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ひとまず、今日の記録。今日匂ったもの:・精油は相変わらずOK(たぶん本来の50-60%程度だけど、それぞれの匂いはほぼ正確にわかる)・沸騰している昆布だし汁・それに玉ねぎを入れたあと・そこにさらにわかめを入れたあと・洗濯洗剤が一瞬ふわっと・冷蔵庫の中(家族に言わせればそんなに匂いがないと言っているけど、私の記憶の中の冷蔵庫の匂いと一致してるので、幻覚臭ではないはず)匂わなくて悲しかったもの:・次男の頭とか顔とか首とか口・外のいろんな匂いこう書くと、なんだいろいろちゃんと匂ってるんじゃん、と思われるかもしれない。だけど、時折こうやってふっと匂いがわかるものがあるだけで、それ以外は無臭の時間を過ごしている。もともとが匂いに敏感なせいなのかもしれないけど、無臭の世界にずっといると、時々わあっと恐怖が襲ってくるときがある。そんなときは、精油をくんくん。。。あ、まだちゃんと嗅覚すこしは生きてると感じられる。耳や頭に圧迫感があるような気がするから(気のせいじゃないはず)まだ副鼻腔炎があるんじゃないかと思う。でも、程度まではわからない。自分が思うよりひどいのかもしれないし、ひどくないのかもしれない。2017年の副鼻腔炎では、9日くらい抗生物質(セファクロム)の点滴を打った。それから飛行機で日本に帰国して、日本の耳鼻科でもさらにレボフロキサシンを1週間処方されて飲んで、それからクラリスにかわった。クラリスは2週間くらい飲んだ気がする。今の副鼻腔炎が、そもそも抗菌剤が必要な程度なのか、もし必要なら、点滴までも必要なのか、飲み薬でいいのか。薬局で、3種類の抗菌剤は全部買ってある。飲むか、、、飲まないか、、、
2022.11.28
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コロナで嗅覚障害が騒がれるよりもっと前から、嗅覚障害になったことがあった。2017年2月にひどい風邪をひいて、そこからひどい副鼻腔炎に。小さいころから風邪をひくたびに1-2日嗅覚はなくなっていたので、風邪が治れば、嗅覚も自然にもどるものだと思っていた。風邪が治って鼻詰まりもなくなったのに、何も匂わない。世界から匂いが完全に消えてしまったように感じられたあの瞬間、本当に恐怖だった。ネットで調べて、嗅覚障害というものがあると初めて知った。家族の誰もが、そんなものがあるの!?という反応だった。当時の経過は、今後時間があったら、また書き出していきたい。つらい経験だったから、今でもだいぶ覚えている。まずは、今回の嗅覚障害をなんとかしていかないと。前回の嗅覚トレーニングで使っていた精油たち、今でも大事に持っている。当時も写真に撮ってブログにアップしていたみたい。すっかり忘れていたけれど 笑あの頃は5瓶だけ、今は増えて8瓶になっている。
2022.11.27
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回復してほしい一心から、ブログのタイトルを「嗅覚障害からの回復記」に変更しようかなと思います。(このあと)でも、まだ回復していません。嗅覚障害が悪化し始めて4日目(発症からはたぶんちょうど1週間)以前に書いていた内容は、そのまま残すことにしました。中に嗅覚障害の記事もひとつだけありました。書いていたことすらすっかり忘れていたのですが、見たらなんだか当時の気持ちが鮮明に思い起こされて、感傷的になっちゃいました。2017年にはじめて嗅覚障害になったときの気持ち、今でもはっきり覚えているつもりでした。あの絶望と恐怖は忘れるわけもない。でも、それでも時間とともに、自分の身体を大切に思いやる気持ちは薄れていってたみたいです。前回の嗅覚障害発症もたしか、身体もメンタルも疲れ切っていたときでした。そして今回また、軽い風邪から一気に嗅覚障害になってしまいました…。前回と違うのは、今回はまだ少しは匂いがわかること。せめてもの救いだけど、でもそれが日に日にほんの少しずつだけど、悪化しているような気もして、すごく不安。ちょうどこのタイミングで、大連ではコロナがまた発生した関係で、耳鼻科などの一般診療は全てストップしてしまいました、、、嗅覚障害の治療は発症してからいかに早く治療を開始するかどうかが回復のひとつの鍵なのに、病院にも行けない。大連では、病院にいったところであんまり良い治療はないかもしれないけれど、、、それでも何もしないよりはマシ。CTでも撮れば、副鼻腔炎の程度だってわかるし、それによって、抗菌剤をどの程度飲むかとかも決められる。前回は、発症して2週間後に日本で治療開始できた。(運良く、日本帰国予定のある少し前に嗅覚障害になった)今回は、、、 おそらく帰れない。中国国内でどうやって治療していくか、、、ネットでいろいろ見ると、上海とか北京には方法がありそうだけど、大連でどの程度できるのか、そもそも診療がいつ再開されるのかもわからない、、、
2022.11.27
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家族ビザから、就業ビザ(Z)への切り替えについては原則、・就業ビザを新規取得する場合・業界をまたいで転職する場合(就業ビザは持っている)は、就業許可を取得した後、就業ビザ(Z)で入国しなければならないことになっています。 ※青文字部分、正確にはビザではなく居留許可なので、 家族ビザ=団聚居留許可 就業ビザ=就業居留許可 ですが、一般的に「家族ビザ」「就業ビザ or Zビザ」と 呼ばれているので、便宜上そう記載しています。なので、既に中国国内に在住する人であれば、一旦出国し、入国し直さなければなりません。…と言われておりますが、実は、中国国内での切り替えも不可能ではありません。実際、昨年の秋にIT企業から人材系企業へ転職をした際、私は就業許可を持っていましたが、最初の代行会社からは、業界の異なる転職なので、就業許可の社名変更という形は取れず、取り直しをしなければならないと言われました。ですが、私としては出国&入国し直しという方法は避けたく、別のツテで信頼のおける代行会社にお願いしたところ、大連にいたままで済ませることができる、とのこと。方法としては、やはり就業許可の社名変更という形は取れず、取り直しではあるが、中国境内での申請という方法を取ると言われました。そして実際に、全ての申請資料を提出してから5営業日程度で就業許可を取得してくれ、その後居留許可の書き換えで21日程度、合計1ヶ月程度で全て解決できました。前職で日本人の中国就職のサポートを長年してきましたが、このような方法は聞いたことがなく、なぜできるのか不思議に思い、コネか人脈のようなものを利用しているのかさりげなく聞いたところ、正当な方法だけれども、よほどこの業務に習熟していないとできない、業界をよくわかっている人なら他の人でもできる、というような回答でした。確かに、出入国管理局、人力資源和社会保障局、科技局から非常に信頼を置かれている会社のようです。何にしてもこのような会社と巡り合うことができて、本当に幸運でした。そして今回また、こちらの会社にお世話になることに。今回はまた新しく就業許可を申請し、团聚の居留許可から就業の居留許可に切り替える予定なのですが、昨今のコロナの影響で、無犯罪証明を取りに帰国できないことに気が付きました。森ビルの領事館事務所で申請はできますが、通常でも入手できるまでに丸2ヶ月、現在のこの状況では、3ヶ月とか、もしかしたらそれ以上かかるかも。。。とのこと。これではいつまでたっても入社できないし、そもそもオファーだって取り消されかねません。半年前の無犯罪証明は持っているのですが、8月末の日付で、現在は有効期限が切れています。そこで、その古いものと中国国内で発行してもらう無犯罪証明をセットでなんとか使えないかとお願いしてみたところ、すぐに関連部署に確認を取ってくれ、対応可能だから、日本の無犯罪証明を入手しなくても大丈夫ということになりました。コロナの影響で、もともと持っていたオファー2件が長らくペンディングになっており、やっと手に入れた3社目のオファーです。私にとっては、これでここに入社できなければもう次の会社を探す気力がない。。。という状態だったので、なんとか就業許可を取得できそうだとわかった瞬間、もう、、、代行会社の方が神様に見えました。。。これまでに2度も、私の就業ビザ関連のピンチを救ってくれた恩人です。3度目の正直で、今度こそ無事入社できるよう祈るばかりです。以上、私は大連在住者なので、大連でのお話です。地域によって、全然違うと思います。
