情や思いを押し殺すという話しをしているわけでもない』。 『こう言ったらいいだろうか・・・あなたの場合は、エゴ(自我)や頭で推し量って、こうならなきゃと事象を推し進めようとしても多分当てはまらないだろう。そうではなくてただあなたを生きるのだ。ありのままに。あるがままに。自然に。普通に。完全に自分と自分の人生を受け入れて。最終的にはあなたの言う「完全に全面的な自己受容」で』。 『そうするとエゴ(自我)や頭で推し量れないほど、こうなって、ああなってと場面が次々と変わって、すべてのつじつまが合い、いつの間にかもう信じられないほどの豊かさと幸せを手にしているのだ。それがあなたの本質を反映した現実だから』。 『あなたの場合、それ以上、行くだろう。あなたは時空すら踏み越えてしまうだろう。でも、天上を舞うことと、大地に足を踏みしめて歩くこととと、究極に至ること等が、全部一つに集約して成立してしまったような不思議な人生を送ることになるだろう。外見上は、極めて普通に暮らしているだろうが』。 『もう、とっくの昔にそこまで達していながら、ずっと受け取り拒否をしてきたようなものだ。また長い年月がんばっちゃったもんだから、そのダムの塞き止め量たるやものすごいものがある。そこまでの圧力に屈せずにここまで意地を張ってがんばったあなたもすごいと思うが・・・』。 『それはあなたに告げてくれた人が言ってくれていたように、本当はとても簡単なことだ』。 『そう・・・とても簡単なことなんだよ』。 『薄いベール一枚をそっとめくるだけの・・・・・本当に、簡単なことなんだよ・・・・・』。
2012年01月16日
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「声」・No1 「声」・No2 の続きのようなお話しです。 『迷っているね・・・』。 「どうもわからない」。 『私達から見るとね、あなたの言う「最後のベールのめくり方」を、あなたは今ひとつつかみきれていないように見えるのだよ』。 『本当はわかっているのに認めたくないと言うか』。 『本当はあなたに関して言うならば「ずれていない」。でもそれをあなたは多分認めないし、例え認めてもそれを「失敗」と受け止めるだろう。それに暴走している人達や迷宮にはまり込んだ人達もたくさん見てきたからそれと重ね合わせる。自分に語りかける私達のような「声」にすら正当性を語らして、どう見ても危ない方向に行っていた人(ついでに多くの人をそちらへ誘導していた人)も見たから余計にね。でもね、私達に言わせれば違うんだよ』。 『あなたの友人や知り合いたちが、それぞれの個性を反映して言葉を変えて告げていることがいくつかあるはずだ』。 『「今を受け入れ切れていない」とか、「もっと自由になっていいのに」とか、「もうすぐじゃないのか」とか、「手を変え品を変え同じようなことを言われているだけなのに」とか(私達から見ると「うん、その通り」と笑いたくなるが)、あるいは「厳しさが足りないんじゃないか、バランスが取れていないんじゃないか」と言われているのではないかとあなたが受け止めているものもある。私達から見た見解を言うよ・・・前に「自分をもう苦しめるのを止めてもいいんじゃない?」とあなたに告げた。今は言葉を変えて同じ事を言おう』。 『あなたに必要なのは「優しさ」だけだよ、それも何をおいてもまず自分に対する「優しさ」。あのね・・・自然で、普通で、ありのままで、存在している、ただの「あなた」で十分なんだよ、それが答えだ』。 『そしてそうしていたらどうなるか・・・あなたはあなたの言う「最後のベール」をめくってしまう。「最後の扉」をくぐってしまう。いつの間にかね』。 『あなたが当惑している諸々のものもすべてが消えてしまう。すべてが統合されてしまうのだ。その時、あなたは望んでいたものの真の本質を反映したものをすべて手にしているだろう。信じられないほどの幸せを手にしているだろう。それがあなた自身とその反映だからだ』。 『そのために必要なものは、あなた以外の何者でもない』。 『戦争を終わらしなさい。葛藤を止めなさい。もがく必要も、抗う必要も、もはや無い(多くの人に取ってそれが必要な期間というものはあるが、あなたはもうその期間を終えているのに気が付き切っていないと言うか・認めたくないと言うか・おこがましいと思っていると言うか・・・)』。 『ただ「優しさ」だけでいいんだよ。自分が信じられないほど「愛」されていたことに。そして自分が「愛」そのものであったことにも気が付くだろう』。 