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中国近世史 』(岩波文庫)

商品基本情報

発売日: 2015年07月
著者/編集: 内藤湖南
出版社: 岩波書店
サイズ: 文庫
ページ数: 337,
ISBNコード: 9784003811719

日本の東洋学の祖・内藤湖南(1866-1934).彼の時代区分論は日本のみならず世界的な評価を受けている.本書は唐末五代を中世から近世への過渡期とみなすだけでなく,明清時代へと続く近世中国の特質が宋代から元代にかけて形成されたと論じる.具体的な史実に即した平明な叙述のなかに独創的で鋭い洞察に満ちた内藤史学の代表作.(解説・注=徳永洋介)

★内藤湖南(1866〔慶応2〕~1934〔昭和9〕)は東洋史学者。本名虎次郎。号の湖南は生まれ故郷の陸奥国 毛馬内 けまない 村(現在の秋田県鹿角市)が十和田湖の南にあることにちなみます。父調一は南部藩士。1884年秋田師範学校卒業。小学校の主席訓導を経て87年上京。仏教雑誌記者、雑誌『日本人』、大阪朝日新聞、台湾日報、万朝報で記者として活動し、日露戦争では主戦論を展開しました。その後ジャーナリズム界から学界に転じ、1907年京都帝国大学文科大学史学科講師、09年教授、10年文学博士となります。湖南は東洋史担当講座で20年勤務し、狩野直喜、桑原隲蔵とともに「京都支那学」を形成し、「京大の学宝」とまでよばれました。白鳥庫吉や桑原らと並ぶ日本の東洋学の「祖」です。

 湖南は独自の文化史観に基づき中国史の時代区分論を展開し、秦漢時代を上古、後漢から唐までを中世、宋から清までを近世とみなしました。本書は宋と元の歴史の概説であり、近世を重視する「内藤史学」の根幹をなす著作です。京都帝国大学における講義録が元になっており、著者没後の1947年4月に『中国近世史』の書名で弘文堂から刊行されました。なお京大での講義題目は「支那近世史」で、本文庫版が底本とした筑摩書房版の『内藤湖南全集』第10巻(1969年)でも同じですが、本文庫版では弘文堂版と同じに『中国近世史』の書名としました。また、全集版ではモンゴルなどの人名・地名が漢字表記ですが、読者が理解しやすいように、カタカナ表記(初出のみ漢字併記)に改めました。

 湖南が近世の起点を探究しようとしたのは、ジョシュア・フォーゲル『内藤湖南・・ポリティックスとシノロジー』(井上裕正訳/平凡社/1989年)によれば、辛亥革命後の中国がいかなる時代へ向かおうとしているのかを明らかにするためでした。こうした目的で、彼は『支那論』『新支那論』を著しました(それぞれ1914・24年刊。2013年文春学芸ライブラリー所収)。近世とは清末、つまり湖南にとっての同時代の中国に直結する時代であり、その性格を明らかにすることこそ、彼の評論に歴史的根拠を与えるための基礎作業でした。そして最初のアイデアとして「概括的唐宋時代観」という小文を1922年5月発行の『歴史と地理』に載せ、これを基に研究を重ね通史の執筆につとめました。

 湖南は宋において近世が始まることを主張しました。それは貴族政治が崩壊して君主独裁の政治が成立したこと、これに関連して、官吏任用において庶民にも道が開かれるなどさまざまな分野で平民が台頭したことが理由です。君主独裁と平民の台頭こそ中国の近世の最大の特徴です。また江南における生産力の発展や貨幣経済の発達、理学(唯心論的哲学思想)など新文化の発生といった近世に特徴的な動きが見られました。

 『中国近世史』は宋代の歴史が主ですが、元代にも言及しています。元は宋の制度を踏襲し、中央も地方も天子に直属する組織としました。官吏の任用では人種や身分の差別が厳重でしたが、湖南はモンゴルの政治は寛大であったと評価しています。

 徳永洋介富山大学教授は、解説で本書の叙述の特徴と湖南が寄せた読書人階級への思いについて次のように述べています。

  著者湖南は唐宋移行期の具体的な歴史事実に即して、政治や文化の変化を物語る主要な部分をいわば類型論的に描いてみせる。しかも、それは宰相の性格の変遷を論じた箇所でも明らかなように、単純な図式化に陥ることなく、その多様な側面を鋭く指摘する。こうした叙述のしかたが時にはある種の分かりにくさに結びつくことはあっても、彼は凡庸な人間が予期せぬ必然を招き、人間の叡知や理想が思わぬ方向に歪められる瞬間を決して見逃さない。(328 頁)

  おそらく著者の湖南は宋末から元の間に形成された読書人たちが政治とは一線を画して生きる姿に「自由な平民」の実態を重ねあわせたに相違ない。事実、彼にはこの種の読書人が明清時代を経て民国期にいたるまで確固たる勢力をかたちづくってきたばかりか、今もなお中国文化の指導者的存在であり続けているという確信があった。かつて中国がめざすべき政治体制とは共和政治であり、その基盤はすでに宋代以降に準備されていたと述べた湖南には、宋元時代の読書人に出自をもつ知識人たちこそ、いわば官と民の間に立って新しい中国社会を領導するのに最もふさわしい社会階層と映っていたのである。(330 頁)

 湖南の問題意識は弟子たちに受け継がれました。宮崎市定(1901~95)は湖南の時代区分論の意義について著書『中国史』においてこれは内藤史学の中心をなすものだとしています。それは中国内部の変遷に重きをおき、文化も従来の貴族文化が衰えて新興庶民階級を背景とした新文化が発生した点を強調し、宋代に発生したこの近代文化は頗る優秀なもので現代の西洋文化に比較してもひけをとらず、宋代から現在までがひと続きの近世などの歴史を「最近世史」の枠組みでとらえています。『中国史』は上古から1970年代後半までの中華人民共和国の概説史であり、本書『中国近世史』と併せてご一読いただくようにおすすめいたします。
(T・H)


岩波書店HP 文庫ニュース より





自分が湖南をきちんと読み始めたのは、上掲の文章でも言及されているフォーゲルの 『内藤湖南:ポリティックスとシノロジー』 (平凡社)を読んでから。『近世史』がこうして文庫で読めるようになったのはありがたい。

宮崎市定の次に内藤湖南とくると、次もシノロジーの名著の収録を期待してしまう。





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最終更新日  2015年07月26日 03時55分18秒


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