2020.04.10
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1月の頃には、まさかこんなにコロナが長引くとは思っていませんでした。考えがすっかり甘かったですね。ちょうど仕事が決まりかけていた矢先に、武漢の封鎖から始まり湖北省全域封鎖、春節休暇の延長、企業活動の禁止、子どもの習い事等のスクールの禁止、などなど、瞬く間にあらゆる施策がとられ、春節が明けて企業活動がなかなか再開されない中、今はオファーを出すことができないと会社から連絡が入りました。当時はもう1社日本の会社とも話をしていたところだったので、オファーがすぐに出ないことになったなら、考えたり交渉したりする時間ができて、逆にラッキーと思っていました。また、たぶん行くことはないだろうなと思いながらも、もう1社面接が進んだ会社もあったので、まぁ3社のうちのどこかには決まるんだろうとのんきに構えていました。一方で、子ども2人がずっと家にいるようになって、プライベートでは大忙しの生活に。上の子の勉強、宿題、サッカー、下の子のママ遊んでコール、3食の食事作り、掃除洗濯、全てが私の肩にのしかかってきて、昼間は自分の時間など一切なく、夜になってもなかなか寝ない子たちで、やっと寝たと思えば10時半に。。。人によってはまだまだこれから!なのでしょうが、私はあまり体力がなく、睡眠不足になるとすぐに風邪をひきます。22時や23時からさぁ勉強!というのは、身体がついてきません。3月は軽く育児ノイローゼ状態、夜中のコーヒーと大量のチョコレートに溺れる日々を過ごすも、「スタンフォード大の自分を変える教室」を読み込んでなんとか自分を取り戻したのですが、気がつけばもう4月になっていました。仕事は決まらない、仕事準備のための勉強や調査の時間も思うように取れない、子どもたちは毎日ぎゃあぎゃあとつまらないことで朝から夜までケンカ、旦那はわれ関せずの態度、もともと1月に永住権を申請する予定でしたが、そこでも「面倒なことは後回し」という私の悪いクセが出てそもそも使う必要のなかった無駄金を使うハメになり、極度の自己嫌悪。というかそもそも、去年10月に条件満たした時点ですぐに申請していれば、今頃もしかしたらもう下りていたかもという話。何もかも、全てがどうしてこんなにダメなんだろうと落ち込み、自己嫌悪の毎日。前線でコロナと戦っている医療関係の方々の苦難に思いを馳せては、毎日おいしいもの食べて平和に暮らしている私が落ち込んだり、子ども怒鳴り散らしたりすることすら贅沢な話で、こんなことで悩んでいるのはおこがましいし、情けない。と自分を叱りつけてもなかなか抜け出せない。それでも明日からまたがんばります。
2020.04.04
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今回の新型コロナでは、嗅覚や味覚に障害が出ることがあるそうです。私は2017年のちょうど今頃、嗅覚障害になりました。元々鼻炎があり、風邪が治った後に副鼻腔炎になることが多かったのですが、この時は、副鼻腔炎の鼻詰まりが治ったのに匂いを一切感じなくなったので、驚いてネットで調べて、初めて嗅覚障害というものがあることを知りました。一度なってしまうと非常に治りづらい、一生匂いがわからないままの人もいるということをネットで知って、ひどく絶望しました。中国の病院では治す方法がないと言われましたが、日本ではいくつかの治療法がありそうでした。ネットで知った薬を中国の耳鼻咽喉科の先生にお願いしましたが、病院2箇所回って、そういうものは無いということでした。嗅覚障害を発症してから治療開始までの時間が短いほど予後が良い(目安は3ヶ月以内、3ヶ月を超すと治る確率が下がる)という話が多かったのですが、幸い4月に日本へ一時帰国を予定していたので、日本で治せるかもしれないということだけが唯一の希望でした。もしそれでもダメだったら。。。ということはできるだけ考えずに、毎日精油を嗅いで嗅覚トレーニングをしていました。鼻にくっつかんばかりに近づけて深く息を吸い込んでも、何の匂いもしなくてがっかりする毎日でした。日本帰国は発症して2週間後くらいでした。日本に着いたその足で耳鼻科に行きました。小さい頃からお世話になっているお医者さんだったので、中国にいるうちから電話で連絡をしてありました。嗅覚テストをお願いすると、これでダメでも治ったケースもあるから、あまり意味が無いかもしれないけど。。と言いながら、やってくれました。自分の体(口の奥?)からにんにくの匂いが出る注射をして、その匂いが感じられれば、奥の嗅覚神経がまだ生きているということになり、治る可能性が高いという話を事前にネットで見ていたので、どうか匂いがわかりますように…!!!!と、必死の思いでしたが結果は何も臭わず。先生の「そうか…だめかぁ。。。」 という気の毒そうな顔とその時の絶望感。あまり思い出したい記憶ではありません。それでもとにかく治療をと思い、リンデロンを処方してもらい、先生は使い方を丁寧に説明してくれました。わらにもすがる思いで真面目に投薬を続け、また、はりが効くという話もネットで見ていたので、近所の鍼灸院へも電話で問い合わせました。上の子の逆子をはりで治したもらった経験があったので、私ははりの効力を信じていました。鍼灸師の先生は、うーん。。。昔何人か治したことあるんだけどね。。治らなかった人もいるし。確約はできないけれど一応おいでと言って下さいました。鼻の周辺にハリを打っていくので、怖い感じはあるけれど、そんなに痛くはないはずだから、と。私はあまり怖くもなく、痛くもありませんでした。リンデロン+ハリ治療+精油の嗅覚トレーニングという毎日。とにかく治したくて必死でした。私はもともと匂いにとても敏感で、また、子どもがまだ小さかったので、抱きしめたときの肌の匂い、汗や髪の毛の匂い、そんなのが大好きで、それをもう感じられなくなるなんて、耐えられないと思っていました。(うんちやオナラの匂いさえありがたいくらいの気持ちです)治療開始して1週間くらいはほとんど何も変化がなく、焦る気持ちだけが募っていきました。10日を過ぎたくらいから、ふっと匂いがわかる瞬間があり、あれ。。?でも気のせいかな、という本当にわずかな匂いでした。感じたのは、実家の玄関を入った瞬間、お母さんが作る煮物の匂いでした。涙が出るほどうれしかったのを覚えています。そこから徐々に匂いのわかる瞬間が増えていき、だんだんと回復していきました。でも半年くらいは、元の半分以下の嗅覚だったと思います。そこから1年か1年半経つまではずっと回復期でした。3年経った今ではすっかり元通りです。でもこんな恐ろしい体験をもたらすコロナウイルス、もちろん生命を落とすことが一番怖いですが、嗅覚や味覚も人が生きていく上では欠かせないものです。コロナが原因で嗅覚や味覚に障害が起きた場合、いずれ治るのでしょうか。どのニュースもそのあたりに全然触れていないのですが。。。嗅覚は生死に直結しないから研究があまり進んでいないみたいな話も読みました。でも、ガスのように匂いで察知する危険もあれば、食べ物が腐っていてもわからないのは健康を害します。香りがわからないというのは、食べ物の繊細な味も全く感じられなくするので、生活の質は大幅にダウンします。どうかとにかく早く収束するよう祈るばかりです。今でも時々は嗅覚トレーニングをします。ユーカリティートリーレモンローズ以上4種類の精油を、20秒ずつ嗅ぎます。1日に2回以上やるといいみたいです。
