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【ワンの物語】『How Could You...』 by Jim Wills,私がまだ子犬だった頃、私はあなたが喜ぶような仕草をして、あなたを笑わせました。あなたは私のことを「うちの子」と呼び、私がどんなに靴やクッションを破壊しても、私たちは最良の友となりました。私が悪さをすると、あなたは私を指差し、その指を振りながら、「どうして・・・?」と問いました。しかしすぐに、あなたは微笑み、私を転がしておなかを撫でてくれました。あなたがとても忙しかったので、私の破壊癖は思ったより長く続きましたが、それはお互い時間をかけて解決しましたね。あなたに寄り添い、あなたの信念や、誰にも秘密にしている将来の夢に聞き入った夜のことを私は今でも覚えています。あのとき私は、これ以上幸せな人生はないと、固く信じていました。私たちはたくさん散歩をし、公園で走り、ドライブし、途中でソフトクリームを食べました。あなたは「アイスクリームは犬の体に悪いから」と言って、私にはコーンしかくれませんでしたが・・・ 私はいつも陽だまりでうたた寝をしながら、あなたが一日の仕事を終えて家に帰ってくるのを待ちました。次第に、あなたは仕事や出世のために費やす時間が長くなり、やがて人間のパートナーを探すようになりました。私は辛抱強く待ちました。あなたが傷付いた時や落ち込んだ時にはあなたを慰め、あなたの決断が間違っていても決して非難せず、あなたが家に帰ってくると、おおはしゃぎして喜びました。あなたが恋に落ちたときも、いっしょになって歓喜しました。彼女は-今はあなたの奥さんですが-、「イヌ好き」な人ではありませんでした、それでも私は彼女を受け入れ、愛情を示し、彼女の言うことを聞きました。あなたが幸せだったから、私も幸せだったのです・・・やがて人間の赤ちゃんが産まれてきて、私も一緒に、その興奮を味わいました。赤ちゃんたちの、そのピンク色の肌に、またその香りに、私は魅了されました。私も、赤ちゃんたちを可愛がりたかったのです。しかしあなたたちは、私が赤ちゃんを傷つけるのではないかと心配し、私は一日の大半を他の部屋やケージに閉じ込められて過しました。私がどれほど赤ちゃんたちを愛したいと思ったことか。でも私は「愛の囚人」でした。赤ちゃんたちが成長するにつれて、私は彼らの友達になりました。彼らは私の毛にしがみついて、よちよち足でつかまり立ちをしたり、私の目を指で突付いたり、耳をめくって中を覗いたり、私の鼻にキスをしました。私は彼らの全てを愛し、彼らが私を撫でるたびに喜びました。何故なら、あなたはもう、めったに私を触らなかったから・・・必要があれば私は命を投げ出しても、子供たちを守ったでしょう。私は彼らのベッドにもぐりこみ、彼らの悩み事や、誰にも秘密にしている将来の夢に聞き入りました。そして一緒に、あなたを乗せて帰ってくる車の音を待ちました。以前あなたは、誰かに犬を飼っているかと聞かれると、私の写真を財布から取り出して、私の話を聞かせていたこともありました。ここ数年、あなたは「ええ」とだけ答え、すぐに話題を変えました。私は「あなたの犬」から「ただの犬」になり、私にかかる全ての出費を惜しむようになりました。そして、あなたは別の街で新しい仕事を見つけ、みんなでペット不可のマンションに引越しをすることになりました。あなたは「自分の家族」のために正しい決断をしましたが、かつて、私があなたのたった一人の家族だった時もあったのです。私は久々のドライブで、とても嬉しかった・・・保健所に着くまでは。そこには犬や猫たちの、恐怖と絶望の臭いが漂っていました。あなたは書類に記入を済ませて、係員に「この子によい里親を探してくれ」と言いました。保健所の人は肩をすくめて、眉をひそめました。彼らは知っていたのです、歳を取った成犬たちが-たとえ「血統書」付きでも-直面する現実を・・・あなたは、「パパやめて、ボクの犬を連れて行かせないで!」と叫ぶ息子の指を一本一本、私の首輪から引き離さなければなりませんでした。私はあなたの子供のことを心配しました。何故なら、あなたはたった今、このことを通して友情、誠実さ、愛、責任、そして、すべての生命への尊重の意味を、彼に教えたのです。あなたは私の頭を軽くたたき「さよなら」と言いました。あなたは私から目をそらし、首輪とリードを持ち帰ることさえ、丁重に断りました。