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前回天台宗別格本山浮岳山昌楽院深 大 寺 東京都調布市深大寺元町5-15-1 TEL:042-486-55112010年07月04日深大寺 実はなぜ深大寺に馳せたかっていうと、カプちゃん情報でびんずる尊者さんがごじゃること判明・・・てわけ。手水舎 おびんずるさんは元三大師堂のおびんずるさん指定席の軒下においででした。2010年07月04日元三大師堂賓頭盧尊者 賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)さんはお釈迦さまのお弟子さんで大酒のみだったのね。で、言うこときかんちんさんだったからお釈迦さまに放り出されたわけ。だから居場所が軒下ってわけです。2010年04月04日東大寺大仏殿軒下の賓頭盧尊者 2007年12月16日東大寺指図堂賓頭盧尊者 2010年04月04日興福寺南円堂 賓頭盧尊者 びんずるさんは体の悪いところを撫でると癒してくださる「なでぼとけさま」ですよ。マムは頭は悪い、顔は悪い、心は悪いであっちゃこっちゃ撫でないといけませんデス。2010年07月04日元三大師堂内 つづく多田宏九段と入江康仁四段 合気道入江道場友人の合気道家入江康仁四段(桜堤合気道稽古会・阿佐ヶ谷校セレスタ)のホームページがリニューアルしアドレスがかわりました。コチラをごらんくださるようお願いいたします。 こちらもマムの友人で、本の紹介です。
2010.07.05
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奈良旧都祁村 右手が来迎寺 旧奈良県山辺郡都祁村は高野山から遠かったっ!高野山→極楽橋→新今宮→天王寺→鶴橋→榛原→来迎寺涅槃山蓮城院来 迎 寺住所:奈良県奈良市来迎寺町126アクセス:近鉄榛原駅より針インター行きバス 来迎寺下車徒歩5分 ここは奈良で一番寒いところと言われています。が、この夏の暑いこと。山里にふる太陽の日差しのきついこと。汗がしたたりおちてきます。バス停より5分ほどで来迎寺。ほっとしました。 来迎寺さんは多田来迎寺ともいわれる鎌倉時代に豪族多田一族のための菩提寺として創建された由緒あるお寺です。藤原期の阿弥陀如来坐像をご本尊とし快慶作と伝えられる玉眼の善導大師坐像が本堂には安置されています。 残念なことにこのお寺は現在無住で、奈良市北小路の慈眼寺のご住職が兼任されています。普段のお手入れは四檀家さんがもちまわりでなさっています。当然のことながら保存状態は非常に悪くて修理保全がいそがれます。本堂の縁には「危険」の注意書きがあるほど朽ちています。 蝉の鳴く音のみが聞こえ、まるで大きく時代がもどってしまったような気になります。時代劇のセットのよう。藤沢周平の時代劇にぴったりです。 この来迎寺さんへお邪魔したのは快慶作といわれる善導大師、地元の方からぜんだんさんと親しまれているお仏像におあいするためです。このぜんだんさんはいろんな方にお聞きして「拝観は無理」という結果がでました。大きな原因は無住で開かずということです。 マムはいつものダメモトで、奈良県の文化財課や、都祁行政センター、檀家総代さんや、慈眼寺ご住職に電話してみましたが、やはり答はNO。・・・くじけたのですがっ。ピカリと頭に電球がついて普段、無駄に明るい便所の100ワットと評されるマムですが、よいこともあ~る15日はお盆!もしや檀家さんの集まりがあるのではと再度電話したらやはり法事があるとのことで、檀家総代さん~慈眼寺さんと電話してめでたくご住職さんの許可をいただきました。 この来迎寺さんはぜんだんさんも有名ですが本堂の裏手の鎌倉時代よりの五輪の石塔群もよく知られています。 阿弥陀堂には藤原期の阿弥陀さんがおいでです 本堂においでのぜんだんさんは、目は玉眼で口を少しあけておられ、左膝をたてられています。とっても能動的な力強いお像です。 檀家の方が手にかけられたのでしょう。水晶の玉の数珠が目に飛び込みます。阿弥陀堂の阿弥陀さんは藤原期のものらしくおっとりとした大らかな姿をして金色に輝いておいでです。 バス停に降り立って、その暑さに途方にくれたマムですが、時間をかけてお邪魔して本当によかったです。ぜんだんさんにお会いしたいという気持ちが、マムをつき動かしたのですが、来迎寺を調べるうちに、画像でみるお寺さんの姿の良さに、お仏像さんにあえずとも行ってみようと思ったマムです。日本各地にこのような無住の神社仏閣が多数あります。宇陀市の無住寺が全焼したのは本のこの前のことです。なんとかならないのでしょうか。いつも言うように、途絶えたらそれでおしまいなのですからね。来迎寺の境内脇の集会所ではご住職を囲んで檀家さんが管理についての話合いをなさっていました。地元の方はなんとかお寺さんを維持しようとされています。 この都祁村ではマムはもう倒れる寸前。バス停近くの床屋さんのひさし下に座りこんでしまいました。この床屋さんね、覗いたら床屋の椅子を完全に寝せてそのうえでグ~グ~寝てるの。この来迎寺の近くには大和国水分四社のひとつ都祁水分神社(つげみくまりじんじゃ)があってマムは行くつもりでいましたが、気力なし。お皿が干上がった河童状態です。まっ、そんなこんなで炎天下の山里を離れて奈良へ向かうマムです。奈良県文化財課、都祁行政センター、奈良51さん、慈眼寺ご住職さん、檀家さん ありがとうございました。次回は奈良市内へ
