ちゃいにーずティー

ちゃいにーずティー

2008.09.16
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カテゴリ: クリスチャン


不思議なことに、その日本当は勤務が入っていたんですが、土曜日にたまたま病欠が出て午後に人が足りなくなったため入るようにいわれ、代わりに日曜に人が多いので休んでいいとのことで、たーまたま、その日曜が空いたわけですが、忘れっぽい私は映画会のことなどすっかり忘れていて(←教会員の自覚に欠けてる人)、ふたを開けてみるとイベントの日に休みがもらえて超ラッキー♪だったのです。
わーい!

といっても、映画会とは言え、教会を一般の方に開くオープンデイ。
保育が受付の奉仕に勤めようと、観るつもりでは行かなかったのですが、いつもWell OrganizedなMK教会はみなの担当がすでに決まっていて、私の出る幕はほとんどなし。
かろうじて、机の持ち運びやお茶の準備、ポスターを貼って奉仕をしている気持ちになっているだけで、実は足手まといだった、、、かも。

「塩狩峠」
知っていますか?
これは明治時代にキリスト教徒であった実在の人物のお話で、三浦綾子さんの小説が映画化し上映されたものです。

幼少時代にキリスト教を忌み嫌い、反発していた青年がやがてクリスチャンである母とめぐり合い(昔はキリスト教徒というだけで、姑から追い出される時代だったようです)、幼なじみで足の悪いこれまたクリスチャンであった女性と出会うことで彼の人生が変わりました。
その時代”死の病”と言われた肺病を患った彼女と一緒になるために、よい縁談をいくつも断り治るかどうかも分からない彼女を10年も待ち続け、その間窃盗容疑で免職になりかけた同僚(しかもクリスチャンの彼をいつも嫌っていた)のために彼女から離れてその同僚のために尽くし、ようやく彼女の病気が回復し、幸せの絶頂の中で彼女との結納に向かう列車の中で起きた悲劇。

塩狩峠で峠超えの列車の車両が汽車から外れ、暴走。
パニックに陥り大人も子供も泣き叫ぶ状況の中で、峠の下へスピードを上げて逆走していく車両。そこで、彼は何を決断したか。

想像できますか?

最初は必死にブレーキのハンドルを回して車両を止めようとしていましたが、ハンドルは空回り、列車はどんどんスピードを上げて暴走するばかり。パニクる乗客と友人を列車の中へ押し返し、一人スピードを増して暴走していく車両の先頭に立って目をつぶり愛する人を思い起こしたその瞬間、彼は列車に身を投げ、自らがつっかえ棒となって列車を止めたのです。

そのクリスチャンの彼を忌み嫌っていた同僚が、止まった列車から飛び出し、真っ赤に染まった雪の大海原で「おお、神よ…!!!」と泣き叫んで嗚咽するその様は、まさに観る人の心を打ち、神の姿をそこに見る思いでした。

うっすらと内容は分かっていましたが、実際の映画を見てみると本当に泣けました。
誰がそこまで慈愛の精神を身をもって示せるでしょうか。待って待って待ち続けた愛する人との幸せな生活を目前にして、誰が自ら命を絶てるでしょうか。
でも、それがまさにイエス様が私たちに与えてくださった愛であり、真のクリスチャンスピリットなのだと感じると同時に、自分はまだまだだなぁ、、未熟でクリスチャンとしてまだ、歩き出せてもいないなぁ、と。

そして、また、この映画は昔、父母が観に行って二人ともあまりにも泣き過ぎて恥ずかしくて大通りを歩けず、裏道を通って帰ったというエピソードを聞いたことがあることをふと思い出したのです。
そして、それを聞いてから、ずっと観てみたいなぁと思っていた映画だったのです。

不思議でしょ。
それが、たまたまこの日にその映画をしていて、観てみるまで父母のエピソードのこともすっかり忘れていたのです。

映画の主人公を思うと共に、遠くにいる父母のことも思い出してさらに輪をかけて目が潤みました…

そして、その翌日の今日、BBCニュースでロンドンで息子さんを殺されたお母さんのインタビューを流していて、たまたま仕事の休憩時間にしていて見ていたのですが、彼女の言葉にまた感動しました。

誰が、自分の愛する息子を殺した人を許せますか。

彼女は、こう言いました。

「私は、息子を殺した少年たちを許します。恨んでも、仕方がないのです。彼は、クリスチャンで洗礼を受け、幸せな人生を送りました。今は、イエス様の元にいて、幸せに暮らしていることでしょう。そして、私もそこへいつか行けるのですから。」

自分も親の端くれですから、自分の子を失うことのつらさは痛いほど分かります。
その上で、そんなことが言えるだろうかと思いました。クリスチャンだと言いながら、自分や自分の家族が一番かわいい自分はまだ偽りの仮面をかぶっているのかも知れないなぁ、と。

目には目を、歯には歯を、の訓戒の持ち主であったなら、その息子を殺しに行くでしょう。そして、復讐・報復は世代を超えてずっと続いていくでしょう。

でも、その母親のコメントを聞いた少年たちには、きっと心に何か変化が起きるだろうと信じます。レ・ミゼラブルの囚人であったジャン・バルジャンが、改心して牧師となったように、何か心に変化を起こすことが出来るのではないかと。

それが、隣人(となりびと)を愛しなさいというキリストの教えなのではないかと思います。


とにかく、私は一歩でも二歩でも近づけるように、毎日の祈りの中で、もう一度自分を見つめなおして行きたいと思った二日間でした。





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最終更新日  2008.09.16 07:53:58
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