♪Crescent Moon♪

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神戸はいつ行ってもいい所です♪



期間:12月10日

感想:
 修学旅行の生徒さんがUSJの後に神戸でディナークルーズ♪
修学旅行もグレードアップだなww

USJ
写りが悪くてすいませんm(_ _)mペコリ携帯画像ですから。。。
神戸


~神戸~
神戸ポートタワーと海洋博物館ですが、神戸ポートタワーは高さ108m、昭和38年に総工費4億5千万円で建設されてますが、32本のパイプで鼓の形にしております。これは神戸の港が税関を要に扇の形をしていることから、扇に鼓の語呂合わせでデザインされたそうです♪対する、神戸海洋博物館は白い桟(さん)を組み立てた山形の屋根が特徴です。「海・船・港」をテーマに23億円をかけて昭和62年4月に開館されています♪

さて、神戸といえば北野町の異人館街です♪山麓、辺り一帯には明治から大正初期に建てられた洋館が数多く残っております。第二次世界大戦以前は200棟以上の異人館が建ち、独特の雰囲気を持つ住宅地となっていましたが、繊細や老朽化、阪神淡路大震災などによって、多くの異人館が消滅し、現在では70棟の異人館が残されていて、そのうち20棟余りが一般に公開されております。公開されている主な異人館は風見鶏(かざみどり)の館・萌黄(もえぎ)の館・ラインの館・うろこの家・ベンの家などで、周辺一帯が伝統的建造物群保存地区に指定されています♪

 *風見鶏の館はドイツ人貿易商ゴッドフリート・トーマスが自宅として明治42年に建築しています。外壁にレンガを使用した建物は北野町唯一で尖塔(せんとう)の上に立つ風見鶏は有名で、北野町の象徴になっています♪

 *萌黄の館はアメリカの神戸総領事であったハンター・シャープの自宅として明治36年に建築されました。長らく「白い異人館」の名で親しまれていたのですが、昭和63年の解体修理で建築当初はウグイス色であったことがわかり、当初の色に復元され、名前も萌黄(ウグイス色)の館とあらためられました♪

 *ラインの館は旧ドレウェル邸で、大正4年の建築です。北野町の異人館としては比較的新しいのですが、木造2階建て、下見板張り(したみいたばり)の外壁にはクリーム色のペンキが塗られ下見板のラインが美しい異人館です。

 *うろこの家は最初に一般公開された異人館です♪外国人向け高級借家として明治38年に旧外国人居留地建築されまして、明治の末期に現在の場所に移築されました。西洋の古城のような外壁を飾る天然石のスレートが魚のうろこのように見えることから「うろこの家」と呼ばれているそうですよ♪

 *ベンの家はイギリス人狩猟家ベン・アリソンの旧宅です。明治35年建築で現存する異人館の中で最も古い建物のひとつです♪塀・壁・窓枠に至るまで当時のままで保存される貴重な文化財です。館内にはベン・アりソンが世界を旅して捕った獲物の剥製(はくせい)のコレクションが所狭しと飾られ、中でも3mを越える北極グマ(シロクマ)は圧巻です♪


さて、神戸市内にある、東遊園地とそこから延びる仲町筋では、毎年12月中旬になると神戸ルミナリエが開催されています。阪神淡路大震災の犠牲者への鎮魂の思いと街の復興への願いを込めて、平成7年12月から始められたイタリア生まれの光の芸術です♪およそ20万個の電球を使って演出する作品は、東遊園地に展示されるスパッリエーラと呼ばれる光の壁と、中町筋全体が電飾(でんしょく)のトンネルとなるガレリアと呼ばれる長さ200メートルほどの光の回廊にわかれています♪ガレリアの美しさは格別で、手作業で作られたアーチの間隔を綿密に計算して巧みな遠近法を使うことによって、見る人に、光の回廊が永遠に続くような気分にさせているという。。

 神戸市内にある中華街は南京町(なんきんまち)と呼ばれていますが、ここが出来上がったのは、1867年に神戸港開港時にさかのぼるといわれています。当時、来日した欧米人は清国(中国)人のコックやボーイを連れてきました。ところが当時、日本と清国が国交を結んでいなかったため、清国人は居留地に住むことが許せれていなかった。そこで、彼等は雑居地(ざっきょち)と呼ばれる居留地の西隣に住むようになり、やがて使用人としてではなく、自ら貿易や商売を営み始めたのが南京町の基礎となったそうです♪



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