♪Crescent Moon♪

♪Crescent Moon♪

勝浦温泉日帰りの旅♪


     紀宝町ウミガメ公園♪

期間:2004年1月7日

感想:
  和歌山市を出発してから1時前に串本、それから勝浦温泉へ♪いいお湯でしたww  ここの名物は忘帰洞!

 ~忘帰洞(ぼうきどう)とは~

  その昔紀州の殿様があまりの景色の美しさに
帰るのを忘れたから名づけられたそうです♪

僕も忘帰洞に入ると帰るのを忘れるところだったかも☆ぎゃはは♪三時半過ぎには出発。奈良までは熊野から吉野に抜けてきましたが奈良は遠かった...
  「お疲れ!!」 ポイッ!! (ノ゚▽゚)ノ ⌒~【☆:*:・おつかれさま・:*゚☆】 
ウミガメ


~About 南紀勝浦~

温泉町、勝浦町は那智山のふもとの温泉です。那智山に青岸渡寺(せいがんとじ)・那智大社・那智の滝(飛瀧神社の御神体)があります。
 まずは有名な日本一の滝・那智の滝ですが、高さ133m、幅13メートルあります。もともと那智山にはたくさんの滝があります。那智の滝はその中の48滝の総称ですが一般的には一番大きな滝である、一の滝をあらわしているのです。この滝の飛沫(しぶき)にふれると延命長寿がかなえられるといわれています。そして、この滝は飛瀧神社(ひろうじんじゃ)の御神体(ごしんたい)にもなっているのです。飛瀧神社は毎年7月14日那智の火祭りがおこなわれています。
 那智大社は熊野三山のひとつ。熊野信仰が急速に発展したのは、神仏習合(しんぶつしゅうごう)により権現思想(ごんげんしそう)がさかんになった中世以降です。

  *権現思想→仏様が衆生(しゅじょう)を救うため仮の姿で現れることを信心することで、熊野の地は阿弥陀浄土とされ、ここに詣でれば極楽往生が出来るといわれた。

 熊野那智大社の境内には、大国主命(オオクニヌシノミコト)を祭る第一殿・家津御子大神(スサノオノミコト)を祀る第二殿・熊野速玉大神(イザナギノミコト)を祀る第三殿・熊野夫須美大神(イザナミノミコト)を祀る第四殿・天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀る第五殿がならんでいます。

 那智大社に隣接して建ってあるのが、西国三十三ヶ所第一番札所に定められる天台宗の名刹です。仁徳天皇の時代に、インドから熊野に流れついた裸行上人(らぎょうしょうにん)というお坊さんが、那智の滝壺から見つけた観音像を安置して草堂を開いたのが始まりです。現在のご本尊は如意輪観音です♪

~熊野三山(熊野那智大社・熊野本宮大社・熊野速玉大社)~

 新宮市の街中に、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)があります。古く神代の時代に、熊野速玉大神(イザナギノミコト)、熊野夫須美大神(イザナミノミコト)、家津御子大神(スサノオノミコト)の熊野神が各地遍歴(へんれき)ののち新宮市の南にある神蔵峯にお降りになった
そうです。次いで熊野の三神様(さんかみさま)は、新宮の東の阿須賀社(あすかのみや)の北、石淵の谷に移り、のちにここから家津御子大神(スサノオノミコト)だけが現在の本宮市に天降った(あまくだった)とつたえられています。その後、景行天皇の時代にイザナギノミコトとイザナミノミコトを現在の地に勧請し、主祭神をイザナギノミコトとして、神倉山の元宮にたいして、これを新宮と称したそうです。

 本宮市には熊野本宮大社があります。ここは熊野神社の総本社。スサノオノミコトを主神としており、ここは神武天皇の御東征以前に創社され、その後、崇神天皇の時代に社殿が創設されたと伝えられています。平安時代になり密教が盛んになると修験道の聖地として栄え、仏教色が濃くなりました。明治22年までは熊野川と音無川の合流点にある大斎原(おおゆのはら)という中洲にあったという。ですが大洪水で流失、現在の場所には明治24年に映されたそうです。

本宮の近くには、川湯温泉・渡瀬温泉があります♪

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: