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2007年10月01日
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カテゴリ: 映画・テレビ
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ぼくの青春映画物語



大林宣彦監督の尾道3部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」の舞台となり、「映画の街」と呼ばれた広島県尾道市。千光寺山の斜面に建ち並ぶ民家の風景は有名で「坂の街」としても知られるが、実はいま、この街がちょっと困ったことになっている。坂の街に住んでいた高齢者たちが急坂の行き来に耐えかね、自宅を放置して続々転居。空き家が急増しているというのだ。その現状を知ろうと坂の街を歩いた。

 【坂の街を歩く】

 初めて訪れた尾道。駅前には長い通りの商店街があるが、訪れた木曜日は「定休日」の店が多く、街はとても閑散としていた。お昼の楽しみにしていた尾道ラーメンの店には「夏休み」の札。夜は、広島風お好み焼きの店を探すのに1時間も街を歩き回ったほどだ。

 記者(25)は尾道3部作をリアルタイムで経験した世代ではない。人通りが少ないこともあり、「懐かしさ」よりも「寂しい」という思いが先に立った。

 千光寺山は尾道駅の裏手にあり、駅から少し離れると、すぐに坂が始まる。坂道に沿って建ち並ぶ家の中には表札をかけたままの空き家が点在し、寂しさはさらに募る。

 たしかに、この斜面を毎日行き来するのは25歳の記者でもキツい。同行のカメラマンは、撮影のため坂を何回も往復したが、撮影を終えると汗だくになっていた。住み慣れた家を離れざるを得なかった人たちの気持ちも分かる。

 【空き家バンク制度】

 空き家対策として、尾道市の世界遺産推進課は2002年から「空き家バンク制度」を始めた。

 「坂の上は道が細くて車が通れないので、不動産価値は低い。ただ、下から見上げると、家々が連なっている方がきれいだし、空き家を直して住みたいという人もいる」と同課。そこで、空き家の持ち主に自宅の貸し出し登録をしてもらい、ホームページなどを通じて住居を仲介することにしたのだという。

 開始当初、対象地区の900戸中100戸が空き家で、「スタート時には31件の登録があり、いままでに11件の契約が成立した。賃貸価格は月2-3万円。無償で譲渡した人もいた」という。「住居より、お店やアトリエ用として借りる人が多い」とも言い、一時は“芸術の街”として再興するかに見えた。

 ところが現在、同課のホームページで公開されている物件はゼロ。残念ながら、行政の取り組みは中途半端なままになっている。

 【空き家、再生します】

 一方、民間で尾道復興に取り組む人もいる。同市出身の主婦、豊田雅子さん(33)は今年、「尾道の空き家、再生します。」というブログ(http://onomichi-masako.blog.drecom.jp/)を立ち上げた。

 「お宿(民宿)を開きたくて、6年前から空き家を探していた」という豊田さんはかつて、大阪の旅行会社で添乗員をしていた。「外国には何百年も前の建物があるのに、尾道では駅前開発をしている。どうして日本は古い建物を保存できないのか」と、かねがね疑問を感じていたという。

 今年4月、豊田さんは知人を介して念願の空き家を手に入れた。“ガウディハウス”の愛称で、地元では昔から有名な空き家。豊田さん自身、「小さいころから気になっていた家」だ。

 この愛称はスペインの建築家、故アントニオ・ガウディに由来する。ガウディはサグラダ・ファミリアなど奇抜な建築物で知られるが、尾道のガウディハウスも本家顔負けの奇抜さだ。瓦屋根が幾重にも重なり、装飾用の“うだつ”まである。「昭和8年、ひとりの大工さんが3年かけて建てたそうです。いわば、大工さんの“趣味の家”ですね」(豊田さん)。

 そのガウディハウスでは今年8-9月、アート展が開催され、800人以上の入場者を集めた。豊田さんは「ブログには、尾道の空き家を借りたいという問い合わせも来ますが、知らない人には売りたくない、貸したくないという人が尾道にはまだ多い。そのためにも、今後もイベントなどをガウディハウスで開催し、ここを人と人の交流の場にしていきたい」と語る。 

