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五郎兵衛記念館に行ってきました
市川五郎兵衛さんという人は 江戸時代のはじめのころ 浅間山と蓼科山の 間に
蓼科山から 水を引いて 水田地帯を 作った人です
武田の武士から 徳川の世になり 百姓になったそうです
小諸藩の許可は 受けましたが 自前の資金で 20kmの用水をつくりました
近くの川からもらえば いいのですが なかなか難しかった ようです
自力で 水源を探し 蓼科山の麓 白樺湖の手前 赤沼(現 女神湖)付近の
湧水より 千曲川支流の 鹿曲川(かくまがわ)上流を 活用して 取水
五郎兵衛新田を 何年もかけて 作った 偉人です
出身は 群馬県の南牧村だそうです
今では 五郎兵衛米は ブランドで すし屋さんへ直接 行ってしまうので
流通していないとの ことです
南牧村の隣は 下仁田(しもにた)ですから 下仁田ネギも 都内の料亭へ
ほとんど 行ってしまうということで 山のなかでも 捨てたものでは ないと 思います
さっき ネプリーグに出ていた 井森みゆきも 下仁田 出身です
関係ありませんが
記念館では ビデオを 見ました
短いものでしたが 分かりやすかったです
井戸を掘った 人のことを 忘れては ならないと 言いますが
水を 引いて くれた人の ことを 忘れてはならない と思います
私の 実家の 八重原では 黒澤嘉兵衛(かへい)さんという方が 用水を引きました
南牧村には 黒澤さんが いっぱいですから 五郎兵衛さんと同郷かも しれません
このような方は 4人いるそうですが いづれの方も 武田の家臣だったそうです
写真は 記念館 水源地近くからの 浅間山と蓼科山です





ジェラートと東山魁夷 2009.10.17