♪Crescent Moon♪

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♪瀬戸内海 万歳っ♪



期間:2月10日~2月11日

感想:結構いい感じの風景だよね♪
瀬戸大橋
露天風呂に行くときに通った道で見つけた風景なんです♪
撮った写真は意外に綺麗だったww

夕方に近い時間wwどうでしょう??
瀬戸大橋2

~瀬戸大橋~
 瀬戸内海によってへだてられた本州と四国を橋でつなぐという大きな夢が昭和63年4月10日に、ついに実現しました。
瀬戸大橋は本州と四国を結ぶルートとしてすっかり定着しました。単なる交通手段だけではなぐ、ひとつの観光名所になっています♪
 20世紀、最大のプロジェクトといわれたこの橋は、櫃石島(ひついしじま)・岩黒島(いわくらじま)・羽佐島(はさじま)・与島(よしま)・三つ子島(みつごじま)の5つの島を橋げたに6つの橋で本州と四国を結んでいます。調査開始から30年の歳月を費やし、1兆1千億円を越える工事費と延べ840万人にのぼる人たちが携わったという。。

明治22年丸亀・琴平間の鉄道開通祝賀会の席上で、香川県会議員であった大久保甚乃丞(おおくぼ じんのじょう)が本州と四国を橋で結ぶ必要性を説いたのですが、当時は誰もそんなことが実現できるとは、考えず、夢物語で済まされてしまいました。昭和15年、今度は鳴門架橋の話が持ち上がりましたが、軍部の反対によって、これも実現されませんでした。しかし、きっかけがあったのです。
戦後しばらくたって、昭和30年5月11日、濃霧の中高松港を出港した国鉄宇高(うこう)連絡船紫雲丸(しうんまる)が第三宇高丸と衝突して沈没、修学旅行の生徒など168名が犠牲になるという不幸な事故が起こったのです。この事故をきっかけに瀬戸内海の架橋計画は大きく進展して、昭和45年、神戸~鳴門、尾道(おのみち)~今治(いまばり)、児島~坂出(さかいで)の3ルートの計画が発表されたのです。
石油ショックによる、起工式の延期など、紆余曲折(うよきょくせつ)はありましたが、昭和53年10月10日、倉敷児島の鷲羽山(わしゅうざん)と坂出市番の州(ばんのす)で起工式が執り行われ、9年6ヶ月の昭和63年4月10日、ついに本州と四国は陸続きになりました♪
 全長13.1km、そのうち海峡部の橋の長さの合計は9369mあります。瀬戸大橋はひとつの橋ではなく、6つの海をまたぐ橋と4つの島や陸地の上を通る高架橋からなる10の橋の総称です。岡山県側から下津井瀬戸大橋(しもついせとおおはし)1447m<吊り橋>・櫃石島橋(ひついしじまばし)792m<斜張橋(しゃちょうきょう)>・岩黒島橋(いわくろじまばし)792m<斜張橋>・与島橋877m<トラス橋>・北備讃(きたびさん)瀬戸大橋1611m<吊り橋>・南備讃瀬戸大橋1723m<吊り橋>の6つの橋があります。

現在は、本州と四国を結ぶルートは3つ♪神戸~鳴門ルートは淡路島をはさんで、明石海峡大橋と大鳴門橋で兵庫・徳島間、児島~坂出ルートは瀬戸大橋で岡山と香川の間、尾道~今治ルートは しまなみ海道を通して、広島と愛媛をむすんでいます♪なお、しまなみ海道は完全に橋ではつながっていません<以前に紹介しましたよね♪>

次の日は倉敷にいったのですが、町並みの写真は、以前の倉敷のページにのせておきましたww☆ヽ(▽⌒)よろしく♪

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