あなたにとって守るべき期日があったように、今度は私にも期日がやってきました。あなたが去った後、やさしい女性係員が二人やってきて言いました。「何ヶ月も前からこの引越しのことを知っていたはずなのに、里親を探す努力もしなかったのね・・・」と。彼女たちは首を振りながらつぶやきました。「どうして・・・?」保健所の人たちは、忙しさの合間に、とても親切にしてくれました。もちろんゴハンはくれました。でも、私の食欲はもう何日も前からなくなっていました。最初は誰かが私のケージの前を通るたびに、走り寄りました。あなたが考えを変えて私を迎えに来てくれたのだと願いました。今回のことが全部、悪夢であってほしいと願いました。そうでなければ、せめて私を気に留め、ここから助け出してくれる誰かが来てくれればと・・・しかし、幼い子犬たちの愛情を求める可愛らしい仕草には敵わないと悟った年老いた私は、子犬たちの明るい運命を脇目に、ケージの隅に引っ込み、ひたすら待ちました。ある日の夜、係員の女性の足音が近づいてきました。私は彼女の後に続いて通路をとぼとぼ歩き、別の部屋に行きました。しんと静まり返った部屋でした。彼女は私を台の上に乗せ、私の耳を撫で、心配しないで、と言いました。私の心臓が、今まさに起きようとしている事実を予期し、ドキドキと鼓動しました。 しかし同時に、安心感のようなものも感じました。かつての愛の囚人には、もう時は残されていませんでした。生まれついての性格からか、私は自分のことより、係員の彼女のことを心配しました。 彼女が今果たそうとしている責務が、彼女に耐え難い重荷となってのしかかっていることを、私は知っていたからです・・・かつて私があなたの気持ちをすべて感じ取ったように。彼女は頬に涙を流しながら、私の前肢に止血帯を巻きました。私は、何年も前に私があなたを慰めたときと同じように、彼女の手を舐めました。彼女は私の静脈に注射の針を挿入しました。私は針の傷みと、体に流れ入る冷たい液体を感じ、横たわりました。私は眠気に襲われながら彼女の目を見つめ、「どうして・・・?」と呟きました。"How could you?" おそらく彼女は私の犬の言葉が分かったのでしょう、「本当にごめんなさい・・・」と言いました。彼女は私を腕に抱きました。そして、「あなたはもっと良い場所へ行くのよ。」「ないがしろにされたり、虐待されたり、捨てられたり、自力で生きていかなけらばならないようなところではなく、愛と光に満ちた、この世界とは全く違う場所に、あなたが行くのを見届けるのが私の仕事なの・・・。」と、急ぐように説明しました。私は最後の力を振り絞り、尻尾を一振りすることで、彼女に伝えようとしました。さっきの「どうして・・・?」は彼女に対する言葉ではなく、あなた、私の最愛なる主人である、あなたへの言葉だったのだと・・・。私はいつもあなたのことを想っていました。これからもあなたのことを想うでしょう・・・そして私は永遠に、あなたを待ち続けます。あなたの人生に関わる人すべてが、これからもずっと、私と同じくらい誠実でありますように・・・終わり・・・『How Could you.....』 作者.Jim Wills。Rhythm of the rain
2009年09月28日
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以前に話した中学教師のこと覚えているでしょうか・・・実際の行動を起こす前の現地調査を、在カンボジア大使館No.194, Moha Vithei Preah Norodom, Sangkat Tonle Bassac, Khan Chamkar Mon, Phnom Penh, Cambodia ◆郵便物宛先 P.O. Box 21, Phnom Penh, Cambodia ◆電話番号 023-217161~4(国番号:855) カンボジアNGO. 立命館アジア太平洋大学公認学生NGO団体の PRENGO以上協力のもと、明日から2by4の予定で、彼等夫婦とカンボジアに行って来ます。ここのところ色々の打ち合わせや交渉があって、コメント&レスが滞りがちな事を御詫びします。「願い」世界中みんなが幸せだったらいいね。笑顔がいたるところに溢れて、街角では子供たちが無邪気に遊びまわって、誰一人虐げられた人も、誰一人忘れられた人もいなくて、みんなが命の尊厳を持ち、お互いを認め合い、共に生きていけたらいいね。