2020.04.02
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男の子の2人兄弟というのはこんなにもケンカが多いものなんでしょうか。。。ママの何度かの怒りの鉄槌を経て、最近すこーーーしマシにはなったもの、朝から(下手したら起きたその瞬間から)夜寝るまで、終日ぎゃーぎゃーとケンカをして、もううるさくてたまりません。それならば2人別の部屋で遊べばいいと思い、そう言ってもいるのですが、引き離しても10分後にはまた一緒にいて、それなのにまたケンカで揉み合いになり、どちらかがピーピー泣いているという状態になります。自宅に籠もる状態もあと1週間で丸2ヶ月になり、そのほとんどをこのような状態で過ごしてきたので、そろそろ本当にうんざりしてしまい、以前は穏やかに対応できていたところが、最近では兄か弟どちらかの「ママー!」が聞こえた瞬間、「うるさいっ!!」と反射的に怒鳴ってしまうようになってきました。感情もコントロールが利かず、瞬間湯沸かし器みたいな、すぐ怒る人になってしまいました。。。「いいかげんにしなさいっ!」はもう常套句。こんなに怒鳴ってばかりで子どもにひどい言葉を浴びせる自分にも、ケンカしてばかりの子どもたちにも、そんな状況にも部屋から出てこない旦那にも、何もかもに心底うんざり!というひどい状況だったのですが、昨日ふっと妙案が浮かびました。定めたルールは以下のようなもの。・一日を午前と午後に分け、午前中一度もけんかしなければ、小紅花1つ午後もケンカしなければ、また小紅花1つ1日は最多で2つの小紅花・兄、弟、それぞれ60個の小紅花がたまったら(つまり30日ケンカしなかったら)各自おもちゃを1つずつ買ってもらえる・ケンカしたらどちらも小紅花はもらえないので、兄弟のどちらかだけが小紅花をもらう状況にはならない。(60個揃うタイミングは2人同じ)・1日に1度だけ警告のチャンスあり(警告を受けてすぐに収まれば1回は見逃す)・おもちゃは100元以内上記に加えて、お兄ちゃんからの質問で、2ヶ月続けたらその合わせて大きなおもちゃが買えるか?とあったので、それもOK、その時にはおもちゃの予算は200元、としました。そして今日から始めたところ、めでたく2個の小紅花をゲットできました。どうか明日以降も続いてくれますように。。。。。小紅花はおにいちゃんの希望で、星の形になってます。
2020.03.10
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ここ最近の(いえ、もう実はもうだいぶ前からですけれど…最近ますますの)喫緊の課題は、食生活を改善したーーーーーーいっ!!もっと正確に言うならば、チョコレート、牛乳、コーヒー、を断ちたいんです。でもこの2つ、このストレスフルな日々を生き抜く大切な糧なんですよね。(牛乳とコーヒーはラテのためなので、1つと数えます)毎日欠かさず1-2杯のラテを飲んで(シングルエスプレッソ+牛乳350ml程度、でしょうか)チョコレートも毎日食べます。今はリンツのリンドール(LINDOR)を1日に5-6個くらい食べてます。これがまた、たまらないおいしさで。。。。。ちょっと冷たいくらいで食べると中のガナッシュの硬さが絶妙すぎます。めちゃめちゃ口溶けがいいので、常温だとかなりやわらかいと思います。私は硬いまま食べるのが好きです。一日に5個6個ってそんなに多い量ではない気もするのですが、これを毎日欠かさず摂取しているところはやっぱり気になります。ラテの摂取量は普通だと思いますが、そもそも牛乳が人体には非常に悪い& 牛たちもかわいそう&そんなかわいそうな牛たちから出ている牛乳だから人体にますます悪いと私は思っているので、やっぱりもう飲むのをやめたくて、何か代わりにできるものがないかと思ってこれまで試したのが、コーヒー+生クリーム低速ジューサーで作ったりんご&にんじんジュース黒糖ジンジャーティーどれもおいしかったけれど、チョコやラテに代われるほどの魅力はなし。もはや手のつけようのないチョコレート中毒&コーヒー中毒なのではないかと、けっこう心配です。。。本当は豆乳でいいのですが、保存期限が1年であることから、旦那からのNG。ダイエットを成功させる人たちって本当にすごいです。私の意志力はとてつもなく弱い。
2020.03.02
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この記事、非常におもしろいと思いました。中国に漂い始めた“戦勝”気分私も中国に長年住み、今回の新型肺炎にしても中国側で経験し、日本を外から見ている中で、日々漠然と感じたり悶々としたりしていた気持ちや考えが、全てここに書かれていました。「そうなったら、やはり「強権」は必要だ――という議論に当然、なるだろう。正直言えば、私も、条件付きではあるが、そう思い始めている」の部分に、そう感じている日本人は決して私だけではなかったのだと知りました。今回のような特殊な状況下においては、中国のような強権国家の方が却って安心できるのでは、と私も思ってしまったことは否めません。また、中国社会は根深い社会不信と他人不信がベースになっていること、そこで暮らす一般の人々にとって、強権はたとえ不自由でも無秩序よりマシ、という感覚をここで暮らしている私は肌で感じることができ、しかもむしろ今となっては、私もそう考える側の人間になっているくらいです。中国だと国が大きすぎて人も多すぎて、下手な民主主義は却って無秩序になり得そうな恐怖感があります。強権下でさえ、うまく隠れたり抜け道を探したりしながら好き勝手する人たちが星の数ほどいるのです。そこそこちゃんとしたリーダーがいてくれる限りは、その強権下で守られている方がむしろ安心なのです。でもこの場合、上に立つリーダーがもし大きく誤った判断をしたら?そう考えたら、それはそれでやっぱり怖いのです。日本も以前は強権国家でしたよね。それが国をあのひどい戦争へと走らせました。日本はその反省があって、今の民主主義があるのかなとも思います。今回の新型肺炎は戦う相手がウイルスだったので、結果として専制体制がプラスの方向へ働きました。でもまた違う状況下であれば、また違う結果にもなり得ます。筆者の言う「社会の信頼感や人々の善意という前提の上に成り立っている『日本という仕組み』」これは世界で見た時に、決してスタンダードではない気がします。むしろ、社会不信・他人不信が世界の標準なのではないかと。アメリカだって、一般市民が拳銃を持ちますよね。日本国内にいた間にはわからなかったけれど、外に出て初めて日本というのは本当に特殊な国だと思うようになり、日本社会に生まれついたありがたみを実感しています。そしてこのような社会を作り上げてきたことを、日本人として心から誇りに思います。新型肺炎という大きな国難を、日本は強権ではない日本なりの方法で乗り切ることができると、中国と世界に見せつけてやりたいです。がんばろう、日本!