2010.09.05
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1月12日午後9時30分談山神社から車で5分強山をくだります。小高い石垣の上にめざすお寺さんが。遠目には豪農のお屋敷のようです。ここには見仏好きなら知らない人はいない有名な国宝十一面観音さんがおいでです。 霊園山 聖林寺 りょうおんざん しょうりんじ住所:〒633-0042 桜井市下692 電話 : 0744-43-0005 アクセス:バス 桜井駅から多武峯 又は談山神社行き10分 細い道を歩くと山門が。 こじんまりとしたお寺さんですが、現 談山神社の別院として建てられた由緒ある古刹なんですよ。このお寺さんの国宝十一面観音立像は最も美しい観音さまといわれています。マムあこがれのお仏像さんです。この観音様はもとは三輪山・大御輪寺の本尊であられたのですが、あの廃仏毀釈の嵐をのがれるべくこのお寺さんにかくまわれたのです。観音さまはガラスのむこうにおいででした。豊満なからだに細いウェストはなんだかインドのお仏像さんを想像させ神秘的です。が、マムはどうも、細くつり上がった目になじめません。お顔を好きになれないとお仏像さんに好意が・・・持てません。 何年もあこがれていた観音さまですが、お見合いは不成立といったかんです。ゴメンナサイです。が、この聖林寺の本堂に安置されているご本尊の子安地蔵大石仏さまは必見です。イケテルであります。・・・・・ 11日愛知・瀧山寺→宇治・平等院→京都・東寺→奈良・夜の興福寺12日奈良多武峰・談山神社→桜井・聖林寺→桜井・安倍文殊院→奈良・東大寺→佐紀路・海龍王寺
2009.01.21
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2月10日:興福院→正暦寺→円照寺 2月11日:円照寺→奈良国立博物館 えんしょうじ普門山 圓照寺住所:奈良市山町1312アクセス:近鉄奈良駅より「山村町」行きバス円照寺前下車徒歩5分 近くて遠いお寺さん。それが円照寺さんです。近鉄奈良駅からバスで25分。でも拝観不可。遠い遠い果てしなく遠い。斑鳩の中宮寺、佐保路の法華寺と共に大和三門跡と呼ばれる門跡寺院で、歴史的には一番新しいのに格式は一番高いというお寺さんです。なぜかしら?天皇家に一番近しいからかしら。だから、拝観不可。 前門跡山本静山尼(平成2年入寂)さまは昭和天皇のお妹さま(絲子さま)。末弟君三笠宮殿下と双子であったために絶対かん口令のもとに京都の山本子爵家に里子にだされたといわれています。8歳で得度しこの森閑とした寺で小学校にも上がらず79歳の生涯を終えられています。昭和天皇の妹君宮内庁はもとより静山尼さまも口を閉ざしておいでなので真意のほどはさだかではありませんが、この現代に、ひとりの女性が小学校にも上がらず御仏に使えたのは事実です。参道を1歩進むほどに俗世から遠のいていくのがわかります。このようなところに8歳でと思うと、なんとも複雑な思いがします。 お小さい絲子さまは乳母に連れられてこの寺に入られたその夜、乳母と布団に入られて寝入られたといいます。夜中に目が覚めると乳母がいない・・・。 泣き叫びながら部屋から部屋を探したと後年記述されています。 三島由紀夫の長編小説、「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」に出てくる月修寺は円照寺さんをモデルとしています。参道のこんもりとした木々の記述などまさにそのとおりです。取材で、静山尼さまにあった三島は「この世のものとも思えないほどの気品で、ただ絶世の一語につきる」と言っています。 ここより先は拝観不可。しかし、ここからの眺めだけでも、清々しい空気や凛とした佇まいが感じられて来てよかったと誰しもが思うのではないでしょうか。 でも、今回マムが中に入ってご案内いたします。 さ、敷石から足を踏み出さずについておいでくださいな。 この項つづく
2010.02.15
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