贅沢はいらないから、そのかわり誰一人餓えに苦しむことなく、すべての家族があたりまえの家を持ち、ささやかでも温かい暮らしができたらいいね。難民も貧民もいなくて、戦争や事件に巻き込まれる人もいなくて、安全で平和な生活が送れたらいいね。そんなに難しい事じゃないのにね。ほんのちょっと考え方を変えて、「もっと、もっと」という気持ちを抑えて。。。できたら、動物もみんな幸せになれたらいいね。人間に食べられるために虐殺される動物もいなくて、捨てられて集められてガス室に送られるペットもいなくて、人間の知恵ですべての生き物たちが、愛されながら、バランスよく生きていけるような世界になったらいいね。世間知らずだ、馬鹿だ、偽善だ、売名だ・・・!誰から、何を言われようと、そんな世界を願いながら、毎日、生きています。みなさんが 幸せでありますように。。Forever Dreamin.
2009年09月28日
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昼間、西城ひでき…じゃなくて…西城ひじき、を食べました♪そして、今宵は美人の人妻と、旦那の目の前で・・・、そんなことや・・あんなことまで・・・(どんなこと?)・・・・・・・・・・・いやはや…飛び入りで 人妻シンガーとデュエットしちゃいます♪(笑)。ああ、興奮 緊張する!旦那よ、仕事だからね。。勢い付けて、この後Tight Ropeを歌います♪
2009年09月25日
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沖縄に基地はいらない。戦争は二度と起きてはならない。平和は世界共通の願いだとメッセージを発するイベント。ボランティアスタッフも各アーティストも、一人一人の想いはただ一つ「平和」。会場のお客さん達と一体感が生まれ、本当に いい時間が過ごせました。(撮る暇がなく 以下の写真は借りものです)古謝美佐子さんの『童神』という曲♪沖縄通の人なら、知ってる人は知っていると思います。10年も前だろうか・・・沖縄に移り住む予定もない頃、たまたま友人から貰ったCDを何度も何度も聴き返し、無性に涙したことがありました。彼女の唄は、うちなーぐち(沖縄の言葉)で、全てを理解することは出来なかったのですが古謝美佐子さんの詩が、強いメッセージとしてなぜか魂に届いたのです。♪天からの恵み 受けてこのほしに生まれたる命 授かりし命 いらよ~へい~ いらよ~ほいいらよ~我が子可愛い子泣くなよ~や へいよ~ へいよ~日の光受けて健やかに へいよ~ へいよ~天の遣い人♪遠い昔、母親の背中で聞いた子守歌・・・そんな光景を思い出したのかも知れません。童神(Warabi-Gami)-古謝美佐子
2009年09月23日
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沈む夕日、セピアに染まりゆく景色を眺め去り行く今日にサヨナラを…It works! Well, maybe.連休真っ只中、皆さんはどう過ごしてるんでしょうか?南の島は日中は蒸し暑く、最高気温もまだ30度を越えてます。まだまだ平気で泳げますが、朝だけは空気から温もりが消えて、爽やかになってきました、少し前まで、風が熱を運びながら通り過ぎていったのに高くなった空には「うろこ雲」が混じりだし、季節も そろそろ動きだす準備をはじめたようです、沖縄にも秋が近づいてきたのかな。。。★名護で満月まつりが開催されます。ま~るい地球、ま~るい月、ま~るい心。主催:沖縄満月まつり実行委員会TEL&FAX:0980-55-8587(じゅごんの里) ま~るい心とは、何かを包み込むこころ。やさしい心。思いやる心。あたたかい心。そんなイメージだろうか。人間、物事がうまくいかない時ってありますよね?!自分は悪くない。あの人が悪い、この人が悪い・・・。さらには社会が悪い、時代が悪い、そして、すべてが、悪い、と…。こうなるともう 100%やばい!毒を吐くと将来必ず自分に戻ってくるものです。だからこそ、ま~るく、ま~るく、笑顔を忘れず、やっていきたいもの。人の心は、そうやって育まれてきたはずだから。。。―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐―‐― Teach Your Children . Crosby Stills Nash & Young - IRAQ.