2020.03.01
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お兄ちゃんと弟くんの性格はまーったくの正反対。おもしろいくらいに真逆なことがたくさんあるこの2人。お兄ちゃんは人に流されやすく、良くも悪くもあまり「自分」を貫き通せないタイプ。弟くんは、自分がこれと決めたことは絶対曲げません。普段からそれはわかっていましたが、あらためて弟くん4歳なのにすごいなー。。。と思わされることがありました。少し前に、お兄ちゃんと弟くんにおもちゃを買うことになっていたのですが、肝心の何を買うかがなかなか決まっていませんでした。お兄ちゃんは欲張りの優柔不断なので、タオバオとにらめっこしながら、これかな、あ、やっぱりこっち!。。。でも… … という感じです。もうここ10日くらい、迷你特攻隊のロボットにするのか、武器(剣みたいな?)にするのかが決まらず、加えて今日になったら、最近すっかりはまっている植物大战僵尸のおもちゃがやっぱりいいかも…と言い出しました。その間も弟くんの希望はいたってシンプルで、「おにいちゃんと同じやつ!(哥哥要什么,我也要什么!)」でした。すったもんだの末にお兄ちゃんのほしいものがやっと決まり、さぁいよいよ発注ボタンを押すよ!って時に、弟くんが横からいきなり言いました。「ママ、ぼくいらない。」え? おにいちゃんも私も目が点に。理由を聞くと、「好きではないから」と。じゃあ何か別のものにする?ひよこの好きな数字の本とか?と聞いても、「なにもいらない(我什么都不想要)」とのこと。別に好きなものではないから、いらない、の一点張り。おにいちゃんは「どんな物でももらえるならうれしい」「もらえるなら何でもほしい」というタイプなので、子どもというのはそれが普通なのかと思っていましたが、4歳になったばかりの弟くんが「買ってもらえる」という状況を自分から辞退するという行為に私もパパも驚きでした。(ちなみにお兄ちゃんもびっくり。 なんで!?!?と 笑)弟くんは「自分」を持った芯のある性格だとは思っていましたが、まさかここまでは思わず、将来どうなっていくのかなとますます楽しみになりました。
2020.02.26
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子どもたちが自宅ばかりで過ごすようになってもう丸1ヶ月以上たちます。パパは在宅勤務で家にいるものの、仕事でずっと部屋にこもって出てこないので、日中は私と子どもたち2人で毎日過ごしています。そうしたらなんと、4歳の弟くんの日本語が驚くほど上達しました。一方で6歳のおにいちゃんの日本語には全く変化なし。相変わらず中国語ばかりで話しています。4歳は言語の発達がめざましい時期だと何かで読みましたが、本当にそうなんだとつくづく思わされました。弟くんの今の日本語力は、語彙も含めて、おにいちゃんの上をいきそうです。以前、おにいちゃんがまだ1歳2歳だったころ、子どもの日本語力は絶対死守する!と私は意気込んでいました。中国語とほぼ同等の日本語力をキープさせ続けたいと思っていました。ですが今では、あくまでも中国語を母語としてきちんと確立させることが最も重要だと考えています。日本語のレベルはどうでも良いどころか、もし母語の確立の妨げになるようであれば、生活の中での日本語の比率を下げるくらいのつもりでやっています。そのため、おにいちゃんは私に対しても9割以上中国語で話します。日本語で話し出すことは頻繁にあるのですが、文の最初から最後までを日本語で構築することができず、変な風に単語単語で中国語が混ざるので、結局、日本人が聞いても中国人が聞いても聞き取れないような話し方になってしまうのです。かといって、全部日本語で言わせようとしても言えません。そのため、幼稚園の年長さんの後半頃から、言葉が混ざってしまう時は、全部中国語で言わせるようにしてきました。年中さんくらいまでは、本人の思考レベルと言語レベルがだいたい釣り合っているので、中国語と日本語のレベルにあまり大きな開きがありませんでした。一文を日本語のみで表現できない時には正しい表現を私が教えて、それを覚えさせる、ということもできていました。ですが、年長さん(学前班)も後半になってくると、知識量もどんどん増え、思考レベルも上がっていくので、日本語がそれに追いつきません。学校でインプット(授業)してきたことを、家でアウトプット(親に話す)することは、知識を定着させて学力を上げるためにも不可欠ですが、中国語でインプットしてきたことを家で日本語でアウトプットすることはできません。その頃から、私が日本語に固執することは、子どもが学力を伸ばしたり、思考力を上げていく上での妨げになると考えるようになりました。普段あまり日本語を使わなくなったおにいちゃんですが、それでも日本のばぁば、私の兄弟たちとビデオチャットをする時はぺらぺらと話しているので、それで十分だと思っています。
2020.02.26
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自分のことをひよこと呼んでもらいたがる弟くん。甘える時には、ぴよっぴよっと言いながら抱っこされたがるのがとってもかわいい弟くん。最近の自宅待機でちょっと太って、おなかが丸々してきた弟くん。うしろから抱っこすると丸太のような存在感で抱き心地がとても良いので、まぐろにしようか、と言ったところ、とても怒られました。そんなひよこが一番好きなのは、なんと数字2歳くらいから今までずーーっと数字に対する興味が強く、今では小学校1年生のおにいちゃんの算数の問題まで解けるようになってしまいました。おにいちゃんが間違えた問題を弟に聞くと、正しい答えが返ってくる、なんてこともあったりします。2人ともにこどもちゃれんじの海外受講をさせていますが、おにいちゃんはもっぱら付録のおもちゃと工作専門。弟は自分の幼稚園児向け教材にあまり興味がなく、もっぱらおにいちゃんのテキストを持ち出しては算数の部分を開き、毎日毎日眺めたり、自分でやったりしていました。これまでのテキストは、算数の部分だけですが全部弟がやってくれたから教材が無駄になっていないようなもの。国語は何ヶ月分も手つかずで残っています。そして最近、式から問題をつくる、というのも覚えた弟くん。ひよこが言うからママが書いてくれと言うので、言われたままに書き取ったのが、これ。30+4=34 は弟が自分で書きました。それにしても、私の字、ひどい字ですね。。
2020.02.25
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日本にいる母と話すたび、これまで新型コロナウイルスは「私」の問題でした。大連の状況はそこまでひどくなかったので、母もたいして心配はしていなかったと思いますが、マスクが無かったので、お願いしたらマスクを送ってくれました。その頃、実家の周辺ではもうマスクが買えなくなっていましたが、私の弟に電話してお願いしてくれたところ、弟の身重の奥さんがその日のうちにあちこち回って購入してくれたそう。みんな中国にいる私と家族を心配してくれて、できるだけのことをしてくれて、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。ところが最近の日本のニュースを見ていると、次第に自分のことよりも、日本にいる家族の方を心配している自分に気が付きました。特に年老いた両親に万が一のことがあったらと思うと、大連の厳戒態勢がピークだった頃の自分たちの不安より、もっと不安が大きいような気もします。新薬のニュースもちらほら出てきているので、とにかく早く解決法が見つかって、事態が収束するのを祈るのみです。何もできない自分がもどがしい。。
2020.02.25