『あなたはね、もう「達して」いたのだよ。本当はね。それを受け止めることをずっと拒否して来たようなものだ』。 『本当だよ、信じてごらん』。 『何より自分自身の本質を。自分が生きてきた人生が育んだものを』。 『あなたがあなたという「優しさ」を完全に受け入れた時、「扉」は開く』。 『やがて、あなたの微笑が、人々の微笑になる日がやってくるだろう』。 『あなたを「よすが」(触媒)として、自分自身の本質を思い出す人々が、あなたの元を多く訪れるようになるだろう』。 『最後にもう一度言うよ・・・あなたはずれていない。だからあなたの目にずれて見えるすべてのものを乗り越えて行ってごらん。ただ、あなたの「優しさ」で』。 『本当は、そんなにも簡単(シンプル)なことだったんだよ』。 『愛しているよ、あなたを』。 『限りなく愛しているよ』。 『偽り無く愛しているよ』。 『あなたをね・・・愛しているよ』。
2012年01月13日
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今まで何度か同じようなことを記述しているけど。 朝方、細かく振動し、身体を感じず、温感に包まれ、呼吸も止まり、深い平安の中にある。 そこでは分離を感じない。 一体感、そして一体感すら超えた「一つ」の感覚。 「一つ」という感じすら感じぬ、「一つ」の感覚。 多分、あの「絶対」の『ワンネス』を、「相対」の世界のこの世に、それでも限りなく落としたものを知覚している感覚なのだろう・・・。 それでも、ここで感じるのは、やはり「ベール一枚」の薄さの壁なのだ。 ひらひらと舞う薄絹のレースのような、透けて見えさえする「ベール一枚」の向こう側。 でも、そのベールをめくり切れないもどかしさ。 ベールをめくり切り、向こう側に達してしまえばわかる「何か」。 会得してしまう「何か」。 二度と失われない「何か」。 それをめくり切れない悲しみと困惑。 ある親しい友人がこんなことを言っていた。 「あんたさ、行きすぎちゃってんだよ。だからさ、それをこの世に持って来て一致するまで大変だと思うよ、時間もかかるとかさ。あんたの言動を聞いていてそう思う。いや、中々いないと思うよ、そこまで行った人。それにあんたの言っていることが本当の意味でわかる人も。ヒントみたいなの残していってもスカッとスルーされたりしているのも見ているもの」。 そうなのかも知れない。そうでないのかも知れない。それは私にはわからない。 でも・・・いつかは到達してしまう実感もあるのだ。 それが、いつなのかはわからないけれども。 同じような所で足踏みしているのかも知れないけれども。 それでも日に日にそのベールは薄くなっていっているのかもしれない。 いつの間にか、ある日、突然に。 自然に、さりげなく、思いもかけずに。 ベールはめくられる・・・そんな予感も感じているのだ・・・。
2012年01月10日
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様々な想いと気付き、行動と祈りの年が終わり、新しい踏み出しの年が始まる。 涙も笑顔もすべてをたずさえて、人は歩む。 尊きその一歩に、人のすばらしさを思う。 どんな人も、どんな存在も、最終的に帰る場所を知っている。 そこは安らぎと平安の場所だ。 だから・・・そんなにも自分を苦しめないで。 大丈夫だよ、亡くなった方も消えてしまったわけではない。 別の場所からあなた方を見守っているだけ。 人は、命は、魂は、そんなちっぽけなものじゃない。 すべてが信じられないほどの広大な愛の一部なのだから。 形を変えても存在は輝き続ける。 命は瞬き続ける。 あなたに祝福を。 あなたに敬意を。 やがてやってくるあなたの幸せに。 祈りを。 亡くなった方々があなたに望み抱いているように。 幸せに生きることを自分に許して欲しい。 罪悪感から幸せを締め出さないで欲しい。 あなたの中からあふれ出ている光に気が付いて。 やがてはあなた方にもはっきりわかる形で、再会することもあるでしょう。 でも、急ぐ必要もないし。 まずこの世界でやらなきゃならないことがある。 あなたが幸せに生きること。 それがもはや別の時空で生きるている方々の願いであることにも。 気が付いて欲しい。 あなたに愛を。 あなたに祝福を。 あなたに敬意を。 あなたに祈りを。 贈ります。
2012年01月01日
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