2009年09月21日
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ご主人様の御帰宅ですよ~!って、やっぱりここに居たな・・・ちょっと風呂に入りたいから どいてちょ。↑おこってる、おこってる、こいチャンは一人で遊んでエライな~♪かと思えば 湯船を覗くヤツ・・・我が家のバスタイムは いつもこんな感じでげす。マリー・トラバースを偲んで、Peter Paul & Mary
2009年09月20日
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沖縄クライシス。メタボのせいで沖縄男性の寿命がワースト化しているらしい!こりゃあ、ちょっと本気で男たちは考えないとね!でも、 best comment ever.今日、小さい子に言われてしまった、「おじさん、大好き・・・!」う~~~ん、今日は一日気分いいぞ~~!!先週、キューバの日のイベントが開催されたコザ・ミュージックタウンの音市場。ホールのエントランス横には音市場の事務所があります。入り口には、コザの歴史を彷彿させる白黒写真が壁面いっぱいにデザインされているが、この場所に足を踏み入れた瞬間に瞠目しました。感嘆のあまり「うお!」と声が出てたかも知れません。仕掛け人はいったいどなたでしょうか!こころからの讃辞を贈りたいと思います。正面いっぱいに大きくジェーン・フォンダとドナルド・サザーランドの写真、有名ハリウッド・スターの二人とコザ・ヒストリー。いったいどこで交差して来たのでしょう?ヒントは二人の背景にある、FTAという文字にありました。FTAとは、ベトナム反戦運動のひとつとして、二人が関わった反戦演劇集団FTAのことです。FTAは、 Free Theater Associatesの略、という表向きの看板とは異なり、その実、 Free the Army、あるいは、ほんとうの名前は F*** the Armyの略だと、カゲキな!若い俳優たちの反抗表明のアクションでした。ベトナム戦争期、アメリカでは徴兵制が取られていたこともあり、フェンスの内側、兵士のなかにも反戦運動を志す人たちが沢山いました。そこでFTAは、海外に駐留する米兵たちに向けたワールドツアーを展開します。同じくハリウッド俳優でスタンダップ・コメディの名手でもあるボブ・ホープが、駐留米軍への慰問ツアーを開催していたことを睨んで、その向こうをはる、裏番組みたいなツアーを展開し、反戦米兵を勇気づけたわけです。この一環として、FTAツアーは来日・来沖も果たしました。沖縄市の戦後史Webサイトでも1971年12月13日、「ジェーン・フォンダらが属するFTAが、コザ琉米親善センターで反戦ショーを開く」と紹介されています。その時の記録が、音市場のエントランスの写真だということになります。コザの芸能史を振り返るなら、沖縄ならでは、コザならではの素材が沢山あったし、単にセレブリティの来沖を誇るというならば、他にも候補は沢山あったはず。その、あまたある可能性のなかから、この1枚を選び出した担当者のセンスと理念、この場所がどんな空間として使われたいのかという願いの込め方に、感嘆してしまったという次第です。こういう感性をもった沖縄の人は、やっぱりスゴイ!「ハコモノ行政」は批判されるべきだし、沖縄でも始まっているジェントリフィケーションの手法は非常に危うい。けれど、細部に宿るこうした「願い」や「思い」そのものが、沖縄の政治なのだと熱い気持ちになりました。ジェーン・フォンダはベトナム反戦に深く関与したことで厳しいバッシングを受け続けた。マッカーシズムに反旗を翻した俳優ヘンリー・フォンダを父に持ち、弟はピーター・フォンダという、豪華ハリウッド・ファミリー。ドナルド・サザーランドも、素晴らしいバイ・プレイヤーとしてあまりに有名だが、『M*A*S*H』 (1970)、『ジョニーは戦場へ行った』(1971)など、戦争批判映画にきっちり組み合って来た人である。