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気がついたらまたもう何ヶ月もブログを書いていませんでした。最近は何をやるにも、「これはやる価値はあるのか?」と考えてしまい、却ってなにも始められない心理状態になっています。価値があるかというのは、要はお金になるかどうか、ということ。それが何かをする時の判断基準になってしまっている自分。たぶん、毎日朝から夜まで子どもたちにべったりまとわりつかれ、一日に何百回もママ、ママと絶え間なく呼ばれ続ける中、ご飯を作り、洗濯掃除をし、子どものオンライン授業に付き添い(これがまたけっこうたいへん)、宿題をさせ、遊び相手になり。。。 と、自分の時間は深夜のわずかな時間しかない中、この貴重な時間を何に使うか、できれば自分の仕事や生計に役立つことに最大限に使いたい、という強い焦りがそうさせているのかもしれません。当然、何かをやってそれがすぐにお金に変わるなんてことはないわけで、会社に勤めていれば毎月一定のお金を受け取ることができるけれど、離職中の今は新しいスキルや知識の勉強といった自己投資に専念するしかなく、当然それらはすぐにお金にならないし、将来お金になる保証だってありません。今どきもうブログで稼げる時代だとは思いませんし、子育てには毎日新しい発見と喜びがあって、子どもの成長が感じられたり、新しい一面が見えたりする度に、たとえお金にならなくても、それを記録に残したいと思います。でも夜になってパソコンに向かうと、その日にあった何ひとつと思い出せなかったりします。文章を考えるのにとても時間がかかるので、ブログを書くことは楽しみというよりちょっと苦痛ですが、それでも最近は何か形に残ることをやりたいという気持ちもあって、やっぱりできるだけ続けていきたいなと思います。
2020.02.25
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仕事を辞めようかと思います。こんなに短期間で、こんなにあっさりと、あまりにも根性なさすぎるのでは、と思う気持ちの一方で、長期的に見て続けていかれない、且つ芽も出そうにない仕事なら、就労ビザの申請も開始していない今、早いうちに辞めるほうが会社にかける迷惑も少ないはずだとも思います。就労ビザが取れるまでに時間があまりに長いので、先に入社してほしいと言われ、給与後払い、労働契約書も何もなく、とりあえず働き始めて2週間になりました。駆け出しの会社なのでやれることややりたい事はたくさんあり、日本国内に向けてのデジタルマーケやブランディングは私にとっても良い経験や勉強になると考え、いろいろな事に目をつぶって勤務してきました。が、今日はちょっと決定的な出来事が。18時が終業時間ですが、18時をそろそろ回るということに、今日どうやら機嫌が非常に悪かった様子の総経理が、この後トレーニングする、と突然言い出しました。とりあえず夜ご飯を食べて、19時30分に会社に戻ってこい!と一部の同僚に言うのが聞こえていました。私には関係ないかと思ったのですが、全員参加、とのこと。いきなり言われても、家に子どもが待ってるので、私は参加することができません。入社してから初めてわかったのですが、会社のメンバーはほとんどみな20歳代、30歳近い社員すらいなく、子どもどころか、誰も結婚すらしていません。10数名の会社ですが、結婚して子どもがいる女性は私ともうひとりの中国人同僚(私となかよし)のふたりのみで、彼女はだんなさんが自由業で、家のことを全部やってくれる、且つ子どもももう小学生、しかも一人だけなので、負担量は私とは比較になりません。突然の残業ができないことは事前の面接で再三伝えたつもりでしたが、伝わっていなかったのか、忘れられているのか。今日参加できないことを社長に言うと、「今日の夜何か別の用事がありますか?あるなら参加しなくてもいいけれど。。。 別に必須ではないので」と微妙な反応。小さい子どもがいる女性社員に対して、「夜なにか用事がありますか?」は愚問ではありませんか?結婚していない、子どももいない男性社長なので、無理もないかもしれませんが、以前の職場の理解のある女性上司だったら、こんな質問はしてはこなかったでしょう。いずれにしても、最初に聞いていたよりはるかに残業が多い会社、そして残業に対応できる若い未婚社員ばかり、私はこれから、子どもの学校や幼稚園のイベント、用事で休まざるを得ないことも必然的に増えますが、そういった休みも非常に取りづらそうな様子。ここで続けていく自信がすっかり無くなってしまいました。
2019.08.09
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22時58分洗濯 → ◯完了 ※畳む方はまだ半分残ってる夕食の洗い物 → △半分済んだ 鍋とかちょっと残ってる明日の朝ごはんの準備 → ✕なにもしてない。何作るかのアイディアすらない。パンの買い置きすらない。子どもの宿題 → △本人が自主的に完了できるそろばんの宿題だけ済んだ ピアノの練習はしてないし、英語の宿題も出してない部屋の片付け → ✕なーんにもしてない子どもはついさっきまで起きていた。優しく諭しても、叱っても、怒鳴っても、道理を説いても、何をしたって寝やしないなぜ暗い部屋の中で1時間も2時間も起きていられるのか、謎。私は5分も経たないうちにもう目が閉じそうになっているというのに。22時50分になって洗濯機の洗い終わりの音がした。弟くんが、まま、せんたくきおわったね、と。うん、ママ行ってほしてくるね。ベッドから下りたらもうこの部屋に入れないからね、と念押ししておく。(とりあえずベットの上にいさせるのに、これが一番有効。おばけがくるよ、とかは怖がって余計にママのところにやってきてしまう。)干し終わって部屋に戻ったら、ふたりとも寝付いていた。子どもが早く寝ないと、残った家事や自分の勉強が一切できない。自分の勉強なんてもう何年も何もできていない。趣味や好きなことに取る時間なんてもってのほか。みんなよくテレビドラマや映画の話をしているのだけど、いったいどこからその時間が捻出できるのか、私にはまったくわからない。。。なんでこんなに時間の使い方が下手なのか。昔からそうで、これでもがんばっているつもりなのに、いつまでたっても上達しないし、要領よくなれない。日経DUALとかでワーキングママの一日、とか見ると、18時や19時に帰宅して、それから晩ごはんを作って食べて、子どもに絵本読んで遅くても21時には就寝、みたいなのをよく見かけるのだけど、そんな短時間でいったいどうやってそれだけのことをやり遂げられるのか。未だに私にとっては大きな謎でしかない。自分ひとりだけならそれなりに調整できるのだけど、子どもの方はこちらの思う通りに動くわけもない。一日ママと離れていて、ママが帰ってきたなら、一緒に遊んだり、抱っこしたり、いろいろ報告したくてたまらなくて、そのために激烈な眠気すら吹っ飛んでしまうくらいの勢い。帰宅してから寝るまでの子どもたちのママコールは絶え間なくて、家事や勉強どころじゃない。今度ママコールの数を数えてみてもいいかもしれない。子どもが寝ないのは、実はとってもイライラさせられる。子どもたちにとっては、夜の数時間だけがママとべったり一緒にいられるとても大切な時間。そして、その時間はママである私にとっても貴重な時間。この時間が永遠に続くわけはなく、いずれは、私がそういう時間を過ごしたくても、子どもの方が私に付き合ってくれなくなる日が必ず来る。そのときになって後悔したくないから、今のこのママコールの嵐と、猿2匹が木登りするように私によじ登って抱っこしてくる、わんぱくなふたりとの時間を、心から満喫したいと思っている。。。。。。。。。。。。が。それでも、仕事で疲れて帰ってきて、まま!まま!と延々と呼び続けられることにうんざりしてしまう自分を否めない。さっさとねなさい!!!!と怒鳴りつける自分をコントロールできない。。。そんな毎日にすっかり疲弊していた私。ところが昨日、DIAMOND ONLINEの記事、「親の言うことをよく聞く子」がいじめられやすくなる理由を読んで、心が洗われました。 (救われましたの方が的確かな)ふたりの自己主張の強さに辟易し、最近ではかなり無理やり言うことを聞かせようとしたり、すぐに厳しく叱りつけたりしていたのですが、すっかり反省しました。『子どもが幸せになることば』この本にも興味がわいたのですが、今は一旦この記事だけで心が持ち直してるので、しばらくしてこの記事の効力が落ちてきて、また気分が落ち込んだりいらいら感ハンパなくなってきたときにKindleで購入して読みたいと思います。それまで常備薬ってことにしとこう。
2019.08.08
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やっぱり上の子を中国戸籍に入れたいと思います。先日、3歳の弟くんが日本鬼子と言われて以来、やっぱり学校では中国人苗字のほうがいいのではないかという思いが日に日に強まってきました。これまで長いこと、戸籍に入れようと思いながらも行動に移せていなかったのですが、今年の9月から小学校に上がるにあたって、私もそろそろ重たい腰を上げなければと思います。私は、上の子は日本で出産、下の子は大連で出産しています。なので弟くんは中国の出生証明があり、生まれた時に戸籍に入れることもできたのですが、兄弟で同じにしておきたいという思いから、あえて弟くんも戸籍には入れていません。なので、幼稚園ではこれまで二人とも、日本パスポート、日本姓でやってきました。(私の苗字は1文字なので、子どもたちはフルネームで漢字3文字になり、一見外国人には見えないのでは? と旦那に聞いたことがあるのですが、中国人でこの漢字の苗字はない、と一蹴されました。。)派出所の戸籍課で、中国国外で出生した子どもの戸籍登録に関する案内をもらってきたのですが、たぶん国籍認定、というのを受けることになるんだと思います。また具体的に進んだら、書いておきたいと思います。