 【7年ぶりの映画館】

 “映画の街”にもかかわらず、実は尾道には映画館が1館もない。駅前にあった「尾道松竹」は2001年に閉館した。これではいけない、と立ち上がったのが、同市出身でNPO法人シネマ尾道の代表理事、河本清順さん(30)だ。

 「趣味半分、使命半分」で04年に「尾道に映画館をつくる会」を発足。資金集めを始め、今年5月、尾道松竹の建物を借り受けた。内装をリニューアルし、来春オープンする予定だ。

 「古いものを壊すのは簡単ですが、50年前に作られたこの映画館を使い続けることに意義がある。受付をボランティアにして経費を削減し、学生は1000円以下で見られるようにしたい。ここから第2の大林監督を輩出したい」と河本さんは言う。「尾道シネマ基金」(TEL090・8061・8589)では、現在もリニューアル資金を募っている。


★大林宣彦監督「僕は“街守り”がしたい」


 3部作で尾道を一躍有名にした大林宣彦監督(69)は現在の尾道、そしてこれからの尾道について次のように話してくれた。

行政は街おこしをしたいようですが、僕は“街守り”がしたいんです。

 僕の両親は昔は美男美女だったけど、年とともにシワが増えました。でも、シワだらけの顔は子供を育てて生きてきた証。こんなに尊いものはない。ふるさとも同じです。崩れかけた土塀はシワだらけですが、それを白いペンキで塗り直すなんて、まるで自分の親を無理やり美容整形に連れていくようなものです。

 だから僕は、町のシワを撮ろうと思った。そうしてできたのが尾道3部作です。ところが行政の担当者は気に入らず、「尾道に何か恨みでもあるんですか」と言ってきた。上映中止運動まで起きたんですよ。

 でもね、尾道の素晴らしさは子供たちが一番よく分かっていた。出演してくれた子供たちが逆に大人たちを説得し、無事上映できました。古里は“学校”ですからね。

 40代以上の人は、開発することは良いことだといまだに考えているかもしれませんが、21世紀は開発の時代ではありません。いまの若い人たちも、“古さ”を守ろうとしています。“温故知新”ですね。

 「スクラップ&ビルド」の時代はもう終わり。いまは「戻る」ことが大切な時代です。今回、尾道の市民がそれぞれ「戻る」ための活動しているという話を聞き、僕が映画で訴えた思想が受け継がれているのを実感しました。たぶん、これからの尾道は大丈夫だと思いますよ。古さは資源ですから
(報道より)

実は、これ以前に、尾道と大林宣彦監督の間に溝ができた事件がありました。
 行政・観光側が、勝手に「大林映画記念館」のようなものを建築しようとしたのです。
いつもながらの行政・観光の安易なハコモノ行政・まちおこしです。
 今でさえ、全国各地で、財政赤字を理由に、ボランティアを称して、映画監督はじめアーティストや文化人に、半強制的に協力を要請します。

UQもそうして声をかけられましたが、行政側のあまりに傲慢な態度に、激怒しました・・・温厚な女性で会社でも有名なのに・・・。

 だから、大林監督のお気持ちはわかります。
 監督は、尾道映画マップにも、ご自分がロケした地点をはっきりとは書いていません。
「尾道で迷って、その楽しみの中から、ロケ地を探してください」と、いうのが趣旨です。

 UQの出身地もいわゆる田舎ですが、今まで惰眠をむさぼっていた行政や友人の公務員が急に、「明日、夕張のむようになってもおかしくない」と言うのには、違和感があるのです。
 もちろん、真面目に地域のことを考えられている地方自治体の職員もおいでるでしょうが、やはり、「出身者にタダで協力してもらおう」とか、発想が貧困です。
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最終更新日  2007年10月01日 18時14分13秒


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