ちなみに、息子は皆さんご存知のキーファー・サザーランド。(24時間働く男?)「いつもそばにアメリカがあった」越来村からコザ市へ、そして沖縄市へ。戦後の沖縄市はまちの発展とともに地名も変遷を遂げてきたが、なぜかコザの名称だけは今も色褪ることなく輝き続けている。コザ時代に過ごした人々は、「コザ」という言葉に特別の思いを寄せている。コザ時代、まちには米兵が行き交い、アメリカの音楽があふれていた。英語をはじめ様々な国の言葉が交差し、様々な国の文化が入り乱れ、危うさと活気が同居する不思議な魅力にあふれていた。基地の街・コザは、旧美里村との合併により沖縄市となるが、あのコザ時代の“混沌”はコザ文化として花開き、沖縄市を特徴づける大きな魅力となっている。今日は若干 長いよ~~!PeaceMusic♪,「音楽やアートの力で沖縄の基地問題についてアクションを起こそう!」Peace Musicはそんな有志の人々の集まりです。2006年2月”Peace Music Festa! in 辺野古”の開催をきっかけ に発足しました!!那覇市のReggae好き数名が言い出したこのイベントは、沖縄の名護市辺野古にある米軍基地キャンプシュワブに隣接するビーチでの野外イベントとして開催され、音楽や職業のジャンルを超え,多くの皆さんに支えられ成功を収めました。その後2007年には辺野古の野外で2デイズ開催。第一回を上回る規模&サポーターで大成功に!2008年は首都圏の人たちにも沖縄の現状を知ってもらおうと,東京・上野公演野外音楽堂で開催!東京のサポーターの協力のもと1500名もの人達が集い大成功をおさめました!4年目となる今年は普天間基地を抱える宜野湾から,「世界のどこにも戦争はいらない」というメッセージを発信します!!てなことで…オイラも微力ながら初参加させてもらいますよ♪ご静聴 感謝です・・・ (レス…またまた遅れてますが、今夜にでも・・・あしからず)
2009年09月18日
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練習がてら1曲歌入れ♪いきなり問題発生!メロディがどこか違う・・・あれ?ってやり直すたびに違うメロディに・・・確認してやり直しても・・・まだ違う?元歌を聴きなおして何度も挑戦、こんなこともあるんだね~そこが本当のプロとの違い・・(納得!)夏の音符訳あって湘南サウンド練習中♪個人的に大好きなユニットです。ギター、(完璧)ピアノ、(そこそこ)しかし・・・?ブレちゃん 音域たかすぎるでやんす↑↑ちっちゃいコトは 気にするな~(ワカチコ・・・・~)って感じでしょうか Moon Eyes
2009年09月17日
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おはようございます♪(と言っても もうこんな時間ですけど)☆花びら達が、個性と協調性を持って、美しい花を咲かせるように、僕達もそれぞれの個性と協調性の中で花のように輝きたいですね♪☆今朝、ある人から手紙が届きました。この方は福井に住む中学教師で 何年か前、沖縄に旅行されたさい、ココガーデンでのアフタヌーンライブで声をかけてくれ、話をするうち意気投合した人でした、なんでも来年3月期をもって現中学を退職し、奥様とカンボジアへ行くという・・・!ショックです。ラグナのビーチでお酒を飲みながら「結局人間の幸せって何でしょうか…?」と質問されたことがある、当時の彼は今の教育界に絶望と無力感を持ち自信が揺らいでいる時期、何かをしたいんだと暗中模索もしていました、そんな語り合いの中で僕は、行動を起こす勇気と 夢を大切に…と、熱く語った覚えがある!教師という立場で何が出来るか、何をしたいか!きっと彼も自分なりに考えたのだろう・・・。しかし、御家族のことを考えると、犬やネコの保護活動とは違い カンボジアは対人間です、引き止めるべきか、出来る限りの協力をするべきか、悩みます…。事は往々にして絶望の中で気づきが訪れるのはよくあること、自分の無力を受け入れた時に初めて自分を生かしたいという真理が姿を現す。…と、どなたかが言ってたけど、きれいごとではない、心して一歩を踏み出さなければ もう振り返ったり、無責任に逃げ出す事は出来ないからね。。。今日も町は平和だ~~・・・・・・久しぶりに「チュラジオ」はいかが…