2019.08.05
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中国の公安局からこんなユーモラスな広告が!笑なんだか時代の変化を感じます。。。警察機関からの注意ケンカをしないように負ければ入院勝てば牢屋行きケンカをするのはコスト高手を出すことには慎重に微軽傷 5から15日の勾留軽傷 3年以下の有期刑重傷 3年から10年の有期刑、無期懲役、あるいは死刑追加コスト民事責任の費用、犯罪前科記録、生活、仕事、名誉毀損中国の人に対して、けっこう有効なポスターな気がします。。。
2019.08.05
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転職にあたって、就業許可の書き換えだけで済むものと思っていましたが、すったもんだの末、たぶん取り直ししないといけないだろう、とのこと。理由としては、前職と新しい会社の業界が違うから。だから、面接のときに再三総経理に確認したというのに、「だいじょうぶだいじょうぶ!うちはインターネット会社(互联网公司)だから。同じIT系!」とか言われたのを真に受け、安心していたアホな私。後になってわかったのは、本社の方は確かにインターネット企業だけれど、私が労働契約を結ぶのはその子会社の人力資源会社。しかも、ビザ代行会社まであんまりアテにならないときた。できるだけ切り替えにしたいと思ってる。できるかどうか最終確認して明日連絡する、と言ったくせに、その日になっても連絡こない。さらに次の日になって結局私から連絡したら、「あー。。前職の就業許可。取り消して。切り替えられないから。」最初の頃から、話が一転二転するさっぱりアテにならない代行会社。だから私のおすすめのところにしてほしかったのに、手数料が高いからとか言って、今のところになってしまった。でもWeChatグループチャットで届いた契約書には3,500元となっていた。私のおすすめのところは3,000元なはずなのに!月曜会社に行ったら確認してやる!!!それにしても中国系企業、しかもベンチャー。こんなところに就職決めた私、アホだな。トイレもめっちゃ汚いし、総経理室に来るお客さんが時々タバコ吸って(訪問先の会社のオフィス内でタバコ吸うなんてありえん!)その煙臭さがこっちにまで回ってくるし、勤務始めて早々にちょっと後悔。いや。。。後悔までまだいかないけど、不安になってきたのは事実。しかも就業許可下りるまでは給与を受け取るわけにもいかないから、今毎日遅刻もせずにせっせと会社に通ってお仕事して、これ全部、 ボランティア私、人生、あほな選択ばっかりしている。。。。。丁寧に書き始めた文章が、最後は怒りでフィートアップして乱暴な文になってしまった。。。(この怒りはあほ旦那のせいもあるけどなー。これはまた別の機会にだな。。。)
2019.08.04
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家の下の公園で遊んでいたところ、5,6歳くらいと思われる子どもたち数人が弟くんのところへやってきて、言いました。「日本鬼子!日本鬼子!」弟くんの背後に立って何度も言ってきたのですが、当の弟くん本人はおそらく自分のことを言われているとはわからなかったはず。それよりも私の方がさっと反応。「あなたたち!そういう事言うのがものすごく失礼だとわからないの?」「そんな失礼な子になれとパパママは言ったわけ?幼稚園で先生になんて言われてるの!」と叱りつけましたところ、「おれたち。。。日本鬼子を捕まえにきただけだよ。。。」 と。それを聞いて私はさらにムカっ!!!「そういうのおもしろいわけ?日本人の子どもは中国人の子どもをいじめるし、あなたたち中国人の子どもは日本人の子どもをいじめるし、そういうことやっておもしろいの?」「それ以上言うならお母さん呼んできなさい!」こちらが叱りつけると、俺は言ってないだの、彼が言ったから僕も言っただの、出るわ出るわの責任転嫁と言い逃れ。さらには誰々は昨日も言ってただの何だの、お互いに言いつけ合う始末。その子たちを見ていて、たぶん自分たちが何を言っているかとか、それで相手がどう思うかとか、たぶんまだあんまりわかってないんだろうなーと感じました。もう言わないと一応は言っていたので(絶対また言うだろうけど)今回は見逃しましたが、次また彼らがなにか言ってきた場合は、その子たちの親を探し出して一旦話をするつもりです。ちなみに、もう言わないと言ったすぐ後で、私がいなくなったらまた言っていた子がいるみたいです。別の子どもがわざわざ私のところでかけよってきて、告げ口してくれました。。。ま、せっかく教えてもらったので、その子の肩をぽんぽんっとたたいて、「言わないんだよね?わかってるよね?」と再度プレッシャーをかけておきました。なぜ3歳半の弟くんが言われたのか謎です。公園内を闊歩しているお兄ちゃんは直接言われたことなさそうです。言ってきた子どもとも、以前に公園で会えば、一緒に遊んだこともある子だと思うのですが…日中ハーフである以上、生活する場所が中国でも日本でも、こういう問題はこれから避けて通れないでしょう。子どもにとっても試練ですが、親にとっても試練です。でも毎日楽しく過ごしたいから、気にしすぎても仕方がない。実はこういうのは今回が初めて。逆に考えれば、兄6歳弟3歳の今まで、日本人だからといっていやなことを言われたことがないことのほうが奇跡かもしれない。お兄ちゃんに何度も確認したけれど、そういう類のことは幼稚園で言われたことがないそう。だから、これまで恵まれていたということだ。今後はそう簡単にはいかないでしょうから、やはり心も身体も強くならないと、ということで、やはり早くテコンドーを習わせにいきましょ、と決意をあらたにしました。
2019.07.21
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7年ぶりくらいにパーマをかけに行ったところ、見るも無惨なチリチリわかめパーマになりました。。。1年前くらいに日本人美容師さんのところで一度パーマをかけたとき、1週間も経たずにすぐとれてしまったので、今度は少し強めにかけたい、と希望を出していたところ、思いっきり強いパーマに仕上がりました。。。どぉーーーしよーーーーーっ下顎の長さと言っておいたのに、カットした時点ですでに下顎のライン。加えてチリチリパーマなので、耳下まで髪が浮き上がりました。。。涙日本人美容師さんのときは、パーマかけると髪が浮いて短く見えるからと長めにカットしてくれていたのに。。。でも友達や妹には、ショートボブでのパーマは日本でも難しいと慰められました。これから毎晩シャンプーのあとに櫛でとかすしかない。
2019.07.18
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お兄ちゃんが最近、めっきり日本語を話さなくなりました。気がついたら、 あれっ?って感じです。ここ最近私の中で、思考能力や知力をより伸ばすためには、日本語にあまりこだわりすぎないほうがいいのではないか。。。という迷いが強まっていて、あとは外では中国語のほうがいいだろうという配慮とで、お兄ちゃんに対して中国語で話すことが増えてきた矢先のことでした。反応はやすぎ。ということは、これまで日本語をこれだけキープできていたのは、「家の中では日本語」を(比較的)徹底していた私の努力によるものなのかも。でも最近は、日本語で話すと伝わる度が下がるので、正直こっちも疲れます。でも当然ながら日本語の方がスピードは断然出るので、怒るときはもっぱら日本語になります。子どもたちの日本語をどうするべきか、これはもう何年も私の中にある答えの出ない問いです。完璧なバイリンガルになれる方と、どっちつかずになってしまう方と、一体何が違うのか。3歳の弟くんは、家で私に対しては8割9割以上、日本語で話します。私が中国語で話しかけても、彼は日本語で返してきます。たぶん今現在は、弟くんの方がお兄ちゃんより日本語が上手いくらいです。「せんめんじょ」とか「こーひーまめ」とか、「しょくぶつ」とか、使用頻度の低そうな名詞までちゃんと覚えています。大連で生まれて、日本に2回しか行ったことがない弟くんが、(日本滞在の日数は合計でも30日に満たないはず)なぜ日本語をこんなに話せるのか不思議。もともと私は、弟くんに日本語はあまり期待していませんでした。思い返してみれば、お兄ちゃんも3歳4歳くらいのときには、家で私に完全に日本語で話していましたので、今の弟くんと同じでした。この2人を見ていて思うに、おそらく5歳6歳になると、幼稚園でも勉強が増えるし、日々見聞きする情報量も断然に増えてくる。そして、思考能力も高まって、いろいろ考えるようになってくる。すると、思考能力や知識量と言語能力(日本語)の差の開きがどんどん大きくなってきて、日本語が追いつかないようになってくる。3歳の弟くんは、彼の思考力や知識量と言語力の差がまだそこまで大きくないから、日本語でもまだ事足りている、ということなのかもしれない。もちろん弟くんも、中国語のほうがすらすらと話せるというのはもちろんあるけれど。今のお兄ちゃんを見ていて、今ここで、家の中で話すことは全て日本語にしなさいと強制することは、彼にとって足枷になるのではないか、中国語であれば自由に表現でき、親に伝えたいこともあるのに、日本語を強制されたがために、言いたいことを表現できない、説明できない、親に伝えられない、というのは、知力、思考力の健全な発育を妨げてしまうのではないだろうか。また、日本語で言わないといけないからどうせ上手く言えないからママには話したくない、と思われてしまうのも悲しい。また、子どもは反復によって知識を習得し、思考を発達させていくので、幼稚園でのインプットを家でアウトプットする機会がないというのは、今後の学校での勉強や中国での社会生活においても、弊害があるような気がします。かといって、小学校以降日本語はまったく勉強させない、話させない、という極端なことをするわけもなく、どうやってバランスを取っていくか、私の大きな悩みの種です。
2019.07.17
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最近、育児がつらい!!!私のしつけがなっていないのか、うちの子どもたちにはもしかして何か問題があるのか(発達障害とか)男の子ふたりというのはそもそもこういうものなのか、先日、女の子2人を育てるあるママ友に、「他の中国のおうちの男の子でさえ、こんなんじゃない」と上の子をボロクソに言われました。(中国人の彼女は、中国の子どもはしつけがなってなく教養がない、日本人の子どもはマナーがいい子が多い、と認識している)このママとは基本、あまりわかり合えない。とっても育てやすい娘2人だから、私の苦労をわかってくれない。(いや、でも「私ひとりで2人育ててて大変だと思っていたけど、あなたのおうちを見たら私なんて楽なもんだわ」と言われたので、ある意味わかってくれてると言えるのかも?)ほかのおうちの男の子ふたりを育てるママはどんなだろうとインターネットで検索してみると、出てくる、出てくる。男の子ふたりのママの悩み。お風呂上がり、パンツは頭にかぶるもの、はだか踊りが好き、好きなものにはまっしぐら、段があれば必ずとぶ、坂は走る、壁があればのぼる、すぐに競い合う、「オレの勝ち!」が好き、などなど。あまりに共通項が多すぎて、笑えた。それをかわいいマンガにしてるママさんとかもいて、そんなの見ると、子どもやっぱりかわいいなーと思える気持ちが戻ってきたり。そうか、みんな同じようなことで悩んでいるんだなって思ったら、とても慰められた。単純すぎるかもしれないけど。子育ての悩み、誰にも相談できないってとてもつらい。私も今周りに相談できる人があまりいないけど、インターネットでたくさん情報が入ってくるし、他の人たちの経験とか読めるっていうのはありがたいなーと思いました。
2019.07.07
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ねないこ だれだけっこう有名な絵本だと思います。私は基本、子どもを脅すような内容の本、あるいは教育には反対なのですが、とは言っても、なぜかこの本、我が家にあります。お兄ちゃんが3歳4歳くらいのときに買ったものだったような気がしますが、お兄ちゃんはこわがりなので、1回読んだらもう怖くて、そのあとは読みたがりませんでした。家には日本語・中国語含めて絵本がものすごくたくさんあるし、これまでのこどもちゃれんじの本などもあるのですが、今日なぜか弟くんが、これらのたっくさんの本の中に埋もれた「ねないこだれだ」を、引っ張り出してきて、「まま、これよみたい」とのこと。彼はお兄ちゃんと違って、全然怖がりじゃないのです。かくれんぼでまっくらな部屋の中に一人でいても大丈夫なくらい。そんな弟くんがこの本を読んだらどんな反応をするのか、ひそかに楽しみに思いながら、読んであげました。とけいが なります ボン ボン ボン「なんでとけいがなるの?」『むかしのとけいはこういう感じなの。9時だから9回ボン、ボンてなるの。』「いちじは?」 『1回』「にじは?」 『2回』「さんじは?」 『3回』︙︙「じゅうにじは?」「。。。。。12回 (疲れた…涙)」こんな じかんに おきてるのは だれだ?ふくろうに みみずく「なんでおきてるの?」『。。。なんでだろう。夜行性だから?』︙『いえ いえ よなかは おばけの じかん』「なんでおばけのじかんなの?」『夜は暗いからおばけの時間なの!』おばけに なって とんでいけ『「ほらね!夜の9時に子どもはちゃんと寝ないと、おばけが来て、おばけの世界に連れていかれちゃうんだよ!だから9時にはちゃんと寝ないとダメだよ!』「おばけのおうちにいくの?」『そうそう!』「どこからでるの?」『この窓からびゅーっとお空を飛んで出るんだよ。』「なんでげんかんじゃないの?」『。。。。。 おばけは空を飛べるから?ほら、この女の子ももうおばけになっちゃったでしょ。ほら、足がないじゃん。おばけと同じになってる』「ふーん。。。。」「まま。もういっかいよみたい」ぜんぜん怖くないんかいこのおばけの絵とか、ふくろうのでっかい顔とか、子ども心にはけっこう不気味なんじゃないかと思うんですけどね。弟くんは全てのページを凝視して、あーだこーだと質問をして、じっくり熟読していました。なので、全然怖くないんだなーと思っていたのですが。夜寝るときになって、お兄ちゃんと弟くんは部屋で私がお風呂を終えるのを待っていたのですが、「まま、はやくきて。こわい」「まま、いつくる?」「まま、なんじにくる?」「まま、はやくして」今晩はママコールの嵐にもちろん、これまでにこんなことはありません。これは今日のおばけ本のせいに違いない!怖がって逆に寝れなくなっている!!なんとも逆効果な絵本でした。
2019.07.06
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無職生活2日目今、中国語の履歴書を作成しています。今日一日をこれに費やしているといってもいいくらい。もう午後の15時にもなろうというのに、まだ仕上がりません。これまでどれだけ自分が中国語の勉強をさぼってきたか、痛いほどひしひしと感じます。。。自分の日本語の職務経歴書を前に、中国語の単語がさっぱり浮かんでこないのです。一単語一単語検索し、また文章全体の構造も思い浮かばないので、Google翻訳に手伝ってもらい。。。 たいへん時間がかかります。しかも、Googole翻訳の中国語はあまり性能が良くないのです。英語だとけっこうきちんとした文章が出てくる気がするのですが、中国語は微妙な訳がされています。今日中に終わるといいんですが。一人おうちで簡単お昼
2019.07.02