2009年09月15日
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=深夜の戯言=『コイツかな?…↑↑↑』・・・・・・・・・・皆さんの周りに外人さんはいませんか?自分で言うのもナンですが・・英語は得意なほうでマーシャルでの仕事や生活、また 沖縄の基地内でも、今まで何の不便も感じなかった。しかしどす、^^:ここ何日かは ものすごい訛りのあるポルトガル語の対処にめちゃ苦労させられております!それは、ペルー関連のディストリビューター(個人事業主)と緻密でネイティブなネゴシエーションが出来ないこと・・・、(なんのこっちゃ?)まあ詳細は言わずと、困ったちゃんであると言う事です、・・・・・・・・・・『こんなヤツではないかと?…↓↓↓』“文章と写真のかわいいワンコ達は無関係だワン”【酔い人の戯言】ここ数年、不況だ不況だと言われるなか多くの人が多くのものを失っている、ローンや相続税が払えなくて家を手放した人、経営していた会社や工場、店を畳んだ人、そんな中には自ら命を絶った人もいるとニュースで聞く、それなのに、ある自民党議員が「思い入れのある部屋だから民主党には渡せない…」と国会内の新たな部屋割りに難色を示したという、いったい、どういう感覚で政治をしているのだろう?苦しみの中で必死で生きる人がうかばれない。・・・・・♪ ホタル ♪
2009年09月14日
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heart-warming・・・心あたたまって♪沖縄は まだまだ暑い!そこで やっぱり海しかない、白い砂浜・・・地元の人々はみんな明るくて優しいし、このままずっといたいと思ってしまう。今朝はマイナスイオンをたっぷり補充して心と身体をリフレッシュしてきましたよ~♪(^O^)青い空の下で ただただ波の音を聞いていると胸が熱くなり、生きてくうえでの全てのネガティブを忘れてしまいます。山や川で暗くなるまで友達と遊んでいた幼い頃に思いを馳せたり故郷の何の変哲もない風景を背に都会へ出て、悲喜交々の人間関係や青臭い恋愛なども経験した頃を思い出したり、独立の苦労と 人生を導く人との出会い、なんだか、たくさんの通り過ぎていった時間が走馬灯のように頭を巡ります。きっと、この島に居るからこんな気持ちになってしまうんだろうな~、生まれ育った故郷に帰ってみたい・・・と言いつつ、又ひとつ歳をとってしまった今日も予定はいっぱい!ガンバッテきますかね。。♪ MARILYN MONROE - I believe in you ♪
2009年09月13日
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I Just Called to Say~I'm walking 8o'clock.Tomorrow evening 8o'clock.なにげない日常の中でなにげにくちずさむ歌♪(^-^)vby-bye
2009年09月09日