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無職生活1日目が終わりました。時間に追われることなくまったりと流れる時間。。。なんて素晴らしいんでしょう!!!ところでですが。私は2016年1月以降、会社で中国の社会保険に加入しています。(五険のみで住宅積立金はなし)先週、退職手続きを前に、これらの保険についてはどうなるのか、をFESCO(北京外企人力资源服务有限公司)の担当者に確認しに行きました。私が知りたかったのは主に以下の点・失業中、保険の支払いはどうすればいいのか・支払わない場合、その金額や年数はどう計算されるのか・失業保険を受け取ることはできるのか、またその手続きそして、衝撃の事実を知らされました。それは、定年退職しても、外国人に年金は支給されない …なんとっ中国に住む外国人の中では常識だったんでしょうか…中国の社会保険に入れたー!これで老後多少のお金は入ってくるぞぉと喜んでいたこの3年間はいったい(涙)さらに腹立たしいのは、失業保険も受け取れないとのこと。えーーーーー!だって毎月支払ってきたのに? なぜ!?(でももっとあまりにもひどいことがこのあとに続きますが)FESCO担当者からの説明は下記のようなもの・養老保険:自己負担部分(自分の給与から控除された分)のみ日本本帰国の際もしくは定年退職の際に受け取れる 【企業負担分の支給はなし】・医療保険:保険に加入している(支払っている期間)のみしか医療カードの中のお金が使えない【つまりこれまで支払ってきて、医療カードの中に入っているお金が、退職の1ヶ月後から使えなくなる】・中国人は2険(養老保険と医療保険)のみ、もしくは1険(医療保険)のみ自分で加入という方法が取れるが、外国人は5険でセットの扱いなので、このうちのどれかだけ単独で支払うという方法は取れない。・失業保険:外国人は受け取ることができない・失業期間:希望するなら自分で保険料を納めることができるが、その場合は個人負担分と企業負担分の両方を自己負担しなければならない。金額は自分で設定することができ、一番低い保険料は月々1000元一番低い保険料でも月1000元。年間で12000元にもなる。それなら自分で商業保険入ったほうがよっぽどまし。そして、ここが私の一番の怒り爆発ポイント失業中に自分で納める場合は、企業負担分も自己負担しなければならない。月1000元という保険料は、自己負担分+企業負担分 とみなされる。ということは、企業負担分は定年退職(もしくは脱退)しても個人に還元されないので、本来すべて私のお金であるにもかかわらず、将来、企業負担分とみなされた部分が私に戻ってこない。つまり、お金が減ってしまうのだ!!!それも大幅に。だって個人負担分よりも企業負担分の金額のほうがよっぽど大きいですから。理不尽すぎるだろうと言うと、FESCO担当者は、確かにあなたの言う通りで、現状はまだまだこういう不合理な状況なのだと。それで、ほとんどの外国人が加入したくないのだと言っていた。では加入しなくてもいいのかと聞くと、一応加入は義務になっているとのこと。どこの国も年金はぼったくりだわ。もともとは失業期間自分で継続して支払おうと考えていたのですが、すっかりそんな気はなくなり、一旦中断することになりました。新しい就職先が見つかったら、社保の加入どうするかな。。。
2019.07.02
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大連在住10年ともなると、いろいろと慣れてしまってちょっとやそっとじゃ驚きません。日本から来る人の反応の方が新鮮に思えるくらい!ですが。そんな私でも、今日ひさびさに、衝撃的な出来事に出会いました。それは今日の幼稚園でのこと。先日の上の子の小学校申し込みに続いて、今日は下の子の幼稚園の申し込みに行ってきました。と言っても、下の子の幼稚園のことをすっかり忘れていた私たち夫婦。(今もすでに幼稚園に行っていますが、9月から家のすぐ下の公立幼稚園に転園させる予定なので、その手続きが必要だったのです。)朝、子ども達を現在の幼稚園へ送り終えて、帰ってくると、家の下の幼稚園の門にながーーーーい行列が。9月入学申し込みの列に違いないとピンときた私たちは、必要書類が家に揃っているか、急いで確認することにしました。ほぼ問題なかったのですが、唯一なかったのが、子どもの2寸の写真1枚3月頃に通行証手続きのために撮った写真が一番ふさわしいと思ったのですが、どうしても見つからず。代わりにあったのは、下の子が0歳3ヶ月か4ヶ月くらいの、首もまだすわらない頃の写真。旦那いわく、それでいいとのこと。「はぁ(怒)?どう考えてもダメでしょう!3歳半の入園手続きに3ヶ月の写真を持ってく人がどこにいるのよ!」と旦那に言いましたが、案内に何も書いていないから大丈夫だと。じゃーどうぞ行ってくださいよ。(「ふん、お前今日は無駄足決まりだな!」と心の中で旦那を嘲る私)私は別の用事があり、同行しませんでした。(本当は旦那にパスポートとか子どもの出生証明とか戸籍謄本とかの重要なものを預けたくはないのだけれど!)すると昼ごろに電話があり、無事手続き済んだ、とのこと。え、えーーーっ。うっそぉ。。。。。 いいの、あの写真で‥……?????幼稚園の担当者が写真を見て、「喜庆」な顔だねぇと微笑んでくれたらしいです。たぶん、担当者さんの中でこういうイメージです。しゅうぽんたんさんによるイラストACからのイラスト 私たち家族の中では、お相撲さんみたいだねぇと笑いのたねにされていた下の子ちゃんの写真。不思議なのは、幼稚園の方は、0歳児の写真だとわかっててOKを出したのか、そもそも見抜いていなかったのか。(えーでも0歳と3歳っていくらなんでも全然違うのに。。。)旦那に聞いてみたら、「だから中国では、何ヶ月以内とか書いていなければ別に大丈夫なんだって」だって。提出書類に写真のある意味ないじゃん。
2019.06.29
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上の子の小学校の申し込みが無事に完了しました!外国人だから手続きが面倒くさいのではないだろうかとか、借読費はいくらだろうとか、いろいろ心配していましたが、なんてことはなく、短時間であっさり終了!借読費のことも何も言われませんでしたので、たぶん中国人の学生さんたち同様、無料で通えるのかと思います。 よかったよぉ!!涙手続きが完了すると、「入学通知書」をもらえます。 現地の公立校で、別に受験をしたわけでもなく、学区内に家があれば誰でも入れる学校にも関わらず、入学通知書を受け取った瞬間、なんとも言いようのない喜びと感慨が!これが合格通知とかだったら、感動で涙出るんだろうなー…なんて、思いました。これが親心ってものなんですね。昔は想像もしなかったなぁ。 日本の公立小学校の手続きを覚えていませんが(というか子どもだったのでそもそも知らない) 中国では提出する資料がやたら多いような気がします。参考までにこんな感じ。・学生の戸籍簿(戸籍簿、って言うんですかね。戸口って日本語で何だろう)・出生証明・父母の戸籍簿・保護者の房产证(マンションの所有を証明するものです)・父母の戸籍が一緒でない場合→結婚証上記以外にも、ローン組んでマンション買っていて房産証が無い場合には代わりに契約書を、とか軍人家庭の場合はなんとか、とか、関係ない部分は読んでいませんが、必要書類が多い、多い……これらの原本とコピーを持参します。コピー書類は、重ねるその順番まで指定されています。あとは学生情報採集表というエクセルファイルがあり、全て入力した上で事前に提出しておかないといけないのですが、この入力項目と注意事項の多いこと。。。今回は旦那に任せました。 無事入学できそうですが、今日聞いたら今年の入学生は24クラスとのこと。3月頃の学生調査の段階では22クラスだったので、また2クラス増えた。。。 今日申し込みに行った際、方向を間違えて、授業中のクラスの棟へ迷い込んでしまった。せっかくなのでちょっと覗いてみると、教室内は学生たちできつきつ。机と机の間を通るのも狭そうです。みな机に向かってひたすら何かを書いていましたが、テストという雰囲気でもなく。先生がすぐに見つからず、どこにいるのかと探してみたら、一番うしろの机に座って、携帯いじってました。。。 なんたる衝撃!旦那もため息つくしかなく、やっぱり担任の先生は大事だな、と。もともとクラス分けは成り行きに任せるつもりだった我が家ですが、ちょっと出すもの出して、良い先生のところへ。。。みたいな活動をせざるを得ないかもしれません。(でも相場聞いたら、けっこう高くてなぁ 涙)
2019.06.26
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なんと、会社のリストラに遭いました!外資系に勤めていましたので、中米貿易戦争の影響です。。。せっかく時間ができたので、3度目の正直で、今度こそブログを継続したいと思います!思えばこれまで自分のブログを持ちたいと思うこと数年……1度目→確か、上の子の出産後に開始?夜全然寝ない上の子にノックダウンされ挫折2度目→わりと最近。下の子ももう生まれていたはず。幼子ふたりの育児とフルタイム勤務にノックダウンされ、また挫折。挫折を繰り返した原因として、生活が忙しすぎる、私の体力不足、というのもあるけれど、アメブロを使いこなせなかった、というのも大きな要因な気がしています。機能が多いのか何なのか、うまく使えず、無駄に時間がかかるのです。ネット音痴も相当なのは自覚してますが。。なので、楽天に変更してみました。今回こそは、続けます!先に決意表明することが大事だって、なにかのビジネス本に書いてあった。。。
2019.06.26
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