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暑い夏日には、汗をかきながら冷たいビールを飲む。あるいは島酒片手に昼からユンタク。南国沖縄の醍醐味かもしれないね♪そんな日曜日を過ごしたウチナンも多いはず。。オイラは最近よく書いてる我が家の近くを散策しましたよ♪アンに再会♪・・・(そっくりやん)(スティービー氏より拝借)この子は”サム君”、愛嬌たっぷりなところもアンとよく似ているな~♪そしてスージー(小道)に入って いつものノラ君たちにご飯をあげます♪定期的に行う投げ銭ライブで皆さんに協力していただいた資金を、餌代と避妊手術や健康診断などに使わせてもらい、健康な状態にして里親探しをします。沖縄は到る所に地域ネコがいるし 住宅事情で捨てられる子も多い、みんなガンバッテ生きて欲しいね・・・・・・・・・・・・「I've learned my lesson.」(学習したよ)9月7日、コザの街では、今から64年前になる終戦の年1945年9月7日に、越来村(現沖縄市)で米軍と日本守備軍の間で降伏調印式が行われた日、沖縄市ではこの日を記念して『沖縄市民平和の日』と制定されたそうです。。 ♪ SOMALIA ♪
2009年09月07日
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Tasteful・・・情緒的にReal Music Eyes . 飛び入り参加で久しぶりのセッションと音楽談議に花が咲きます?!今夜はいつものブルースではなく「JAZZ]。まあ、ジャズについては恥ずかしながらトーシローと同じ我輩、しかし そこはそこ・・・何か言わないと大きな顔が出来ない♪(^O^)。そこで・・・・・ブルースとともにジャズは20世紀の初頭にアメリカはニューオリンズで生まれたんだけど、南北戦争で軍楽隊が使ってた楽器の払い下げを、南部の奴隷たち(アフロアメリカン)が手に入れたことで、ジャズが出来てきたんだねー、それがいつしかカンザスやシカゴを経て北上し、東海岸の大都市ニューヨークへとたどり着き、黒人から白人に広がることでスイングジャズやモダンジャズが生まれたんだよ・・・な~~んて初心者みたいな事を知ったかぶりで言ってみたりしちゃう。 ・・・・・・・・・・・・いやいや、なんのなんの、そりゃあんた・・・?実は・・・、なんじゃそれ?ってことさ、酒好きで犬好きでネコ好きで他人の噂話しが大好きで・・・ついでに音楽が好きなだけという、ウチナンチューVSよそ者の他人の噂話しで笑い飛ばすコーナーでござった。ハハ、♪ Bob Dylan ♪さあ、帰りましょ!
2009年09月04日
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I didn't recognize you.君が誰だかワカラナイ!最近は、何処に行っても普通に泡盛が飲める。何年か前には考えられなかったことです。仕事で東北あたりに行くと打ち上げは米の美味さもあって日本酒ということになるけど、そんな中でも泡盛が売られているのにはビックリしたことがある。まあ、正直いって日本酒が間違いなく美味い地域だし焼酎も甕仕込みとか、黒麹仕込みとかがあって十分美味い、だから郷に入れば郷に従えで、日本酒や焼酎を戴くことにしていているが、酒はそこの土地のものが一番美味いわけよよね!沖縄から来たと言うと、「やっぱり泡盛がいいですか?」と聞かれたりするけど、「ここの地酒を飲みましょう」と言ってます。。そして・・気持ちよく酔って話が盛り上がってくると何処で呑んでいるかが判らなくなり隣の人間に「君は誰・・?」 なんてことになる?!とまあそう言うことで、昨夜は「ウンケー」!地域の犬ネコ救済投げ銭ライブ後に関係者みんなで美味しい酒を飲みました♪(^O^)。外では「道じゅねー」!各集落の若者が衣装を着けて隊列を組み、三線の音と歌に合わせて勇壮な太鼓としなやかな手踊りを披露します祖先の霊の供養と、無病息災・家内安全などを願い、エイサーを踊りながら、家々を訪ね町を練り歩くのが、道じゅねーです。・・・・・・・・深夜に帰ってシャワーを浴びようと思えば・・・やっぱりオマエはここか・・・♪ Duke Ellington . In a sentimental Mood ♪
2009年09月02日
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